第二章 別々の場所で

二章 第1話 あれから



 フェネオリアは全体を通して穏やかな国家だった。


 ダンジョンとの共生も上手く、大きく稼いだりは出来ないが、時間をかければ十分な資金繰りになった。

 外で魔獣を畜産し、そこから肉を得ている辺りは故郷と似ている気がした。この国でも人々は冒険者がもたらす富を歓迎するので、冒険者の活動も活発だ。

 たかがダンジョン、されどダンジョン。国境一つを跨ぐだけでこんなにも在り方が違うと思わなかった。

 

 ルフレンとエレナと共に先を進み、時にダンジョンへ潜る。

 前に立って背中を見せてくれる人も、横に立って補足をくれる人もいない中で、魔法と短剣を振るった。

 ソロは危険だと言われパーティを組むように助言も受けたが、いらないと断った。

 ソロでダンジョンの中を進むコツも覚えた。最初は周囲が気になって一睡もできなかったが、徐々に休みながら警戒するということが出来るようになり、随分楽になった。

 時には厄介な邪魔も入るもので、荷物目当ての冒険者狩りに遭遇し、初めて人を殺した。

 思ったよりも自分が傷ついていないことに驚き、宿でそう話せばよく眠れるお茶を出された。しばらく悪夢には苦しめられたが、冒険者ギルドで「よくやった」と肯定されたことで立ち直った。

 どうやら疑わしいものの確たる証拠が無く、野放しになっていたパーティらしい。人を狙うやつは自分も人に狙われるのは当然だと言われ、人知れず胸を撫で下ろした。

 ふと、この世界では人が人を殺すのは普通なのかと思い、ぞっとした。それを相談できる師匠はそばにいなかったので、日記でとにかく気持ちを吐露しておいた。


 本当なら、この手にかけた段階で覚悟をしていれば引きずらなかったのだろうなと思った。そう言う場所なのだと覚悟が足りないから、引きずった。

 師匠は常に覚悟をしていること、自分の中に芯を置くことを教えてくれていた。

 師匠がいたら、どんな言葉を投げかけられるのだろうか。

 うじうじすることを叱る人ではなかった。ただ、淡々と事実だけを述べる人だ。

 覚悟が足らない、やらなければやられる、お互いにそうなのだ、とでも言って、もしかしたらハチミツ入りのハーブティーをくれるかもしれない。

 無性に飲みたくなって深夜に暖炉でお湯を沸かし、床に座ったまま飲んだ。このハチミツミントは自分で作ったものだ。


 師匠がいなくとも朝晩の鍛錬は続けた。

 

 目の前に師匠を置いて、短剣を振るう。

 師匠の攻撃を躱し、受け流し、受けて。記憶の中のその動きに対処する。

 結局はイメージだ、勝てる時もある。そんな時にはもっとこう動いていたらどうか?ともう一歩進む努力をした。どれほど鍛練を積んでも、目の前で見て来た背中に勝てる気はしなかったからだ。

 槍を相手にした時の重さを忘れないように、そちらもイメージを持って動いたが、奇抜な動きを思い出して一人で笑ってしまったこともある。

 眠る前の瞑想も忘れず、自分に出来る最大限の努力を続けた。

 続けることが力になる。

 覚悟を持ち続けることが後悔を失くす。


 前を向け。


 ただ前だけを。


 ―― お前はいざとなれば、エレナと共に真っ直ぐ前を見て進め。行先は覚えているな?


「スカイ王国フェヴァウル領、イーグリス」


 大丈夫、覚えている。そこに辿り着けば、合流が出来る。だからそれまで、出来る努力をしておくのだ。何をしていたと叱られないように。



 顔を上げて、今日も一歩を踏み出した。



 あのあと、キフェルで十日間待った。

 師匠と槍使いの情報が、マジェタから来るかもしれない。

 ひょいと姿を現して、待たせた、と事も無げに言うかもしれない。

 

 けれどその間連絡は一切なく、自分はエレナに先に進もうと言った。

 エレナは思うところもあっただろうが、ルフレンさえ大丈夫なら、と進むことを了承した。

 クロムとジェシカに最後に挨拶をしたが、何もできなかった事を詫びられた。

 それは自分たちの護衛が上手く出来なかったことを意味するからやめてくれと言えば、ただ一言、この御恩は忘れません、と返って来た。

 それで良い。受けた依頼はきっちりと果たしたのだ。


「約束は守る、冒険者ギルドラーだから」


 その言葉が自然と口をついて出て、泣きそうになった。


 



「次はようやくオルワートかぁ」

「フェネオリアの王都、踏破済みダンジョンがある場所ね」


 御者席で呟けばエレナが地図を開いて返してくれる。

 ルフレンはぶるる、と会話に混ざるように鳴いた。

 師匠が分けてくれた紹介状を使って、国境都市キフェルでフェネオリアのルートを尋ねた。地図に印もつけてもらい、フェネオリアの先、ガルパゴスまでの道は把握している。


「ダンジョンは行くの?」

「うーん、王都の様子を見て決めるよ。俺ほら、ダンジョン行くと時間かかるしさ。エレナ暇じゃない?」

「エイーリアで一緒に踏破したみたいに、今回も行ってもいいのよ?」

「はは、調べてから相談しようか」


 ひとつ前の都市、エイーリアには踏破済ダンジョンがあった。

 エレナと共に下調べして挑戦をしたが、なかなかの長期戦になってしまったのだ。踏破自体は出来たが攻略までにかかった時間は三ヵ月。食材は買い込んで置いたので問題はないが、ずっと布団で眠れないのはなかなかきつかった。

 馬車を動かしているときもそうだが、師匠の持っていた呪い品ロストアイテムはやはり最上級品だった。

 一応、国境都市でマジックアイテムのテントを購入したが、これは【真夜中の梟】が持つのと同じ、見た目より少し中が広くて掃除が必要なものだったからだ。空間収納があるのを良いことに、ふかふかの布団を買って寝るときに出すことで改善した。


 それから、ダンジョンだけではなく街の中の小さな依頼を受けるようになっていた。

 師匠が外専門だと言っていたので、真似をしてみたのだ。

 これがなかなか難しかった。

 ただの草むしりから子供のお守り、探し物、どぶさらい。雑用という雑用が山のようにあった。

 様々な依頼を受けながら、師匠はこれをやったのかどうか、どうやったのか、どうすればいいのかをよく考えるようになった。

 最初は魔法を使わずに自らの手で、次はスキルを使って、と教わった心は忘れなかった。


 また、エイーリアには職人が多くいたので、三脚のコンロも作ってもらった。

 絵に描き、実際に製作をしてもらい入手した。卓上や焚火を熾すまででもないときに利用できることからそれなりの販路があるということで、製作者の名を出すことを条件に量産の許可を出した。

 いくらかの金ももらったし、量産分の何割かを口座にいれてもらうことになったが、本来は師匠の持つ物を作った人の功績だ。これは再会の時の酒代にしようと決めた。海を渡る前に忘れずに引き出そう。

 師匠の持ち物を自分が欲しがった、それはここにいた証になる。

 もし後から来るのなら気づいてくれるだろう。



「あぁ、見えた見えた。あと一日くらいかな」

「城郭が見えてからが長いのよねぇ。昨日不寝番してくれていたし、御者を代わるから少し寝てなさいな」

「いいの? 助かる」


 よっこら御者席に出て来たエレナとバトンタッチ、馬車に乗り込みクッションを借りて体をリラックスさせる。


「あぁ、良い天気」

「そうね、風が気持ちいいわね。春も過ぎてもうすぐここでも夏かしら。オルワートに着いたら、服を新調した方が良いわね、だってあなた…」


 エレナの声を聞きながら、うとうと微睡みに落ちていく。ふふ、と柔らかい声が最後だった。


「身長、また伸びたもの」


 幌馬車の中で縮こまって眠る青年に、エレナは目を細めた。


 成長期は驚くほどの進化を彼に与えた。

 体は鍛えれば鍛えるだけ頑丈になり、瞬発力はかつてを知る人は驚くだろう。

 短剣を手に魔獣に襲い掛かる強靭な精神も持ち合せ、加えて魔法も器用に扱う。


 師匠との別離は少年を青年に成長させた。


 


 ツカサは十九歳。あれから、一年が経っていた。

 

 

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