第65話 海賊の港 <ラング・アルside>



 とんでもないことを聞いた。


 アルは驚いた顔でラングを見遣り、ラングは視線を感じながらも男の方を向いたままだった。

 スカイの冒険者証が作れたりと柔軟性があることはわかっていたが、はっきりと問うてみた。


「スカイの手勢なのか」


 ずばり尋ねれば男は首を振った。


「いいや、あの船は誰の味方でもない」

「うん? どういうことだ?」

「つまりだな、気に入らない奴からぶんどる、ってこった!」

「どこにも与していない、ということだな?」

「そうそう! それだ! ただまぁ、今は少しスカイへの肩入れがある!」


 ガハハと笑う声に食事処の他の客も意味ありげな顔でラングたちを見ていた。好奇心の視線が煩わしく、少しばかり不快感が漏れた。


「おっと、悪い、そう機嫌を損ねないでくれよ」


 笑っていた男が苦笑を浮かべて両手を上げる。


「それで、オススメは?」


 ふぅと息を吐いてラングが言えば、男はにやりと笑った。

 指が一本、目の前で揺れる。


「一つは商船。重い物を乗せてりゃまぁまぁ揺れないが、船の規模によっては結局揺れる。品物の管理に巻き込まれると面倒、だが、腕っぷしに自信があるなら止めない」


 二本目の指が立てられた。


「そいで私掠船、とにかく早い、船の規模もでかいから揺れは少ない。おっと、嵐は大目に見てくれよな? 急いで渡るならオススメだが、船長が曲者だ」


 決めかねた。速度に拘りはないが初めての海だ、出来るだけ良い航路が望ましい。

 ラングは腕を組んだ。その横でアルは経験者らしく体験談から希望を言った。


「船の揺れが辛いから、俺は揺れない船がいいけど」

「ヴァンドラーテに入る商船なら基本はでかい、まぁ揺れは大丈夫だろ。嵐の時は荷に潰されないようにしろよ。ただし、商船はここへ年に一回しか来ない」

「次はいつ?」

「先月出たばかりだ、来年だな!」

「待ち時間長すぎるだろ」


 アルは苦笑で答え、ラングはため息を吐いた。


「私掠船はどこに? 誰が船長だ?」


 男はにやりと笑った。


「今は海に出てる、十二、三日もしたら戻るだろうさ。船の名はアンジェディリス海賊団」


 ダン!と男は椅子に足を乗せた。


「我らが船長、ダヤンカーセ・アンジェディリスが船長さ!」


 わぁ!と歓声が上がり、アルはぽかんとそれを見ていた。


「ここは海賊の港だったようだな」


 ラングの言葉に肯定するように、食事処の中は粗暴で明るい海賊の歌が響き渡った。


 

 特に追い剥ぎにあうこともなく、ラングとアルはただただ歓迎されていた。

 あれから酒盛りにシフトして巻き込まれ、すでに今は夜半過ぎ。


「実はな、あんたらのことは船長から聞いてたんだ」


 ある程度酔い潰れたり帰ったりして人が減った頃、いろいろと船について話していた男が言った。名をボルドー、この港町の元締めを預かっているという。スカイの港にも同じようにアジトがあり、アンジェディリスは行き来しながら私掠行為を行っているらしい。そんなことまで話していいのかと問えば、ボルドーは怪我のある顔をにっかりと笑わせて構わんさ、と答えた。


「表向き海賊からは足を洗ってるんだ。この港には真っ当な商船も乗り入れる。結構人気なんだぜ? 手続きは簡単、港は朗らか、金払いも良いしな! それに、私掠行為はむかついた時の憂さ晴らし、実際に船長だって荷運びの仕事を主にやってんだ」

「わざわざ私掠船という必要はなかっただろう」

「そっちのがかっけーだろ」


 ラングには胸を張るボルドーの考え方がわからなかった。これ以上その件で討論する気もなく、話を戻した。

 

「それで、船長から聞いていると言ったな」

「おう、黒い仮面の野郎が来たら面白いから声をかけてみろって言われてる」

「面白くない話だ」

「そう言うな、船長の船は乗る者を選ぶ、良い船だ」


 ボルドーはちびりとエールを啜って羨ましそうな顔をした。


「最近じゃスカイの奴を何回か運んでるってよ。冒険者ギルドもその繋がりでぽんと設立された」

「ほう?」

「詳しいことは知らないぞ、聞こうとするなよ」

 

 前もって釘を刺され舌打ちが出た。


「元海賊も家族を持てばただの男だ、店を持ってるやつも仕事を持ってるやつも、多少気は荒いが根は良い奴らばっかりだ。しばらく船長の帰りを待ってみろ」


 それに、とボルドーは声を潜め真面目な顔で言った。


「アズリアの港の中じゃ、ここより安全な港はないぜ」


 統治者がアズリアではないのだから然もありなん。

 ラングとアルは否応なしに滞在を余儀なくされたのだった。


 ――― しばらくヴァンドラーテを楽しむことにして数日が過ぎた。


 海鮮料理は幅が広く、焼いて良し煮て良し蒸して良し。

 生はどうにも食べる気にならなかったがラングの料理幅はまた広がった。魚介類は慣れればシンプルに酒で蒸すものが口に合い、ラングは白ワインを購入したりもした。

 アルは港町の者たちと気が合ったらしく毎日出歩き、冒険者ギルドへもよく顔を出した。手紙が来ているかどうかを確認にいっていたらすっかり覚えられてしまい、早朝、手紙が届いているとギルドから宿へ人が来るようになった。なんとも親切だ。


 ツカサからの手紙も届き、お互いに無事が確認出来て宿でひっそりと祝杯をあげたりもした。

 いろいろあっただろうに、辛かった苦しかったなどの弱音を書かないツカサにラングは少しだけシールドの中で目を細めた。

 ルフネールでも良い経験が出来ればいい。


 ――― また数日して、アクアエリスが姿を現した。


 ラングは宿から借りた釣り竿を手に海へ向かう途中のことだった。


「見つけましたよ」


 声を掛けられて足が止まる。そちらを見遣れば人型の姿でアクアエリスが歩み寄ってきていた。以前に見た波打つ服ではなく、品の良い、人の服だ。


「水がなくても大丈夫なのか」

「風の中にも水はあるのです」


 ラングはすんと鼻を鳴らして潮風を嗅いだ。なんとなく、この湿気た空気のことだろうかと思った。


「水があれば楽に出れるというだけで、どこにでも姿は現せますよ。あぁ、でも、暖炉に出ろと言われるのは少し嫌ですね」

「なんとなくわかった。それで、ツカサはいたのか」

「はい、オルワートで目星をつけて、ルフネールで印をつけました。いつでも駆けつけられますよ」

「有難い」


 連れ立って歩く二人へ街の人の目が注がれる。

 アクアエリスは美丈夫なのだ、人目を惹く。前に見たときとは違い波打つ服装でもなく、どこかの高貴な人間のようだ。

 ラングは桟橋に着くと貸し出し用の椅子を持ち、餌をつけて釣り糸を垂らした。


「聞かないんですか?」


 しゃなりと乙女のようにしなだれ座って、アクアエリスがラングを見上げる。


「問題がなければいい」

「人の問題が私たちにはわかりません」

「難しいな」

「そうですね」


 寄せては返す波の音の中に人々の賑やかな声とカモメの鳴き声が混ざる。

 うるさいとは感じない、営みの音は安心感をラングに与えた。


「こうして、人型を取っているとよく見えるんです」


 不意にアクアエリスが言い、ラングはちらりと視線だけが動いた。


「それなりに力を使いますから、水を経由したほうが楽なんですけれどね。力だけでこうしてとして振る舞うと、理、魔力関係なしにが見えるようになるんです。人と同じように」

「そうか」

「時々、こうしてご一緒しても?」

「構わん」

「よかった。あぁ、そうだ」


 ゆっくりと立ち上がったアクアエリスはラングを見下ろした。


「人の問題はわからないとは言いましたけれど、落ち込んでいたり、悩んでいるのはわかります。もしそういう姿を見かけたら、声を掛けましょう」


 その言葉にアクアエリスへ視線をやったが、もう誰もいなかった。


「…人として現れたなら、人として立ち去る訓練もすべきだな」


 釣り竿が揺れ、ラングの意識はそちらへ戻っていった。


 

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