第72話 行き倒れのパーティ加入


 頭を下げたアルを前に、ツカサは唇を噛んで黙り込んだ。


 なんとなく、流れからしてそう言いだされるかもしれないと思ってはいた。迷子になったと言っていたので、正直帰り道に自信がないのだろう。

 ツカサはちらりとラングを窺い見た。

 【異邦の旅人】のリーダーはラングで、最終的な決定権もラングが持っている。

 「断る」と即答しないことにツカサは首を傾げた。エレナのときは様々な理由があったとはいえ、他のケースでははっきりと即答していたのだ。


「ラング?」


 ラングはじっと黙ってアルを見ているようだった。シールドがあるのでどこを見ているのかがわからないが、顔がそちらを向いている。


「武器は槍だけか?」

「へ?あぁ、槍だけだ」

「見せろ」

「良いぞ、ほら」


 アルは顔を上げ、首を傾げながら立てかけてあった槍を取り、ラングに差し出した。

 宿の天井が高くて良かった。道を行っていた時も気になったのだが、この槍はアルの頭二つ分は長いのだ。

 同じように立ち上がって槍を受け取ったラングは少し意外そうに息を吐いた。


「ほう、重いな」

「あぁ、俺には扱いやすいんだけど、そう言われること多いな」

「ダンジョン産か?」

「そうだ、スカイの方のダンジョンで出たんだ」

「なぜこの大陸スヴェトロニアに来たんだ」


 何度か槍を握った後、返しながらラングは尋ねた。

 受け取りながらアルは肩を竦める。


「元々見聞を広めるためにあちこち旅してたんだ。三年前こっちに渡って来て、すぐに戦争が起きた。その時はアズリアに居たんだけど巻き込まれそうになっちまって」


 項を摩り、その話しをするときにアルは疲れた顔を見せた。

 ラングも座ると続きを促した。


「スカイから来てるってだけで冒険者だろうが商人だろうが、捕まえまくってたんだよ。それで慌てて帰ろうとしたんだけど、航路も閉ざされてて」

「他国へ逃れたという訳だな」

「そう!仕方ないからアズリアはやめて他の国見学しとこうと思ってさ。それからアズファルとかマイロキアとかうろちょろして、ヴァロキアまで来たんだけど。いやー雪すごいのなこの国」

「戦争はすぐ終わったって聞いたけど」

「らしいな。随分経ってからそれ聞いて、じゃあもう少し見て歩くかって」

「迷子になったんだ」

「そういうこと!」


 反省した様子のない笑顔に脱力をする。

 しかし、ここまで話しを聞いたということは、ラングの中ではパーティに入れても良いと思っているのだろうか。思惑を測りかねる。


「雪で遭難しかけて、そろそろ帰りたいと思ったんだよな。目的地がスカイだっていうなら、途中で他のパーティ探したり、道に迷うこともなさそうだし」


 確かに、最後まで目的地が同じなら困らないだろう。それは【異邦の旅人】側も同じだ。

 ツカサはなるほどと言いたげに腕を組み、しばらくして視線を感じたので横のラングを見遣る。じっとこちらを窺っているラングに尋ねた。


「どうするの?」

「バランスとしては欲しい所だ」

「バランス?」

「得物のな」


 ラング曰く、今のパーティにはアタッカーが居ないのだという。

 ゲーム的な感覚で言えば、前衛、中衛、後衛で、ラングは中衛から遊撃手、ツカサは魔法を主体にすることから後衛。戦闘の頭数に入れないようにしているが、エレナも魔導士ゆえに後衛である。

 今はラングが一人で敵を引きつけているが、前衛で戦う人が一人いればパーティとしての連携がとりやすくなるのだという。

 その点でアルは槍使い、前衛から中衛を担えるのだそうだ。


「それに、中々腕も立つ」


 ラングの言葉にアルを見れば、またたくさんの食事を頬張っている。なんとも気の抜ける青年だ。

 ツカサは【鑑定眼】でアルを見た。


【アル・エフェールム(21)】

 職業:槍使い 自称銀級冒険者 

 レベル:189

 HP:1,500,280

 MP:5,700

 【スキル】

 一撃必殺

 威圧

 鷹の眼

 オールラウンダー


 不思議なスキルがいくつか、ラングと同じスキルも並んでいる。

 食事を頬張り続けるアルを良いことに、詳細鑑定も行なう。


―― 一撃必殺。急所を見極めることが出来る。

――威圧。相手を威圧することが出来る。

――鷹の眼。遠くが良く見える。

――オールラウンダー。槍を用いて様々なことが出来る。


 こうして見ると、見た目と年齢にそぐわずレベルも高く、上等なスキルを持っているらしい。槍術についてレベルが記載されていないのは、オールラウンダーのスキルに組み込まれたせいだろう。


 ツカサは自分が出会う冒険者の質の高さに、僅かな疑問を抱いた。

 結果としては良いことなのだろうが、恵まれ過ぎではないか。もしくは全てを鑑定していないだけで、そもそもこの世界の冒険者というのが強いのだろうか。

 エルドやマーシもレベル数値だけで見れば、実際の動きはそれ以上に思える。

 見える数値とずれがあるものが、いったい何の役に立つのだろうか。

 ツカサは自身のスキルに不安を抱いた。


「どした、大丈夫か?」


 考え込んだツカサに声を掛けたのはアルで、ツカサはびくりと肩を震わせたあと、笑って濁した。

 いつの間にか全く違うことを考え込んでいた。


「冒険者証は?」

「ほい、これ」


 出されたカードは銀色。なのに鑑定で見える称号には自称と記載がある。

 スキル欄にはオールラウンダー以外が記載されていた。もしかしたら、この世界に【オールラウンダー】という言葉が存在しないのかもしれない。


「あの、【鑑定】が使えるから聞くけど、なんで自称なの?冒険者証は銀色なのに」


 カダルに【鑑定】を使う際のルールややり方を習った時、こうした人の選定時ははっきりと宣言するように言われている。

 これは相手に嘘が通じないことをわからせるため、時に必要な交渉術なのだそうだ。

 アルは【鑑定】が使えることにも驚かず、実はと顔を寄せもう一枚のカードを取り出して見せた。


「これ、俺の故郷オルト・リヴィアの冒険者証なんだけど」


 ツカサとラングは顔を見合わせた。

 今まで、ラングの故郷の冒険者証を隣の大陸オルト・リヴィアのものだと言い張って来た。だがここでをついに見ることになった。

 出された冒険者証の色は金色。書かれている内容は銀色と同じだった。


「見聞広めたいだけなのに上級の依頼をやらされるのが嫌で、この大陸スヴェトロニアに来た時に作り直したんだ」

「聞かせてもらいたいんだが、冒険者証そのものはどちらの大陸も変わらないのか?」

「書かれ方とランクカラーは変わらないな。ただ、こっちのギルドと向こうのギルドは別物だから、活動するには新規登録か同じ内容で登録し直す必要があるよ。俺も、こっちから渡って来た冒険者に教えてもらったんだけどな」


 マブラで作った口座は、つまり向こうでは使えない訳だ。海を渡る前に引き出す必要がある。


「そういうの、エレナに確認し損ねてたね」

「盲点だったな」

「こっちの大陸の奴らは隣の大陸オルト・リヴィアに行く奴少ないらしいからな。知らなくても仕方ない。ところでエレナって?さっきも出た名前だけど」

「うちのパーティのもう一人のメンバー。続きは部屋で話した方が良いかもよ、ラング」

「そうだな」


 言うが早いかラングは席を立ち、ツカサはテーブルの上の食事を手に持った。

 アルは移動することはわかったらしく、同じように食事を腕に抱えツカサたちの後について二階へ上がった。

 促されて先に部屋で食事を広げ直していると、少ししてラングはエレナを伴って戻って来た。


「あら、まぁ、随分若い子ね」

「腕は立つ」

「貴方が言うならそうなんでしょうけれど、ツカサになぜなのかをきちんと話してあげてね?」


 エレナのフォローが有難い。何を以てして腕が立つと判断したのか、鑑定こそすれツカサにはよくわかっていなかった。


「アルって言うんだ、よろしく。エレナ?」

「えぇ、よろしく。ラングは貴方を加入させるのかしら?」

「今面接中なんだ。飯食いながらね」

「少し摘まませてもらうわね」

「もちろん!」


 テーブルに広げた食事をエレナの方に寄せて、アルは笑顔で頷く。

 なんともコミュニケーション能力の高い青年だと思う。ラングとツカサは食事を皿に取ってベッドに腰かけた。

 エレナはサンドイッチのようなものを摘まみながら話を切り出す。


「部屋に連れて来て私に紹介するのだから、パーティに入るのは反対ではないのね?」

「あぁ」

「本当か!よかった、これで帰れる」

「ただ、言っていることが正しいかどうかを測りかねる」

「いいわ、確認しましょう。どんな話をしたのかしら」


 ツカサはラングの視線を受け、食堂で話していたことを繰り返した。

 結果から言うと、アルは嘘を吐いていなかった。

 この大陸スヴェトロニア隣の大陸オルト・リヴィアでのギルドが別であることや、大陸を渡ると作り直すか複製するかを選べること。

 

「混乱させると思って、隣の大陸オルト・リヴィアに行ったら説明しようと思っていたのよ」


 エレナは話していなかったことを謝った。

 まさかエレナ以外にもスカイから来ている人がいるとは思わなかったので、その配慮には感謝しこそすれ、文句はなかった。

 

 一通り自己紹介と確認が取れたところで、すっかり満腹になったアルは再び散策をしてくると言い、宿を出て行った。エレナは食後のチャイをツカサたちに淹れてくれた。

 パーティメンバーでの最終確認に、本人が居ては話にならないだろうと気を遣ってくれたのだ。


「ラング、アルをパーティに入れるのはなんで?腕が立つってどうしてわかったの?」


 本人の手前聞けなかったことを尋ねれば、ラングは顎に手を添えた。

 

「使いこまれた槍だった。指先の手入れも、グローブも馴染んでいた」

「もう少し詳しく」

「ふむ、そうだな、前に腕前を見るなら爪を見ろと言ったことがあったと思うが」

「あるね、俺も言われてから爪揃えてるし」

「その基礎がしっかり出来ていた。指ぬきのグローブは革の掌部分に微かに油が馴染んでいて、あれは見た目とは違い武具の手入れを怠らないタイプだ。服の袖から除いていた腕は鍛えられていたし、何より歩き方が違う。元から癖がついているのか生きる上でついたのかはわからんが、槍を持つ手を塞ぐことがなかった」


 チャイを飲み、小さく美味い、とラングは呟く。エレナは微笑んで返した。

 美味しい物は美味しいと伝えることが、それを提供してくれた人への礼儀だというラングはこういうところがきちんとしている。

 

「強いぞ、あの男」


 ラングにそう言わしめたことに驚いた。【鑑定眼】もないラングが、アルの力量をしっかりと見極めている。ツカサにしてみればそれが不思議な技でしかない。

 ラングの眼は、今まで生きて来た中で鍛えられているのだろう。

 出会った当初に感じた【生きて来た経験がスキルになる】を改めて感じ、ツカサは息を吐いた。

 

「それに、目的地が同じなのは楽だ。途中で人を変えずに済む」

「確かにね。お互いわかり始めたところで離脱します、とかだと、ちょっとね」

「あぁ、いざとなれば殺せばいいしな」

「待って」


 聞いてはならないことを聞いた気がする。


「なんで?」

「敵対するならそうなるだろう?」

「いやそもそも敵対しないようにしようよ?」

「冒険者なぞわからんものだぞ」

「仲良くする努力しよう?【真夜中の梟】みたいにさ」

「冒険者に対する気構えが違うのだということだ」

「それは冒険者ギルドラーとしてでしょ」

「そうだ」


 がっくりと項垂れたツカサの背中をエレナが笑いながら撫でた。


「ねぇ、ツカサ。そろそろ諦めた方が良いと思うわよ。ラングはこうなんでしょう?それに、こうして気構える人がいるからこそ、貴方が心のままに友情を育めると私は思っているわよ」


 確かに、全員がツカサと同じであれば、何かあった時に瓦解するだろう。

 【真夜中の梟】も、カダルがラングと同じように警戒役を担っている。


「パーティってそんなもんなのかなぁ」


 気の抜けた声に、ラングは肩を竦め、エレナは声を上げて笑った。

 かくして【異邦の旅人】はジェキアを発つ前にパーティメンバーが四人になった。



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