第49話 冬宿と孤児院


 一旦、冬宿は二ヶ月取ることになった。


 ダンジョンに繰り出している間も部屋を確保してくれる宿らしく、そこそこ値は張ったがそれを納得できるだけの部屋だった。

 ベッドはしっかりしていて布団に厚みがある。テーブル一つ取って見てもきちんとやすり掛けしてコーティングされていてささくれが無い。

 他の宿を知るマーシに聞いたところ、布団がふかふかしているのは珍しいという。ドードーの柔らかい羽毛を詰め込んで作った掛け布団は高いらしく、高級宿でもない限り一介の冒険者には出さないそうだ。

 それでもここ、【若葉の宿】は心地良い滞在のために用意してあるのだという。布団が薄い所では、冒険者も商人も自身の上着をかけたり着ぶくれて寝る必要があり、非常に疲れるのだ。

 部屋には小さいがしっかりした暖炉が付いている。その火で調理する人もいるらしく、クッキングスタンドが置いてあった。薪にしろクズ魔石にしろ、部屋を暖めながら調理が出来るのは良い。厨房が埋まっているときやそこまでしっかりしたものを作らない際に利用ができそうだ。

 風呂は個室にも付いているがジェキアには温泉も湧いているらしい。ちょっとした湯治場としても人気が高く、これからがジェキアの本シーズンなのだ。宿により温泉を引いている場所もあるが、この宿にそれはない。公衆浴場があると聞いたので一度は行ってみようとツカサは思った。


 ダンジョンに行っている間以外、朝食は全て頼んだ。夕食は都度依頼する形をとった。

 それで一人一ヵ月金貨一枚だ。三人で二ヶ月、計六枚の金貨を支払った。


 部屋の探索も終わり、一旦休憩を入れる。

 夕方前に宿に入れたので夕飯までゆっくりしたかったが、ラングに出るぞと言われ連れ出された。

 馬房へ行き、冬の間のルフレンの世話について教えられた。

 馬車とルフレンを引き受けた際に手入れ道具も渡されていた為、ラングが手本を見せてくれた。もちろん宿の人がある程度世話をしてくれるそうだが、パーティメンバーが世話をした方が良いのだという。鬣を梳いて体を撫でてやるだけでルフレンは気持ち良いらしくラングにすりすりと顔を寄せて鳴いた。

 鞍と鐙を着けて軽々と乗り上げ、狭い範囲だがくるくると庭を回る。


「外に出て思い切り走らせる必要もありそうだな」

「すごい、どうやって一人で乗るの。足場もないのに」

「腕と足の力だ。あとはこいつが賢い。慣れるまでは足場を使え」


 ルフレンは少し動けたことが気持ちよかったらしく、ラングを降ろした後は雪の中をパッカパッカと足音を立てて上機嫌だった。馬房にはまだルフレンしかいないが、藁がたくさん敷いてあって居心地は良さそうだ。

 ルフレン用の水桶と餌桶を出し、水を入れる。餌桶にはサツマイモを短刀で切って入れておいた。中庭で一頻り遊んだら食べるだろう。


「良い馬だ」


 ラングがルフレンを見ながら呟く。


「ラングは馬、詳しいの?」

うまやに預けているが愛馬がいる。専ら遠乗り専用で、旅に連れて行くことはないが」

「なんで旅には連れて行かないの?」

「殺されるからだ」


 ひゅ、と喉で息が鳴ったが、先日聞いたラングの生きた道のりを思い出した。

 命を狙われることが多かったと聞いた。それはラングの足だった馬もそうなのだろう。遠乗り専用にしたというのは、殺されたくないと思っている気持ちからだとわかった。


「ルフレンは大丈夫だよ」


 確証もないが、そうであってほしい。


「そうだな」


 短い返事が、ラングもそう思ってくれていることをわからせた。


「おーい!ツカサ、ラング!飯いかねぇ?」


 マーシの能天気な声に笑ってルフレンをもう一度撫でてその場を離れた。

 

 ジェキアの街は雪が降っていても活気づいていた。

 マントを羽織りフードを被り、時々積もった雪を払い、それでもわいわいがやがやとした喧騒がどこからともなく聞こえて来る。


「ジェキアに来たらな、初日はここ!って決めてんだよ」


 道中目につく食材を山盛り買い込み、両手に抱えているマーシとエルド、ロナとカダルも雪が被らないようにパンを両手に抱えている。

 ツカサもラングも同じように食材を抱えさせられており、エレナはハチミツを大事に鞄に持っている。

 しばらく大通りを行き、徐々に郊外へ近づく。お店が減り住居が増え、またそこから少し離れたところにぽつりと小さな古い家が見えた。

 郊外なだけあって敷地は少し広く、見える範囲に畑が広がっている。ラノベ知識でなんとなく察した。


「孤児院?」

「そう、僕が居た孤児院」


 こちらに気づいた子供たちがわぁ、と声を上げて駆けて来る。


「エルドだー!」

「マーシだー!」


 あっという間にエルドもマーシも子供たちに埋もれ、エルドは二、三人をくっつけたまま敷地内へ入っていく。

 木にぶら下がった古いブランコ。切り株を使用した薪割の道具。雪が積もっているが薪はあり、子供の手で割っているのだろうか。

 

「ロナ!元気だった?こちらは?」

「院長先生、お久しぶりです。こちらはジュマで知り合った【異邦の旅人】というパーティのメンバーです。夕食に招待したいんです」

「えぇ、えぇ、大歓迎よ。いらっしゃい、ようこそ。寒かったでしょう、中へどうぞ」


 ロナの顔を肩を触って無事を確認し、初老の女性は滲むような笑顔を浮かべて一行を中へ促した。

 建物自体はしっかりしているらしく、中に入ると暖炉の効果か暖かい。


「ツカサ、荷物こっちに」

「あ、うん」


 ロナに呼ばれ奥へ向かう。大人数の調理に向いたキッチンだ。テーブルの上に大量に買ってきた食材を置く。ラングのシールドが気になるらしく、子供立ちがぞろぞろとその後ろを付いて来ている。大丈夫だろうか。


「あぁ、こんなに食材を、大変だったでしょうに」

「いえ、今年はジュマのダンジョンで思ったよりも稼げましたから」

「今回は【真夜中の梟】からだ。冬の支度に当ててくれ」

「こんなに…、エルドさん、皆さん、いつもありがとうございます」


 院長であるシスター、シンシアは深々と頭を下げて寄付金を受け取った。

 ジュマのダンジョンの暴走のおかげと言えばいいのか、不幸中の幸いというのか、ドロップする金額が多かったため少し多めに渡したらしい。これは年に一度ロナが寄付する金額の倍に値する。

 冒険者は慈善事業ではないのでエルドもカダルもマーシも、一度も寄付をしたことはない。ジェキアに籍も置いていない為義務がないからだ。今回はと前置きをしたのはイレギュラーなことを示すためだ。


「俺たちも出した方が良いの?」


 こそりとラングに確認を取れば鼻で笑われた。


「必要がない」


 それは寄付をしないということだ。エレナを見れば頷いていた。


「格安にはするけれど、私も寄付はしないわよ」


 石鹸をタダでは渡さないということだ。良心が痛んだツカサは少し離れたところでラングとエレナに詳しく聞いてみた。


「冒険者が甘やかせば碌なことにならん」


 そう言ったのはラングだ。

 

「ジェキアの子供の面倒を見る義務はない。冒険者がいつでも金を持ってくる環境など、ここの出身ではない限りは掛ける手間でもない。あと子供は苦手だ」


 エレナは苦笑しながらも肯定を返した。


「同じ考えだわ。それにジェキアは街がきちんと孤児院への運営費を出しているもの。過度の寄付金と善意は人を不幸にするのよ」


 ツカサは驚いた。

 そんな風に考えたことがなかったからだ。それはツカサが育ってきた環境のせいもあるが、そんな風に割り切れるとは思ってもいなかった。


「恵むなよ。それはお前の自己満足だ」


 大きな釘を刺されてツカサは小さく頷いた。手を差し伸べることは美徳であり、余裕があれば分け与えても良いと思っていた。ただ、与えても良い、と思う心がそもそもエゴなのだと指摘をされて少し恥ずかしくなった。


 子供たちはラングのシールドに興味津々でいたので、やはりというべきかラングは早々に街に戻ると言い、手に持っていた荷物を置いてすぐに踵を返した。

 エレナがラングと夕食を取ると言い、ハチミツを置くと二人で先に戻って行った。ツカサはマーシとロナがラングに許可を得て預かった。


 子供たちは下は四つから上は十四歳まで、十五歳になると街で仕事を見つけるか冒険者を目指すかをして独り立ちをするのだという。ロナはその冒険者を目指した組だ。

 ここにいる子供たちは全員で十三人。男子は全員冒険者を目指すようでエルドやマーシが語るジュマのダンジョントークを目を輝かせて聞いている。女子は街でも仕事が多い為、そちらに行く子が多い。十五前から下働きに出てそのまま住み込みか、家を友人とシェアして孤児院を出るのだそうだ。


 賑やかだがツカサも兄弟がいたわけではなく、子供とどう接すればいいかがわからなかったので厨房で料理を手伝った。芋の皮むきはサイダルで、そのほかの作業もラングに習ったのでまぁまぁの戦力になれた。

 たっぷり野菜のミルクスープと焼いたパン、それに沸かしたお湯。それだけの食事だが人数が多いので作るのも大変だった。

 食事を取る前にシスターが祈りの言葉を紡ぐ。

 何を奉じているかはわからないが、魔法の女神マナリテルではないとロナに言われてほっとした。周囲の子供たちも手を組み目を閉じシスターの言葉に大人しくしているので、倣った方が良いかと【真夜中の梟】を見れば、ロナ以外はただ座って待っていた。

 そういう感じで良いのかと思い、ツカサも落ち着かないながらそのまま待つことにした。

 祈りの内容は、食事を取れることへの感謝、今日を生きられたことへの感謝など、そういう感じだ。


 祈りが終わればお待ちかねの食事だ。子供たちはスープをおかわりをして空腹を満たし、冒険の話しに釘付けになっていた。ツカサは魔法を見たい子供たちに強請られ、ロナと一緒に小さなものを見せたりもした。

 あっという間に時間が過ぎて、泊まって行ってはどうかと言われたが宿に帰ることにした。それは【真夜中の梟】の全員も同じで、ツカサを送り届けるからと孤児院を後にした。

 雪道をゆっくり歩きながらまた他愛もない事を話す。郊外から中心部へ近づけばランタンや家々の灯りが温かい。


「ありがとう、ツカサ。孤児院のみんな喜んでた」

「俺は何もしてないよ。ご馳走になってよかったのかな」

「良いの良いの、ロナ以外にも冒険者になった奴らがちまちま寄付してるって言うし、あそこは余裕あるんだ」


 マーシの歯に衣着せぬ物言いに苦笑が浮かぶが、そうした援助があるからこそ、過剰なことはしないのだろう。

 僅かな難しさを胸に感じながら【若葉の宿】へ戻り、部屋の前で【真夜中の梟】におやすみを告げる。ノックをすれば中からラングが扉を開けてくれた。


「ただいま。ラング、お風呂は?」

「おかえり。こちらも今戻ったところだ。沸かしてくれると助かる」


 首肯して風呂へのドアへ向かえば暖炉が目に入る。クズ魔石を燃やしているらしく球体の物体が燃えていた。クッキングスタンドの上にポットがあるので風呂のあとは一服つけそうだ。


 窓の外は雪がしんしんと降っている。

 部屋の中はぱちぱちと燃える魔石の音がして暖かい。


 恵まれているなと思ったのは、何度目だろうか。ツカサはぼんやりとそんなことを考えた。


 


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