第68話 ラングと時間


 ダンジョンはあまり得意ではない。


 ラングはダンジョンに入った感想を思う。

 貴族の子息が戻って来ないから探しに行けと言われ入ったことが多く、自分の意志で入ったものは一つだけだった。

 あれは数少ない、友と呼べる冒険者ギルドラーたちと臨時パーティを組んで入ったダンジョンだ。

 思い出し、ふ、と息が零れた。


 まだ若かったころ、自身の力に溺れて、殴り飛ばされ、目を覚まして。

 そうしてようやく冒険者ギルドラーとして胸を張り始めた頃だったか。

 レパーニャで腕を磨いていた同年代の冒険者ギルドラーたちと少しずつ関わる様になり、パーティこそ組まないが、こいつになら殺されても仕方ないと思える友が出来た。

 実際、名を上げることに重きを置いていたガイナーからは決闘を申し込まれ、この手で殺した。ダンジョンに詳しく、罠の見分け方や解除を教えてくれたのはこの男だった。

 ポアキスはラングの繋がりで餌にされそうになり、拒否したために命を落とした。ダンジョン内での食料や体調管理を教えてくれたのはこの男だ。

 ソロで活動するラングに、知っていて損はないとダンジョンへ引っ張って行ったのは、ルードだ。

 今や生き残りの友はルード一人。あの男も片足を失い、今はレパーニャで慎ましく暮らしている。


 友たちはそれぞれ、ラングにかけがえのない知識と経験をくれた。そのおかげでいくつものダンジョンを生き残った。


 ラングは今しがた仕留めた中ボスの素材と宝を拾い、ランタンの灯りを強めて息を吐く。

 一つ深呼吸し、部屋を出て次へ向かう。


 思い出を振り返るなど、年を取ったものだ。

 だが、肉体は全盛期の頃のまま。これは息子を育てた時間を返されたからだ。


 ラングはかつて、依頼主に何度も殺されそうになって来た。

 それは力ある冒険者ギルドラーであればある程度仕方のない事でもあった。権力に与しない力は目を付けられやすいのだ。


 あの時の依頼もそうだった。

 元より裏のある依頼とわかっていたので対処は可能だったが、襲って来た他国の冒険者ギルドラーの半分を殺した辺りで面倒になって逃亡を選んだ。国境を越えてまで追う律儀なやつはいないだろうと考えたからだ。

 どこかで馬を手に入れようと目論んでいた矢先、森の中から蹄の音がしてそちらへ走った。その先では毒矢を受けて泡を吹く馬と、駆け出しのアサシンの少年に守られる幼子がいた。

 訳ありなのは一目見てわかった。

 アサシンの少年は、ラングが自分たちを追って来た手勢とは違うとわかるや否や、取引を持ちかけて来た。

 この子を助けてほしい、と。

 拒否をしたが、結局ラングは引き受けた。

 死地から少年と幼子を生還させ、故郷に連れ帰り、色々あったが幼子を弟子にした。

 二歳になるかどうかだった幼子は、自身を孤児と思い育ち、ラングを父と慕い、同じ冒険者ギルドラーになった。

 あとになってその時間を、夢見師レーヴ・アイリスに依頼の前報酬として返されたという訳だ。


 実際、すでに引退し老いていた身で【守れ】という依頼をこなせたかどうかはわからない。


 頭の中に入っているジェキアのダンジョン地図を広げ、ラングは通路の魔獣を無視して中ボス部屋とボス部屋を目指す。

 中ボス部屋を手早く片づけ、素材と宝をしまう。次へ、次へ。


 体が軽い。


 喜びと英気が漲る。

 凄まじい速度で走りながらも罠を見分け、回避。時に発動させ魔獣を倒し、また先へ。


 人から与えられた時間を喜ぶことは出来なかった。

 これは息子と過ごした時間も、師匠と過ごした時間も全てが清算された気がしたからだ。


 暗殺者として生き、ひょんなことから王国騎士団に入り上り詰めた師匠。

 師匠曰く、落ちぶれて暗殺者に戻ったところでラングと出会った。

 夢見師レーヴ・アイリスに戻された時間二十年の中で、師匠の最後を看取ったのだ。


 自分の人生を否定する報酬など、受け取る訳にはいかない。


 そのためにラングは遺跡を巡り、呪いまじなを返す方法を探し続けていたのだ。


 だが、ここに来て知った。


 決して、再び時間を与えられたからと言って今までの全てを失うのではない、ということを。

 

 ツカサという少年が教えてくれた。

 ラングが歩んだ道の軌跡を、名前とスキルという形で見せてくれた。

 知り得なかった武器の銘やその在り方に、自身を自身たらしめるものがあったということをようやく知ることが出来た。


 それがあったからこそアイリスに言われた、私と娘は大丈夫、の言葉をようやく正面から受け止められたのだ。


「いつか話してやらなければな」


 教えてもらったことに返すと言って、まだ何も話せていない。

 ツカサが教えてくれたことが、どれほど自分にとって重要なことだったのかを、いつか必ず話そう。


「ひとまず、新年祭フェルハーストだな」


 ラングは目の前の扉を見上げた。

 思い出に浸りながら最短距離で駆けた目的地は、15階層のボス部屋だ。

 依頼書を眺め、15階層ボスからドロップするアイテムが良いと思った。ドロップは確定ではないらしいので、報酬によっては上り下りを繰り返すことになる。

 16階層への階段があるボス部屋なだけあって待機列が出来ていた。

 ラングは一度癒しの泉エリアへ引き返し、十分な食事と睡眠をとることにした。15階層のここまでで凡そ二日。不眠不休の連戦に次ぐ連戦、いよいよ目的地とあっては流石に体を休めておかなくては不味い。

 簡単な調理をして空腹を満たし、すぅ、と眠りに落ちる。

 周囲で冒険者の気配がするが、一定距離まで近寄らなければ起きない。ルード曰く、ラングの休み方は冒険者のそれとは違うらしい。


 まるで暗殺者みたいだと言われた時には、その鋭さに少しだけ動揺した。

 

 体内時計で六時間ほど、懐中時計を開いて確認し、体を伸ばす。

 急に動き出したラングに、癒しの泉エリアにいた冒険者が驚く。


「あぁ、びっくりした、生きてたのか」

「微動だにしないからもしかしてと思ってた」

「装備を落とさなくて悪いな」

「いやいや、そんなんじゃないんだけどよ」


 ラングの言葉に苦笑を浮かべ、冒険者は肩を竦めた。


「あんた、どうせあの行列が面倒で一回休みに来たんだろう?」

「あたしらもなんだよ」


 どうやら15階層のボス部屋はまだ待ち列があるらしい。


「あのボス部屋、そんなに人気があるのか」

「16階層が人気なんだよ、あそこは森林エリアだから食材が豊富で、自分で食うにしても売るにしても割が良い」

「そうそう、だから冬宿が取れなかった冒険者はダンジョン住みすることもあって、人気なんだ」

「そうだったのか」


 ラングはふむ、と考え込んだあと一先ず食事を取ることにした。残して置いたパンとハムを挟んで簡単にサンドイッチを作りあっという間に食事を済ませ、癒しの泉エリアの水をコップに掬い喉を潤しさっと立ち上がった。


「行くのか、まぁ、頑張ってな」

「そちらも」


 再び通路に戻る。

 流石にこの辺りには冒険者が多く来るだけあって、魔獣もいない。

 罠にだけ気を付けてボス部屋前に行けば、休みに戻る前と同じだけパーティが並んでいる。

 ちょうど前が終わったらしく、扉が開くようになり一つのパーティが入っていく。


「どのくらい待っている?」

「ん?あぁ、今は…おい、時間見てるか?」

「はいはい、ここにぼっ立ちし始めてから二時間くらいだ。前のパーティは一時間くらいだったな。随分長かった」


 懐中時計を確認する。三日目に差し掛かるところだ。明日には帰りたい。


「ここのボスは三種類がランダムと聞いている。そんなに時間がかかる物なのか?」

「キングシャドウリザードと群れなら、人数がいればそう苦戦はしない。アルゴ・オークの群れもまぁ、そうでもない。ただカプリオレスが出たらちょっと掛かるかもな」


 カプリオレス、ラングはツカサと見ていた手記の記憶を呼び起こす。

 カプリオレスは甲虫の魔獣だ。大きなクワガタのような挿絵があったが、口元に蜘蛛のような牙と体にはいくつもの棘がついており、近接泣かせの造形であったことを思い出す。

 今回のラングの目的の魔獣でもある。

 ラングは腰に装備した炎のナイフを撫で、シミュレーションを脳内で行う。

 師匠に仕込まれた戦い方が、この武器なら出来る気がした。

 

 技術こそ身に着けたが使えなかった戦闘を出来るかもしれない。


 三組のパーティは雑談をしたり軽食をとったりして時間を潰した。

 ラングは炎のナイフをくるくると回して手に馴染ませる。


 一時間程だろうか、出現した魔獣の種類がよかったのか順調に扉の前に辿り着いた。

 そこからまた二十分程経った後、ラングの前で扉がゴドンと音を立てた。鍵が外れた音だ。

 

 扉を押し中を覗く。

 キチキチと音を立てている大きな甲虫がそこにいた。


 背後でご愁傷さまと声をかけるパーティを無視して、ラングは中へ入った。


 

 

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