第2話 フェネオリアの旅路



 ヴァロキアとフェネオリアの違いは何もダンジョンの在り方だけではない。


 ヴァロキアに比べキャンプエリアが多く、人々も交流が好きで商人が多い。

 なだらかな丘陵が続くフェネオリアでは、最短ルートで道が敷かれていたヴァロキアと違い、のらりくらり時間のかかるルートで道が敷かれている。国民の穏やかさがわかる道だが、その分せっかちな人には向かない国だ。

 ツカサは急がないことを決めたので、この道ものんびりと進むことが出来ている。エレナもそうしたツカサの選択を尊重、賛同し、魔獣暴走スタンピードに追われたあの時が嘘のように鈍行で進んでいた。

 ダンジョンを踏破したとはいえ、国を半分行くだけで一年が経っていたのはそういう理由があった。


 十九歳の誕生日は、エレナが祝ってくれた。おめでとうという言葉と、貰って良いものかわからなかったが、旦那の形見を贈られた。


 前衛でタンクをしていたエレナの旦那、ヨウイチが身に着けていた破魔の耳飾り。ダンジョンを攻略中に手に入れたもので、呪いや魔封じに対抗できるマジックアイテムだ。

 ヨウイチという人はいわゆる霊感的なものも素質があったらしく、金縛りにあったりポルターガイストに見舞われたり不可思議な現象に縁があった。本人はそれらが苦手なので非常に困っており、そんな時にドロップしたのがこれだったのだそうだ。これを身に着けて以降、酷いものには遭遇せずに済んだらしい。

 改めて【鑑定】をさせてもらったところ、呪いや魔封じなどの直接の被害から、悪意のある念や悪霊も祓えるかなりの掘り出し物だ。魔法を使うツカサにとってとてもありがたいが、魔導士のエレナこそ必要ではないかと受け取りを拒否しようとした。

 エレナは優しく微笑んで、貴方には生き残って欲しいの、とツカサに言った。


「あの人との間に子供がいたら、ツカサのような子だったらいいなと思ってしまうの」


 その言葉が照れくさくて恥ずかしくて、ツカサは何故だか涙が溢れてしまった。その日からツカサとエレナは良い親子のような関係になった。エレナが叱る口調も懐かしい母の音を思い出させ、ツカサは変な遠慮を無くしていった。

 耳飾りはエレナに穴を開けてもらい、右耳に着けることにした。


 右耳に破魔の耳飾り、右手の中指に防毒の指輪、左手の中指に身代わりの指輪、左手首に守護の腕輪。

 いつの間にかマジックアイテムをたくさん身に着けていた。魔力の服は以前は少しだぶついていたが、体が成長したことでぴったりになっている。魔力を回復させるアイテムなので魔力を通せば修復されるなど物持ちが良く、今も愛用している。あの魔獣暴走スタンピードから逃げきれたのも、この服が一役買っていたのかもしれない。


 

 しばらく横になって、目を覚ます。


「ふわぁ、おはよう」

「あら、おはよう。もう少し寝てていいのに」


 馬車の中で伸びをする。

 外を覗けば夕方だ。綺麗な赤い空が広がっていた。エイーリアで手に入れた懐中時計をぱちりと開ければ五時間は眠っていたらしい。


「また夜に休むから大丈夫。それに、王都に入れば不寝番もしないで済むしさ」


 御者席に出て隣に座る。代わるよ、と手綱を受け取った。

 ポーチを叩いて買ってあったサンドイッチを頬張る。フェネオリアは各街に運河が通っているので鮭に似た魚が採れる。スモークサーモンによく似た味の魚と、クリームチーズが固いパンに挟まっているだけのものだが、ツカサはこれが故郷で食べた味に似ていて好きだった。

 エレナにとんとんと指で叩かれ、気づいたようにツカサはポーチから水筒を取り出す。これもエイーリアで作ってもらったものだ。保温性は特にないが、ダンジョンの変質しにくい鉱石を使って作ってもらい、移動前にお茶を淹れておく。ツカサの空間収納にしまいさえすればいつでも温かいお茶が飲めるという寸法だ。人に尋ねられれば説明が面倒なのでダンジョン産だと答えることにしている。

 ガタガタ揺れる馬車の上でエレナはコップの半分以下にお茶を淹れて喉を潤す。

 ツカサは自分のコップも取り出し、魔法で水を入れて喉を潤す。こうしたやり方にもすっかり慣れた。


「夕飯どうしようか?」

「今サンドイッチ食べたでしょうに」

「これはおやつなの」

「はい、はい、そうね。今日は任せていいかしら?お米が食べたいわ」

「わかった、そしたらオーク肉と野菜を塩で炒めて丼ものにしちゃおうか」

「丼もの、好きねぇ」

「スープは昨日エレナが作ってくれたのがあるから、俺作らないよ」

「いいわよ」


 城郭が昼寝前より近づいたあたりでキャンプエリアに到着した。

 ここでも多くの人が賑わい、夕餉の支度を始めていた。

 ツカサたちはいつも少し離れたところに馬車を停める。土魔法で杭を作りルフレンのロープを長めに結ぶ。水桶と野菜を出して布を一枚敷いてやればルフレンはリラックスをして体を休め始めた。

 エレナは馬車の中で石鹸の製作、ツカサはそれが見える位置で二連式の竈を出して調理を始めた。

 

 先に米を仕掛けておく。水に漬け置きをしておくとふっくら炊けるということがわかり、ツカサはその手順を踏んでから火にかける。火にかけたあとは二十分程度で炊けるので豚肉と野菜をゆっくり準備した。

 

「おう、兄ちゃん! ちょっとうちの商品見て行かねぇか? そっちも物があるなら見せてくれよ!」


 これはフェネオリアのキャンプエリアの恒例とも言える声かけだ。

 彼らは非常に商売が好きで、相手が商人、冒険者関係なく声をかけてくる。


「見るのは構わないけど、買うかは知らないぞ?」

「良いって良いって、なんだったら話し聞きたいだけなんだよ!」

「そういうことなら。エレナはどうする?」

「作業を中断すると質が落ちるから、今はやめておくわ」

「わかった。そしたら食事のあとにでも二人で行くよ」

「おう、待ってるぞ!」


 商人に肩を叩かれ笑顔を返し、背中を見送った後食事の支度に戻った。


 米を火にかけてからオークの脂身をオイル代わりに肉を焼き、ざくざくと切った野菜をたっぷり後入れ。岩塩を削って味付けすれば完成だ。

 エレナのスープは空間収納内でまだ温かいがもう一度火にかける。これは人目を欺くためでもある。

 熾火にポットを置いておいてお湯も沸かし、食卓が整うとエレナに声を掛けた。

 丁度そちらも石鹸の製作が終わったところで、良い匂い、と笑顔を見せてくれた。


 幌馬車の中の折り畳みテーブルを開き、エレナはそちらで、ツカサは馬車に腰かけて食事をとる。

 明かりは魔獣避けのランタンを吊るし、この先の王都について話しながら舌鼓を打った。すっかり料理も手慣れて来たが、どこかで他にもレシピを手に入れたいとツカサは思った。

 素材さえあればエレナはパンケーキのようなものも作ってくれるので、ツカサも何か新しいものを作りたい。


 食事が終わりお茶で一息をついたら、約束通りエレナと共に商人のところへ向かった。

 そちらは酒が入っているらしく陽気さに拍車がかかっていた。


「お! 来たか! よしよし約束が守れるのは良いことだ!」

「それで、何があるんだ?」

「おう、俺はルフネールとオルワートを回って来たんだが、まぁ見てくれ」

「ルフネールはオルワートの次の街ね」

「そうさ! オルワートが運河の王都、ルフネールは水の都だ!」

「へぇ、その辺も詳しく聞きたいな」

「買ってくれたらいいぞ」

「それなら楽しみを胸に行くさ」

「兄ちゃん上手いな、まぁいい、いい、お近づきの印だ、いくらでも話してやるさ!」


 商人と同じ隊商の人たちが明るく笑う。

 品物はダンジョンから出土したアイテムやその素材を加工したものが多かった。

 適宜装備を整えているツカサには不要な物が多かったが、それがダンジョンの何階層でドロップするのかなど、有用な情報を得ることは出来た。

 お礼にと積んであった赤ワインを購入した。入れ物があれば安くしてくれるというので、ツカサは空になっていたボトルを取り出して樽から六本分詰めてもらった。

 赤ワインをそのまま飲むのはエレナだが、ツカサもホットワインを好んで飲むので赤ワインは消費が激しいのだ。いずれ樽で仕入れる方が早いかもしれない。


「兄ちゃんは冒険者なのか?」

「あぁ、【異邦の旅人】っていうパーティだよ」

「聞いたことあるぞ、ヴァロキアの王都の迷宮崩壊ダンジョンブレイクを予言したパーティだな!?」

「いや、俺はジュマで迷宮崩壊ダンジョンブレイクを止めたって聞いたぞ」


 酒の入った人々がざわついて、ツカサとエレナを前に口々に聞いた噂を話し出す。

 ヴァロキアの王女サスターシャが【異邦の旅人】宛てに声明を出してからその名はある程度知られ、ジュマでの報告を見ていた冒険者がまた広め、キフェルの山のように積み重なった魔獣の死骸が実績に成り、こうして噂が広がっているようだ。


「でも確か、四人だろう?」


 一人がそう言えば疑いの眼差しが向けられる。

 ツカサは苦笑を浮かべて自身のギルドカードを差し出した。色は未だに銀のままだが、これはツカサがランクアップを拒んでいるせいだ。

 ツカサのギルドカードは人々の手を回り、声を掛けて来た商人から戻って来た。


「ひぇ、本物かよ」


 パーティ名は重複登録が出来ない。似たような名前は多くとも、同じ名前はギルドの水晶板が弾くらしい。

 なのでパーティを偽造は出来ない。

 今は二人だからと舐められないよう、討伐称号にファイアドラゴンが記載されている。これはのんびりと文通が続いている【真夜中の梟】のカダルから入れろと言われたものだ。


「エイーリアのダンジョンをソロでも攻略したって?」

「一回目はエレナも一緒に来てくれたよ。二回目は道がわかってたし、ボスの対処も出来たから早かったよね」

「二回目は食材集めが目的だったものね」

「物好きなのは噂通りか」


 笑われるが嫌な笑いではない。


「結構な腕があるのに金級になるのを嫌がる変人だって聞いたけどな、意外と普通だ」

「移動をするのに金級の肩書は邪魔なだけだよ」

「はー、こういう冒険者を見ると、銀級でもこんな奴がいたりするのかと思っちまうな」

「もしかしたらいるかもね」


 意味深に言えば指笛を鳴らすなどの冷やかしも受けたが、これもまた嫌味ではない。純粋に楽しい。


「なぁ、話したくなかったら悪いんだが、二人だけなのはもしかして…」


 ヴァロキアの迷宮崩壊ダンジョンブレイクについて聞きたいのだろう。発生は一年前とはいえ、それが落ち着いたのはつい最近だという。ツカサも冒険者ギルドで情報を見、ロナからの手紙で詳細を知った。


「死んではいないよ。ただ、魔獣暴走スタンピードから俺たちを守るために、掃討に残ってくれてはぐれちゃったんだ。俺はあの時ガキだったから」

「そ、そうか。でもなんで合流してないんだ?」

「はぐれた時の集合場所を決めているから、そこを目指してる。下手に待ち続けるより早いからね」

「なるほどなぁ…」


 商人たちは腕を組み、中には何故か涙ぐむ人もいてツカサはエレナと共に苦笑を浮かべた。


「こっちも話したし買い物もしたんだから、オルワートとルフネールについて聞かせてよ」

「お、おぉ、任せろ! 俺はルフネールに家があるからな!」

「へぇ! 穴場な美味しい食事処とかも頼むよ」

「いいぞ、地元の奴しか知らない系だな?」

「わかってるね」


 空気は一転して明るく騒がしくなった。

 様々な隊商が輪になり酒を飲み交流を図っているのだ。それぞれが持つ一番美味しい食べ物や食事処、行くのならここだけは見なくてはならないスポットなどをこぞって話してくれる。


 オルワートは最大の運河が通る街で、王城はその運河の上に建っている。

 広い運河は大きな船がエルキスやガルパゴスから入ってくるので輸送手段が早く物が多い。海に出るのかと問えば、答えは否。大きな川が通るフェネオリア、ガルパゴス、エルキス三国だけのやり方らしい。

 オルワートは豆や魚の食事が多く、物の買い物も住民は運河に顔を出し船から買ったりするというから驚いた。運河だけではなく街並みも綺麗で整然としているから楽しみにしていると良いと言われた。

 ダンジョンは不思議なことに川のど真ん中にある。入るためには船に乗り、ぽっかり空いたダンジョンの入り口に向かうのだそうだ。

 水が落ち込んでいるのかと問えば商人たちは説明が難しそうに唸った。

 川のど真ん中に浮島があり、そこにダンジョンの入り口がある。ただ、浮島の下は川しかないのでダンジョンの中がどう出来ているのか全くわからないらしい。

 今まで地面や洞窟の形でダンジョンの入り口があったが、ここは特に頭が混乱する造りなのだと思った。

 入るなら良く調べようと決めた。


 ルフネールは湖の上に建った街で、大きな橋上の街なのだそうだ。

 進むためには必ず通らないといけない橋の街、ここは重要な交易拠点でもあるらしい。その代わり、広げられる土地がないので家を持つ人は代々ここで生きている人たちなのだという。

 つまり声を掛けて来た商人は代々の住民なのだ。


「すごいな、代々商人一家なのか?」

「いや、うちは宿屋だ。商人は俺が自分で始めた」

「店構えてるの?」

「宿の一角にな、基本は貿易商さ」

「それでも一国の主か、かっこいいじゃん」

「くぅー、口が上手いな、ほら、これやるよ」


 男は照れた様子でツカサにコインを渡してきた。


「ルフネールで【水鳥の巣】って宿に行きな、これぁ俺のお得意様の証だ。便宜を図ってくれると思う」

「助かるよ、ありがとう。あ、そうだ名前は?」

「おお! すまん! 俺はダイダール、宿は俺の姉貴がやっててダエリール。ちっと目つきは悪いが料理は上手い」

「了解、ありがとうダイダール。改めて【異邦の旅人】の仮リーダー、ツカサだ」

「兄貴がリーダーなんだって噂は聞いてるが、あってるか?」


 握手をして尋ねられて頷く。


「あぁ、ラングって言うすごく強くてかっこいい兄さんだよ。黒いシールド、仮面着けてて素顔は出さないけど、見たらすぐわかると思う。あと、アルって言う黒髪の槍使い」

「見かけたらあんたを案内したって伝えておくよ」

「ありがとう、そうしてくれると助かる」


 こうして人々に進んでいることを伝えながら、ツカサは道を行く。


 赤ワインをご馳走になって一足先に輪を離脱、エレナをテントに、ツカサは馬車に布団を敷いた。

 がっつりと休むことはしない。目を瞑り体を休めるが、不寝番として何かあればすぐ起きられるよう短剣を胸に抱いて横になる。

 

 明日にはオルワート。

 ベッドで眠れる期待で胸がいっぱいだった。

 


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