第66話 ダヤンカーセ・アンジェディリス <ラング・アルside>



 また数日後、宿へボルドーが顔を出した。


「船長が戻って来た」


 それだけを受付に伝えて、俺も仕事があるからよ、と気風の良い男はさっさと帰っていったという。

 ラングとアルは朝食後、港へと赴いた。


 昨日まではなかった大きな帆船が入港していた。

 その周りでは木箱が忙しくなく運ばれ、降ろした積み荷の開封にと慌ただしい。手を出せば逆に迷惑になるだろうと、二人は近くの高台で待つことにした。

 景観の良い港町だ、少し高いところに椅子が並べてあったり、そこで恋人たちが夕焼けの中で愛を囁いていることもよくある。今回は作業を見守る冒険者がそこを陣取っているので、外でブランチをしようとしたのだろうカップルや女性がそそくさと逃げていく。


「ボルドーはどこだろうな、港の管理の仕事してるって言ってたよな」

「あぁ」

「こんだけ忙しそうだと声かけづらいよな」

「あぁ」


 ボルドーを見つけて、船長と引き合わせてくれと頼むつもりがなかなか見つからない。倉庫の中にいるのか、それとも船の中にいるのか。

 またしばらく観察が続き、す、っとラングが立ち上がった。


「どうした?」

「視線を感じる」


 ラングが振り返る方を倣って見遣る。黒髪の高身長の男が歩み寄ってきていた。

 港町で日差しは暑いというのに長袖の服で、足捌きをしやすいように腰からはスリットが入っている。武器の類は持っていないようだが腕は立つだろう。


「お客人を案内するように指示を受けている」


 僅かばかり瞑目で礼を示し、男は言った。

 顔に不思議な文様の刺青があり、目は敵意もなく観察するようなものでもない。

 アルは隣立つラングの判断を待った。


「招待を受けよう」

「こちらへ」


 歩き出した男の後をついていく。

 大通りから途中で一本裏道へ入る。ただ、路地裏というには広く整備もされている。ラングはここが私有地のようだと感じた。

 しばらく道なりに進むと正面に白い大きな館が見えた。門兵はいない。


「客間まで案内しよう」


 鉄格子のゲートを開け男がさらに奥へと案内してくれた。白い館のドアもすんなりと開き、玄関ホールへ足を踏み入れる。

 白を基調に設えられた館は天井と窓が高く多く、風がよく通る気持ちの良い造りだった。華美な装飾はないが質の良いものをさりげなく置いているあたりセンスがよく、見せ方をわかっている。

 淡いブルーの絨毯を踏んで案内されたのは海が見えるサンルームだ。扉は大きく開け放たれ、続いているベランダには男が立っていた。


「よう、待たせたようだな」


 トランペットを吹くような抜ける声。

 くるりと振り返った男は軽く手を上げてサンルームへ戻って来た。今日はバンダナが無く、収められていた濃い緑色の髪が風にふわふわと遊ばれていた。

 手で座れと示されて客間のソファに腰掛けた。


「ダヤンカーセ・アンジェディリスか」

「そうだ」


 ずばり尋ねれば本人はあっさりと頷いた。これが本物かどうかは疑わしいが、あの日酒場で話した人物がそこにいた。


「ダヤンカーセ・アンジェディリス。海賊の頭やってるが、表では荷運び屋だ」

「ボルドーから聞いている。【異邦の旅人】のラングだ」

「俺はアル、よろしく」


 大理石のテーブル越しにお互い上半身を前に出して握手をする。

 ぎゅっと握った手は試すようなこともなく、気持ちの良い挨拶だった。それに思ったよりも硬く節を感じた。武器を持つだけではない、帆船を操る海の男の手だ。

 自己紹介に満足してダヤンカーセは対面のソファに深く座り直した。

 目を瞑り潮騒に耳を澄ませているらしくしばらく会話がなかった。アルはそわそわしてしまったがダヤンカーセの真似をして目を瞑るとザァン、ザァンという音が心地よくなってくるから不思議だ。


「待たせた」


 先ほどここまで案内をしてくれた男が軽食を持って来た。カラカラと押されるカートにはサンドイッチとハムとソーセージ、甘い物とお茶や酒が乗っている。


「おう、ご苦労」


 テーブルの上に諸々を並べた後、男はダヤンカーセの後ろに立った。

 ダヤンカーセはさっと体を起こして酒とサンドイッチを手に取る。バクバクと頬張る姿を見守っていれば、視線に気づいたダヤンカーセは顎をしゃくった。


「食えよ、腹減ってんだ」


 ラングがサンドイッチを手に取り、アルもお茶をもらった。普通のサンドイッチと普通の紅茶だった。ただ、宿やたまにいくカフェよりもかなり上等なものだと思った。

 頬張ったせいでリスのような顔をしながら、ダヤンカーセは会話を切り出した。


「それで? スカイへ行きたいって?」

「あぁ、ダヤンカーセ・アンジェディリスの船は早いと聞いた」

「まぁうちは帆もでかいし早くなる理由があるしな」

「スカイまで乗せてもらいたい」

「いーぞ」

「いいんだ!?」


 淡々とした会話にアルが思わず声を上げる。

 ダヤンカーセも思わずと言った形で大きな笑い声をあげた。


「声をかけたのはこっちだからな、かまわねぇよ。だが出航日を決めるのは俺だ」

「そうなるだろう」

「スカイへの積み荷もある、用意と搬入でひと月はここに停泊だ」

「わかった。我々は何をすればいい」

「話が早すぎんだよアンタ」


 ダヤンカーセは面白そうにくつくつ喉を鳴らし、膝に肘をついて前のめりになった。


「腹ぁ割って話そうぜ。」

 

 不意に真剣な目で見据えてくる。その姿は先ほどまでのふざけた様子はどこにもない。

 一瞬で表情を変えるさまはまるで海のようだ。


「何が知りたい」

「アンタらのことを。こちとら積み荷としてアンタらを運ぶことになる。積み荷のことを熟知しておくのは、船乗りの基本だ」

「わかった。その男は?」


 ラングのシールドは動かなかったが視線がずれたのはわかった。ダヤンカーセは後ろを親指でさした。


「名乗ってなかったのか? こいつはアギリット、うちの副船長だ」

「よろしく」

「あぁ。 改めて、【異邦の旅人】のラングだ。ヴァロキアの迷宮崩壊ダンジョンブレイイク魔獣暴走スタンピードの影響で、弟とパーティメンバーとはぐれた。集合場所をスカイ王国のフェヴァウル領、イーグリスに定めているのでそちらへ渡りたい」

「おいおい、よく聞け?」


 ダヤンカーセはトントンと机を指先で叩いた。

 

「アンタらのことを知りたい、っつってんだろ。同じこと言わすなよ」


 ラングは少しだけ笑ったように見えた。


「【渡り人】というものだ」


 ダヤンカーセはにやりと口角を引き上げた。


「続けろ」


 ラングは包み隠さず話した。

 ツカサと出会ったサイダルでのこと、そこから行動を共にし、互いが異世界からの【渡り人】だとわかったこと。

 途中でエレナ、アルを仲間に加えて元の世界に戻る手がかりを求めるため、スカイへ渡ろうとしていること。

 アズリア王都でマナリテル教と一戦交えたこと。

 それから、自身の持つスキルについても全て、包み隠さず話した。


 ラングの話が終わったあとはアルの番だった。

 世界が見たくてスカイから渡ってきたこと。戦争に巻き込まれそうになって逃げるように移動し、迷子になった先でラングたちと出会い、合流したこと。

 ダヤンカーセは大きな声で笑ったが、男なら世界見てぇよな、とアルに頷いて見せた。


 質問され、答え、質問し、応えられ。

 館に入ったのは昼過ぎだったにもかかわらず、あっという間に夜の帳が下りていた。

 

 飲み物はお茶から酒へ変わり、軽食は肴と夕食に変わった。

 港町らしく新鮮な魚料理が並び、魔獣の肉のステーキも出された。魚を薄切りにしたサラダのようなものが出され、挑戦してみたら美味しかったのでラングは味付けを教えてもらった。

 料理が趣味なのだと言えば、アギリットが滞在中、厨房へ案内しようと約束してくれた。


「あんたらにやってもらうことだが」


 酒が良い感じに回ってきているらしいダヤンカーセは上機嫌に指を揺らした。


「別に難しいことじゃない、水の確保、食料の確保、仕入れの手伝い、この三つだけだ。収納スキルのあるアンタなら余裕だろ?」

「そうだな、どうすればいい?」

「五日後、一度海に出る。それまでにたーっぷり水と食料を確保しとけ」

「海に出てどうするんだ」

「決まってんだろ」


 ダヤンカーセはくつくつと喉で笑って、言った。


略奪仕入れだ」

 




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