第38話 ヴァッサーと精霊たち <ラング・アルside>



 ヴァッサーの声に集った大小さまざまな精霊たちは興味津々でラングに纏わりついた。


 ラングはそれをまるで虫を払うような動作で拒否するが、小さな精霊たちは気にしないらしい。

 

「過去の話をアルが聞いたと思うが」

「はい、ウィゴール様と聞きに来てました」

「確認を…、こいつらを離れさせろ煩わしい」

「はは、ご勘弁を。こっちへおいで、人を困らせてはなりませんよ」


 ヴァッサーは優しい声で精霊たちを呼び、渋々と言った様子でそれらはラングから離れた。

 ラングはふぅと一つ息を吐いてから改めて尋ねた。


「いくつか確認をしたい。マルキェスが見えなかったのはいつだ?」

「そう、ですね…。言われてみれば最初は見えていたんですよね、いつだろう、いつだい?」


 さわわ、ぴちち、ぱち、と話しているらしい音がした。それがラングには聞き覚えのある環境音で少し首を傾げる。


「あれらは幼精ようせいと言います。まだ自然が立てる音でしか会話が出来ないのです」

「なるほど。お前たちくらい育てばなんと呼ぶ」

「精霊に成ると書いて成霊せいれいです。人がそう定義付けたものをいただきました」

「そんなこともあるのか」

「えぇ、こちら側から寄り添う証でもあります」


 アクアエリスの講義を興味深げに聞いていたら会話が終わったらしい。


「六日前ほどから見えなくなっていたようです。確実に気配がなくなったのは昨晩…ぷつりと途絶えて何も」

「何故それを私たちに言わなかった?」

「幼精たちは覚えていられないんです、余程意識していなければ…。私も水ゆえに風を介したものは弱く、…すみません」

「どうしようもない性質の問題ということか。では次の質問だ、過去に大火事があったはずだが、覚えは?」

「これも、すみません、覚えはもちろんありますが突然のことでよく…。魔力により生じたものが理に還るには少し時間がかかりまして」


 ラングは思わず舌打ちをした。

 話にならない。


「すみません…」

「まぁいい、お前が突然だというのなら犯人が魔導士なのは確定だ。それで、理に還るにはどのくらいの時間がかかる?」

「程度にもよりますが、強い魔力であれば三日ほど」

「ではあの大火事を認識したのは?」

「気づいたのはすぐでしたよ。如何に魔導士の炎とはいえ風は揺れ水は熱を感じますから。理に還ったのは燃え尽きたあと、およそ五日後だったかと」

「強い魔力で三日だと言ったな? それほどに強い魔力だった、ということか」

「恐らく。…理がなくてはならないように、魔力もこの世界にはなくてはならない。ただ、在り方が難しいのです」

「改めて聞くが、何故その大火事を止めなかった?」

「魔力が、威力が強すぎて止められなかったのです。そしてあまりに強い力に弱い精霊は焼かれ、消え、死んだ。

 水ですらそうです、火に炙られ蒸発し、空気に混ざりあって形を変えた。在り方が変われば精霊の記憶は消えてしまうのです。

 故に、あれを覚えている精霊は私などの成霊くらいでしょう」


 ヴァッサーは目を伏せて真摯にラングへ応えた。

 ラングは一つ息をして、力を抜いた。


「最後の質問だ。お前はここをどうしたい」


 ラングの問いにヴァッサーはきょとりと目を瞬かせた。


「聞いてくださるのですか」

「当然だろう、ここはお前の管轄だと聞いている」


 何を言っているのだと言いたげにラングが首を傾げれば、ヴァッサーは嬉しそうに笑った。


「元通りとはいかないでしょう、けれど、また人と会話をしながらこの場所を守れれば、それに越したことはないです」

「わかった、意思は伝えよう。あとはお前がきちんと話すんだぞ」

「わかりました」


 ヴァッサーは嬉しさに水を纏ってくるくると宙を飛んだ。周囲の明かりを受けてきらめく水球を周囲に散りばめ飛ぶ姿は、やはり神秘的だ。

 ラングはふと尋ねた。


「理に属するお前たちが気づかないのであれば、魔導士たちはどうなのだろうな」

「能力のある魔導士であれば、気づくそうですよ」


 アクアエリスが事も無げに答え、ラングはそちらを向く。


「ならば魔導士とも交流を持つべきだろうな。隣人として関係性が築ければ、お互いが違和感を感じられる」

「貴方は面白いことを言いますね」

「至極真面目に言っている。ここに魔導士が住んでも問題はないか?」

「それはもちろん、先日のようにそれこそ、ここを燃やそうとしなければ」


 アクアエリスの言質を取り、ラングは少しだけ腕を組み考え込んだ。


「印をつければ見えるんだな?」

「えぇ」

「魔導士にも出来るのか」

「えぇ、可能です」

「もう一つ聞こう。ここを魔力で染めるというのは、何を指す?理が保たれる程度はどのくらいだ。お前たちの言う「理のルール」とやらがわかりにくい」

「例えばですが、この国がすべて燃え尽きるほどの魔導の炎であったり、もしくは今いるが燃やし尽くされれば困ります。数字で言うなら人口の半分以上が魔導士になると影響が見え始めますね」

「あぁ、そういうのはわかりやすい」


 ラングは再び腕を組んだ。


「外にも魔力なしは多いだろう、ここにも生贄から逃れた魔力持ちがいるだろう。ならば交換してしまえばいい。ふむ、方針が見えたな」

「と、言いますと?」

「エルキスの国を開かせる。魔導士を贄にするなどという噂自体も払拭しなくては、また同じことが起きる」


 一人納得してラングは水に飛び込んだ。

 アクアエリスは少しだけ微笑んでその後を追い、ヴァッサーは久しぶりに帰郷したことを喜んでいた。


 ――― 情報収集を終え一同が介したのは食堂だ。

 

 夕食時、それぞれが報告をしながら食べ物を口に運ぶ。

 アルからはいなくなった魔導士はいないこと、傷つけたことを謝罪したいと思っているだろうこと。

 オフィエアスからは昨晩、いつもと違うことがあり、近衛が困惑していたこと。そしていなくなったタイミングはまさにそこだろうこと。

 ラングからはオフィエアスの発言への肯定と、今後の方針が打ち出された。


「交流を持てと?」


 オフィエアスの言葉にラングはそうだと頷いた。


「理の国であるのなら、理が強くなくてはならない。あとで紹介するが、エルキスが成り立ってからずっと、お前たちに寄り添っていた精霊がいる。

 あいつらが言うには、国の半分以上の人口が理の者、要は魔力なしである者がいいそうだ」


 ラングはアクアエリスから聞いた話をそのまま伝えてやった。

 

「だから、この国の魔力持ちは隣国へ交換留学へ。同様に、他国の魔力なしはここへ来ればいい。穢れし者扱いで苦しむ者はいるだろう。それだけでは角が立つから魔導士の来訪も認めればいい」

「簡単ではありません」

「当然だ。だが、やるべきだ」


 だんっ、と強くテーブルを拳で叩き、ラングはオフィエアスを見据えた。


「この先、ここに魔力持ちしか生まれなくなれば? 今までのように国に閉じこもり隣国を見下して、滞った水や風のように腐り果てていくか?

 言っておくが、お前たちが思っている以上にこの国のは重要なんだ」

「重要とは?」

「かつてのエルキスの民ならば知っていたのだろうな。ここはこの大陸スヴェトロニアの理の要だそうだ。そこが魔力に押されてしまえば、いろいろと面倒なことになるらしい」


 オフィエアスは困惑して隣に立つツェルテを見上げた。

 ツェルテも同様にオフィエアスを見ていた。


「どうせ今までのしきたりなど、手探りで整えたものだろう」


 これにはオフィエアスがどきりと体を震わせた。


「ならばここで、のしきたりを身に付ければいい。それを伝えるまでが私の仕事だ」

「…教えてくださるのですね?」

「くどい、そう言っている。ただし「でも」「だって」「今まではこうだった」という言葉を言った瞬間、お前に理の加護が与えられることは二度とないと思え」


 威圧と共に言われ、オフィエアスは小さく頷いた。


 それを見てラングは机を叩いたままだった体を起こした。


「手始めに仲直りから行くとしよう」


 ラングの視線がアルを見た。


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