第32話 水と油 <ラング・アルside>


 

 儀式が始まり、贄が湖に落とされたところでアクアエリスと共に姿を現し、話をしてみるつもりだった。


 いざとなれば乱暴だが武力で物を言わせてもいいし、それこそアクアエリスの望み通り理の力を見せてもいいと思っていた。

 

 だが、目の前に広がった光景は予定を狂わせた。


 かつて、マブラで自身に向かって穢れし者と叫んだ司祭と同じ分類の生き物が、対岸で炎を燃やしエルキスの民を攻撃した。

 当初ラングはそれを見ているだけで済まそうとしたが、巫女様エルティアであるオフィエアスが民を想い叫んだ声で水を動かした。

 民を想う気持ちがあるのならつけ入る隙がある、という打算もあれば、手を貸すことで逃れられないを背負わせることも出来ると考えたからだ。

 

 冒険者ギルドラーなのだ、報酬が無ければ動かない。

 だが、報酬があるならば約束を守るのも冒険者ギルドラーだ。


 ラングは地面を歩くように水の上を行き、戸惑う魔導士たちの前へ悠々と進み出た。


「大人しく帰るならば良し、争うと言うのなら四肢の一つは失うと思え」


 すでに抜刀済みだ。威圧を発しながら問うたラングに魔導士たちは一瞬たじろいだ。

 それでも、ここへ来たのは大義名分があるからなのだろう。先頭に立つ年嵩の魔導士が杖を向けた。

 

「祝福も持たぬ穢れし者が何を言うか! 知っているのだぞ、ここは魔法の女神マナリテルの加護を失った邪教徒共が、我らが同胞をその手にかけるための場所だと」

「やけに具体的だな、内通者は誰だ」


 シールドの中で眉を顰めたラングの視線は、真っすぐにマルキェスを向く。

 シールドで覆われ視線は見えないはずだが、こういう時のラングのそれは確かにその先の人物を捉える。


 魔導士たちの炎に巻き込まれないよう、水に飛び込もうとしていた姿勢のまま、マルキェスは固まっていた。

 視線に気づいた近衛のツェルテが部下に指示し、マルキェスを手早く捉えた。


「滅んで当然なんだ! 魔力があるからって僕を捨てた親も! 助けようともしない国も! 何が神だ理だ!」


 今までの感情をさらけ出し、口元に泡をつけて叫ぶ姿にオフィエアスがぎゅっと唇を噛む。

 黙れとも不敬とも叫ばず、ただその怒りを真っすぐに見つめていた。


「同胞よ! 今助けてやろうとも!」

「お願いします! 僕はマナリテルの下で生きなおすんだ!」

「今祝福の力を使うことを許可しよう!」

「あぁ! ありがとうございます!」


 とんがり帽子の声に心酔した様子でマルキェスが返す。

 抑え込まれた少年の体は近衛を退けられないが、抗う力はその身にあるということだ。

エルキスの民よりは魔法に触れてきているラングは忠告をした。


「そいつを離せ、怪我をするぞ」


 ラングが言うと同時、桟橋が燃えた。

 マルキェスは抑え込まれたまま桟橋についた手で魔法を使ったのだ。


巫女様エルティア!」


 ツェルテがその身を挺してオフィエアスを庇い、桟橋を走る炎から守った。

 何人かは焼けてしまい、湖に落ちていく。


「どうする?」


 不安定にぷかぷか浮いているアルが問い、ラングは盛大にため息を吐いた。


「質問に質問で返して悪いが、誰が一番拷問に弱いと思う」

「ええ!? そ、そうだな。やっぱあの先頭のやつか、一番後ろで漏らしてるようなやつじゃないか?」


 突然の質問にも律儀に答えるアルに小さくふっと息を零す。

 

「殺さず戦闘不能にする。方法は任せる」

「単純明快な指示で助かるよ」


 アルはお先に、と言うと突風に煽られて魔導士を超えた先で森に落ちた。

 着地が出来ているかは知らないが、正面はラング、背後はアルが行くということだろう。


「アクアエリス、不本意だろうが手を貸せ」

「いいえ、そのようなことはありません。理を乱す者をせん滅するのは大賛成です」


 アクアエリスのはっきりとした敵意にラングは肩を竦めた。


「水と油か」

「そうです。なのに関わってくるのならば致し方なしでしょう。これが別の場所ならまだしも、理のへそではこちらも抗わねば」


 ことわりのへそ、というのがいわゆる重要地点を現す言葉なのだ。

 アクアエリスは水面を震わせる声を発した。それは高く低く音程を変えて空気を震わせ、水面に波紋が広がっていく。

 声は大きくなり波紋が波打ちばしゃばしゃと水が騒ぎ出す光景は、まさに神の所業と言えよう。


「悪魔だ、悪魔を使役している!」


 知らぬ者が別の角度から見ればそう解釈もされる。

 アクアエリスは冷たいまなざしで魔導士たちを見遣ると、ラングへ言った。


「後ろはお守りしますよ、ラング」

「任せた」


 ラングが飛び出した後、湖はザバァと大きな音を立てて壁になった。

 開戦の合図になったそれを崩そうと魔導士が魔法を放つ。

 炎は水に阻まれて消え、焼いても焼いても水は絶えない。


 アクアエリスは理解していた。

 この場で精霊が人を殺してはならないと。


 赤く染めたその手で精霊が、人とあるがまま友でありたいなどと言ったとしても、それは恐怖で友好を築くようなものだ。

 アクアエリスはマルキェスを水に捉え、体の自由を奪うことだけはした。だがそれだけだ。

 汚れ役はラングとアルが買って出た。

 すーはーすーはー。肺を満たす空気すら、不思議といつも以上に体に入る気がした。

 思えば地下牢に囚われてから筋トレだけで思い切り体を動かしていなかった。


「悪いがリハビリに付き合ってもらおう」


 た、と軽い音で地面に着地して魔導士の隊列に突っ込む。遠くで悲鳴が聞こえるのはアルも襲い掛かったからだろう。


「悪魔の使者を殺せ!」

「やめろ撃つな! 当たるだろ!」

「来るなぁ!」


 ツカサのように近接を鍛えていない魔力頼みの魔導士たちは、ラングの想定通り懐に入られれば烏合の衆だった。

 魔獣よりも柔らかい肌、魔力を高めるのかどうかは知らないが、良い布のローブだけで革鎧もない。急所が丸出しで、ラングにとっては赤子の首を捻るより簡単な作業だ。


 先頭でマルキェスと会話していた男の足の腱を切り、地面に捨てて行く。

 魔法を撃たれないように魔導士を背に、中へ入り込み一息に斬り捨てる。


「リハビリにもならんな」


 ほんの数分後、うう、痛い、助けて、癒し手はどこだ、と呻く声が地面から響くだけになった。

 多くは腱を切られて立てなかったり腕が使えなくなっている状態だ。


「怪我の手当て出来る奴いたから気絶させておいたけど、どうする?」


 五人の魔導士をずるずると引き摺ってアルが合流する。

 ツカサのような回復魔法の使い手なのだろう。わかりやすく白いローブを着ている。思い返せばロナも白いローブだった、そういうものなのだろう。


調できるようならば使えばいい」

「おお、こわ」

「四肢を不自由にして生きるか、考えを改めるかは本人次第だ。どこまで治せるか見ものだな」

「怖い怖い」


 ラングは呻きながらもなお魔法を撃とうとする魔導士へ剣を向け、牽制を行う。同じように手を向けようとしていた魔導士たちは威圧で潰す。それにアルも便乗するのだから性質たちが悪い。

 さすがに戦意を喪失したらしく魔導士たちはがっくりと地面へ視線を落とした。

 返り血の一滴すらマントに付けず、魔導士たちの中心で剣を収めたラングにアルは肩を竦めた。


「で、このあとは?」


 水の壁がざざ、と波を立てて崩れ、向こうからアクアエリスがラングを見ていた。

 視線を受けてラングが振り返る。


「そうだな。報酬を受け取るとするか」


 アクアエリスからわかりやすくオフィエアスへ視線を移し、ラングが言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る