第92話 別離


 途中で休憩を取らなくてよかった。


「ツカサ!全力で撃て!」

「全部凍れ!」

「エレナ! 構わず走らせろ!」

「やってるわ!」

「ラング!俺右行く!」

「任せる!」


 あの後、休憩を取らずに先に進んだ一行は宵闇に包まれる頃に雄叫びを聞いた。

 すぐさま魔獣避けのランタンを点けてルフレンにヒールをかけながら歩を速めた。目の良いアルが少しだけ道を戻り、しばらくして返り血をつけて戻って来た。


「群れが来てる、あれもしかしてと思うけど、魔獣暴走スタンピードの一部じゃないだろうな?」


 全員に緊張が走り、ラングはルフレンに無茶をさせることを覚悟で全力疾走を決めた。

 ツカサはルフレンに常にヒールをかけるように言われ、アルとの鍛練で動きながら使えるようになっていて良かったと思った。

 宵闇が過ぎ、月が出て夜になった。

 なだらかな丘陵の向こう、微かな明かりが見えたところだった。本来ならここから三日ほどで国境都市キフェルに着く。

 そこで魔獣に追いつかれた。


「遊撃は私が行く、アルは護衛、ツカサは目に付く魔獣に手あたり次第撃て! ルフレンを忘れるな! エレナは魔獣避けのランタンを切らすな!」

「りょ、了解!」

「適宜動く!」

「行くわよルフレン!」


 そうして、ツカサたちは魔獣との追いかけっこを始めることとなった。


 右へ出たアルは突然木々をなぎ倒して向かってくる四足の大きな魔獣にも焦らず、雄叫びを上げながら一撃でその咢を槍で砕いた。走りながらの攻防、引き抜くのも面倒と力任せに振り抜けば槍が深紅の肉片で濡れて跳ねる。徐々に服が血に濡れて闇に紛れやすくなってしまう。

 ラングは馬車からつかず離れず、押したり引いたりを繰り返して小さな、けれど数の多い魔獣を最小の動きで狩っていく。

 狼に乗ったゴブリン、いわゆるゴブリンライダーと呼ばれる魔獣を両手に持った双剣の一振りでどちらにもとどめを刺していく。

 ツカサは狙いを定めるよりも防ぐことに注力し、氷魔法で魔獣を全て凍らせる手法を選んだ。それはツカサが必死にとった行動だったが、正解でもあった。左側に氷壁が出来上がることで魔獣を払うことが出来、アルは右を、ラングは背後に注力することが出来た。


 暫く攻防が続いた後、アルは突然ツカサを馬車に放り込んだ。


「アル!?」

「いいよな?ラング」

「もとよりそのつもりだ」


 徐々に失速してラングとアルが馬車から離れて行く。


「ラング!」

「ツカサ、ルフレンにヒールを忘れるな」


 そして立ち止まるとラングとアルは馬車に背を向け、武器を構えた。


 名前を呼ぼうとしてツカサには出来なかった。

 今まで以上に大きな破壊音を立てて、大量の大型魔獣が群れを成して姿を現したからだ。

 

「でかいのは俺がもらうけどいい?」

「構わん。フォローはいれてやる」


 すぅ、と大きく息を吸った後、アルは雄叫びを上げて魔獣の気を引いた。


「うおおおおおおぉぉぉ!」


 威圧の込められたそれはアルへのヘイトを一身に集め、馬車を忘れさせた。


 アルへ向いて隙のできた魔獣をラングが手早く、時に足場にして急所を斬り付けて行く。


「ラング! アル!」


 遠ざかる二人の背中に叫ぶが魔獣の声にかき消される。


「ツカサ! ルフレンにヒールを頂戴! 今がいざという時なのよ!」

「…!」


 ツカサは血が出るほどに唇を噛み締めて御者席に出ると、ルフレンにヒールをかけ続けた。

 時折現れる小さな魔獣を凍らせ追い払い、ひたすらに全員が無言で馬車を走らせた。


 ルフレンはヒールの甲斐もあり、走りすぎて絶命するようなこともなくキフェルの門をくぐることが出来た。

 

 各々がふらついた様子で門兵にカードを、クロムとジェシカは王都の住民カードで旅人として手続きした。


「王都マジェタで迷宮崩壊ダンジョンブレイクがあったことは、知っていますか」


 手続きのために馬車を降りたツカサは、掠れた声で門兵に尋ねた。

 倒れそうなツカサの肩を心配そうに支え、門兵は頷く。


「あ、あぁ、聞いている。王都で対応がされているとは連絡が来ているが」

「すぐそこまで魔獣暴走スタンピードが来てる、俺たちのパーティの人が、足止めをしてて」

「なんだって!?」


 門兵は何かを伝達すると門を少しだけ閉めた。完全に閉じないのはこれから逃げ込む人がいるかもしれないと思っているからだ。

 ツカサたちは一先ずの無事を喜ばれ、それから国境都市に通された。


「ここにもいくらか戦力があるから、応援に駆け付けるよ。君たちは少し休んだ方が良い」


 優しく促され、ツカサはぼんやりした頭のままで宿を取り、ルフレンにもう一度ヒールをかけて水と食事を置いてベッドに倒れた。

 



 ―― 目を覚ましたのはそれから二日後だった。


 慌てて飛び起きて部屋を飛び出せば、宿の青年が驚いた顔でツカサを引き留め、落ちつけてくれた。二日間眠り続けていたと聞いてさらに慌ててしまったが、しっかりと腕を掴まれた。

 エレナはすでに目を覚まして冒険者ギルドへ行くと言づけてくれていて、ツカサが目を覚ましたら食事をとらせてほしいと頼まれているらしい。

 ツカサは落ち着かない気持ちをそのままに、無理矢理食堂に連れて行かれてたっぷりの食事を出された。

 ラングと鍛練を始めてから確かに食べる量は多くなったが、目の前に置かれた食事は三人前はある。


「あの、こんなに」

「時間がかかっても良いから、完食を見届けて欲しいと言われています」


 青年はツカサの正面に座り込んで力強く頷いた。

 ツカサはもそりと一口スープを啜った。一口目は味がなく、二口目からじわりと唾液が溢れた。三口目で美味しさがわかり、空腹を認識した。

 そこからはガツガツと食事を食べた。焼いたカリカリベーコンも、少し固いパンもスープへ浸して。ラングに怒られないように身に着けた食べ方は、がっついても無様には映らなかったのだろう、見守っていた青年は安心した顔で微笑んでいた。


 時間はかかったがツカサは食事を完食した。

 食べることに夢中で一息ついたところにお茶をもらい、青年のことを思い出した。


「ごめん、ありがとう、落ち着いた」

「よかった。お連れの女性ももうそろそろ戻ると思いますよ」


 言われ、ツカサは小さく頷いた。


「あの、わかればでいいんだけど、この二日で何があったのか」

「わかっています、それも説明しておくように言われてますから」


 エレナはいろいろと整えておいてくれたらしい。

 青年はお茶のポットを置いてゆっくりと話してくれた。結論を急ぐツカサの為に敢えてゆっくり話しているのだろう。


 ツカサたちがキフェルに入った後、キフェルにいた冒険者と王国兵は半数を残して応援に向かった。移動して丸一日、馬を走らせて先遣隊になった王国兵が見たものは、大量の魔獣の死骸だったそうだ。頭蓋をぶち抜かれた死骸、綺麗に原型を留めている死骸、それらが折り重なって積み上がり、生きている魔獣はいなかった。

 ツカサはそれがラングとアルの倒した魔獣だとわかった。あの二人は対照的な死骸になるのだ。

 先遣隊と本隊、冒険者が合流した後は周囲の掃討を行なった。

 積み重なっていた死骸ほどではないが、それでも王都マジェタの方角から相当数の魔獣が現れ、現在も交代で掃討作業を続けているらしい。

 ジュマの迷宮崩壊ダンジョンブレイクのことから、長丁場になることをキフェルの人々は理解しているそうだ。ラングとアルによりすでに倒されていたものや、新しい死骸は日々キフェルに運び込まれ、解体屋を忙しくさせている。

 ツカサは、この場所がそうした備えを理解していることに安堵した。青年にそれを伝えると、ここキフェルの冒険者ギルドのギルドマスターは、かつてジュマで防衛に当たった冒険者なのだという。だからこそこういった事態には日頃から備えていて、ここに詰める国境の王国兵も意識が高い。

 故郷で日頃の備えが大事だと口酸っぱく言う防災担当の教師を思い出した。あの人の言うことも、有事でようやく輝くのだ。本来はそれでいいのだ。


 話しを戻して、ツカサはラングとアルについて尋ねた。


「俺のパーティの人は? ラングっていう目立つ黒いシールド…仮面を着けている人と、槍を背負った黒髪の男の人」

「それが…」


 青年は少しだけ言い淀み、考え込んだ後に続けた。


「どこにもいなかったんです」

「どういうこと…!?」

「あ、いいえ、悪い意味ではないと思うんです! 死体はどこにもなかったし、大型魔獣の解体をした時にも、胃から出て来たのは女性だったそうで。男性なんですよね?」

「うん、どっちも男の人…女性って、もしかしてあの時の?」

「お知り合いに心当たりが?」

「知り合いではないんだけど」


 ツカサはキャンプエリアで【レッド・スコーピオン】のパーティに会ったことを話し、その時の女性かもしれないと説明した。

 青年は頷き、あとで対策本部へ伝えてあげてくださいと言った。伝聞の危うさを青年はよく理解して居るようだ。

 一頻りの説明が終わったところで、タイミングよくエレナが戻った。


「ツカサ! 目を覚ましたのね」


 食堂に居るツカサを見るやエレナは駆け寄り、ふわりと抱き締めた。ぎゅうっと腕に力が入ったのはその後だ。エレナの石鹸の香りと柔らかい感触に肩の力が抜けて行く。


「エレナも無事でよかった、ごめん、途中からあんまり覚えていなくて」

「それは当然よ、あなたすごい頑張ったのだから」


 隣に腰かけ、エレナはもう一度ツカサを抱きしめた。青年は温かく微笑んでくれていたが、エレナのお茶も用意すると席を外した。

 エレナは抱き締めるのをやめたがツカサの手を両手で強く握った。


「本当に立派だったわよ、ツカサ。あなたは襲ってくる魔獣を全部凍らせて、ルフレンにヒールを、それから魔獣避けのランタンにも魔力を送り続けたのよ。よく無事だったわ」

「そうだったの?俺無我夢中でよく…そうだ、ルフレンは? クロムさんとジェシカさんは?」

「彼らも無事よ。ルフレンも今はゆっくり休んで、食欲もあるしあなたのおかげで大丈夫」

「よかった、じゃあ依頼は達成できたんだね」

「そうね」


 ほぅっと息を吐いたのは同時だった。それがおかしくて少し笑ってしまった。

 手を撫でるエレナの暖かさをぼうっと感じていた後、ツカサは尋ねる。


「ラングとアル、いなかったって、どういうことだと思う?」

「死体はないと言っていたから、無事なのだとは思うけれど。もしかしてマジェタに戻った可能性もあるのかしら」


 あれだけの魔獣が溢れていた。後続の憂いを払う為にそう考えることもあり得る気がした。


「そっか、エレナは伝言がないかを調べにギルドへ行ったんだね?」

「そうよ。でも、マジェタはそれなりに距離があるからか、何もなかったわ」

「マジェタはどうなっているか聞けたの?」

「ある程度定期的に情報は入っているみたい。貼り出された情報を書き写してきたわ」

「ありがとう」


 エレナが差し出した紙を深呼吸しながら見て行く。


 ―― 王都マジェタ、ギルド本部より連絡

    春の月 二十三

    迷宮崩壊ダンジョンブレイクが確認される

    王女サスターシャ様が筆頭指揮を執りダンジョンへ


 ―― 王都マジェタ、ギルド本部より連絡

    春の月 二十三 其の二

    迷宮崩壊ダンジョンブレイクに対応するため

    現場に出ていた王女サスターシャが行方不明

    お見かけしたら、保護を要請する


 ―― 王都マジェタ、ギルド本部、王室より連絡

    春の月 二十三 其の三

    王女サスターシャご帰還、指揮に復帰

    魔獣暴走スタンピードを確認

    各地の冒険者ギルドは魔獣に備えること

    各地の王国兵は民を守ることを優先し

    国境都市は他国家へ被害を及ぼさぬように努めること


 ―― 王都マジェタ、ギルド本部より連絡

    春の月 二十四

    王女サスターシャの命令により

    王都マジェタの門扉は閉ざされている

    各地、マジェタを目指す商人や旅人を引き留めること

    冒険者には訳を話し、有志のみマジェタを目指すことを許可する


 ―― 王都マジェタ、ギルド本部、王家より連絡

    春の月 二十五

    【レッド・スコーピオン】のパーティを見かけた場合

    即時王都へ帰還するように伝えること

    抵抗する場合は武力行使を許す


 ―― 王都マジェタ、ギルド本部、王家より連絡

    春の月 二十六

    王女サスターシャより激励

    我が民よ、冒険者たちよ、苦労をかけます 

    ジュマの迷宮崩壊ダンジョンブレイクに対し

    厳格な規則を作成し、王家が発表しなかったことも

    原因だと重く受け止めています

    けれど、マジェタの冒険者も、王国軍も

    この事態に全力で対応しています

    不安はあると思いますが、信じて、その場で

    耐え忍んでいただくことが

    一番被害なく過ごせる方法です

    皆、頼みました


 ―― 王都マジェタ、ギルド本部、王家より連絡

    春の月 二十六 其の二

    迷宮崩壊ダンジョンブレイク当初の魔獣暴走スタンピード

    溢れた魔獣が各地で暴れる可能性がある

    現在は態勢を整え、ダンジョン入り口付近で

    押し留めることに成功


 ―― 王都マジェタ、ギルド本部、王家より連絡

    春の月 二十七

    【異邦の旅人】へ

    情報を活かせず謝罪する

    各地へ

    上記パーティが訪ねて来た場合

    丁重に労って欲しい

    王女サスターシャより

    マジェタ・ギルドマスター・グランツより



「今って、何日?」

「春の月の三十日、最後の日ね」

「出たのが二十三日だから、一昨日…二十八に着いた?」

「そうね」

「はは、すごい強行軍だったんだ」


 ツカサはテーブルに突っ伏し、続きの紙を眺める。


「あの門兵、俺たちのこと知ってたのかな」

「あの後に王国兵側にも通達があったみたいよ。昨日丁寧に代表の謝罪と、足止めを買って出てくれたラングとアルの応援にどのくらいの規模で行ったのかとか、丁重に説明をもらったわ」

「そっか」


 二十七日以降の伝達は、魔獣との一進一退の攻防が続いていることや、手を貸してもらえる冒険者の召集についての報せだった。

 ツカサは日付をぼんやりと眺め、呟いた。


「俺、いつの間にか十八歳になってる」


 春の月4月 二十五日

 ツカサは祝われる余裕も無い中で一つ年をとった。  




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