第53話 噂 <ラング・アルside>



 名声だけで相手の強さが測れるかどうかというと、非常に難しい。


 ルノアー自身、道中の二人の手腕を見ていなければ【異邦の旅人】にまつわる噂を信じられなかった。英雄譚が盛られることなどざらにあるのだ。

 また冒険者の中には、噂を流すのはうまいが腕はそうでもない、なんてこともある。

 雪のちらつく中辿り着いた冒険者ギルドは、当然の如く冒険者で溢れていた。ソロが期間限定でパーティメンバーを募る声や、この冬までで解散したか、脱退したかがあったパーティが人員を募っていたりと騒がしい。


 ラングとアルはギルドに着くとまず依頼紙の貼られたボードの前に行った。

 ボードの前には冬宿暮らしの内に、支払った宿代くらいは回収したい冒険者が詰めかけていた。毎年の常連もいるらしく、今年は、という単語も良く聞こえてきた。

 宿決めの際にアルが言っていたように、上層ではハーブ類の納品が多く、もう少し下の階層で冬の食糧の納品が多い。時期的なものだろうがマジックアイテムなどは依頼紙が少なく、需要は無いように思えた。

 ルノアーも同じように紙を覗き込み、内容をつぶさに確認した。


「ツカサのために言うけど、これはこれで特殊なパターンだからな?」

「そうだろうか」

「そうだって、あいつは元々そういう生活してなかったんだから。その点を考えても出来の良い弟子だと思うぞ」

「そうか」


 アルの言葉にラングが返す、その会話の意味を分かりかねてルノアーが振り返る。

 気にするな、と笑われて首を傾げた。

 ある程度目的の階層を決めたラングはそのままカウンターへ向かい、ルノアーの背を押した。巻き毛のギルドスタッフはルノアーを見て首を傾げた。


「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?冒険者登録ですか?」

「あ、いいえ、ええと」

「こいつの依頼でダンジョンに潜る。契約をしたい」

「あぁ! なるほど、ご依頼とその受諾ですね。少々お待ちください」


 女性が紙を取り出して羽ペンを置き、どうぞ、と手で促した。


「初めて依頼紙を出すらしい」

「あら! 失礼しました、では代わりに作成しますね。ご用件は?」

「ダンジョンに同行をさせていただきたいんです」

「目的は十五階層の毛皮だ」


 ラングが目的を言えばルノアーはぎょっとした顔でそちらを見た。数階程度だと思っていたらがっつりと潜ることに驚いたのだ。

 ラングとルノアーの温度差に眉を顰めながらも女性はペンで書きこんでいく。


「では契約金はおいくらですか?」

「銀貨五枚」

「…正気です?」


 女性の手が止まり、疑うような目でラングを見上げた。


「形だけの契約で良い」

「何か事情がおありですか?」

「頼まれただけで動く、という実績を持ちたくはない」


 言い、ギルドカードを差し出せば女性は目を見開いてラングとアルを見遣った。それから頷いてギルドカードを返却した。


「なるほど、事情は理解しました」

「助かる」

「とんでもない。何か良いものを見つけたらぜひギルドにも納品をお願いします」

「わかった」


 目の前でさらさらと話が進んでしまい、ルノアーはまだ混乱の渦中にいた。

 促されるままに銀貨五枚を支払い、依頼紙にラングがサインをして契約を済ませた。また水に押し流されるようにルノアーは雪の中に連れ去られた。


「出立は明後日にする、食料は用意できるか?」

「あ、いや、すみません、難しいと思います。まだ街をわかっていなくて、食材がどこにあるのかも、それに、ダンジョンで何が要るのかもわかっていなくて」

「わかった。では付添人として用意しておく。今後依頼をする時は自分の分は自分で用意したり、お前が冒険者の分を支度しなくてはならない可能性も視野に入れろ」

「わかりました。あの、毛皮って、依頼紙にあったベアドラドの毛皮ですか?」

「そう、よく見てたな。大型の狼の魔獣、装備にも使われてるし貴族にウケもいい。この時期食料のが売れるけど、あとあと持ってて困らないだろうからさ。俺たちも少し持っておきたいんだ」

「ありがとうございます…! と、ところで本当に銀貨五枚で十五階層までいいのですか?」

「俺たちののついでだからいいよ。その代わりちゃんということ聞かないと腕の一本や足の一本は失くすかもしれないからな」

「ご指示お願いいたします」

「いいって。ただまぁ、ラングに借りを作るのはでっかい借金だぞ」

「えっ」


 アルがにんまりと悪い笑みを浮かべたもので、ルノアーは素早くラングを見た。

 すぅっと視線が逸らされたのを見て真っ青になる。


「わ、わたしはどうなるのです…!?」

「死にはしない」

「怪我はするんですか!?」

「まぁ、まぁ」


 アルがぽんぽんとルノアーの背中を叩き、そっと囁いた。


「もう契約しちゃったからな」

「…もっと冷静に詳細を聞くべきでした」


 悔しそうなルノアーにアルは大きな声で笑った。


 翌日、ラングとアルは手分けしてダンジョンに行く準備を整えた。


 ラングが食材や雑貨などを買い出しに行ったので、アルはルノアーに冒険者の準備というものを教えに行った。これはルノアーが今後、依頼をする際に知っておかねばならないことだ。

 食料の計算、荷物の重量、ランタンや燃料のクズ魔石。容量のあるアイテムバッグがどうしても欲しくなるラインナップだ。ギルド併設の店で地図を買うついで覗いてみたら、アイテムバッグは小さい物でも白金貨一枚、百万リーディから。時間停止付きは置いていなかった。

 アルは腰のポーチがアイテムバッグになっており、そこに目についた屋台物をひょいひょいと買い込んでいた。


「やっぱり、必要ですよね」

「商人なら特にそうだと思うな。積み荷の中でも特に大事なものは、肌身離さずな商人多いし」


 ですよね、と言い、ルノアーは思案顔になる。


「何考えてる?」

「白金貨一枚、百万リーディを稼ぐのにどのくらいかかるかと思いまして」


 またアルが屋台で買ってポーチにしまう。

 うち一つを差し出され、ルノアーは支払おうとしたが押し付けられた。


「金出して欲しい時は言うから」

「ありがとうございます」


 齧れば肉汁が溢れてくる。これはダンジョン産のオーク肉だという。美味しい。

 こういった食材を遍歴商人が扱うには難しい。享受する側に回ろうと思った。


「ちなみにさ、正直聞いちゃうけど、今回の売り上げどうなんだ?」

「思ったよりも毛皮を良い値段で買い取ってもらえたので、宿代を除いて全体で七十万ですね」

「へぇ、あと三十万じゃん」

「いえいえ、仕入れがありますから。いくら残るか」

「ははぁ、冒険者はそこ、命を担保に元手ゼロリーディだからな」

「実力があるからこそですよね」


 しみじみ呟くルノアーにアルはまた笑った。


 ――― さらにその翌日、十日の予定でダンジョンに向かった。


 ラングはこれまた用意周到で、ルノアーの朝晩の食事を宿に十日分作らせ、それを空間収納に入れて来た。商人であるルノアーが支払ったものを無駄にさせないためだ。ケチな対応だがルノアーはとても喜んだ。商人であればこそ、無駄金は使わないし、支払った分の元は取る。

 ルノアーの食事はこれでいい。昼を取る場合は同じものを食べさせる。ラングとアルは元々自分たちで用意した物を調理して食べる予定だ。

 ヴェレヌのダンジョンはジュマ同様、馬車で移動した先にある。乗合馬車は日に何度も通り雪が積もろうとするのを防ぐ。

 日に日に空気は凍っていき、雪雲は空を厚く覆い始めた。ダンジョンから戻る頃にはどっさりと積もっていそうだ。

 冒険者向けの乗合馬車はルノアーの想像より劣悪だったらしく、始終無言できつく目を瞑っていた。

 それもそうだ、よく揺れ、帰還する冒険者が乗った後は臭い。ラングもアルも慣れっこの臭いではあるが、今同行している冒険者が身綺麗なせいもありルノアーは苦しそうだった。

 幸運なのは乗車時間が十五分と短かったことだ。

 必死に酔いと臭いを我慢するルノアーをアルが揶揄おうとし、ラングはそ知らぬふりで雪を眺めていたら声がかかった。


「奇抜な装備だな、お前」


 狭い乗合馬車で暇を持て余したのだろう、若い冒険者だった。

 ぱっと見でわかる前衛と魔導士と遊撃手、癒し手の四人パーティ。アルはラングの風貌に絡んでくる冒険者を久々に見た。


「迷惑はかけていないはずだが」

「別に迷惑とは言ってないさ、どこのパーティ?」


 ラングは顔が見えず、アルはまだ若い、ルノアーはそれよりも年下だとはっきりわかるので、同年代かそこらだと思っているのだろう。若い冒険者は随分と親し気に尋ねてくる。

 ラングは呆れ、ふ、と小さく息を零した。


「【異邦の旅人】」


 アルが代わりに答えれば、冒険者たちは顔を見合わせてから笑った。


「この間【子山羊亭】で同じ名前のパーティがいたって聞いたけど、あんたら?」

「そうだな、俺たちだ」

「かなり話盛ってたみたいじゃないか、背伸びはしないに限るぞ」

「それはどうも」


 嘲笑を含んだ眼差しで上から下まで眺められながら、アルは意に介さず笑って返す。ルノアーがその態度に不満そうな表情を浮かべる。

 ギルドカードを見せろと言われ、こんな揺れる馬車の上で落としても困る、と丁重に断る姿もまた、嘲笑の対象になった。


「なんで反論しないんです?」


 馬車を降り、絡んできた冒険者が笑いながらダンジョンへ向かったのを見送ってルノアーは尋ねた。

 ここに来るまで実力をたっぷりと見せつけられてきたルノアーは、まだ少しの間ではあるが一緒に行動できることに誇りを感じていた。だからこそバカにされるのは許せなかった。

 アルはラングと顔を見合わせると大きな声で笑い、それからルノアーに耳打ちをした。


「ああいう連中が、例えば絶体絶命になったとして、それを助けた相手が俺たちだったら、って想像してみたらさ」

「はい」


「なんかスカッとしないか?」


 アルの悪戯な顔の向こうで、ラングが少しだけ、小さく頷いた気がした。



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