第75話 今更の自己紹介


 ルフレンが頑張ったからか、護衛役だったアルが頑張ったからか、ロキアへは予定通りの日程で到着した。

 途中テントに大歓喜したアルが本気でラングに叱られたり、ルフレンのこともあるので交代で不寝番の経験をしたり、いろいろあったが概ね安全に来れた。


 ロキアは、ジェキアと似た雰囲気だが規模は僅かに小さく感じる。


 この街にはダンジョンがなく、交易と農業、畜産で成り立っている。冬を越えるだけの備蓄が用意できるのだから、その規模が知れる。もちろん、こうして訪れる冒険者が食料を補充する金でジェキアから買っている分もあった。

 冒険者がどこでも歓迎されるのは、金があるからなのだ。


 ツカサたちはいつものように、街に入ってすぐ用意されている看板へ行き、宿を決めることになった。

 ラングとエレナは馬車に残るので見て来いと言われ、若者二人が看板前にいる。


「ツカサたちは何を大事にしてんの?」

「風呂」

「単純明快、んじゃえーっと、ここは?」

「ううん、だめ、そこは商店に遠いじゃん、エレナが困るよ」

「あ、そうか、エレナは商人カードも出して入ってたっけ」

「パーティ的に懐に余裕もあるし、食材もジェキアのダンジョンで採れたものがあるし、目新しいものがあれば買う程度だし。宿はしっかりしたところにしよう」

「ははー、なるほど、そういう選び方かぁ」


 アルは感心したようにツカサを撫でた。撫でられたツカサはむすりとその手を払う。


「子ども扱いやめてよ」

「悪い悪い、俺がツカサくらいのときにそこまで考えられたかなって思ってさ」


 じゃあここは?と気を取り直して聞いてくるアルに、ツカサは肩を竦めた。

 最終的には三つ候補を持って帰り、二つ目の宿に決まった。

 厩舎があり、商店街にほど近く、風呂付。部屋分けは少し相談したが、ラングとツカサ、アル、それからエレナの三部屋にした。

 男性陣を同室にするにはまだ早いとエレナが進言したからだった。アル自身もラングの風貌に対して配慮した結果だ。シールドを常に着けているラングには何か理由があり、【ツカサ】にだけそれを許していると考えたらしかった。

 そういったことに踏み込まないのはパーティを長く続けるコツなのだ。


 宿と部屋の配分が決まり、ツカサはいつものようにラングと散策に出た。アルもついて来た。

 エレナは、女性には行きたいところが多いの、と言い、別行動になった。

 春が訪れたロキアの街も非常に賑やかだ。露店は多く、食事の屋台も所狭しと並んでいる。その近くに広場があり、人々は昼食をそこで和気藹々と取っていた。

 ツカサたちも食事を買い、広場に置かれたベンチに腰かけて昼食にすることにした。

 固めのパニーニに熱々のソーセージ、かぶりつけばぷりっとした歯ごたえで溢れる肉汁が美味しい。なんだかんだハムやソーセージはハズレないのだ。


「いつもこんな風に見て回ってるのか?」

「うん、だいたいそう。その街のものを食べて、見て、気になったもの買ってって感じ」

「いいね、その土地を感じてるって感じ」


 へへ、と楽しそうなアルにツカサも笑みが浮かんだ。

 ラングもラングでその土地のものを楽しむことを忘れないので、ツカサはいろいろ享受出来ているわけだ。


「アルはいろいろ見たいから冒険者になって、こっちの大陸まで来たんでしょ?どんな旅路だったの?」

「うーん、どんなって言ってもな。飯食って、酒場でその土地の冒険者から冒険譚聞いて、たまに丘から見渡してみたり、たぶんやってることは変わらないかな」

「ダンジョンとかは?」

「所持金がやばくなったら行ってた。こっちの大陸に来て驚いたのは、ダンジョンありきの生活だったことかなぁ」

「どういうこと?」


 パニーニとソーセージのサンドイッチを大きな口でかぶりつこうとしていたアルは、声を掛けられて口を開けたまま視線を空に向けた。

 結局がぶりと大きく一口食べて、飲み込んでから話してくれた。


「スカイは、というか向こうの大陸は、ダンジョンはあれば尚良しって感じだったんだよ。それに衣食住を頼るのは…なんだろうな、上手く言えないけど不健全?」


 ツカサはアルに釣られて首を傾げた。


「そもそも、自然にあるものを享受していた、ということだろうな」


 逆側からラングが言い、ツカサは振り返る。すっかり食事を済ませたラングは腕を組んで、僅かに考え込んで居るようだ。


「私の故郷に似ているかもしれんな」


 そう言い、立ち上がったラングに二人は慌てて食事を済ませた。


「夕食は宿で食べる。いくつか屋台を回って人数分の食事を持って帰れ。余れば好きにしろ」


 ツカサの手に革財布の袋を乗せ、ラングは広場を離れて行ってしまった。


「お前の兄ちゃん、いつもあんな感じ?」

「そうだよ」

「食べ歩き続けない?」

「続ける」


 にっと笑ってツカサとアルはおかわりを探しに歩き出した。

 



 夜、ラングとツカサの部屋に全員が集まって夕食を取る。

 暖炉に火を入れるのは暑すぎるので、エレナの魔道具を使いお湯を沸かした。

 ハーブティーを飲みながら買って来た物を分け、食べる。

 食べ歩きをしていて美味しかったフィッシュアンドチップスのような物や、ここでは初めて食べたまともなシチュー。茹でたジャガイモにチーズをたっぷりかけたものは、ツカサが魔法の練習がてら小さな炎で炙り直した。

 買って来たハムの塊肉はツカサがジェキアで買い揃えたナイフを使って切り分けた。

 ある程度の食事が終わると、ラングはハーブティーを飲んでから、さて、と切り出した。


「碌に自己紹介もないままロキアまで来たが、話しておかねばなるまい」


 ラングは右の宝珠に触れ、防音を発動させる。

 そのふわんとした不思議な音に、初めてアルがびくりと肩を震わせた。


「防音のマジックアイテムだよ」

「初めてだ、こんな感じなんだな」


 その様子に少し笑ってしまって、エレナの咳払いが響く。


「はい、はい、大事な話しをするわよ」


 仲裁役の存在が、このところ大変ありがたい。

 ツカサは座り直してラングを見た。


「どこから話すの?」

「そうだな、お前に話し忘れていたことからだ」


 ラングはまず、エレナから聞いた【渡り人】のことから話し出した。

 この大陸スヴェトロニアでは【迷い人】、隣の大陸オルト・リヴィアでは【渡り人】の名で知られ、エレナの夫がそうであったこと。

 世界を見ることと、【渡り人】の保護の目的があってこの大陸スヴェトロニアに来たが、夫の死と共に理由がなくなってしまった。だが、ラングとツカサがそうと知り、スカイに着いた後も必要であれば行動を共にする気持ちで居てくれていること。

 ツカサは、前半にこそ困惑をしたが、エレナが共に居てくれる気持ちであったことは正直嬉しかった。

 アルに対しては、ツカサとラングが別の世界から来た【渡り人】であることを話した。

 二人共元の世界に戻る為、手掛かりを求めてスカイへ向かうのだということも。


 この時点でアルは腕を組み、眉間に皺を寄せて黙り込んでいた。それから、まずはラングを睨んだ。


「【渡り人】なのはわかった、スカイには多いからそう珍しいことでもないし。ただな、ツカサのことを弟と言ったことの責任はどうなんだよ」


 いつだったか、カダルが心配したのと同じことを言った。


「【真夜中の梟】のカダルにも同じことを返したが、弟と言ったときからそのつもりでいる。兄としての責任は持つ」


 ラングがはっきりとそう答えれば、アルは肩から力を抜いた。


「ならいいよ、悪い」

「構わん。それから、私たちは目的の為に旅記作家を探しにスカイへ行く」

「旅記作家?」

「ツカサ」


 話題を振られて頷く。ツカサは空間収納から【自由の旅行者】を取り出した。


「ラングがこの世界に来た理由がわからないし、シーンがわからないんだけど。俺は赤い光を見てここに来たんだ。この旅記に赤い光について書かれてて、それで、その」

「話しを聞いてみたいって感じか」

「そう。手掛かりになるかなって」

「王都発刊かぁ、うーん」


 本を受け取りぱらりぱらり、挟まっていた紙を見てからアルは再び腕を組んで動かなくなった。

 下を俯いてじっと考え込んだ様子にツカサは困惑した。

 もしや、アンチ【渡り人】だったのではないかと不安になった。


 しばらく沈黙が続き、エレナがおかわりを入れましょうと声を掛けたところで、バッとアルの顔が上がった。


「なぁ、俺の故郷にも来てみないか?」



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