第21話 貴族というもの



 ルフネールに着いたら宿は【水鳥の巣】にする予定だ。空きがあればではあるが、せっかく商人のダイダールがお得意様のコインをくれたのだ、活用したい。姉のダエリールにダイダールの無事を伝えるだけでも良いだろう。

 オルワートの滞在もそれなりに長かったのでダイダール自身が戻って居る可能性もあるが、それならそれで再会を喜べばいい。


 道中、ツカサはミリエールに今までのことを聞いた。

 この世界の貴族について詳しくもなく、現代の貴族も良く知らない。取り潰されたのがなぜなのか、どうしてミリエールが暗殺家業に堕ちたのか。ツカサには理解ができないことばかりだ。

 話しにくいことであれば深く聞くつもりはなかったが、ミリエールは全てを話してくれた。隠すことでもないのか、それとも信頼の証明かは尋ねなかった。


 ミリエールは小さな所領を持つ男爵家の娘だった。裕福ではなく、領民と一緒に畑作業をするような家だが、平和な生活だった。雨は多いが肥沃な大地に恵まれ、食べるものに困ることもなかった。

 没落はある日突然に訪れた。

 ミリエールは父親が王都へ出向いたことだけは知っているが、そこで何があったかは知らない。家に来た王家の者の言うことによると、父親が詐欺に遭い、資産を失ったのだそうだ。何故そのような目に遭ったのかは誰も教えてくれなかった。

 あっという間に平民に落ちた。それでも、ミリエールは元々領民と畑仕事をするような娘だ。平民に落とされたところで暮らす場所は変われどもやることは変わらなかった。

 その生活が変わったのはまた突然のことだった。

 

「私、その時まだ九つくらいだったんだけど、ファーリアがうちの領地の特産だったプラリムを欲しがったの」

「プラリム?」

「知らないの?紫色で手のひらくらいの大きさで、甘くて美味しいの」

「オルワートでは見なかった気がする」

「ルフネールにあるといいね、おいしいよ」

「探してみるよ、それで?」


 野営の焚火に薪を足しながらツカサが促す。

 エレナがチャイのお代わりを注いでくれた。


「なんだかんだ言って、王様はファーリアを大事にしてたのよ」


 ぱきりと爆ぜた火の粉がミリエールの目に映った。


 父親が資産を失い、失職し、領地運営ができないと判断されて取り潰された男爵家。王家が召し上げた領土はファーリアの管轄へ移された。王家の者に領地が渡ることはままある話だが、その時のファーリアもまた九つ程度の少女だ。

 ファーリアはプラリムを欲しがったが領地は欲しがらなかった。当然のことではあるが領地は荒れだした。

 ミリエールと母親はかつての屋敷の者たちと共に陰ながら領地を運営し、それを助けていた。

 ある日ファーリアは領地運営を任せている官吏から、領地を勝手にしている者がいると報告を受けた。子供だったファーリアは、それが官吏に都合の良い報告だとわからず、自分のものに手を出す者がいることが許せなかった。

 

「まさか」

「そのまさかよ、母と私は追われたの」

「えぇ…そんなことってある?」

「あるの、あったの。ちなみに父は王都に行ってから二度と帰ってこなかった」

「いやな予感、もしかして」

「うん、たぶん殺されてたか逃げたか」

「どうして!?」

「ツカサって本当に詳しくないんだね。貴族なんてそんなものだよ」


 淡々と受け応えるミリエールにぞっとした。王家の我儘で臣民が苦労するなど、いや、だからこそなのか。

 ツカサの混乱を他所にミリエールは続けた。


「母はね、別の国に逃げてるから大丈夫」

「よかった」

「私を置いて逃げたのよ、まぁ今考えると人質になんてなられたら不便だし、よかったわ」

「お、おう」


 ツカサは価値観が違うと痛感した。

 眩暈を感じて眉間を揉めば、ミリエールは苦笑を浮かべてチャイを飲んだ。


「まぁ、私はこんな目に遭わせたのがファーリアだと思って、暗殺者のドアを叩いたってわけ。結局、あの子のことを知れば知るほど哀れで仕方なくて、殺せなかったけど」

「同じ年の割に達観してるな」

「よく言われる」

「お父様のことは調べなかったの?」


 初めてエレナが質問をしてミリエールは驚いた顔をした。けれど少しだけ嬉しそうにはにかんで答えた。


「なんか、すっかり忘れちゃってた」


 余裕がなかったのだろうとうかがい知れて、ツカサは何とも言えない気持ちになった。


「でもね、大丈夫。なんだかすごく吹っ切れちゃってるの。おかげで腕一本で稼げるようになったし、仲間内でも同情して鍛えてくれる人もいたから」


 快晴の夜空を見上げてミリエールは殊更明るい声で言った。


「私、ナルーニエになってよかったよ」


 ツカサはそれ以上何も言わず、ホットワインを御馳走した。



 


 ―― ルフネールまでの道中は六日間の予定だ。

 ルフレンの調子も良く、雨にも降られずに三日を過ごせている。キャンプエリアでの商談や談笑も楽しめていて文句のない道程だ。

 少しだけエレナもミリエールと会話するようになって、ミリエールは素直にそれを喜んでもいた。


 ツカサは四日目に立ち寄ったキャンプエリアでしがらみというものを知ることになった。


 普段のキャンプエリアのはずだが、声をかけてくる隊商もおらず、和気藹々としたフリをしていると感じた。

 ミリエールの表情が強張っていたので、要はそういうことなのだと理解した。

 ツカサは先に進むか、それとも留まって対応するかで後者を選んだ。ルフレンを走らせながら戦闘するには人数が多く、不利になるだろうと考えたからだ。


 ミリエールはその選択に唇を強く結んで頷いた。エレナも同様だ。


 食事をしっかりと取って、ツカサは馬車を空間収納へしまった。テントを出してミリエールとエレナを入らせると自身はルフレンの傍に座り込んだ。

 眠ってはいないが、眠ったように見える体勢。シャドウリザードのマントの中ではすぐに立てるようにしてある。ラングがいつもやってくれていたように備えた。


 二時間ほどが経った。

 ルフレンがぶるりと嘶いてツカサは周囲に明かりをばらまいた。


「トーチ!」


 いくつもの照明が周囲に散らばり、まるで昼間のように視界は良好になる。

 ざっと見渡したところで十五人、全員が手に武器を持って取り囲んできていた。


「キャンプエリアの争いごとは好まれないと思うけど?」

「全員殺せ」


 頭領らしき男が言えば、男たちが連携を取ってツカサに襲い掛かる。


「ルフレン、ごめんな、少しだけ頑張って」


 ツカサはルフレンを氷の箱で包み込んだ。事前に布を掛けておいたので少しだけならもってくれるだろう。

 ラングが馬を狙われた話をしてくれていたのでそこまで気が回った。実際、背後でガキンと音がしたので十六人目がルフレンを狙っていたのだろう。


 ツカサは姿勢低く地面を蹴った。


 まずは手近なところから短剣を持った男を仕留めにかかる。

 やらなければやられる。もう殺すことに躊躇はない。

 男は短剣を鋭く振ってツカサの首を狙うがその動きは記憶した動きより遅い。ツカサはぐるりと体を回転させて懐に入るとそのままがら空きの脇に短剣を差し込んだ。太い血管が通った個所だ、止血も難しい。

 素早くもう一度体を回転させて男の懐から出て三者三様に飛び掛かってくる暗殺者に片手を向ける。


「アイススパイク!」


 キン、と氷が軋む音を立てて三人へマシンガンのように降り注ぐ。体中を穴だらけにして吹っ飛んだ三人へ目もくれず振り返る。

 二人が連携の取れた剣技でツカサを襲う。それを避け、時に打ち返しツカサは少しずつ後退する。


「テントを狙え」


 頭領の声にちらりと視線がそちらを向く。男たちも手練れだ、その隙を見逃さず攻撃の手を早める。

 

防げシードゥ!」


 面倒になってすべてを押し返した。短剣からショートソードに持ち替えて大きく一線、魔力の込められた剣から水の刃が飛んでいく。すぱりと綺麗に胴体が真っ二つになって地面に落ちた男たちは、少しの間だけ生きていた。


 ツカサはテントに駆け寄って、ルフレンと同じように出口以外を氷で箱を創り覆う。


「短剣使い、と聞いていたのだがな」

「魔法も使える短剣使い、だ」


 いつぞやどこかで言ったようなことを言い、ツカサは短剣とショートソードを手に馴染ませる。

 とん、とんと軽くジャンプをして息を整える。


 頭領は片手を挙げて部下を一度下がらせるとツカサに尋ねた。





「お前、どこの国の暗殺者アサシンだ?」



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