第91話 最低な冒険者


 恐らく、その場に居合わせた全員が絶句していた。


 迷宮崩壊ダンジョンブレイクの事の発端は明らかに【レッド・スコーピオン】によるクラン攻略だ。どういう意図があって攻略をしたのかは知らないが、事だけ起こして逃げて来たと言える神経がわからなかった。

 シュンは呆然とするツカサに近寄りその肩を叩いた。我に返ってツカサは再びその手を振り払った。


迷宮崩壊ダンジョンブレイクが起きたのはあんたがクラン攻略したからだろ!? なんで逃げて来たなんて!?」


 少なくとも攻略の旗頭になれるだけの能力があるから、クランに集った他のパーティもいたはずだ。戦力になれるはずの冒険者が、ツカサたちよりも早く王都マジェタを逃げ出していたことに驚きを隠せない。

 シュンはツカサの発言にきょとんとした後、大声で笑いだした。


「いやいや、俺は攻略しただけの功労者! 迷宮崩壊ダンジョンブレイクなんて関係ないし、もう響きからして危ないじゃん? そんな危ないイベントクエスト付き合えないしさぁ。だから女連れて逃げて来たんだよ」


 座っているパーティメンバーの肩に手を置いて、見つめ合って微笑む。連れて来たメンバーが女性だけという辺りが生々しい。

 王都マジェタを出て来る時の緊張感を知るツカサは何度目か、再び絶句した。

 意味の分からない苛立ちが徐々に込み上げて来て、また叫ぼうとしたツカサの肩を次はラングが掴んだ。


「もういい、行くぞ。理解できなければ会話など成り立つわけもない」


 それはもう関わるなということだった。

 ツカサはきつく拳を握りしめて促されるままに踵を返した。


「あ、おいおい待ってくれよ! 実はさ、乗って来た馬が起きたら逃げてて困ってるんだよ。その馬車乗せてくれよ」

「定員オーバーだよ」

「たかだか二、三人だろ? 全然乗れるじゃん」

「なぁ、ゲームじゃないって何度言えばわかるんだ? 長距離の移動の為に、馬に負担をかける馬鹿はいないだろ!」

「お前、本当、こっちが優しくしてやってたら、つけあがるなよ?」


 ごぅ、と掌に炎を出してシュンは凄んだ。

 そんなものがなんだ。ツカサは眉を顰めた。


「あまりにもしつこいならこちらも考えがある」


 少しだけ低めのラングの声。その直後に周囲の空気が重くなる。

 全身を上から圧迫され、地面にひれ伏したくなる威圧はラングのもの。


「関わらないでくれるなら大目に見てやるが、これが最後だ」


 キンと研ぎ澄まされた刃のような威圧はアルのものだ。


 ツカサは背後から発せられるそれに振り返ることは出来なかったが、背負うことは出来た。

 シュンはツカサを既に見ておらず、その背後の何かを見て膝を震わせている。


「ねぇ、実力が違うんだよ。あんたの魔法より、たぶん俺の方が上手に扱える。俺の師匠はあんたより断然強い」


 シュンの目がぶるぶると震えながらツカサを向く。ふ、と威圧が消えればどしゃりと地面に崩れ、その後ろの女性たちも失神したり崩れ落ちたり忙しい。中には失禁している人もいて申し訳なくなった。

 

「騒がせたな」

「い、いえ」


 ラングが声を掛けたのはクロムだ。真っ直ぐに威圧を向けられていなくとも、近くにいただけで負担だったのだろう。幌馬車の縁をきゅうっと掴んでいる姿は乙女だ。

 エレナがジェシカの様子を確認し、眠っていることをラングに伝えた。

 

「休憩は無しだ、進むぞ」

「了解」


 ルフレンの馬首を変え、エレナが小さく手綱を叩く。がらがらと動き出した馬車の音を聞きながら、ツカサは地面に崩れ落ちているシュンへ声を掛けた。


「王都マジェタで、あんたのことを待ってる人たちがいると思うよ」


 返事はないがツカサは構わず歩き出した。




 ―― しばらくして馬車の音もしなくなった。薪を足し忘れた焚火はジジ、と掠れた声だけを零している。さわさわと穏やかな葉擦れの音だけが聞こえて、先程あったことを除けばただただ平和だ。

 辺りが夕闇に紛れていく中で、シュンはゆっくりと顔を上げた。


「う、ぅぅ」


 恐怖に強張った体がようやく動くようになった。ぶるぶると怒りに震えた腕を空に伸ばした。


「ううううああああああ!」


 この場所に来たきっかけはよくわからない。荷物や衣服がそのままだったことから転移だと思う。

 大好きなラノベと同じ状況、自分のステータスを視ることが出来て、魔法が使えたことに歓喜した。NPCたちは思ったよりも面倒だったが、思い切り魔法を使って見せてやれば逸材だと持ち上げられた。

 他のNPCの魔法を見れば、やれ土塊だの氷の塊を撃つだけだの、炎の玉を飛ばすだの、自分の認識としては低級の魔法ばかりだった。

 ここは良い、自分が望んだイメージだけ魔法を使える。

 辛い訓練なんてしなくても無双が出来る。

 それに対して「いつか後悔するぞ」と言ったやつがいた気がしたが、もう顔も覚えていない。


 あっという間に金級冒険者になった。

 魔獣を魔法で駆逐して、素材を納品。金を荒稼ぎして良い仲間を手に入れていった。気に入った女は好きなだけ選べたし、もっと良い仲間が見つかれば入れ替えも思うまま。向こうもこっちの実力を知っているから抗わなかったし反論は封じ込めた。

 一緒に居れば良い生活が出来る、名声が手に入る。お互いにwin-winの関係でやれていた。


 懇意にしているギルドマスターのグランツが、ジュマとか言うど田舎のギルドからの報告に渋い顔をしていたから胸を叩いてやった。

 別に生活には困ってなかったが、いまいち名声が足りない気もしていたのでわざわざクランを組んだ。周知にそれなりに金をばらまいたのもパフォーマンスだった。

 おこぼれに預かりたい雑魚たちが群がって、長い攻略になると聞いたので時間停止機能が付いたアイテムバッグを買い漁り、奪い、食材を大量に用意してボス部屋まで向かった。十七階層までの転移ができない奴もいて少し待つ羽目になったが、その間の女にも困らなかった。

 大人数での移動は思った以上に面倒だった。食事の用意にも時間がかかって空腹での待機が多く苛立ち、自分の女を貸せと抜かす馬鹿もいて、そういうのはしれっと魔獣の前に出して殺してやった。

 ボス部屋でも範囲攻撃に対しての防御が広範囲に渡り、あぶれた雑魚が死んだりした。雑魚が死ぬのは食材が浮くからまぁいい。

 十七階層のボス部屋では、戦闘を自分に任せようとして死んだ馬鹿もいた。守るのは自分の身と気に入りの女だけに決まっている。

 どうして、何故、助けてくれ、などというNPCを全員守る訳がない。

 ボス部屋を陣取っていた雷を纏う馬は、魔法を駆使して殺した。周囲が焼け焦げ、中には感電死したやつもいたらしい。

 当然のように十八階層の切符は自身のパーティだけでもらう。この階層を越えられたのは自分の最強の魔法があったからだ。


 そんな修羅場を越えてみれば「クラン攻略は迷宮崩壊ダンジョンブレイクになるからだめだ」なんて噂を流す奴が居て、それがNPCに良いように使われてる日本人とわかれば助けたくなった。

 なのにあいつは手を振り払い、挙句「自分と自分のパーティのが強い」などと抜かした。


「許さねぇ」


 自分の名声を地に落としたあいつを。

 屈辱を感じさせたクソ生意気なNPCも。


「全員、ぶっ殺してやる!」


 シュンは叫んだ。


「シュ、シュン」


 女の内の一人が恐る恐る声を掛けた。

 そちらを睨みつければ、女の視線はシュンへは向いていなかった。


「なんだよ」


 声を掛けるが呆然としたままシュンへ視線をやることはない。


「クソNPCの癖にどこを」


 見て。

 シュンはその視線の先を追ってびくりと体を震わせた。

 目の前には角を生やした大きな四足魔獣がいたからだ。


「うわ、うわあああ!」


 シュンの叫びに合わせて魔獣は地面が割れる様な雄叫びを上げた。

 地面を蹴って上手く立てず、四足でしばらく走ってから二足に移行し、シュンはその場を逃げ出した。


「いや! 待って、置いて行かないでシュン!」

「うるさいうるさい!」

「シュン! 助けて!」

「黙れそこで足止めでもしてろ!」


 女の悲鳴とバキバキ言う音が背後でしていた。

 必死に森に入り逃げれば、がさがさ草木が揺れて狼の背に乗ったゴブリンが目の前に現れた。


「ひぃ!」


 咄嗟に魔法を撃つ。木々に炎が延焼していくが構っていられない。

 

「来るな来るな! 雑魚が、俺にかまうな、こっちに来るな!」


 目に付く魔獣を魔法で焼いて行く。ごうごうと音を立てて木々が燃え上がり、シュンは逃げ道を見失いつつあった。


「なんで俺がこんな目に!」


 くそ!くそ!くそ!


 炎が壁になってゴブリンライダーからは逃れた。

 涙と鼻水が顔面をびしょびしょにしていたが、なりふり構わず走り続けた。




 ―― こんなに走れるとは思わなかった。

 シュンは上体を仰け反らせて月を見て、それから川にばしゃりと倒れ込んだ。

 雪解け水を含んだ冷たい水が火照った体を冷やして気持ちいい。

 同時に冷水を被ったことで少し冷静になり、腹が情けない音を立てて空腹を告げた。


「お、おい、腹が減った、何か」


 振り返るが誰もいない。

 そうだ、全員置いて来たのだ。

 名前を把握していない女たちは誰一人そばにいなかった。シュンにとってあの女たちは自分の処理道具であり、権力の象徴でもあった。女を侍らせることが出来るのは、選ばれた男のみだ。

 収納に入った食材を取り出す。どれも調理が必要で、シュンは生で食べられる野菜をとりあえず齧った。

 侘しい。むなしい。なぜこんなことに。


「あいつ、あいつは喰えてるのか」


 脳裏に浮かぶツカサの健康的な姿。どいつもこいつも飢えていたり、汚れたりはしていなかった。


「つまり、待遇は良いんだな…?」


 食事の提供と戦力がある、それはもしかして、安全なのではないか?


「合流しよう、ツカサと。それでとりあえず土下座でもして、取り入ろう」


 同じ日本人なら情に訴えればどうにかなる。それにお人好しそうな顔をしていた。どちらが師匠だか知らないが、弟子が頼み込めば人が一人増えたところで御咎めは無いはずだ。

 

「そうだよ、同じ日本人なら、助け合わなくちゃだよな。助け合いの精神だよな」


 ぶつぶつと言いながらシュンは野菜を齧って河原に倒れた。

 服を乾かしてくれる人もいないことが、何よりも耐えられなかった。


「俺はこんなところでゲームオーバーになんてならないぞ」


 収納の中の野菜は、徐々に



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