第35話 二人の悪魔による調査 <ラング・アルside>



 ラングがエルキス独特の文法を学んでいる間、アルは魔導士とエルキスの民を相手に話を続けていた。

 

 魔導士たちからは裏切り者扱い、エルキスの民からは異端者扱い。

 アルは面倒くさいと思いつつもその一つ一つを聞いて答えていった。それはひとえに友であるウィゴールのためでもあるし、まだ子供であるツカサの道のためでもあった。

 仲間になった時から命を預け、預けられるというのは理解をしているし、冒険者であれば当然の認識だ。ただ、早々に庇護から抜ける羽目になった少年が哀れで仕方なかった。

 ラングがエルキスで尽力をするのもまた、精霊のためではなくツカサのためであるとアルはわかっていた。


 だからこそ面倒でも引き受けた。


 魔導士たちからは裏切り者と言われつつも懐柔をしようとされ。

 エルキスの民たちからは穢れし者と呼ばれながらも精霊を使することへの嫉妬を向けられ。


 そんな状況下でアルが耐えられたのは三日だけだった。

 その後は声を張り上げ喧嘩のようなこともした。

 魔導士とエルキスの民が取っ組み合いを始めてしまいぶん殴って黙らせたこともある。

 講堂に居た癒し手は徐々にどちらにも呆れ果て、ただアルに味方するようにもなった。


「いい加減にしろ!」


 そう叫んだのはラングがオフィエアスと和解する日の昼間だった。

 

「あのな、何度も言っているがお前たちの身の回りにあるもの全部に精霊がいるんだ。吹いてる風も、飲んでる水も、足を付けているこの大地も、飯を作るのに使っている火も!

 魔導士のお前ら! 精霊がその気になればどこに逃げても無駄なんだぞ。

 エルキスのお前ら! そこにあって当然なものに、何故命が意思がないと思える?

 ほんの少しだけ気づけばわかることを、頑なに違うそうじゃないというのは、逆に何故なんだ?」


 最後にアルが尋ねた言葉に、魔導士たちもエルキスの民も一瞬しんとした。


「教えてくれ、どうしてそう思った?」


 こっくりと首を傾げ、アル自身も叫んで疑問が明確になったらしい。

 

「そうだよ、なんでそう思ったのか俺に教えてくれよ。そいでさ、もう、精霊と直接関わってみれば良くないか?山で海を語るより自身の足で大海を見ろ、っていうしな」


 うんうん、と頷いてアルは講堂を出ようと足を向ける。


「来いよ、外で聞かせてくれ」


 くい、っと手招かれ、困惑をしつつもその後に続く。

 幾人かは席に残ったまま動こうとしなかったが、それは放っておくことにした。

 アルが外に出れば、さぁ、と心地よい風が吹いた。思わず大きく伸びをして凝り固まった体をリラックスさせる。

 エルキスという国は綺麗なところだ。

 木々の緑と素朴な家々のカラーリングが不思議と癒される。

 木造と石造りの兼ね合いでそう見えるのだが、いたるところに水路が通っているのも大きい。

 ぱしゃりと時折魚が跳ね、白い石畳に染みを作る。

 エルキスの民も魔導士も連れ立って講堂を出て、どこまで行くのだと問われても立ち止まらず、アルは中庭に来た。

 中庭の芝生が生い茂ったスペースによっこら座り、足を延ばす。


「座れよ」


 促されて先に座ったのはエルキスの民だ。

 魔導士たちは少し時間を置いてから座った。


「で、なんで魔導士なら偉いんだ? どうして精霊が居れば偉いんだ?」


 アルは中立の立場でそれぞれの主張に耳を傾けた。


 曰く、魔導士は魔力があるから特別なのだという。

 曰く、精霊の加護持ちは自然を操れるから特別なのだという。


 じゃあ俺はどちらも出来るから一番偉いんだな、とアルが言えばそうではないと両方が言う。


 ならばなぜそうではないのだ、と問えば、さらに返ってくるものがあった。


魔法の女神マナリテルへの祈りが重要なのだ」

ことわりの精霊への信仰が重要なのだ」


 ふーん、とアルは首を傾げた。


「でもさ、俺の故郷じゃマナリテルを奉じてなくても、信仰してなくてもめちゃくちゃ強い魔導士もいたし、俺はすごいんだーなんてお立ち台に上がる人もいなかったぞ。

 ついでに言うならこの大陸スヴェトロニアでもマナリテルを信仰してない魔導士多いよな?」

「それは…」


 確かにそうなのだ。

 

「魔法の穴だっけ? を開けるのは良いけど、そもそも開ける必要のないまま魔法使ってるやつもいるじゃん?あれはなんで?」

「それは…」


「信仰は自由だからいいと思うけど、そうやって信仰してない魔導士も所謂【穢れし者】な訳?」

「いや、そうではないぞ、だが」

「精霊が悪魔だって言い張る前に、まず野良の魔導士をマナリテル教徒にするのが先なんじゃないの?」

「…」

「どうしてそっちやらないんだ? どうしてここに来て暴れた?」

「…それこそ、導師様が言ったことではあるんだが」


 一人の魔導士がぽつりとこぼした。


「悪魔付きを粛清してこそ、魔導士の力が世に知らしめられる、と…」

「だ、だが人を生贄にしているという密告もあって我らは来たのだ!」


 自国を攻められたエルキスの民が声を上げる前に、他の魔導士が声を上げる。

 その言葉にエルキスの民は地面を見た。


「我らの半数は懐疑的であった、そのようなことがあっていいものかという者もあり、まずは確認をしようともなったのだ」

「だからこそあの怪しげな儀式が始まるのを待った」

「少年が祭壇に寝かされ、それから起き上がり、武器を向けたのを見て動いたのだ!」


 そうだ、だから正しいのだ、と追い風を受けたように魔導士たちは騒ぎ立てた。


「で、その生贄情報はどこから?」


 大きな声でアルが尋ねた。

 ここ数日中心になっているアルの声に立ち上がっていた魔導士たちもエルキスの民も座り直した。


「導師様が言うことなので、どこからかはわからない」

「だが子供が手紙を送ってきたと聞いたぞ」

「じゃああの少年が自ら助けを求めたのか」

「わからん」


 魔導士たちも一枚岩ではないようで、憶測が飛び交っている。

 アルはふぅとため息を吐いて、膝を叩いて耳目を集めた。


「ただまぁ、理由がどうあれあんたたちがやったことは一方的な侵略だ。これが他国に知られたら、そんな危ない組織を国に宗教としておいておけるかーってなりそうなもんだけど」

「うっ、それは」

「言われればそうかもしれんが」


 大義名分に酔っていた頭が理性を取り戻せば自身が置かれている立場は良く視える。

 

「癒し手が治したから良いけど、あんたたちは傷つけた相手に一生恨まれる覚悟はあったのか?」


 火傷を負った近衛がいた。その近衛には家族がいた。

 今ここにいるのは神官や為政者のみ。その家族や近衛そのものはいない。

 居れば、ここまで穏やかではないだろう。

 ちなみに近衛を置かなかったのはラングが、アル一人いれば事足りると言ったからだ。


「だが、それを言うなら貴様も我らを斬り伏せただろう!」

「俺は別に恨まれても構わない」


 アルが槍でその腕を足を斬った魔導士が睨みつけてくる。

 それを真っすぐに見返してアルははっきりと言った。


「槍を向ける時、俺は覚悟を決めている」

 

 それは恨まれることもそうだが、自分が返り討ちに遭って死ぬこともそうだ。


「だから迷わない、後悔しない。今ここで殺したいという者があれば、受けて立つ。不意を打って来ようとするのも止めはしない。だがその時は俺に殺される覚悟を持ってかかってこい」


 そこまで言われれば魔導士たちはたじろぐ。


「ま、不意なんか打たせないけどな」


 ふわっと草木の香りを纏ってウィゴールが姿を現した。

 エルキスの民は芝生にひれ伏し、魔導士たちはひぃ、と声を上げた。

 ふぅわりと不思議な挙動でアルの横に降り、ウィゴールは同じように芝生に座った。


「いいよ座りなよ、面白そうだから俺も混ざってやる」


 ウィゴールが言えば恐る恐ると言った様子でどちらの者も芝生に座り直した。


「なぜ精霊様が魔力ある者にお力を貸すのですか…」


 恨みがましい目でアルを見た後、エルキスの民が問う。


「友達! だからな!」


 胸を張ってどや顔で言うウィゴールに周囲がざわつく。


「精霊と関り合いになれるとは思ってなかったから、ありがたいよ」

「へへ、そういうことを本音で言うから良いんだ」


 ウィゴールは魔導士とエルキスを見渡して言った。


「あのな、俺たち精霊と魔導士が水と油なのは理由があるんだ。聞く気あるか?」


 その言葉には全員が頷いて身を乗り出した。

 目の前にしたことで、単純に精霊そのものを知りたいという探求心なのだろう。片や知ることで対処法を得ようとしているのだ。


「まず、魔力があるやつはよく視えないんだ」

「よく視えない、とは」

「んーなんて言うのかなぁ。こう、ぐにゃぐにゃしてる。砂嵐…はこの辺じゃないからわからないか」


 腕を組んで説明を難しそうにして、ウィゴールはむむむと唸った。


「あ! そうだ、水を上から見た時と、水の中で見たとき違うのはわかるか?」


 魔導士もエルキスもなく、人々が話し合う。


「あぁ、ええと、波打って良く見えないのとか…そういうあれか?」

「俺は水の中で目は開けられない…」

「水の中で目を開くと、上から見るより確かに見えるような」


「そう、その感じなんだよな」


 ウィゴールがうんと頷いた。


「だから気を付けないと見落とすし、言葉もくぐもって遠く聞こえる。それが続くのはちょっとこう、すごい不愉快というか不快感というか」

「俺もそうなの?」

「いやーそれが面白いんだけど、たまにいるんだよ。魔力持っててもバチっと見える奴が」


 お前な、とウィゴールがアルを指差す。


「それを俺たちは性質が似ている、と思ってるし、言ってる」


 なんとなくわかった。

 魔力を持っていても精霊と会話できるのは珍しくはあるが、ないわけではない。

 だがそれはどうしても精霊側の都合によるのだ。

 だから精霊はお互いが不愉快でないように近寄らない。

 

「じゃあ、俺たちの中にもそいつのように悪魔…精霊を使役できる者がいるのか?」

「あーその使役ってのやめてほしいな」


 ウィゴールが嫌そうに言えば、エルキスの民がおろおろとした。

 エルキスは精霊を使役する、という認識でいるからだ。


「頼まれればことと次第によっては力を貸すこともある。でもさぁ、お前、初対面の奴に急に従えって言われて言うこと聞ける?」

「…いや」

「俺だってやだよ」


 ウィゴールが言うことは人のそれと全く同じだということだ。

 エルキスの民は徐々に顔色が悪くなってきている。それを見て、まだ間に合うなとアルは思った。


「俺たちはいつだってそこに在る。そこに居る。でもそれだけだ」


 精霊本人の口から言われればそれ以上のことはない。


「な? 話してみないとわからないだろ?」


 アルのそれは魔導士たちに対して、エルキスを知らねばわからないだろうという問いかけでもあり、エルキスの民に対しての問いかけでもあった。

 

「だが悪魔…精霊は生贄を求めたのだろう?」


 魔導士が言えば、ウィゴールは真顔で答えた。


「理が生贄を求めたことは今まで一度もない。人が勝手に捧げることすら俺たちはただただ不愉快だ」


「で、ではこの国の者たちの、勝手なふるまいだったと?」

「そうだ」


 しんと黙り込んだ一同にウィゴールは一瞥をくれてふわりと浮き上がった。


「じゃあ何故要らないと言わなかった、なんて問うなよ。そう遠くない過去に水の精霊が直接要らないと言っている」

「聞かなかったのか」


 魔導士たちがエルキスの民を向けば、世代の違うエルキスの民は困惑した表情でそれを受け止めた。


「知らない、私は知らない」

「私もだ、そんなことがあれば贄など」

「ではなんのために…」


 アルがパン、と強く手を叩いた。


「精霊が向き合ってくれている今なら、まだ遅くはないんだ。魔導士のあんたたちも、人を殺さずに済んでいる今だからこそ、知れることがある。そうだろ?」


 この数時間で一気に押し寄せた様々な情報を、彼らは少しだけ咀嚼する時間が必要だろう。


 休憩にしよう、とアルが言い、それぞれが芝生の上で話すのを眺める。


「神官たちが精霊の言葉をここまで知らないのはなんでだろうな」

「人の記憶なんてそんなものだろ?」


 離れたところでうろうろと腕を組んで歩き回るアルに連れ添い、ウィゴールがその後をふわふわと追う。


「いやさ、俺んちが統治者オルドワロズだからこそわかるんだけど、記録って言うのはきちんと残されるものなんだよ。王からの勅命でも、街であった些細なことでも、なんでも」

「へぇ?」

「こういう宗教国家で、それこそ精霊なんて信仰対象が発した言葉がどこにも残っていないなんて、おかしいだろ」


 ぴたりと足が止まり、ウィゴールは急ブレーキよろしくアルに後ろからぶつかった。


「…そう、おかしいんだ。ラングに話さないと」


 何か直感めいたものがアルの足をラングのもとへ向けさせた。


 


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