第22話 暗殺者




 問われた意味がわからずツカサは首を傾げた。


「何の話だ?」

「お前の使う剣技、技、すべて闇に生きる者の術だ。どこの国から紛れ込んだ、よくここまでバレなかったものだ」

「全く思い当たりがないんだけど」

「ふむ、誰かに師事したか?」

「兄に」

「ではその兄が間者か」


 問答はそこまでで良いらしく、頭領は再び手を挙げた。


「やれ」

「もう少し詳しく聞きたいんだけどな!」


 ラングに教わった技が暗殺者の技と言われ、多少の動揺はある。

 だが、それと同時に納得感もあった。

 言われてみれば、ラングは一撃必殺、急所を狙い戦闘を長引かせない。それに暗殺者の肺アサシンブレスなんてスキルもあったはずだ。

 冒険者ギルドラーではなく暗殺者アサシン、知らずそれを仕込まれていたということに今更気づく自身の鈍感具合は嫌になるが、今生きる術になっているのだから有難い。

 はっきりと言われたのは初めてだが、確かにラングはアサシンの技を持っているのだろう。

 ラングは暗殺者だったのだろうか。

 処刑人パニッシャーがラングの故郷での暗殺者アサシンなのだろうか。


「今考えることじゃないな!」


 考えを振り払うようにしてショートソードを振り抜き水刃を飛ばし、敵が避けた先へ風魔法を撃つ。時間はかけたくない。


 テントもルフレンも分厚い氷で覆い隠し守ってはいるが、相手方にも魔導士はいる。

 炎を連続で使われれば氷は溶け、ツカサが守る場所が増えてしまう。とはいえ横に置いて守るよりは楽だ。


 ラングはツカサを横に、背後に置いて守ってくれていた。その強さに改めて気づいた、感じた。

 

「ツカサ!私も戦うよ!」

「邪魔だ!」


 テントから顔を出したミリエールを狙って矢が放たれる。それをショートソードで叩き斬り、ツカサはテントの入り口すらも氷で覆った。出てこられては面倒なことになる。


 氷の中で叫ぶ声がくぐもって聞こえるが振り払う。

 守ると決めたからには全力を以てして守るのだ。


「ラングみたいにスマートにはいかないか!」


 アルのように器用に立ち回ることも、駆け回ることも現状は難しい。

 ツカサは得意の氷魔法を強く強く地面に向けて放った。


 氷が地面を走る。暗殺者たちの足を凍らせ動きを止める。一瞬の硬直を逃さず一人一人の急所にアイシクルランスを放ち、確実に仕留めていく。

 頭領は素早く離れてしまい捉えられなかったが、これで大多数は殺すことができた。


「乱暴な魔法だ」

「否定はしない」


 ツカサは事切れた暗殺者が人形のように立ったままの氷原を歩く。風の短剣を、水のショートソードを手に馴染ませながら視線は頭領から外さない。

 ざっと【鑑定眼】で見渡したところ、あとの生存者は頭領と部下が四人。一人は魔導士なので距離を詰めて来ないのが面倒だ。


 いや、こちらから行ってもいいか。


 練り上げた魔力を氷の刃にして無数に降り注がせる。

 魔導士は氷を防ぐことに注力し、頭領や他の暗殺者は軌道を読んで器用に避けている。一つの魔法に気を取られた魔導士へ距離を詰める。雹のような氷を撃ちだしながら距離を詰め、対処に追われている魔導士の首を掻っ切る。

 ごぷりと血を吹いて倒れるのを視界の端に納め、炎を当てて燃やしつくす。意外と人間はしぶといのだ。


 背後で人間の体がばたばたと痙攣する音を聞きながら、こちらに駆けて来る暗殺者に対峙する。三人で連携を持って飛び掛かって来たかと思えば不意に連携を崩して軌道を読ませない。高い技量を見せつけられ、ツカサは不思議と高揚した。

 魔獣に苦労することも無くなり、余裕を持って戦うことが出来るようになった。

 だからこそ、ぎりぎりの戦いというものが久々だった。


 自分がどこまで出来るのかを試せる、それが楽しくて仕方がない。


「は…はは…!」


 笑いが零れてしまった。

 三人の暗殺者を前に血がどくどくと巡り、アドレナリンを感じた。意識が研ぎ澄まされて行って視野が広がったように思える。

 一人斬り付け、二人斬り付け、三人目を斬り付ける。どれも致命傷ではなくまだ戦える。

 手足の腱も無事にしてある。


 まだ動けるだろう、と言いたげに、ツカサは血を流し呻く男たちを見下ろしていた。


 左耳にびりっとしたものを感じた。

 咄嗟にそちらへ盾を展開すれば頭領がガキンと短剣を突き立てた。


 今先ほど感じたものが殺気なのだと気づき、怒りが沸く。


 短剣を持ったままの手で地に伏した暗殺者たちへ氷魔法を放つ。ドス、という若干の鈍い音を立てて体に突き刺さり、男たちは息絶えた。

 新しい獲物おもちゃが来たと言いたげにツカサに喜色が浮かぶ。


「クソガキが…!」


 頭領が吐き捨て、盾を閉じたツカサと剣戟を交わす。滑らかで、それでいて急に変わる剣筋にツカサは瞬きも忘れてそれを見ていた。

 ラングとの鍛練の時のように、つぶさに記憶しようとする。

 そしてそれを実践した。


 頭領はツカサの剣筋が己のものと似て来たことに気づいた。その場で適応し、成長するツカサに恐怖を抱く。


「この、化け物め!」


 吐き捨てたその言葉は宙を舞い、やがてどさりと落ちて転がった。


 風の音だけが鼓膜を優しく撫でていることに気づくまでに時間がかかった。

 ツカサは【鑑定眼】で周囲を見渡し、生存者がいないことを確かめてから氷の箱を解いた。


 まず飛び出て来たのはミリエールだ。続いてエレナが杖を手に出て来てはっと口元を抑えた。

 ルフレンは立ち上がると体を震わせて少し歩いて体を温めた。


「倒したよ」


 ツカサは笑顔を向けたがミリエールとエレナは呆然と周囲を見ていた。

 トーチが周辺を照らしている為、死体が転がっているのがよくわかる。


「ごめん、寒くなかった?あれしか方法が浮かばなくて」


「ツカサ、止まりなさい」


 エレナが固い声で言い、ツカサに杖を向ける。思わぬ行動にきょとんとして、ツカサは困惑した。


「エレナ」

「あなた一人に戦わせるんじゃなかったわ」


 後悔の滲んだ声、エレナは強く眼を瞑ってからツカサを見た。


「ツカサ、あなた、楽しかったのね?」


 心のどこかがギクリと跳ねた。

 どくどくと全身を廻っていた血がさーっと引いて行く。


「力が試せて嬉しかった?人の命を奪うことで確かめられて満足?」

「ちが、エレナ、俺はただ」

「言いなさい、ツカサ。どうだったの」


 嘘を許さない声音にツカサは目を伏せる。

 そうだ、確かに感じていたのだ。


「…ごめん、どこまで出来るか、確かに試してた、楽しかった…。人を、殺したのに」


 一つ間違えば自分が死んでいたかもしれないのに、確かに楽しかった。愉しかった。

 ここは現実なのに、つい先ほどまでゲーム感覚でいたことに気づいて自分自身に恐怖が沸き上がる。


「その顔が出来れば安心だわ、怖かったわね、ツカサ」

「怖かった…うん、そうかもしれない」

「そうよ、だって、そう思わなければあなたが死んでいたかもしれないのよ」


 恐怖をそう置き換えていたからだとエレナは思わせようとしてくれた。それがわかり、ツカサは強く瞑目した。

 エレナがツカサに近寄って、頬を撫でてくれた。


「ありがとう、エレナ」

「いいのよ、一人で立たせてごめんなさいね」


 小さく首を振って応え、ツカサはエレナからそっと離れた。

 

 ラングが言っていたことが少しだけわかった気がした。

 力はあるからこそ、やらなければと思い込み、そして誰かを失ったラング。

 ツカサは幸運にも失う前にそれを気づけたが、一歩間違えれば誰かが死んでいたかもしれない。それはエレナだったかもしれないし、ルフレンだったかもしれない。依頼者であるミリエールだった可能性もある。


 足を踏み外す前に戻れたことに感謝しながら、ツカサはトーチを減らし短剣の血を振り払う。

 もう、享楽に堕ちないように自分を正さなくては。


「…本当に、強かったんだ」


 ミリエールの間の抜けた声が小さく響いた。




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