第69話 師匠の思い出
――あぁ、お前にはこの戦い方は向いてねぇんだなぁ。
そう言って師匠は、地面に転がるラングをつま先で小突きながら、何度か教育方針を変えた。
恵まれた肢体を持つからこそ暗殺者として技術を磨いた師匠は、ラングの体が育つに従って技の仕込みを変えたのだ。
大きな違いは鋼線を扱う師匠と、それを扱えないラング。
師匠の技は死角から糸を這わせて首を取る手法がメイン、その鋼線を利用し空を駆けたりその上に立ったり、まるでサーカスのような戦い方をする人だった。糸の先には仕込みがあり、特定の操作で引っ掛かる様になったり、刺さったり、引っ掻いたりする。
指、二の腕、肩、背筋、腹筋、振り子にする足、全てが鍛え上げられていなければ使えないような技術だ。
技を仕込まれたラングは当初、師匠の体格に合わせて作られたその技術と武器を継承する予定だった。
だが、それは叶わなかった。ラングは師匠程の身長を得られず、師匠が基準とする筋肉がつかない体だった。
――その代わり、お前は繊細な暗殺術を扱える。持続力は鍛え続けないといけないが、瞬発力じゃ俺より上だろうよ。
生意気な、と頭を小突かれたことを思い出す。
すーはーすーはー、呼吸をする。
体をぐんと低くして、ラングは炎のナイフを構えた。
甲虫のカプリオレスは扉が閉まった時点でラングを認識し、蜘蛛のような前足を上げて威嚇している。
それがそのまま振り下ろされ、ラングは地面を蹴る。
開戦だ。
ラングはカプリオレスの関節にナイフを投げ、刺し、また走る。
カプリオレスは炎を纏ったナイフに憤りの声を上げ、足を振り回してナイフを飛ばす。キンと高い音を立ててナイフは四方に散らばった。
「戻れ」
囁けば散らばったナイフが腰に戻る。なるほど、
「ほう、便利だな」
手元に戻ったナイフをまた構え、八本の足で襲い掛かってくるカプリオレスの関節に投げ続ける。一か所を集中的に狙えばカプリオレスも学習をする。
ナイフが投げられる予備動作で関節を庇いだした。
ラングは双剣に持ち替えて思い切り振り抜いた。力の腕輪がちかりと輝く。
先日のファイアドラゴンで痛感したが、ラングには受け流す力はあっても切り込む力はない。
それを補える力の腕輪は拾い物だった。
受けた力をそのまま相手に返す戦法から、教えられて身についたものの、利用できなかった戦い方ができる。
ラングの双剣がカプリオレスの関節にめり込む。
一瞬みちりと音を立てて堪えた関節がぱんっと音を立てて切り離された。
緑色の液体をまき散らし、カプリオレスは体を支える一部を失い体をよろめかせる。
ラングはその隙を逃さず、隣の足の関節も切り込み体の支えを失わせていく。
そうなってしまえばあとは簡単。ラングは、立てる足を失い地面でか細い鳴き声を上げるカプリオレスを見下ろした。
『相手が悪かったな』
淡々と告げ、双剣で首の付け根を深く刺す。そこから首を斬り落とした。
甲虫の魔獣は哺乳類型と違い、首を落としても生きていることがある。そう見当をつけていたがすぐさま灰になり崩れ落ち、ラングはクールダウンの息を吐く。
灰そのものが消えたところに素材と宝箱が出る。
えげつない色の液体が入った小瓶、甲殻の素材、宝箱を開ければ数枚の金貨と銀貨、それからお目当てだったもの。
ラングは小さな宝玉を指でつまみ上げた。真っ赤な血の色の宝玉はラングの指の中で光を受け、きらきら色を変え輝いている。
満足げに頷くと全てを仕舞い込んで16階層へ降り、そこで
移動した先のギルドで素材を納品せずに出る。
ダンジョンの中の一定の気温から、肌を刺すような冷たい空気にぴりっとしたものを感じた。
一人で歩くのは好きだ。誰かと歩幅を揃える必要もなく、気の向いた場所へ足を向けられる。
最近は師匠と歩いたときのことをよく思い出す。
――美味そうだな、食ってみるか。なんだよ、お前わかりやすいんだよ。
ラングの視線を鋭く感じ取り、決してだめとは言わない師匠だった。
――なぁ、ちょっと寄り道するぞ。そんな顔するなって!目的に一直線はいいけどよ、多少寄り道するくらいの余裕を持ってなきゃ、いざという時に判断を誤るぞ。
ラングが一人では興味を持たないことに引っ張り込んで、視野を広げることもしてくれた人だった。事実、様々な要因で力だけを求めてたラングは屋台の良い匂いを感じることも、暖かい生活も言われるまで気づかなかった。
師匠と、その腐れ縁、ラング自身の友、レパーニャの街があったからこそ、今の【ラング】がいるのだ。
ツカサに同じことをしてやれているかがわからない。
ふ、と小さく頭を振って思い出を掻き消す。
ざく、と雪を踏みしめて宿へ足を向ける。
師匠はもう、いないのだ。
「ラング!おかえり!」
宿に入ればツカサが出迎えてくれた。
入口横の食堂で【真夜中の梟】と盛り上がっていたらしい。エレナも軽く手を振って迎えてくれた。
「あぁ、ただいま」
「お目当ては手に入ったの?」
「あぁ。風呂に入りたいんだが頼めるか」
「もちろん」
先を行くツカサの後を追う前に女将に食材を渡し、ラングも二階へ上がる。
ツカサはあっという間に熱めのお湯をたっぷりと沸かし、ラングの礼を受けるとまた階下へ戻って行こうとした。
「どうしていた」
ラングの問いにきょとんとした後、ツカサはぱっと破顔して答えた。
「
「そうか」
武器を外して空間収納に仕舞い、ラングはツカサを振り返る。
「偉いぞ」
褒められ、再びきょとんとしたあとツカサは込み上げる笑みを無理に我慢した。
「う、うん、まぁね!」
浮き足立ったツカサはそのまま部屋を出て行ったが、ラングは一人首を掻いた。
「全く、柄にもない事をするものではないな」
ラングは独り言ちて風呂に入った。
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