第59話 アズリアの王都へ <ラング・アルside>



 雨の降る国境都市で、ルノアーの活動は慎ましやかに終わった。


 冒険者ギルドも商人ギルドも緊張状態で会話は弾まず、あとで商人ギルドから耳打ちされたことによると、前日にアズリアの兵の死体がアズリア側の森にあったことが原因らしい。

 恐らく、それはあのバンダナの男の仕業なのだろう。

 原因がわかればそこまで緊張をすることもなく、ラングとアルは言動には注意をしたがいつも通りになった。ルノアーは国境都市を離れるまでは緊張が続くようだ。

 毎度のことながらゲイルニタス乗合馬車組合で道を聞き、アズファルから南下してロンヴェアの街を経由、王都アズヴァニエルへ向かうことになった。

 道中立て札を見れば細々した街や村は多いが、死体騒動もあったので真っすぐに移動をした方がいいとアドバイスを受けた。


 アズリアは冬を越えたこれからは徐々に暖かくなり、乾燥した空気が続くという。春から雨が減り、水の確保だけはしなくてはならないが、そういった乾いた気候が小麦の栽培に適しているのだろう。

 アズリアは大国らしく国境都市から経由地点の街ロンヴェアまでも長く、キャンプエリアが小さな村のようになっていた。

 宿があり食料が売っており、小屋で調理された食事が金を払えば手に入った。

 小麦を練って作られた料理が多く、平たく伸ばした生地にトマトソースを塗って石窯で焼いたピザやパン、乾燥させた小麦粉の麺を使ったいわゆるパスタやペンネなど、様々な形の小麦が一行を出迎えた。

 多少塩気の利いた生地は汗をかいた体にちょうどいい。


 ルノアーはアルを伴ってキャンプエリアを見て回り、特産などの聞き込みを行った。斡旋業を主軸にするつもりとはいえ、売れるもののリサーチは怠らない。

 商人自体はとても気さくで見たいと言っていない品物を出してきたり、酒を渡してきたりと賑やかだ。


「どこから来たんだ?」


 酒を手渡されて苦笑しているアルと普通に飲んで応えるルノアーに商人が尋ねた。


「アズファルから。王都を目指しています」

「遍歴商人かい? それとも定住商人を目指して?」

「定住を目指しています、まだまだ駆け出しですし、ずいぶん後になるでしょうけど」

「はは! そうさな、私も定住を目指してもう十五年。でも遍歴商人もこれはこれで楽しい。新しい土地に行けるし、こうして出会いもある」

「そうですね、とても貴重な体験をしていると思います」


 後輩を見る先輩の温かな眼差しがくすぐったい。

 それからそっと顔を寄せて内緒話をされた。


「ここだけの話、アズリアで定住を取るのはかなり厳しくてね。私もガルパゴス出身なんだよ」

「難しいって、どう難しいんですか?」

「あちこちでコネを作って取り入らなきゃならんし、あとは、既存の商売だと邪魔がすごい」

「商圏がしっかりしているんですね」

「そうなんだよ」


 情報をもらってばかりで申し訳なく思い、品物を仕入れようとしたら気にするなと笑われた。


「でもその姿勢は偉いな、商人は三方良しを目指さにゃならん」


 男性は気持ちの良い笑顔でルノアーを撫でて自身の隊商へ戻っていった。

 広げた荷物はこのあと整理整頓も含め仕舞われるだろう。

 アルは手渡されてそのままだった酒をルノアーに渡した。


「俺飲めないから」

「あ、では、いただきます」


 赤ワインは不思議な甘みを感じさせて、これはどこの産地なのだろうかと気になった。


 ――― いつの間にか眠っていたらしい。


 ルノアーはガタゴトと揺れる幌馬車の荷台で目を覚まし、頭がなかなかはっきりしない。のそりと体を起こして目を擦った。

 周囲はまだ暗く、馬車の先頭で掲げられているランタンがラングの影をルノアーに落としていた。


「起きたか?」


 幌馬車の後ろからアルが声をかけ、ルノアーは困惑をしながら頷いた。


「あの、キャンプエリアは」

「出てきた」

「え、何故です?」

「夜盗に狙われた」

「え!?」


 びっくりして目が覚める。あちこちに首を巡らせてしまったもので眩暈がして荷台へまた倒れてしまった。体がとてもだるかった。


「休んでいろ。朝になり見通しが良くなったら薬を作ってやる」

「はい…、すみません、あの、薬? どうして」

「薬を盛られている」

「ほら、酒もらっただろ、あれだな」


 人の好い商人がお近づきの印に、と渡してきた赤ワインが思い出された。

 

「いい人そうだったのに…!」

「はは! 勉強になったな」


 アルに笑われてルノアーはズキズキ痛む頭を抱え込んだ。

 甘い味がすること自体、おかしなことだった。もっと早く疑問に思っていればここまで酷くなかっただろう。飲まないからと渡してきたアルのせいでもある気がして、ジト目で睨めばまた笑われた。


「でもどうしてわかったんですか?」

「いや、わからなかったよ。単純に不寝番で回避しただけ」


 アルが事も無げに言い、ルノアーは護衛がまともでよかったと思った。

 

 ラングは元々人からもらったものを口にしない。口にするなら浄化の宝珠を飲み物にいれ、浄化してからだ。

 アルは単純に酒だったことが功を奏した。果実水だったら飲んでいた。

 ルノアーは覚えていないが夕飯はきちんととっており、早々に寝息を立て始めた。二人はそれを、緊張して疲れていたのだろう、と思っていた。

 不寝番を立てて交代で休んでいたら、ルノアーに親切にした隊商は宿へ引っ込み、ラングたち以外、外にはいなくなった。

 そこを夜盗に襲われた訳だ。

 互助関係なのかは調べなかったが、こうしてアズリアへ入って早々に洗礼を受けさせられるのだろう。もしかしたら、さらにそこに手を差し伸べて逃げられないようにするのかもしれない。

 

 ラングはそのやり方の周到さに感心すらしてしまった。

 

 荷物を差し出せば命は助けてやる、と言われたので、何もせずに帰れば命は助けてやる、と返した。

 嘲笑を浮かべながら武器を抜かれたので、武器を抜き返した。

 ピリっとした緊張感にアルが目を覚まし、おいやめろ逃げろ、と静止の声を掛けたのは夜盗に対してだった。

 武器を持つ利き腕を、逃げようとするその足を、ラングは容赦なく斬り落とした。

 焚火の明かりしか無い中でラングは炎の揺らめきに重なるようにして踊り、夜盗を片づけていく。

 アルは幌馬車の中で寝ているルノアーと馬の護衛に立ち、飛び道具を叩き落とし、投げ返し、夜盗を黙らせた。

 ほんの僅かな時間で静寂は戻って来た。

 呻き声が微かに響き、中には失血死をしたり、どうにか止血はしたものの虚ろな目をしていたりする。

 ラングは悠々と血を拭い双剣の手入れを済ませると腰に収め、アルを振り返った。


「移動するぞ」


 アルは眠そうに頷いて焚火に土をかけた。


 ――― そうして今に至る。


 ルノアーは朝になり見通しの良い平原で薬をもらいながら話を聞いて、違う意味で白目を剝きそうになった。

 聞いた限り、非は確実に夜盗にあるのだがあまりに一方的な光景が目に浮かび、同情してしまった。

 飲まされている薬が酸っぱいような苦いような、頬がきゅっとしてしまう味なのもあってルノアーは酷い顔をしている。

 キャンプエリアではないが見通しの良さを気に入り、ラングは火を使わずにここで小休憩を取ることに決め、少し離れたところでじっと座っている。

 あれで寝ているのだとアルが言い、ルノアーは薬を一気飲みしていろいろ振り払った。


「俺たち三日、四日寝なくても大丈夫だけど、アズリアで何があるかわからないからさ。万全を期すなら睡眠はやっぱり大事だ。でもあれには近寄るなよ、間合いに入ったら死ぬぞ」

「絶対近寄りません」

「ははは! んじゃ俺たちはのんびりしてようぜ、ルノアーももう一回寝てたら?」

「味がすごくて目が覚めちゃいましたよ」


 アルは大声で笑ってルノアーの背中を叩いた。


 幸いなことにその後の道中では賊に襲われずに済み、キャンプエリアで食糧を仕入れたり商売をしたりしながら経由地ロンヴェアへ無事に辿り着いた。

 特筆することはないがルノアーが下地造りを行い、少しだけ試しに斡旋仲介業を行い、冒険者ギルドと商人ギルドからの信用を得た。

 また長い道のりを移動し、要塞のようなアズリアの王都・アズヴァニエルを眼前に捉えた。

 城郭から向こう、奥側が高くなっており頂に王城を据えた砦の王都。

 上から見下ろして来る城もまた、遠目だが堅牢とわかる。

 城郭にところどころ穴があり、そこから覗く黒鉄の塊は兵器なのだとラングにもわかった。いつでも戦う準備は整っている様相だ。


「着いたな」


 少しだけ緊張したアルの声に、あぁ、と短く応えた。


 それはツカサがオルワートへ到着した頃だった。


 

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