第86話 迷い人
ルフレンをクロムたちに頼み、【異邦の旅人】一行は市内馬車を利用してギルドまで向かった。
ギルド前で降りれば以前に来た時と賑わいは変わらない。
カウンターに並んで順番待ちをし、お次の方どうぞと呼ばれたので書状を机に置いた。
「ギルドマスターのグランツに会いに来た」
「はい?え、は?」
カウンターの青年はきょとんとした後、書状を見直して慌てて立ち上がった。
「ギルドマスターの書状!?少々お待ちを!」
青年が大声を上げて走り去るものだから、周囲の冒険者から視線を集めてしまう。
目立つシールドを着けているものの目立つことが好きではないラングは盛大に舌打ちした。
「おう、来たか」
低く野太い声が上階からかかった。ジュマと同様に上から下を見下ろせる造りだ、手すりに手を置いた大男がこちらを見ていた。今まで見た中で一番ガタイがよく、ライオンのようなわっさりとした髪型で、他のギルドマスターと違って小綺麗な格好ではなく鎧だ。冒険者、という風情である。引退はしていないのだろうか、それとも示しがつかないからあのスタイルなのか。
若干、人に似たオーガのように見えてしまった。
「手違いがあったようだな、詫びよう」
「構わん。今日にでもマジェタを発つ予定だったんだが、それを止めるくらいの訳はあるのだろうな」
「ッハ、ジュマの報告通り、物怖じしない
手で差し招かれラングは階段へ向かう。ギルドマスターの登場にざわつく冒険者たちは【異邦の旅人】に道を開け、見守っている。階段を上がれば顎で呼ばれ、扉の奥へ入る。そこからもう一階上に上がったところがギルドマスターの部屋らしい。
仰々しい扉が開いて中に入ると、戦利品と思しき品々が壁に飾ってある。
ギルドマスターはどすりと豪華な椅子に腰かけると太い腕でソファを示した。
「座れ」
ラングがまずは座った。その隣にエレナ、向かいにアル、ツカサだ。
ふー、と大きく息を吐いたのはギルドマスターのグランツだ。
「ギルドマスターのグランツだ」
「【異邦の旅人】のリーダーをしている、ラングだ。要件から聞こう」
「態度のでかさも報告通りだな、報告よりパーティ人数は増えたようだが?」
「同じことを二度言わせるな」
「【レッド・スコーピオン】が十七階層を踏破し、昨日戻って来た」
しんとした。
ツカサは
「だが、特に問題はないようだぞ」
「ジュマの
エレナが横目にグランツを見ながら言う。
眉を上げてそれを見て、グランツは鼻で笑う。
「今回はジュマほどの死傷者もいない。十八階層が新たに見つかったが、他の階層にも変化はないようだ」
「よかったな。それが我々を呼びつけることと関係があるのか?」
「大ありだとも」
ごん、と机を殴る様に拳を落とし、グランツはラングを睨みつけた。
「クランを組んで攻略することは、冒険者の活性化に繋がる。ダンジョンの中をさらに進められれば、それだけ発展にも繋がる。
「だが事実、ジュマは
「食料の件で連絡は来たがな、結局二ヶ月とかからず落ち着いたようだが?」
「たまたま、運が良かった」
そう、あの時は
そうしたイレギュラーなラッキーもあり、ツカサたちの解放も早かったのだ。
「では、ヴァロキアの冒険者ギルドの総意としては、クランは組んで攻略しても
「当然だ」
強く頷かれてしまった。
実際、そういったケースやルールを把握できたのは神であるセルクスと邂逅出来たからに他ならない。そこで答え合わせをしてもらえたから、ツカサは自信を持ってジュマのギルドに伝えることが出来た。ツカサがその加護を持つからこそ、証明も出来た。
ここでスキルを見せたところでお話しにもならないだろう。
「それで?それを伝えるためだけに呼び止めたのか?」
ギルドの方針がどうであれ、それを貫けばいいだけだ。わざわざ呼び立てる意味がわからなかった。
「そうだ。世迷言を他所で言いふらすような真似は冒険者の恥だ、やめてもらおう」
ツカサへ視線を向けながら言われ、カッと顔が熱くなった。明らかにツカサに対する釘刺しで、その視線が馬鹿にしていたためにムカついた。恥だと言われ悔しくもあった。
ツカサはぎゅっと拳を握りしめ、グランツの視線に睨み返した。
「はいはい、言わない、言わない。俺たちは先を急ぐからもういいよな?」
アルがパン、と思い切り手を打ち視線を集めると、からりとした笑顔でグランツに問うた。
グランツはふんと鼻を鳴らすと口を開こうとした。
「ギルドマスター!」
扉をノックせずに入って来たのは少しチャラそうな冒険者だ。
年はアルと同じくらいか、黒髪の日本人顔の青年。
すぐにわかった、この青年がシュンだ。
「俺の功績にケチをつけてるやつが来てるって、下で聞いたんだ」
じろっと青年が【異邦の旅人】の四人を見る。
あちらも気づいたようでツカサで視線が止まった。
『おいおい、まさか日本人?』
日本語で話しかけられて一瞬、反射でそうだと言いそうになったが堪えた。これと同じ出身だと思われたくなかったことと、
「なに?」
だから敢えて公用語で返した。
シュンは首を傾げ、それから勝手に納得した。
「ははん、転移か転生した時にここの言語に統一されたか。それは残念!」
同郷の者を見つけて嬉しいのか、シュンは馴れ馴れしくツカサの肩を叩いた。あまり嬉しい慣れ合いではない。
「グランツ、そっちの会話終わってるならこいつら連れてっていいか?」
「構わないが知り合いか?」
「いや、違うけどこれからそうなるつもり。お前名前は?」
「ツカサ、あんたは?」
「名前がドンピシャ、お!そうだ悪い悪い、俺は【レッド・スコーピオン】のリーダー、シュンだ。漢字だと」
「話しが盛り上がっているところ悪いが、まだこちらの話しは終わっていない」
ピシャリとラングが口を挟んだ
行動を邪魔されることが嫌なのだろう、シュンは苛立ちを顔に出してラングを見た。
ラングはそれを見もせず、グランツに尋ねた。
「ギルドの方針は良くわかった。我々は明日にでもここを出立する、構わないな?」
「一応はジュマの貢献者だ、腕の良い冒険者を潰すのは本意ではないからな。余計なことを吹聴しなければそれでいい」
「ならば即時制限を解除しろ。こう言った扱いを受けて滞在を続けるほど愚鈍ではない」
「伝達しておこう」
「ちょっとちょっと待てって!俺はツカサと話したいこともあるんだ、勝手に決めるな!」
シュンが割って入ってアルは顎が外れたように口をぽかりと開けている。
「勝手に決めるも何も、うちのパーティの行動方針なんだから関係ないだろ?」
アルの言葉にツカサも頷き、エレナは珍しく真顔だ。
「NPCがうるさいな、ちょっと黙ってろ」
「えぬぴーしー?」
アルから視線を受け、ツカサは肩を竦めて見せた。
命のやり取りをしたことのあるツカサはここが現実であることを良く知っている。この世界で生きる人たちにはプログラムが無いということも、重々承知の上だ。
ツカサよりも年嵩だろうこの青年がそれを理解していないことがツカサには驚きだった。
「悪いけど、今聞いた通り忙しいんだ」
ツカサが肩に置かれた手を払い、席を立つラングに倣って立ち上がる。
「食料の買い出しに行かなくちゃ、俺はエレナと西口方面だったよね」
「いや、今日は伝令の不足も懸念があるから出ない。ゆっくり買い物をして宿に戻れ」
「わかった、夕飯どうする?」
「それは俺とラングで買いあさって持って帰る。ツカサは先に宿に戻ってたらルフレンの世話をしといてくれよ」
「わかった」
「おい! 無視するな!」
シュンが叫んだ。
ラングとアルはまだ居たのかと言いたげに既に興味を失っていて、エレナは真顔が続行している。
ツカサはすぅ、と息を吸ってシュンを見た。
「さっきも言ったけど、忙しいんだ」
「つれないこというなよ、とりあえずさ、お前うちのパーティ来いよ」
なにがとりあえずなのか?
ツカサは呆気に取られてシュンを見ていた。
人間、あまりに意味の分からないことを言われると言葉が出なくなるのだなと、無駄に冷静な感想を持った。
な、と腕を掴まれたところでハッとして振り払った。
「さっきから何勝手なこと言ってるんだ?」
「心配してんだよ、お前、こんなNPCの言うことを聞いてるからさ」
こんな、と親指で仲間を指されカッと頭に血が上った。
「何がNPCだ、ラングも、エレナも、アルも、意思があって命があって、正しく人だ! プログラムなんかじゃない! あんた頭大丈夫か!?」
「だとしてもエキストラだろ?スキルを得てここにいる、ならここは無双を許された英雄のための世界だろ?」
「ラノベとかでよくあるやつ、俺も読むの好きだよ。でもここは死んだらおしまいの世界でゲームじゃない」
「自分が死ななきゃ良いんだ。雑魚が何人死んだって関係ない」
「何言ってるんだ」
ツカサの脳裏に【真夜中の梟】のメンバーや、今までの街で出会った人たちの顔が浮かぶ。
その誰もが死んだら代わりはいない。
かつての自分への盛大なブーメランだが、言わずにはいられなかった。
「あんたの厨二病に付き合ってる暇はない」
その言葉にシュンはカチンと来たようだ。へらへらとした笑みが消えて顎を上げ、ツカサをわかりやすく見下した。
「人が優しく声かけてやってんのに、なんだよその態度」
睨みつけられたが全くと言って良いほど怖くなかった。
マブラで受けたラングからの威圧。
ジュマで受けたアルカドスからの威圧。
そう言った歴戦の戦士が見せた本物の殺気に触れて来たことが、ツカサの経験値になっていた。
「少し良いスキルを持ったからって、それを鍛え上げない限り雑魚は雑魚のままだ」
自己の鍛錬を怠らない、良い師匠が周りにいることの誇りがツカサにそう言わせた。
他人のふんどしで相撲を取る形ではあるが、現在進行形で努力をしているのだ、大目に見て欲しい。
「このガキ」
「ギルドマスター!」
シュンが食って掛かろうとしたところに、また別の乱入があった。
カウンターで書状を受け取った青年が息せき切って飛び込んできた。
「なんだ、今日は慌ただしいな。何があった」
「すみません、ダンジョンが」
はぁはぁ、と息を整えつつ、青年は続けた。
「ダンジョンがおかしいです」
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