第71話 行き倒れとの出会い

 

 新年祭フェルハーストは穏やかに終わった。

 

 年末年始の二日間をのんびり飲み食いと雑談に使い、新年二日目からは日常に元通りだ。

 ツカサの感覚だと年末年始は一、二週間ある。随分あっさりと終わってしまったことに驚いた。


 ラングは雪の中、三日に一回は防具屋へ赴き、ブーツの進捗とサイズ合わせに時間を使った。ブーツは一ヵ月と少し時間は掛かったものの、元々のブーツと遜色ないものが仕上がった。サンプルに壊れたブーツをくれとねだられたが断ったらしい。思い入れのあるブーツだったのだろう。

 ツカサはラングの許可を得て、【真夜中の梟】と一度ダンジョンにも入った。

 ラングがいないダンジョンは初めてだったが、ファイアドラゴンを討伐するまでに得た経験が活かされ、カダルから褒められたことが嬉しかった。

 宿は結局また延長し、三月までジェキアに留まることになった。ブルックもオルガも言っていた通り、降雪が多く中々溶けない。ギルドでは積雪の対策として魔導士向けに雪溶かしの依頼が貼り出され、ツカサは小遣い稼ぎに引き受けるようになった。

 その時にはエレナとロナが同行し、エレナが調整した火魔法を見せてくれて勉強になった。ツカサは攻撃として思い切り撃つことには慣れて来たが、火力の調整が上手く行かず最初は手間取った。

 徐々にトーチと同様にその場に留めたり移動させたりができるようになり、役に立ったのは四回目からだった。

 三月、ここで言う萌え木の月に入りようやく降雪は減り、時折太陽が出るようになった。水を含んだ雪は重く、陽が陰り雪が降ればまた凍る。ガリガリした感触の雪の上は歩きにくく滑りやすい。なるほど、これはジェキアに滞在を推奨されるわけだ。

 ツカサはラングとダンジョンに行き、食材の調達も行なった。16階層は川があり森があり平地があり、まさしく食糧庫と言える階層だった。ここで冬越しをする冒険者がいるのも納得だ。中にはもはや定住している冒険者もいて驚いた。

 ギルドはそう言った冒険者を【案内人】に定めているらしく、首から正規のタグを吊る下げている人がいた。追い出したりしないで活用する辺り、共生と言える気がした。

 ダンジョンへの理解が深まると同時、もろもろの支度が整いつつあった。

 

 旅立ちの季節がやってくる。

 

 【真夜中の梟】ともお別れになり、まだ見ぬ土地へ、そして海の先の目的地への旅が始まる。

 期待と不安が入り混じる複雑な緊張感を時折感じながら、ツカサはブルックからもらった本も読み進めた。それは旅記の一つで、各国の文化に焦点を置いたものだった。ブルックらしい餞別で、ツカサには非常に有難かった。


 ラングのブーツも仕上がって、旅のための食料も集めた。馬車のメンテナンスも完了し、ルフレンも絶好調。エレナも石鹸の販売と旅の間の在庫を補充し、パーティの清潔を保つ準備も出来た。

 あとは旅立ちの前日、【真夜中の梟】と食事会をして思い出を作ろう、と計画を立てた。


 もうあと五日でジェキアを発つ。

 雪はまだまだ多く残っているが柔らかくなり、馬車で通っても問題が無い程度になった。道を知る商人たちは一足先に商売を始め、道が先達により露わになった。

 旅支度をした冒険者を見れば、ほんの数日後自分もその内の一人になるのだと思い、ジェキアへの寂しさが浮かぶ。四ヵ月も居ればすっかり宿は自分の家になるものだ。

 

 そんなことを考えていたものだから、前方不注意になってしまった。

 どすりと重い音がしてツカサは尻持ちをついた。


「悪い!大丈夫か?怪我してないか?」


 快活な声が上から降って来て、ツカサは差し出された手を追って相手を見上げた。

 驚いて声が出なかった。

 真っ黒な髪に真っ黒な瞳。パッと見日本人を思い浮かべるのに、異国人。精悍な顔立ちをしている。

 背中に一本の立派な槍を背負った冒険者風の青年が、心配そうな顔でツカサを覗きこんでいた。


「どした?」

「あ、いや」


 声をかけられ、ツカサは慌てて手を取った。ぐんとツカサを引っ張った手が、筋力の強さを知らしめた。並んでみれば青年はそう大きくはなかった。ツカサと同じくらいの身長、ざんばらの髪が顔にかかりやや幼い印象を受けた。


「大丈夫、こっちもよそ見してたから」

「いや悪い、俺もちょっと浮かれてたんだ。悪かったなぁ、尻濡れてないか?」


 眉尻を八の字に下げて、落ち着きのない犬のようにきょろきょろとツカサの全体を調べる青年は、不思議と警戒心を人に抱かせなかった。

 言われてみれば尻が冷たい。雪解けの水でぬかるんだ地面に尻をついたのだ、当然の結果だ。


「洗って乾かせばすぐだから」

「うう、悪いなほんと。そうだ、せめて何かお詫びをさせてくれよ!」


 な?と言いながら青年に両手を合わせられれば、その仕草が日本人っぽくてツカサは笑ってしまった。


「そしたら、屋台で何か昼飯買ってもらおうかな。宿で着替えるから一緒に食堂で食べようよ」

「お!いいな、そうしよう!何喰いたい?あんま高いのは無しで頼む」

「じゃああの串焼きの屋台で」

「高めのところわざわざ選ぶじゃん!いいけど!」


 青年は普通に笑っているつもりなのだろうが声がよく通る。ざわざわした大通りで朗らかな音が通れば人が振り返る。青年があまりに明るい様子で笑っているので、釣られて笑顔になる人もいるくらいだ。

 すっかり青年の空気に飲まれて、ツカサは屋台で肉やほかの食事を一緒に買い込むと【若葉の宿】へ戻った。

 青年は驚いた顔をした。


「なんだ、同じところに泊まってたのか。ってーとあれか、ファイアドラゴン倒したっていうパーティのメンバーなのか?それとも【梟】の方?」

「ファイアドラゴンの方だよ。あれ、じゃあ一昨日入って来た行き倒れって」

「あはは!そう!それ俺だわ!」


 笑い声は大きいが、決してうるさいわけではないのが不思議だ。

 一昨日、ぼろぼろの状態で一人の冒険者が運び込まれたと【真夜中の梟】から聞いていた。ロナは凍傷を癒すために駆り出され手当てに当たったらしい。その時【異邦の旅人】は外に出て居た為に鉢合わせなかった。

 目の前の青年がそうだったと今初めて知ったが、無事で何よりだ。

 女将さんが果実水を出してくれたので青年は食堂の席に着く。


「あ、これよかったら旦那と食べてよ」


 買った量が多いと思っていたが、青年はその内のいくつかを女将に手渡した。場所代ということだ。

 宿への気遣い、そのやり取りがラングと被る。

 ツカサは先に着替えを済ませるために、青年に断って自室へ戻った。

 

「おかえり、戻ったのか」


 部屋ではラングがブルックからもらった本を読んでいた。文化は知っておけば困らないと言い、理解する観点もツカサとラングでは違うだろうとのことで、ラングは暇があれば読み返していた。

 こう言った姿勢は、件の草原地帯の経験があるからなのだろう。思わずくすりと笑みが零れた。


「うん、ただいま。下で昼ごはん食べるけど、ラングは?」

「ふむ、同席しよう」

「了解。こないだここに入った行き倒れの人と外でぶつかってさ。お詫びに昼飯奢ってもらったんだ」

「どうせよそ見でもしていたんだろう」

「はい」


 鼻で笑われてしまった。

 ツカサは濡れたズボンを浴室に持って行き、桶に浸け置きしておいた。あとでぬるま湯で洗えば綺麗になるだろう。

 別のズボンを履いてラングと共に食堂へ戻る。

 食堂に入れば青年はすっかり頬を膨らませていた。


「先に食ってるよ」

「見ればわかるよ。ラング、この人が行き倒れさん」

「よろしく、行き倒れ。【異邦の旅人】のラングだ」

「ごめんって!アルだ、よろしくな。ラングと尻餅坊や」

「ツカサだよ、よろしく」


 初対面からラングが警戒していないことに驚きつつも、ツカサは早速買って来た残りの包みを開け始めた。


「アルはなんで行き倒れてたの?」

「語るには大変なことがいろいろあったんだけど、簡単に言うなら迷子だ」

「しょうもない理由だった」


 ツカサがそう言えば、アルはまた楽しそうに笑った。


「まぁそう言っちゃえばそうだな!この辺の冬事情を甘く見てたよ。どうにかジェキアに辿り着いたは良いけど、冬宿なんて文化知らなかったからさ」

「確かに、俺もロナとかエレナみたいな詳しい人に聞かないと知らなかった」

「な!道理で辿り着いた村や町で変な顔されるわけだよ」


 魚のフライを齧りながらアルはしょんぼりした顔で呟く。表情の豊かな人だなと思った。


「アルはどこから来たの?」

「スカイ、って、わかる?」

隣の大陸オルト・リヴィアの玄関口だな」

「おお、嬉しいな知ってるのか!」

「五日後にそこを目指して出立するんだ」

「マジ?」


 変換なのか本当にあるのか、マジという言葉に頷く。

 急に居住まいを正し、アルはこほりと咳払いした後に思い切り頭を下げた。


「頼む!俺も連れてって!」

 

 

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