第74話 【真夜中の梟】との別れ


 旅立ちの前日、ノンアルコールで宴が開かれた。


 酒を入れると馬車のない【真夜中の梟】が鈍行になるため、カダルが許さなかった。

 一応乗合馬車を考えているが、今時期の行動開始は乗れないことも多いのだそうだ。馬車を持つ【異邦の旅人】にはその心配はないが、ラングは基本的に飲まず、ツカサはエールの味が好きではなく、アルは下戸との申告、エレナは嗜む程度なので進んで飲みたがらなかった。

 宿が食事を奮発してくれ、美味しいシチューや揚げ物をたらふく食べた。エレナは女将さんの厚意でミルクパン粥を締めに食べていた。

 

「若者の胃と同じは無理よ」


 ふふ、と笑いながらエレナは甘いパン粥に舌鼓を打っていた。ツカサも締めにもらったが、これはなかなかよかった。

 幸い、ミルクも買い込んで空間収納に入れてあるので、また食べたくなったら作ることは出来る。


 ツカサはロナに行き先の街の名前を伝えた。

 エレナがスカイと手紙のやり取りをしているので、ロナがジュマに居る限り、やり取りは可能だ。どのようにして手紙がスカイから来ているのかがわからないが、そこはエレナに確認することにした。

 答えは単純で、手紙は船便でこの大陸スヴェトロニアに届き、そこから冒険者ギルドの魔道具を使い各地へ送られるらしい。最終的にギルドに届けられるので、自分で受け取りに行くのだそうだ。

 ツカサはフェネオリアに入ったあと、その先の街がわかり次第また手紙を書くことを約束した。


 友達と離れる寂しさを、ツカサは経験したことがない。


 小学校、中学校、高校、どれも離れたところでいつでも会えた。連絡が取れた。もちろん、新しい友人ができてそちらに比重が傾けば、お互いに疎遠になったりすることはあった。

 どうしている?と声を掛けなくてもコミュニケーションツールを使って知ることが出来た。気になった時に動向を窺えないのは初めてなのだ。

 だから、正直すごく寂しかった。

 わっと笑ったり話したり、不意に沈黙になってしまう。

 別れを惜しむそんな二人に、大人たちが温かい眼差しを送っていた。


 エルドとマーシはラングやアルと、カダルはエレナと穏やかに会話を楽しんでいる。


「ツカサは、またこっちに戻ってくるの?」


 ぽつりと尋ねられた内容に、ううん、と考え込んでしまった。


「わかんない、スカイに着いて、答えが見つかるかもわからないし」

「元の世界に戻るの、目標だもんね」


 ひそひそと声を潜めてロナが言う。


「戻ったら、もう会えないんだろうね」

「うん、たぶん」

「想像もつかないなぁ、生きていればまた会えるけど、生きる場所が違うんだもんね」


 ツカサはスカイに渡っただけでもう会えないと考えているのに。すぐに連絡を取る手段が無くとも、ロナはそう思うのだ。

 もう会えないなどと無粋なことを言うつもりはないし、不便さに文句を言うつもりもない。

 これで最後と思っていた気持ちが、少しだけ申し訳なくなった。

 希望を口に出すくらいは許されるだろうか。


「また会えるよ」


 異世界転移なんて経験、二度とないと思うが、それでも。


「また会おうよ」

「うん、そうだね」


 せっかく出会って友達になったのだから終わらせるには惜しい。

 果たされるかわからない約束をして、竈の火が落ちるようにゆっくりと宴はお開きになった。



 翌朝、朝食を共にしたあと、各自支度を整えて外に出た。


 

 ルフレンは馬具をつけて幌馬車を引き、エレナはそれに乗っている。

 ラングは御者席で、アルは徒歩組、ツカサは別れが済んだら馬車に乗る。


「良い出会いだった、すごく楽しかったよラング、ツカサ」

「エレナさん、石鹸ありがとう。大事に使います」

「また会おうな!俺らジュマに居るからいつでも帰って来いよ!」

「お体には気を付けて、怪我もなるべくしないようにしてくださいね」


 【真夜中の梟】の面々が激励と別れの言葉をかけて来た。

 ツカサは泣きそうになる気持ちをどうにか堪えた。


「エルドさんもマーシもお酒飲み過ぎないようにね、カダルさん頑張って」

「ロナみたいなこというようになって」


 エルドの大きな手がわしゃわしゃとツカサを撫でた。


「あんまり兄貴に似ちゃだめだぞ」

「気を付けるよ」


 マーシに肩を組まれて笑う。


「元気でな、また会おう」

「うん、また、カダルさん」


 手を差し出されたので握手に応える。初対面の時の警戒が嘘のように、カダルが優しい笑顔を見せてくれた。


「ツカサ」


 声がかかり、そちらを向けば相手は見えなかった。

 飛びつくように抱き着かれて、ツカサは反射的に白いローブを掴んで抱き留めた。


「いってらっしゃい、また会おうね」


 ぐす、と鼻を啜る音が聞こえて、ツカサは溜まっていた涙が零れた。


「行ってきます、うん、また会おう、絶対、ロナ」


 この世界で初めての本当の友達。


 ぎゅうっとお互いに別れを惜しんで、ロナがゆっくり離れて笑った。

 ツカサも涙を流しながら笑顔を浮かべて、最後は明るい顔で手を振ることが出来た。


 ルフレンの足は軽快に進み、【真夜中の梟】はあっという間に見えなくなった。

 西門で手続きしてジェキアを出る。


 遠ざかる城郭を眺めながら様々なことを思い出し、それから前を向いた。

 

「もう大丈夫?」


 エレナが優しく声をかけてくれたので頷く。


「大丈夫」


 笑って返せば、目元をそっと拭われた。

 子供扱いに恥ずかしくなってその手から逃げればくすくすと笑われてしまった。


「もらい泣きしちゃったよ」


 ルフレンの横を歩きながらアルが言う。見ればその目元が赤かったのでもらい泣きしたのは事実だろう。


「アルは、今までほかのパーティに居たりしなかったの?」

「うん?したさ。アズリアから逃げる時に、隣のアズファルまでパーティに入れてもらったんだ。ソロで動くより地元の人と一緒の方が国境越えやすかったから」

「どんな人たちだったの?どのくらい一緒にいた?別れる時辛くなかった?」

「質問いっぱいだな!昼飯の時にでも話してやるよ」


 アルはにかっと笑うとツカサの視界から消えた。

 どこかに行ったわけではなく、幌馬車の真横に移動したのだ。よく見れば行き交う行商人や冒険者のパーティがかなりの頻度ですれ違う。ラングは道の少し端を行くが、馬車が目立つのは自明の理。

 エレナに聞けば、ようやく旅が再開出来た冒険者は気持ちが高揚し、中には通りすがる馬車にいたずらをする者がいるらしい。まるで成人式ではしゃぐ新成人のようだ。

 なので、アルは道側に立ってその護衛を兼ねているのだそうだ。


「よく理解している、誰か師事したのか?」


 キャンプエリアに辿り着いて昼食の支度をしながらラングが尋ねた。

 三人の料理を見守りながらアルは首を振る。


「いや、師事はしてない。ただまぁ、母親が冒険者だったからさ、なんていうか日常的にそういうのは教えられるって言うか」

「旅暮らしだったとか?」

「引退してたよ。街中で見かける冒険者のダメ出しとか、馬車を見た時とかにこんなこともあるんだぞって言われたりとか、そういうので自然と。あとはまぁ、実際に自分で歩いて、見て、学んだかな」

生まれついてナチュラルボーンの冒険者、と言っていいかもしれないわね」


 エレナがパンを配りながら言った。

 受け取り、ツカサは不思議そうにアルを見た。アル本人も首を傾げている。

 二人してラングを見れば、代わりに応えてくれた。


「私は、身近にある職業ではあったが元々志していたわけではない。それに、師匠が師匠だからな、ここに来るまでカダルたちからやりようについて指摘を受けたこともある」


 ラングは温かいスープをそれぞれの器によそった。蛇足だが、アルの食器は基本的には元々本人が持っていたものを使い、持っていなかったものは新調した。

 

「良い拾い物をしたと思う」

「そうね、ツカサがラングみたいになることだけは防げると思うわ」


 エレナが言えば、ラングは憮然とした空気を出してそちらを。睨んだかどうかは知らないが、そう感じた。

 エレナは気にした風もなく笑うとツカサへコップを差し出した。


「ツカサ、貴方恵まれているわ。ラングは貴方のためにも彼をパーティに入れたのよ」

「そうなんだ?」


 ポットのお湯をコップに注ぎ全員に配って、ツカサはラングへ尋ねる。

 ラングから返答はないが否定もないので、恐らく肯定だろう。


「なんかよくわからないけど、俺頑張らないといけない空気だな?」


 料理も手伝えず、お茶淹れも出来ず、アルは出された物を受け取りながら苦笑した。


「【異邦の旅人】のご飯ルールとかそういうの、ゆっくりわかっていけばいいんじゃない?ようこそ、アル」

「ありがと!とりあえず手持ち無沙汰だし次の休憩ではルフレンの世話をもう少しやろっかな」

「あら、いいわね、大事なことよ」

「食べるぞ」


 ラングが声をかけ、居住まいを正す。


「いただきます」


 両手を合わせてそう言えば、アルもすんなりと手を合わせる。

 食事は美味しく、半分が済んだところでツカサは思い出したようにアルを見た。


「そういえばさっきの、あとで話すって言ったの、教えてよ」

「おお、いいぞ!」


 パンで器に残ったスープを綺麗に拭いながら、アルは笑った。綺麗に食べ終わりハーブティーが行き渡ったところで、アルは思い出すように空を見上げて話し始めた。


「良い奴らだったよ、結局一年くらいは一緒に行動してた」


 アズリアを逃れたいと正直に言って、冒険者ギルドで拾ってくれるパーティを募った。

 アズリアを拠点とする冒険者からはいつ捕まるか賭けの対象にされたり、むしろ通報されたりと散々な目に遭った。

 そんな中、こっそりと声をかけてくれてパーティに入れてくれたのは【炎熱の竜】というパーティだったという。

 彼らはマイロキアの冒険者で、アズリアへは元々荷運びの依頼で来ていた。彼らもまた、戦争を始めるアズリアから離れるところだった。戦争が始まると治安も悪化する。アルを護衛の頭数として数えることを条件に加入させたのだ。

 

 隣のアズファルまで行ければ良いと考えていたアルは、彼らと共にマイロキアまで行くつもりはなかった。

 彼らは彼らで、アズリアから離れることさえできれば、アズファルで寄り道をしても良いと思っていた。

 なんだかんだアズファルでかなりうろちょろして、一緒にダンジョンに行ったり、数か月の野宿生活をしたり、いつの間にか一員になっていた。

 だが、その時間がアルにとってはあまりに長かった。

 居心地の良いパーティは有難いが、アルは世界を見たくて大陸を渡って来た。アズファルの首都に行った際、今までの礼とパーティを抜けることを伝え、そこで別れた。


「寂しくなかった?」

「なんていうか、目的がお互いに違ってたからさ。生きてればまたどこかで会えるだろうし、寂しいは寂しいけど、お互い頑張ろうみたいな、なんだろうな」

「アルは目的のためにパーティ入りしてたから、目的が変われば別れるのは当然だったのよ」


 食後のお茶を飲みながらエレナが言う。


「冒険者らしい別れ方だわ」


 ツカサは少しだけ侘しくなった。

 しゅんとしたツカサの雰囲気にアルが狼狽した。


「元々の加入理由がはっきりしている。道中の護衛という対価は十分支払ったのだろう。アズリアを出るという目的が達成されたのなら、いつまでもいる必要はない。その【炎熱の竜】というパーティがそいつを引き留めるのなら、それなりの対価を支払わねばならない」


 ラングがポットのお湯をコップに注ぎながら言う。

 

「その対価は、そいつが世界を見ること以上の価値を持たなかったのだろう」


 その言葉にアルを見れば、頷いて返された。


「価値を持たなかったってそんな、引き留められても?」

「そりゃ、まぁ、引き留めてくれるのは嬉しいし、離脱するのは寂しいさ。一年近く一緒に行動してたし、それぞれの癖も、パーティのルールも覚えちゃってさ。でもそれよりもその先の冒険が楽しみで」


 困ったように頬を掻きながら、アルが答える。

 ツカサはちらりとエレナを見た。


「エレナは、スカイに着いたらどうするの?」

「あら、ラング、貴方もしかしてツカサに話していないの?」


 エレナは驚いた様子でラングを見て、視線を受けたラングは顎を撫でて首を傾げている。


「忘れていた」

「貴方でもそんなことがあるのね。アルもスカイへ行くのなら、丁度良いから話してしまってはどう?」


 二人の会話の意味が分からない。ツカサはアルと顔を見合わせ、改めてエレナに尋ねた。

 

「何の話し?」

「ここでする話ではない」


 ぴしゃりと言われ、再び二人は顔を見合わせる。


「じゃあどこで話すの?」

「次の街に着いたらだ」

「ロキアだっけ、どのくらいで着くんだろう」

「馬車ならそう遠くはないわ。明後日には着くわよ」

「そこの行き倒れが途中でへばらなければな」

「頑張ります!」


 ビシっとアルは胸元に右拳を当てて背筋を伸ばした。


「なにそれ?」

「スカイの王国軍の敬礼、スカイジョーク」

「わかんない」

「エレナァ」

「懐かしいわぁ」

「片づけるぞ」


 ラングが立ち上がり後片付けを始める。

 ちぇー、と言いながらも笑ってアルもツカサを手伝ってくれた。


 結局その後、スカイに着いたらエレナがどうするのか、アルがどうするのかを会話することはなかった。

 道中も問題なく進み、途中で中堅に差し掛かるかどうかの冒険者に春よろしく因縁もつけられたが、ラングとアルの威圧があれば相手が尻餅をついて逃げて行った。

 ラングの威圧だけでも良いだろうが、それがもう一人いるだけで格段に威力と手間が違う。


 ツカサはラングとはまた違うアルの冒険者姿に不思議な感覚を覚えた。


 ラングはそもそも冒険者ギルドラーだ。

 ラングが良く口にする、報酬が無ければ動かない、や、信頼が全てだ、という言葉。それはラングの故郷で冒険者ギルドラーの在り方がある意味の【便利屋】だったからだろう。

 片やアルの在り方はまず【自分が何をしたいか】がある。世界が見たい、名声を得たい、強くなりたい。ツカサの知る冒険者の姿はこちらが近かった。

 

 憧れの師匠の背中を見て、ツカサは冒険者ギルドラーになりたいと思っていた。

 ただ、ツカサ自身の在り方がどうあるべきかを決めかねてもいた。

 そう言うのも、【真夜中の梟】やアルの姿を見たからだ。


 自分のやりたいことに人生を懸けて打ち込む姿は眩しい。

 そうして身に着けた物事は、本人のスキルに繋がり、次の道を拓く。

 

 生きる為にラングの弟子になり、生きる為に鍛練している。

 ツカサは自分がどうしたいのかを少しずつ悩むようになった。 


 それはラングがツカサに与えたいくつかの試練の内の一つなのだが、この時はまだ知る由もなかった。




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