第54話 八階層へ <ラング・アルside>



「まぁ、そういうのは建前」


 呆気に取られていたルノアーに少しだけ真面目な声色でアルが言った。


「油断しておいてもらった方が、いざというときに動きやすい」


 そう返したのはラングだ。ルノアーは意味が分かりかねて首を傾げるが、ラングもアルもそれ以上続ける気はないらしく、軽く積もった雪を踏んでダンジョンへ向かった。

 それをもはやいつもの通り慌てて追いかけ、ルノアーはダンジョン前の屋台をきょろりと見渡した。

 携帯食料やランタン、蝋燭にクズ魔石、細く巻いた布など、冒険のためのお供があちらこちらの屋台に置いてある。品揃えを見て歩きたい気持ちに駆られたが、二人がルノアーを気にしつつも足を止めないのを見て諦めた。帰り道で見たいとお願いしてみることにした。


「んじゃ行くか。ラング、ランタン貸して」


 ダンジョンの入り口は崖の下に穴が開いたように土壁にあった。初めて見たがただの洞窟のように思える。

 冒険者が次々と中に入りその姿を消していくと少しだけ怖くなった。

 アルは受け取ったランタンを手にして先導に立ち、ラングはその後ろにルノアーを押しやった。無言でこうされるのも段々と慣れてきた。

 

「間にいろ、それが一番安全だ」


 ルノアーはごくりと喉を鳴らして頷いた。


 先頭のアルが掲げるランタンは、アル自身で影になりルノアーの足元を助けてくれるのは少しだけだ。

 槍で時々壁をこんこん叩きながら移動するのは、冒険者相手に「ここにいるぞ」と教える意図が大きい。魔獣は来たら倒すだけだ。

 獣型の魔獣が道中何度か襲ってきたが、槍を前に突き出せば勝手に刺さってくれた。

 毛皮や肉、肝を拾ってラングに渡し、あっという間にボス部屋に辿り着く。


「転移石は確か八階のランダムドロップだ」

「もう一度来るつもりか?」

「限られた時間でどこまでいけるかは試したい」

「そういう楽しみ方もあるか」

「冒険者って…」


 ルノアーはボス部屋前で暢気に会話する二人を見て、自分が息を整えるので必死なのが不思議でならなかった。目の前の二人は息一つ乱すことがなかったからだ。途中所々で立ち止まりハーブを摘んでいたが、それ以外は戦闘中も立ち止まることが無かった。

 ルノアーの呼吸が落ち着いてきた頃、がこんと扉の錠が開く音がして、さて、とアルが手を打った。


「ボス部屋では、入り口に立ってろ」

「すぐ終わる」


 ルノアーはもう黙って頷いた。


 中に入り扉を閉める。

 ボス部屋は広々としていて、真ん中に数匹の草の魔獣がいた。ハーブや薬草が自生している階層なだけあってボスも草木に関わるものだ。

 がさがさと葉が揺れたあと、思ったよりも太い根っこが足になり、天辺から蔓を出してびゅんびゅんと振り回している。床を叩く音がビチリと痛そうで、ルノアーは言われた通り入り口に陣取った。


「お先に!」


 アルが床を蹴って一気に突進した。

 穂先で襲い来る蔓を切り裂き、大きく一回転のあと三匹をまとめて貫いた。それをそのまま振り抜けば壁にぶち当たり、草とは思えないほど生々しい、ぐちゃりという肉の潰れる音を立てて模様になった。

 ラングはいつの間にか部屋の中央にいて双剣を収めていた。周囲には灰になって消えていく魔獣の死体が転がっていた。

 魔獣からは魔石と傷薬の材料になる薬草の束が。

 部屋の報酬としては銀貨数枚と、魔力回復薬になるしずく型の袋を持つスズランのような植物が出た。

 それをラングが腰に持っていくとすっと消え、アイテムバッグに


「行くぞ」

「は、はい!」


 ルノアーは何もいなくなったボス部屋を一度だけ振り返った。


 歩く距離と時間だけはかかった。

 一層から三層まで、同じようにして降りてきた。

 ラングは三層でハーブの群生地をみつけるとしばらくそこで待機を希望した。

 土壁からひょろりと出ているハーブを薄暗いダンジョン内で良く見つけるものだ。光苔がうっすらと明かりをくれてはいるが、それだってルノアーには足らなかった。

 ラングがハーブを欲しがったので今日の探索はここまでとなった。

 癒しの泉エリアの使い方を習い、ルノアーは疲れと緊張から早々に眠ってしまった。


 いいにおいに目を覚ませばラングとアルが食事を摂っていた。ハーブを思う存分に摘んで満足したらしい。時間を聞けば朝を迎えて朝食なのだという。

 ルノアーはラングに預けてあった宿の食事をいただき、泉の水で喉を潤した。疲れが取れると言われ半信半疑だったが、これは効果てきめんだった。

 良く寝たおかげもあって体力は戻っているように感じた。


「今日は何階層まで行くんですか?」


 荷物を背負いながら問えば、ラングがグローブを確かめながら言った。


「十階」

「え!?」


 昨日の三階層までも大変だったというのに、一日で十階層までと聞いて信じられなかった。

 アルは笑ってルノアーの前に背を向けてしゃがみこんだ。


「荷物はラングに預けろ、あとでちゃんと返してやるからさ」

「あ、はぁ、ええと」

「ほら、早く乗れよ」

「えぇぇ…」


 背負った荷物がひゅっと軽くなり奪われ、ルノアーは恥ずかしい気持ちをぐっと堪えてアルの背によっこら乗った。

 ぐいっと持ち上げられて慌ててアルの首の前でしがみつくように腕を組む。


「お前に合わせていたら十五階まで時間がかかりそうでな。悪いが手っ取り早い手段で行かせてもらう」

「もうお任せします」

「はは! しっかり俺の装備掴んどけよな」


 はい、と答えて強く掴めば、アルが頷いたあとラングがするりと癒しの泉エリアを出た。


 そこからはもう意味がわからなかった。


 薄暗いダンジョン内をびゅうびゅう風を切って走り、すれ違う魔獣をすぱりと殺していく。

 時折アルが素材を拾うために足を止め、ラングを呼び止める。拾いながら進めばその先でラングは足をとーんとーんと軽くジャンプさせながら待っており、またびゅうと風を切りながら駆けていく。

 道はいくつかに分かれているのだが、ラングは迷わず駆けて行き、アルはそのあとを信じてついていった。

 他の冒険者とは会わなかった。

 もちろん、それはラングが会わないように道を選んでいたからだ。戦闘の気配や人の気配を察知し、遠回りだが止まらなければ早い方を選んでいたのだ。

 ボス部屋もあっという間に片づけ、時々癒しの泉エリアで小休憩をして、ルノアーは目を白黒させながら引っ付いていた。


 八階層のボス部屋で待機列に合うまで、走り通しだった。

 前に一組の待ちがあったのでボス部屋前で夕食にする。パンを三人で齧りながらラングは懐中時計をぱちりと鳴らした。


「予定通りではないが、時間的にここが終わったら今日は休む」

「了解。八階層は蛇だっけな」

「そのようだ」


 もそりと食んだパンが喉を通っていかない。背中に乗っていただけなのに疲れが酷い。

 ラングが差し出してくれたコップを飲めば、疲れがとろりと溶けていくようだった。


「これって」

「癒しの泉エリアの水だ」

「アイテムバッグってすごい…」


 あまりの有難さに涙が出そうになった。


 しばらくして扉が開き、前のパーティが入っていった。

 ルノアーはまたしばらく目を瞑って睡魔に身を委ね、アルに肩を揺らされて目を覚ました。


「行くぞ」


 慌てて立ち上がり周囲を見れば後ろに二組ほど待機していた。転移石が出るのでここは人が多いのだ。

 おい、ともう一度声を掛けられて扉の中に入り、閉めた。


 そしてまた秒で終わった。

 もはや魔獣に哀れみしかなかった。


 中にいたのは二首の蛇で、二人の冒険者と一人の足手まといを確認すると、迷いなく足手まといを狙って床を滑ってきた。

 一つは首が飛んで一つは頭蓋を粉々に砕かれた。

 返り血すら浴びずに冒険者たちはそれぞれの武器を振るい血と灰を払っていた。


「たまには囮がいるのも良いな」

「やめてやれよ、本人の目の前だぞ」


 貴方もですよ否定してください、とルノアーは胸中で文句を言った。

 ボス部屋でドロップ品と宝箱を開け、幸運にも転移石を入手して九階層へ降りた。

 降りた先がそのまま癒しの泉エリアになっており、加えて広い。

 各パーティもここを拠点にしていて大きなテントが張られていたりする。中には水を魔法で出して売ったり、身の回りの品を売ったりしてちょっとした商人の真似事をしている冒険者もいた。あとでわかったことだが、ここまで転移石と護衛を依頼して降りてきて、拠点を対象に商売をしている本物の商人もいた。

 少し離れたところで簡易竈を組んで調理を始めるラングに断りを入れ、ルノアーはアルを護衛に連れて癒しの泉エリアを回った。


 転移石を持つ者が外や食料が取れる階層で取得、下層の攻略を行うパーティを相手に商売をしている構図だった。

 ここに戻ってくれば外に出なくても宿があり、大きなテントの中でベッドで眠れる。

 水があって体を流せる、など、ある程度の生活環境が出来上がっていたのだ。

 荷物がいっぱいになればここで商人に売ればいい。その金でまた身綺麗に、疲れを癒す。


「すごい、ここにも商売の縮図がありますね」


 ルノアーはダンジョン内とは思えない活気に目を輝かせた。


「その代わり、ここは命懸けだぞ」


 アルは穏やかな笑みを浮かべながら言い、ルノアーの肩を掴んだ。


「離れるなよ」

「は、はい」


 身綺麗にしたばかりの冒険者、ドロドロに汚れている冒険者、古参なのか場を仕切るような商人。活気の裏にある醜悪さを感じながら、ルノアーは見学を終えてラングのところへ戻った。

 いいにおいが漂っていた。じゅわじゅわと音を立てるフライパンからかぐわしいハーブの香りと肉の甘い匂い。

 不思議と鼻孔をくすぐる違う甘い匂いにも腹の虫がぐぅと鳴った。


「いい匂い、豚丼?」

「あぁ。コメが食いたくなった」

「いいね、ツカサとはぐれてから食べてなかったもんな」

「あぁ」

 

 何度も耳にしているツカサ、というのがラングの弟子であり弟であることは、巷の噂で聞いている。

 実際にラングやアルを見ていると、それが特別な少年なのだということがわかる。ルノアーはほんの少しだけ胸にもやりとしたものを感じた。


「ほら、受け取れよ」

「あ、は、はい! ありがとうございます」


 宿の食事のストックではなく器を渡された。

 白い穀物の上につやつやと脂で輝くピンク色の肉。ふわりと鼻を抜けて香るスっとしたものは細長いハーブだろう。

 野菜スープが添えられ、そちらはまた違うハーブの香りがした。


「いただきます」

「イタ、ダキマス」


 手を合わせてから食べ始める二人に倣い、ルノアーも手を合わせてスプーンを差し込んだ。


 はぐ、と大きな口でいただけば、熱々の甘い穀物が肉の脂を逃さず、ぷりぷりとした豚肉との食感が初めての快感だった。

 時折パキ、と噛むハーブが爽やかな香りを広げ、んふー、と鼻から息を吐いた。

 味付けは塩だけなのに、なぜこんなにも美味しいのか。

 口の中が無くなれば次を期待して唾液がドバっと溢れるのを感じた。


「美味いな、なにこれ」

「ローズマリー」

「この細い奴?」

「そうだ」


 へー、とアルが感嘆したような声を零し大きな口で食事を頬張る。

 ラングはゆっくりと食事を進め、ルノアーがそわそわすればおかわりをよそってくれた。


「うう…こんなおいしいの覚えて、どうしよう…」


 泣きそうになりながら三杯目を食べるルノアーにアルが爆笑した。


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