第56話 冒険者と新年祭 <ラング・アルside>


 十五階層で目的の魔獣を討伐、目的の素材は手に入れた。


 一度十六階層まで降りて転移石に記録、また十五階層に戻った。

 ダンジョンの面白いところは降りた扉の横にも扉があり、そちらは上り階段になっていることだ。

 上るとボス部屋から少し離れたところに出る。そうして、何度もボス部屋に挑むわけだ。

 今回、十五階層を通る冒険者も多くはなく、【異邦の旅人】は一日で五回ベアドラドを討伐した。

 毛皮、爪、肉、魔石、レアドロップだろう肝。何に使うのかはわからないが滋養強壮に効きそうだ。

 そう考えていたらしれっとラングは肝をソテーにして出してきた。恐る恐る食べたがぷりぷりとした外側、とろりと溶ける内側と非常に美味だった。

 二つ出ていたので一つはそのまま持って帰るという。ルノアーはこの味を覚えておこうと思った。


 途中まで登り直し、素材を道すがら拾い、十日目になった最終日は帰還石で出た。

 宝箱から手に入れたものも豊富だった。


 銅貨三十五枚

 銀貨七十八枚

 金貨十五枚


 傷薬草の束

 魔力涙のしずく草

 肉類各種

 ハーブ各種

 諸々の爪、毛皮

 銀のナイフ

 草の成長を促す杖

 

 なかなかの成果だ。


 あっという間に宿代を回収しそれどころか大幅な収入を得ている冒険者に、ルノアーは羨む気持ちが浮かぶ。ただ、では自身が冒険者になれるかと言われるとそれは無理だ。運動能力としてもそうだが、武器を手に魔獣と戦える気がしなかった。

 何よりもやりたいことが違う。

 ルノアーが師匠の門弟になったのも、きちんとやりたいことがあったからだ。


 ルノアーは所謂スラムで生まれ育った。

 本当に血の繋がりがあるかもわからない妹がいて、これまたよくある話、冬に体調を崩してそのまま死んだ。

 その時に自分に金があればと考えたのが始まりだった。

 単純で短絡的、けれど時間をかければ必ず出来ると確信もあった。スラムで才のある子供を度々拾い上げていた師匠に弟子入りし、その一歩を果たした。

 店を構えてどうするのか、金を得て妹のような人たちを救いたいのか、それとも見返したいだけなのか。

 今がむしゃらに行動をしているルノアーは若いゆえにビジョンが曖昧だった。

 同時に、可能性の塊でもあった。

 商人という幅の広い職を得て、やりたい商売が出来るように、やるべき商売が出来るように。

 とにかく今は元手を稼がねばならない。それが現状の目標だった。


 ダンジョンを出て乗合馬車に揺られながらぼんやりとそんなことを考えていた。


 十日ぶりに戻った街は雪で様変わりしていた。

 道は白と灰色の雪で埋もれ、人が馬車が通ったところが凹んで固まり、少し滑りやすい。息が白く、鼻の中が乾燥して痛い。

 あぁ、あの時と似た空気だ。

 寒さもあってぶるりと震えればラングが前に出て、アルが隣についた。

 護衛としての立ち位置でもあり、風除けも買って出たのだとわかりルノアーは泣きそうになった。


 街に着いて冒険者ギルドに行くかと思いきや、そのまま宿に戻り、お疲れ、と解散になった。

 返事を待つことなく目の前で閉じた扉に、先ほど感じた感動はものの見事に吹っ飛んだ。放置されたルノアーの腕には契約した通りのベアドラドの毛皮が持たされていた。

 いろいろ言いたいことはあったが疲れていたので大人しく部屋へ戻り、おまけで分けてもらった中魔石でお湯を出し、体をじっくりと洗い温め、そして倒れるように寝た。


 初見でダンジョンに入った冒険者より良い生活を中でしていたのだが、ルノアーは知らない。

 けれど、ルノアーは【異邦の旅人】の異常性にも気づいてはいた。

 だからこそ、商売に気づいた。


 翌日、ルノアーは思いついた商売をするために冒険者ギルドと商人ギルドに出向いた。


「ルノアーは?」

「知らん」


 朝食を宿で済ませアルが問えば、ラングは肩を竦めた。

 ここ三日程声を掛けても部屋からの返事はなく、受付で聞けば早朝に弁当を依頼して夕方まで出ているという。どこに向かったか聞いて、流石に様子を見に行った。


「なにしてんだろうな?」

「知らん」


 雪道、道中屋台の温かいスープにそそられながら冒険者ギルドに辿り着く。

 きょろりと見渡せば人だかりが出来ている一角がある。

 アルはちょっと失礼と声を掛けながら少し先へ出て、ギルドカウンターの一部を借りてルノアーが座っているのを確認した。


「そちらはアズファルの王都へ行くんですね? パーティ規模を確認させてください。…はい、ではこちらの商人の護衛でいかがですか?」

「ふむ…、これで契約するときはどうすればいいんだ?」

「ギルドカウンターへその紙を持って行ってください。必要事項は記載してありますが、気になる点があれば直接商人を訪ねて頂ければ。宿も書いておきました」

「なるほど、わかった。ありがとうな」

「いえいえ、よろしくお願いします!お待たせしました、次のパーティの方どうぞ!」


 ざわざわした中でルノアーの声が響く。

 冒険者たちが我先にと押しかけるのを必死に整列の声掛けもしている。

 押しやられて追い出されたアルは大人しくラングの横に戻った。


「何してんだあれ」

「…斡旋だな」

「斡旋?」

「商人と冒険者を繋いでいるようだ。…なるほど、考えたものだ」


 ラングが感心した様子で腕を組む。


 ルノアーが目を付けたのは隙間産業の一つだ。

 移動をしたい冒険者は道中の食費や街へ入る入門税を浮かすために、商人の護衛を利用することが多い。

 だが、商人は冒険者ギルドで依頼を貼りだしたあとはただ待つばかりだ。中には貼りだし方がわからず、道すがら同じ方面に行く冒険者に声を掛けることが多い。

 それを冒険者側から繋いでやろうというのが目的だ。

 これには冒険者ギルドも助かった。商人ギルドの依頼を場所を貸して出しているようなものなので、その実あまり積極的に案内をしないのだ。ラングたちのように依頼紙を持って来れば対応するが、全て冒険者任せなのが実情。中には護衛が見つからないまま移動をすることになる商人もいる。


 ルノアーはそれを斡旋、仲介料をもらうことで利益を得る商売を始めたわけだ。

 丁寧に冒険者ギルド、商人ギルドから許可を得てやっているので、商人ギルドや商人からも直接依頼が舞い込んでいるらしかった。

 忙しそうだが顔は楽しそうにしているのでやりがいを感じているのだろう。

 ある程度見学をしたあと、ラングは別のカウンターへ行った。


「もういいのか? どこ行くんだよ」

「約束を果たしに」

「約束したっけ」

「良いものがあれば持ってこいと言われただろう」

「あー! あぁ、そうか、素材いらないからか」


 納得したアルの言葉に首肯も否定もせず順番を待った。


「あら!」


 ルノアーとの契約書を作ってくれたスタッフが顔を輝かせた。


「約束の品だ」


 ラングはポシェットを叩いて フォウウルフなどの毛皮、銀のナイフ、ベアドラドの素材も一匹分をテーブルに並べた。


「まぁ! ベアドラドの毛皮、加工に卸さなくていいのですか?」

「いい」

「では遠慮なく、買い取り査定しますので少しお時間をください。換金はお振り込みと現金どちらで?」

「現金。少々ダンジョンに籠る。その間あれを気にかけてやってほしい」

「あぁ、ルノアーさんですね、わかりました」


 ラングのシールドの先を見てスタッフは頷いて見せた。


「査定は明日には出てますので、良いタイミングで来てください」

「頼んだ」 


 さ、っと列を外れてラングはアルを振り返った。


「どこまで行けるか試すか」

「お! いいの? ラングもきてくれると助かるよ」

「荷物が、だろう?」

「もちろん!」


 ラングはふ、と息を零した。


「たまには大人だけで無茶をするのも悪くはない」


 アルは一瞬きょとりとしたあと、大きな声で笑った。

 受付にルノアー宛ての伝言を残し、ラングとアルは再びダンジョンに潜った。


 戻って来たのは新年祭フェルハースト直前、踏破階数は二十五階。

 毒のエリアを見学だけで済ませ、あとは戻りがてらボス部屋を繰り返し楽しんできた。守る者もなく足を引っ張る相手もいない状態で、お互いにやりたいようにやっただけのダンジョン攻略だった。船代に当てるための稼ぎと分配されたもの。食材は新年祭フェルハーストのために宿に卸し、不要な武器はルノアーが欲しいと言えば格安で売ってやった。それ以外はアルが武器防具屋に直接売りに行った。


 ここでの新年祭フェルハーストはそれはそれで賑やかだった。


 多くの冒険者が食材を宿に渡したので食事は山盛り、酒は浴びるように、知らないパーティ同士で盛り上がってダンスをしたりと騒々しい。

 ジェキアで過ごした冬宿とは全く違う空気にラングは肩を竦め、【異邦の旅人】は端のテーブルで食事を楽しんだ。


「俺去年は雪の中移動してたからわかんないけど、ジェキアではどんな感じだった?」

「宿泊していた人数が少なかったからな、ここまでの騒ぎではなかった」

「あぁ、あの宿少数精鋭って感じだったもんな。ルノアーはいつもどうしてるんだ?」

「私は、昨年までは師匠の下にいましたから。お店でお祝いする準備をして、少し良い物を食べ、でした」

「三者三様だな。そいやラング」

「なんだ」

「部屋でなんか作ってたけど、あれはなんだ?」

「何の話です?」


 もぐもぐ頬を膨らませてルノアーに問われ、アルは純粋に疑問を呈して肉を齧った。

 ラングは口の中の物を飲み込んでから答えた。


「ツカサに」


 端的な言葉にアルは眼を見開き、ルノアーは羨ましそうに笑顔を浮かべた。


「弟さん、大事なんですね」

「俺にはないの?」

「ない」

「なんだよー!」


 雪雲は離れて、星空の見える新年祭フェルハーストだった。


 

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