第60話 あの手紙 <ラング・アルside>
アズリアの王都までが契約だったルノアーとはここで別れることになる。
ただ、ラングとアルの息のかかった商人ということもあり、ラングたちが出立するまではある程度行動を共にすることになった。
宿は冒険者向けを取ったが、ルノアーはいずれ安い家を借りるつもりでいるらしい。
王都であれば物流も盛んで、護衛を求める商人も多い。アズリアの王都から馬車で移動したところにダンジョンもあるので冒険者自体にも事欠かない。
自身が商人で、冒険者の旅の作法を学んだことも今回の事業への礎になっている。
ルノアーはアズリアの王都で商人ギルドに挨拶に行き、自身の構想を伝え、まずは試しに商売をやらせて欲しいと願い出た。
隙間産業なので怪訝な顔をしながらも商人ギルドは許可を出し、次いで冒険者ギルドも許可を出した。
すっかり春も過ぎて乾燥した気候になったアズリアでは様々な品物が凄まじい速さで出入りしていた。
冒険者がいつまでも来ない商人に対し、冒険者がどのような旅をするのか、何を求めているのかを初回は無料で講座も行った。
最初は二、三人のまだ若い商人だけだったが、彼らがルノアーの講座を受け依頼内容を見直し、かつ、ルノアーに冒険者の斡旋を頼んだことでスムーズに出立するのを見て、詐欺師を見るような目をしていた商人たちも声をかけてくるようになった。二回目以降講座料を取ったが誰からも文句は出なかった。
噂が噂を呼び、また、商人が噂をバカにしない人種なのもあり、ルノアーの講座は流行りを得た。
斡旋の方も冒険者ギルドがルノアーへ投げ、商人ギルドもルノアーに投げることで各々の業務負担を軽減し、まさしく商人、冒険者、ルノアーの三方良しを実現できていた。
他に似たようなことを始める者もいるだろう。
ルノアーは今の独占状態で出来るだけ稼ぐつもりでいた。
ルノアーが商売を頑張っている傍ら、【異邦の旅人】は冒険者ギルドで手紙を送った。
今回はジュマと王都ジェキアの両方だ。
加えて情報収集も行った。
ダンジョン自体は食料にも困っておらず、アイテムにも困っていないので行くつもりはない。
ここアズリアまでは【異邦の旅人】の名前も入ってはおらず、ヴァロキアとアズリアの国の仲がわかるような気がした。
ただ、ヴァロキアで
時間の経過を如実に示す紙の色の変化に、ラングは少しの間だけそれを眺めていた。
その背に、おまたせ、と明るい声がかかった。
「手紙送って来た。とりあえず明日また来るか」
「そうだな。ゲイルニタス乗合馬車組合の場所を聞いて港までの道を調べよう」
「了解、手分けするか?」
「悩ましいところだ」
冒険者ギルドを後にしながら会話を続ける。
「先を急ぐ身としては手分けをしたいが、行きたいところがある」
「え、どこ?」
す、とラングが取り出したのはアズファル王都でフォーグラッドに書いてもらった手紙だ。
マナリテルに会えるように口利きをしてもらったものだ。すっかり忘れていた。
「そうだ、俺それでラングに聞きたいことがあったんだった!」
「宿で話すか」
「飯買っていこうぜ」
「任せる」
小分けした財布を渡せばアルは屋台通りへさっさと消えていく。
ラングは先に宿に戻り、三脚コンロで湯を沸かして待つことにした。
夕方なので屋台通りは混んでいるだろう。耐え切れずにつまみ食いをしているアルが容易に想像できた。
湯を二杯沸かしたところでようやくアルが戻り、両手いっぱいに抱えた食事を狭いテーブルに広げた。
「あんまり滞在長くしないだろ? だから目につくもの全部買ってきた」
「私が保管できなければ無駄になる量だな」
「もちろんラングを見込んでのことさ」
肩を竦めて返せばアルはずずいと食事を押し付けてきた。胃袋を満たして黙らせるつもりだ。
ハーブティーを淹れてアズリアの食事に舌鼓を打つ。ピザにはたっぷりのチーズが乗っていたり、紙製の箱に入ったパスタは野菜とオイルで混ぜてあり美味しい。オイルが滲んで箱を持つ手についたことは少し気になった。
「アズファルからずっと聞こうとして忘れてたんだけど、なんでマナリテルを気にしてる?」
ずばりと聞きたいことを切り出したアルに、ラングはハーブティーで一息ついてから答えた。
「エルキスで目を付けていた神官を覚えているか」
「あぁ、えーっと、テリアだっけ? エルキスの方針とか、なんか決めたっていう」
「長い名ではオルフェー・テリアネスという。本人がテリアと記載をしていたようだが、別の者がフルネームを記載し直したようだ」
「…マナリテルが似たような名前だったな?」
「マナリテル・ウィル・オルフェ・テリアヌス。国により発音の差はあるだろうが、恐らく同じだ」
「うーん。つまり?」
腕を組んで考え込んだアルに、ラングは防音の宝珠を起動して続けた。
「荒唐無稽なもの言いに聞こえるかもしれんが、お前がどう思うか聞かせてほしい」
「それが前提ってことな? わかった、聞かせてくれ」
「私はあの時、お前が言った時間が掛かってもいいからそうしたかった理由、というのを考えた」
「言ったっけ」
「言った」
「わかった、わかった、続けて」
「私自身がセルクスという神に会っているからこそ、思いついたのだが」
ラングは静かに深い息を吐いた。
「長い神の計画のようだ、と言った言葉は、本当にそうだったのかもしれないと思い始めている」
アルはラングが言う言葉をよく咀嚼した。
その言葉は確かに、ラングがエルキスのあの夜、呟くように言っていたことだった。
「…つまり、なんだ、ラングは…ええっと…」
「マナリテル教のマナリテルとエルキスにいたテリアは同一人物ではないか、と疑っている」
「あぁうん、そうなるんだよな? でもそうするとすごい長生きじゃないか?」
「神だとしたら、いくらでも死んだふりは出来るだろう」
「なるほど、確かに」
頭から否定はせず、アルはまず聞いてから考えてみることにした。
アル自身は神と関わったことはない。けれど、悠久の時を生きる精霊との縁はある。彼らが何十年何百年も前のことを昨日のように言う姿も見ている。
長い神の計画、とアルは口の中で転がしてみた。
「もし本当にそうだとしたら、長い時間をかけて仕掛けた目論見を私たちは潰した」
「あー…え? 潰した?」
「そうだろう? 正確な年代はわからないが、ざっと見積もって百五十年。大火事を起こし伝統を守る者たちを殺し、そうして真逆の結果を得られる方式を浸透させた」
結果、エルキスは精霊離れが起きていてあわやの状態であった。
精霊が離れてしまっていることを危惧し、アクアエリスとウィゴールは尽力し、ラングとアルも巻き込まれた。
「言いたいことはわかった、確かにそう考えるとあの魔導士たちの一団は、トドメだ」
あのままラングとアルが来ずに
精霊の力もろくに借りることのできない状態では炎に焼かれて死んでいただろう。その後、統治権がどうなっていたかわかったものではない。
「あーうん、潰したな、あれは。でもそれがなんで、マナリテルの遺体を見に行くことに繋がるんだ?」
「確認だ。そこに死体があれば、今の考えはただの想像に終わる」
「…もし、そこに遺体がなければ?」
ごくりと生唾を飲んで尋ねたアルに、ラングは腕を組んだ。
「その時は、神を疑う」
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