第24話 あの時 <ラング・アルside>
どれほどの数を狩ったかもはや把握しきれていなかった。
魔獣の怒号で馬車の車輪の音は早々に消え、とにかく後を追わせないことに注力した。
隣で槍を振るうアルは、最初こそ倒した数を叫んでいたが、徐々に槍を振り抜く際に息む音だけになった。
ラング自身もそうだ。
徐々に意識が研ぎ澄まされていって、まるで自身が双剣そのものになったような、一種のトランス状態に陥りつつあった。
人相手ならまだしも、魔獣相手にそれは不味い。ラングは度々アルの雄たけびに呼び戻された。
同様に、アルもまたラングの発する威圧や雄たけびに呼び戻されていた。
魔獣の返り血で汚れた服が、グローブが滑る。
「剣を拭いたい、油が付きすぎだ」
「了解、そのあと俺もちょっと槍拭かせて」
魔獣を斬り続けることで剣に油がつく、それは切れ味に直結する。刺し貫くことの出来るアルよりもラングの方が死活問題だった。
アルが大声で叫び槍を振るい戦っている間にさっと剣を拭う。ついでに布を強く握りしめ、グローブに沁み込んだ血を絞る。本当なら砥石で手入れをしたいがそれは贅沢というものだ。ラングは双剣をひゅんと音を立てて振って手に馴染ませ、戦線に復帰する。
「代わろう」
「頼んだ」
すーはーすーはー、いつもの呼吸をする。体中の筋肉が心地よい緊張に包まれ、地を蹴った。
アルが手早く魔獣の油を拭っている間、ラングは宙を舞い急所を狙って切り刻んでいく。
「待たせた!」
アルが戦線に復帰し、また肩を並べる。
出会ってそう日が経っていないにも拘わらず、この男の隣は戦いやすい。お互いに任せられるところを任せられるのは非常に助かる。
ところ変われば品代わる。育ちも経験も違うのに、何故か背中を預けられる確信があった。
王都マジェタからの魔獣がある程度息絶え、減ったころ、東の空が薄っすらと青みを帯びていた。
夜明けが来ていた。
動き回り休まずに剣を振り続けた体がさすがに疲れを訴えてくる。何を言うでもなく、ラングとアルは互いに背中をどんと預け、僅かな休憩を取った。どちらも大きく息は乱していないが、背中の熱が見えない疲労をまざまざとわからせた。
「よし、あと少しだな」
「あぁ」
残ったのは大型の影にいた小さな魔獣が数体。
もうひと踏ん張り、二人が息を整えた瞬間、上空から降下するものがあった。木をなぎ倒すような羽音の後、ラングは背後の風圧にマントを引っ張られた。
「うぉおあああ!?」
「アル!…ッチィ!」
ラングは思わず舌打ちをして空間収納に手を伸ばし、手甲のような装備を中で嵌めて手を引っこ抜く。
ジュマのダンジョンで見たグリフォンがその足にアルを掴んで、また飛び上がろうと助走をつけている。
木々が邪魔をしてくれたおかげで僅かな猶予があり、ラングは腕を振ってそれを投げた。
かつて、師匠から譲り受けていた鋼線を。
鋼線の先についた刃がガチリとグリフォンの羽を捉えた。速度の上がっていくグリフォンに一瞬引きずられそうになって腹が立った。ラングは地を蹴り木々を蹴り、鋼線を巻き取ってついにその背に乗ることに成功した。
鋼線を手綱のように引き絞り、飛び上がった際の重力に耐える。
一気に空に駆けたグリフォンは背中のラングに苛立たし気に体を震わせる。ラングもそれに抵抗し、指を動かして鋼線の刃をめり込ませた。
傀儡の糸人形を動かすような構造だ。師匠から説明を受け、実際に操作は知っているものの、こうして生き物に使うのは初めてだった。
「うわっ、うわぁ!揺らすなって!爪が食い込む!」
足に掴まれたアルが叫ぶ。ラングは舌打ちをして体勢を整え、グリフォンの上で安定を取る。
グリフォンは体に刺さる刃が緩まったことで悠々と羽を広げて飛び始めた。
ぐんぐんと山を越え、目指すはずだった国境都市はあっという間に山の向こう側に消えた。
ラングはびゅうびゅうと風を受けながらグリフォンの下を覗き込んだ。
「生きているか」
「生きてる!槍で爪防げてよかった!でもこれどうする?」
朝陽がグリフォンと掴まれたアル、背中のラングを照らす。
これが空中でなければ綺麗な朝陽だった。
「どこかで降りなくてはならん」
「わかってる!出来るだけゆっくり殺すぞ、じゃないと真っ逆さまに落ちちまう」
「そうだな」
緑の森の上を飛んでいるグリフォンの上でラングは周囲を見渡す。
遠くにきらりと光るものを見つけた。
「水場があるようだ、深さはわからないが賭けるか?」
「誘導はできるのか?」
「わからん、だが、試すことは出来る」
「了解、悪いけど任せるよ。俺、今、槍で爪が食い込まないようにするのと、放されないように、忙しくて!」
「耐えていろ」
グリフォンの下は見えないが、掴まれる側も大変だということだ。
ラングは両手の鋼線を馬の手綱のようにしてグリフォンの行先を左側にずらした。
ぎゅぴぃと痛みに呻く声を上げ、グリフォンは痛みから逃れようと進路を変える。進路を変えたら刃の突起を緩めてやり、ラングはグリフォンの背でまた体勢を整えた。
「水は深そうだ!」
アルがどうにか見えたらしく下から叫ぶ。
「そうか、では、やるか」
「待て待て!俺が落とされるだろ!ちょっと待て!」
ラングの挙動に察したアルが慌てて叫び、どうにかポーチから縄を取り出して槍と自身とグリフォンの足を結ぶ。
「影縫いで俺が少しずつ止めてみる、それでいいか?」
「わかった。トドメはやる。お前のタイミングで良い」
「了解」
アルはグリフォンを見上げ、翼を広げて滑空の姿勢を取ったタイミングで自分の腕を影縫いのナイフで刺した。
アル自身がグリフォンの影にいるからだ。
グリフォンは滑空の姿勢のまま動かなくなり、徐々に高度が落ちていく。
ナイフを腕から抜けば、慌ててグリフォンは羽ばたいて高度を上げる。方角を変えようとするのはラングが抑えた。
幾度か器用なことをしたあと、どうにかたどり着いた湖の上でラングが剣を抜いた。
「殺すぞ」
「おあああ待て待て待て!」
放り出されないように体をグリフォンと縛っていたアルが慌てるが、ラングは容赦なくグリフォンの首に剣を突き刺した。
悲鳴を上げながらグリフォンが暴れ、まずアルが宙に放られた。縄を切ったところで暴れられてなす術もなかった。
「うわぁ!ラング!覚えてろよ!」
「知らん」
言い、ラングはグリフォンにトドメを刺した。
羽ばたく力を失ったグリフォンはその巨体ゆえに真っ逆さまに落ちていく。
途中までグリフォンに掴まっていたラングも途中で鋼線を外し手甲に回収する。腕を広げれば落下速度は落ち、体を斜めらせてアルへ近寄る。
「なぁ、思ったより高かったなこれ!」
同じように腕を広げて落下しているアルが泣きそうな声を出した。
「そうだな」
「さすがにこれ、死ぬんじゃ!?」
びゅうびゅうごうごう、風を切って落下していく。
いくら下が湖とはいえ、知識が無くともこの速度で水面に当たればどうなるかは想像に易い。
徐々に湖面が近づいてくる。そして近づいたからこそ見えた。湖面に突き出た白い橋と何かの像のようなもの。人の形が見えて来た。
「あれはなんだ?祭壇か」
「んなこと考えてる場合か!」
空を泳ぐようにしてアルがどうにかラングを捕まえ、がしりと抱きこんだ。
「何の真似だ」
体勢が崩れ、頭が下に向いて落下速度が上がる。アルは片手で槍を背中に回し、平らな状態へどうにか戻そうとした。
アルの拘束から抜けようにも、今戻したバランスを崩すことが悪手なのはわかる。ラングは焦れたように叫んだ。
「何の真似だと聞いている!」
アルはにっと笑って見せた。
「ツカサはこの世界に一人ぽっちだ、兄貴がここで死んじゃ、だめだろ」
ラングにはそれが覚悟を決めた声だということがよくわかった。
幾度となく耳にし、かつて自身もそういった場面に立ったことがある。
ラングは久々にカっと頭に血が上るのを感じた。
「ふざけろ!貴様に守ってもらう必要はない!」
「あー!
アルは人生で初めて神に祈った。
「どうかラングをツカサのところへ」
おい、とラングの激怒した声の続きは、吹き上げた暴風と逆流した滝のような水柱に飲まれて聞くことはなかった。
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