第33話 おもてなしと悪魔  <ラング・アルside>



 戦闘後、魔導士たちは全員死なない程度の手当てをされ、牢に入れられた。


 ラングとアルがいた地下牢ではなく地上牢。魔封じなどはなかったのでアクアエリスに脱走を許さないように頼んだ。

 そこは俺に声をかけてくれよ、とウィゴールが言うのでそれはそれで任せた。


 癒し手たちはラングに見張られながら渋々と言った様子で火傷を負ったエルキスの兵や民の手当てにあたった。

 マルキェスは一人地下牢に入れられ、そちらも精霊に見張りを頼んだ。ただ、こちらは脱走ではなく自害を封じる目的だ。


 一頻り指示が終わりどちらにも死者がいないことを確認したあと、ラングとアルはエルキスに来てから初めてまともにもてなされた。

 精霊の加護を持つからでもあるし、精霊の加護を使わなくとも魔導士をせん滅できる戦闘力は、今後も抱えておきたいという意図が透けて見えた。


「まずは、諸々の対応を詫びよう」


 巫女エルティア・オフィエアスが先頭で頭を下げ、その後に近衛と神官が続く。

 民は街に村に戻されている。ここにいるのはエルキスを治める為政者たちばかりだ。


 ラングはその謝罪に沈黙を貫き、受け取りはしなかった。

 アルは横でもりもりと食事を食べている。魚料理と野菜料理、それに果物を乗せた器などが並べられ豪勢なものだ。

 しばらくしてアルの食事が落ち着いたころ、ラングは尋ねた。


「何故精霊の言葉を反故にした」


 それは地下牢にひと月あまり放置されたことを指し、また、贄を要らないと言った過去のことを指した。

 オフィエアスには前者だけにしか聞こえなかった。


「…大きな精霊の加護を、そなたが死ねば別の者が受けられると思ったからだ。すまなかった」


 ラングは黙って腕を組んだ。

 ひと月。地下牢で精霊であるアクアエリスやウィゴールと会話したラングは、今まで精霊と関りはなかったがある程度の理解はした。

 一人の精霊は一人だけにしか力を貸せない訳ではない。

 ラングに力を貸しつつも、アクアエリスとウィゴールは常に【若】の存在を気にかけていたし、常に傍にいるようでもいないようなものだ。アクアエリスではない声が聞こえたり、いたずらをするような気配を感じたこともある。

 奇妙な不快感がラングの思考を撫でた。

 だからまずは違う話をすることにした。


「お前たちが差し出せるものならなんでもやろう、と言ったな」

「あぁ、確かに申した。何が欲しいのだ、言うが良い」


 オフィエアスは尊大に頷き、ラングへ悠々と両手を差し出して見せた。



「ではお前の持つ権限をすべて貰おう」



 ラングの発した言葉にオフィエアスは笑顔を凍らせた。

 広い食堂に詰めかけていた人々がざわつき、近衛たちは困惑を浮かべながら武器に手をかけるかどうかを悩んでいた。

 その中で唯一近衛頭のツェルテだけが武器を抜いた。


「貴様! 先の功績は認めたとしても、そのような要求は受けられるわけがなかろう!」


 ラングは盛大なため息を吐いて椅子から立ち上がった。

 

「本来、こういったことは得意ではないのだがな」

「何を言っている?」

「勘違いをするなと言っている」


 ラングはすぅ、と息を吸った。


「控えろ。公言した報酬を違えるならば全て元通りにするだけだ。魔導士を解き放つよう精霊に声を掛ければそれで済む。何せ手当は終わっているのだからな。

 情けないお前たちのために、私がこうして時間を割いてやっていることに感謝しろ。加えて私は理の代弁者としてここに立っている、弁えろ」


 どこから出しているのか、その声は良く響いた。

 胃の腑が痺れるような、けれど不愉快ではない。

 ツェルテが理の代弁者という言葉に足を引き、武器を収めラングを睨んだ。

 それを見てからラングは全員を見渡した。


「お前たちに精霊がどう考えているのか、どう在りたいのかを伝える役目を、面倒だが引き受けた。ここまではいいな?」

「え、えぇ、わかりました」


 オフィエアスは少しのいら立ちを混ぜながらも頷いた。

 ラングが言った通りこれ以上反故にすれば、魔導士たちが解き放たれて民が傷つく。それはオフィエアスに対して良い楔になった。


「この国の在り方が変わる可能性がある。その度にお前に話を通し、許可を取るのは時間がかかる。その手間を省くために、権限を寄越せと言っている」

「在り方が変わるとは? 穏やかではありません」

「単刀直入に言おう。今のお前たちでは、精霊は絶対に力を貸さないだろう」

 

 オフィエアスはかっと顔を赤くし、ツェルテはその様子に再び武器を抜こうとした。

 それを震える手で制し、オフィエアスは深呼吸の後尋ねた。


「何故です」

「まず一つ、精霊は贄を求めていない」


 オフィエアスは混乱を極めて微かに頭を振った。


「ですが! 貴方が精霊の加護を得たのはあの魔獣があったからでしょう! それに先代も、先々代も」

「これのことだろうな?」


 どさりとラングの背後に濡れたグリフォンの遺体が現れる。

 磨かれた大理石の床に水が滴り広がっていく。


「お前たちに悪用されないように、と預かっていてくれたそうだ。正しく返却されている」


 ラングの言葉にオフィエアスは僅かに気が遠くなった。


「けれど、先代と先々代が」

「湖に投げ込まれた贄は、別の場所に連れて行って逃がしたと聞いた」

「そんな」


 ふらついたオフィエアスの体を支えたのは、やはりツェルテだ。


「ですが、それならどうして先々代も先代も、加護を得たのですか」

「これ以上の犠牲者を出して欲しくないがために、授けた。だが、さらなる加護を求めて命を奪っていたそうだな」

「えぇ、先代は、そうして…」

「それで見限った」


 オフィエアスはついに膝が崩れ、ツェルテは慌てて自身の膝を椅子にさせた。大した忠誠心だ。


「…今、加護を持つ者は…?」

「何故だろうな、そう言ったことの調査も私はしたい。重ねて言うが権限を寄越せ」

 

 ラングは手を差し出した。

 その手に権限を得れば、調べたいことは山ほどあった。


 オフィエアスはしばらく呆然とした後、ツェルテの手を借りてゆらりと立ち上がった。


「…私、巫女エルティア・オフィエアスはすべての権限をこの御方に預けます」

巫女様エルティア!」

「ただし、貴方のやることは横で見ます、いざとなれば私の命を懸けて止めましょう」


 き、と強く睨みつけてくるオフィエアスにラングは好きにしろと言いたげに小さく首を傾げた。


「まずは一つとおっしゃいましたね、二つ目はなんですか?」


 毅然と話すその態度に少しだけ見直した。


「お前たちには精霊が何を求めているのか、根底から学びなおす必要がある。学び舎を用意しよう」

「何を学ぶと言うのです、精霊のことですか?」

「そうだ。お前たちが何を思い精霊の力を得ようとしていたのかを聞かせろ。それを踏まえて」


 ラングはぐるりとアルを見た。


「魔力を持つ者でありながら、どうして精霊の力を借りられるのか。精霊との付き合い方をこいつから学べ」

「ぶふぁっ!?」


 アルは飲もうとしていた水を噴いた。何度か咽込み、それからラングへ叫ぶ。

 

「え、俺が話すの!?」

「私が人に物を教えられるわけがないだろう」

「それはそうかもしれないけども!」

「実際私は魔力なしだ。魔力ありで精霊と友になったのはお前なんだ」


 友になった、という言葉に再び食堂がざわつく。

 視線を受けてアルは気まずそうに視線を彷徨わせる。


「やることは山積みだ、そう長くここに滞在するつもりはない」


 がたりとラングが立ち上がり、数人がびくりと肩を震わせた。


「さぁ、取り掛かるぞ」


 後のエルキスの歴史書にはこう残っている。


 その日、精霊の代弁者である黒仮面の男は口元に悪魔のような笑みを浮かべていた、と。



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