第73話 旅の支度と


 翌日、アルが正式にパーティメンバーになった。


 ラングは手続きを終え、預かっていた冒険者証を返し、ツカサとアルに一人分増えた買い物を言いつけた。

 アルはここで、存外しっかりしていることを知らしめた。


「そういえば、パーティの分配ってどうなってるんだ?」

「ダンジョンに行くメンバーで報酬は割っている。エレナはダンジョンに行かない、別で個人的に稼ぎを持っている。宿代は私が代表で出すように決めた。食材は基本的にダンジョンで手に入れているが、買う場合はパーティ分は私が。個人で欲しい物は個人で」

「なるほど、つまりラングはパーティとラング個人、二つの財布を持って管理してるんだな。俺はいつからそれに参加すればいい?」

「よくある決まり事とは違うかもしれないが、パーティメンバーから徴収はしない。幸い【異邦の旅人】には余裕がある。次回のダンジョンからで良い」

「わかった。今回の買い物は俺が出そうか?俺の分だし」

「いや、かまわん。ツカサにいくらか渡してあるからそれを使え。足が出たら自分で判断しろ」

「了解、んじゃお言葉に甘えるよ!」


 ツカサはラングから渡された小さな革袋を見せ、アルはそれを見てにかりと笑った。

 ラングが不意に、もう一つの革袋をツカサに差し出した。


「欲しいと思う調理器具があれば、見て来い。人数が増えたからな」


 それはツカサにとって嬉しい申し出だった。

 ラングの簡易竈やエレナの二連式、それがあれば十分に四人の食事は賄えるだろう。けれど、ラングはツカサにも料理という趣味を分けてくれるというのだ。ぱっと破顔したツカサの心中をまだわからないアルは、嬉しそうな空気だけを感じ取って笑顔を浮かべている。


 ツカサはアルと出かけるにあたり、ラングとエレナの許可を得た上で空間収納のことを教えた。

 これには目を丸くして驚いていたが、便利だと笑い、どう隠しているのかを尋ねられた。

 アルという青年の経験がそうした問いかけを導き出すのだろうが、ツカサは言葉を交わす度に驚きを禁じ得ない。

 空間収納を持つ、だから便利、まではわかる。

 ただその後、【それをどのように隠して利用しているのか、他者に気取られない為にやり方を教えてくれ】と尋ねられる人がいるだろうか。

 空間収納というスキルの便利さと危険さを知るからこその言葉に、ツカサは素直に感心してしまった。

 ショルダーバッグをアイテムバッグとして扱い、その実、空間収納に仕舞い込んでいるのだと言えば、それだけで渡し方を導いてしまったようだ。

 かく言うアル本人も腰に着けたポーチがアイテムバッグだそうで、そこに買い物した食材をぽいぽい放り込んでいた。これはスカイのダンジョンで出たもので、容量こそ限りはあるが時間停止という超レアもの。おかげで食材が持ち、餓死せずに済んだという。

 なんとも運に身を任せている青年でもある。


 ツカサは空腹を訴えるアルとサンドイッチを買い、ラングには怒られる歩き食べをしながら調理器具を見に行った。

 包丁というには武骨なナイフと、フライパン、鍋、あとは混ぜるための木べらやお玉を買った。

 隣の調味料を置く店で塩や、少し値は張るが胡椒。薬屋でラングが仕入れるハーブ類を真似をして買った。

 何を作れるかはわからない。それでも、こうして準備しておけばまずは塩焼きからになるが食事が作れるだろう。


「アルは、道中のご飯どうしてたの?」

「焚火熾して焼くくらいは出来たけど、味付けは塩だけだったなぁ。隣合ったパーティにちょっとスープ恵んでもらったりしてた!」

「それが出来るからすごいなぁ」

 

 自分なら出来るだろうか。見も知らぬパーティに声を掛け、温かいスープを分けてくれないか、と声を掛けられるだろうか。

 出来る気がしない。


 諸々の買い物を終えて宿へ戻れば、ラングと【真夜中の梟】の面々と鉢合わせた。

 彼らも【異邦の旅人】と同日の朝、ジュマへ向けて発つ。ツカサたちがいない朝を翌日も迎えるなんて寂しすぎる、とエルドとマーシだけでなくロナも呟いたため、同じタイミングで発つことをカダルが決めた。


「おかえり、買えたか」

「うん、ただいま。いろいろ準備できたよ」

「そうか」

「カダルさんたちはここで何を?」

「覚えてるか?売ったランタンの金額折半しようっていう」

「あぁー!あったね、あと影縫いのナイフもじゃない?」

「分配が決まった」


 ラングの言葉に、おぉ、と感嘆符が零れた。


「【異邦の旅人】の取り分はもう渡してある」

「多すぎると文句を言っていたところだ」


 ラングの言葉にカダルは肩を竦めた。


「あんたたちの財力はジュマを経て知っているが、腐る物でもないし新規加入のお祝いとして受け取っておいてくれ」

「そうですよ、むしろ、ジュマのダンジョンを考えると正当な取り分です!」


 ロナにもそう言われ、ラングは肩を竦めてから頷いた。

 安心した様子でロナが笑って、カダルは黒いナイフをアルへ差し出した。


「ジュマのダンジョンでドロップしたナイフだ。ラングか俺かで決めかねていたが、ラングがお前に渡せと言った」

「なんのナイフなんだ?」

「影縫いのナイフ。影に刺せば対象の動きを封じられる、と鑑定結果が出ている」

「なるほど、うん、ちょっと使い方は相談するさ」

「そうしろ」


 カダルが真正面からアルを向く。不躾なのは重々承知だろうが、上から下まで眺めてから呟く。


「あの行き倒れが、まさか【異邦の旅人】に加入するとは思わなかったな」

「あはは、あの時はありがとな!俺もびっくりだよ、目的地同じでさ」

「んじゃお前もスカイに行くのか」

「おう、そういうこと」

「ツカサをいじめちゃだめですよ?」

「しないしない、あの時はありがとな、ロナ」


 ロナの発言にツカサも苦笑を浮かべ、それでも友人が心配してくれるのが嬉しい。


「なぁ、手合わせしないか?ちょっと興味あるんだよな、槍って」

「やめておけ」

「いいだろカダル!」


 うきうきしたマーシの様子にカダルが眉間を抑える。

 そうだ、カダルには【鑑定】があるから見えるのだ。マーシとの圧倒的なレベル差が。

 しかしツカサは気になった。ラングが以前によくわからないと言っていたが、レベルという指標がツカサにもわからなくなりつつあった。


 レベルが高いから筋力が上で強いというわけではなく。

 レベルが低いから筋力が低く弱いというわけではない。


 最初はラングという確固たる指標があった。レベルが高く、実際にも強い。

 けれど、ラングよりレベルは低くとも、エルドが弱いかというとそうではない。一緒にダンジョンへ潜ったからこそそれは強く感じる。

 カダルに聞いたところ、一つの目安であって全てではないそうだ。ラングほどのレベルの高さは見たことがなく、戦闘を共にしてつついてはならないハチの巣なのだと理解した、と言っていた。

 加えて、ラングは【人】そのものを【鑑定眼】なしに見て、【強い】と判じれる。

 

 全て経験なのだろうなと、ツカサは何度も同じ答えに辿り着く。


「俺は良いけど」


 あっけらかんとアルが笑って応え、マーシはガッツポーズを取った。


「ロナ、手当ての準備をしておくんだ」

「はい、カダルさん」

「負けが前提なのやめろよ!」


 ワイワイ言いながらぞろぞろと庭に出て行く。

 春が近づいた庭は雪が溶け、地面を剥きだしにしている場所が増えていた。緑色の葉がちょこんと顔を出し、それも暖かさを感じさせる。

 マーシはいつもの剣を構え、アルは背中から槍を下ろして構えた。ラングが構えた時のように、長年身についた動きと言った様子で滑らかだった。


「いつでもいいぞ!」

「よっしゃ!俺から行く!」


 ノリだけなら小学生男子の掛け声だ。


 ぱっと地面を蹴って駆け出したマーシの顔には笑みも浮かんでいるが、目は真っ直ぐにアルを捉えていた。

 アルは待ちの姿勢でマーシの剣を槍の柄で受け、押し返した。

 ぽんと後ろに下がって着地し、体勢を直したマーシが次はアルの一撃を待つ。


「冒険者の手合わせは、まずお互いに一撃を見せるところからなんだ」


 カダルが補足をしてくれてツカサは頷く。

 アルは槍を構え直すと上段から思い切り振り下ろした。

 ただ振り下ろしたわけでなく、手の中を滑らせながら振り下ろしたのでマーシの剣に撃ち込む時には非常に重い一撃になっていた。

 ぐ、とマーシの声が潰れる。受け止めた一撃を剣の腹に腕を添えて耐え、押し返すのではなく逸らしていなす。

 剣を傷める方法だが、それ以外に受けきれなかったのだろう。


「そんな技あるのかよ」

「槍だと基本だな、柄の長さを利用する技は多いぞ」

「くーっ、戦いにくいな!?」

「そう思ってくれたら重畳!」


 笑って、アルは石突をどんと地面に置いた。


「続けるか?」


 挑発的な、それでいて無邪気な笑顔をしていた。


「やめる。剣壊したくないしな」


 マーシは剣を腰に戻して両手を挙げた。

 冷静に判断したと思う。隣でロナがほっと息を吐いていた。


「出発前に一度鍛冶屋行っとけよ、マーシ」

「わかってるよエルド!」


 悔しそうに叫びながらマーシは宿を飛び出して行った。行先は鍛冶屋だそうで、気にするなと言われた。


「行き倒れていたとは思えないほど、腕は良いようだな」


 カダルの言葉にアルは照れたように笑った。ツカサも正直驚いている。

 そもそも槍を使う人というのを見たことがなかったが、あの一撃だけでも【槍】という武器の強さがわかる。

 それに加え、アルがその性能を理解し、体を鍛えているからだということも、今ならわかる。

 ツカサはラングにそうやって鍛えられているからだ。

 そろりと隣のラングを見遣る。


「なんだ」

「いや、別に。あのさ、ラングとアルだったらどうなるのかな」

「あー、俺それはやりたくないわ」


 槍を背に戻って来たアルがあははと笑いながら言う。


「絶対どっちか死ぬもん!」


 腹減ったー、と言いながら宿に入っていく背中に、開いた口が塞がらない。

 ラングを振り返ればこくりと頷かれた。


「少なくとも腕は落とす」


 それは、どちらがなのか。

 聞くのは怖かった。




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