第48話 ジェキア到着
エレナが言っていた通り八日目にジェキアの城郭が見えた。
雪は止まず、あれから太陽を一度も見ることはなかった。しんしんと降る雪は吹雪くことこそないが止まない為、徐々に積もっていきジェキアに着くころには足首まで降り積もっていた。
ルフレンはそれを物ともせず道を行き、後続のツカサたちの方が馬車の轍を歩くなど助けられていた。
ジェキアの入り口に並ぶのは冒険者と商人が半々、普通に旅人がいたりもするので驚いた。
「俺はただ、いろいろ見て歩きたいだけなんだよ。定期的に街で働いて路銀を稼いでね」
前に並んでいた男性に尋ねればそう答え、本当に旅だけを目的にして行動しているのに驚いた。冒険者証もなく仮滞在カードだけで街を転々としているらしい。冒険者証を持っておけば良いのではと尋ねてみれば、それを持つと魔獣と戦う義務が生じる為、戦うことが苦手な人は決して持たないのだそうだ。
意外とそういう人種は多いらしく、日銭を稼いでは旅をする人と今までもすれ違って来ていたという。全く気づきもしなかった。
「ジェキアへようこそ、身分証を」
「【異邦の旅人】、三人パーティだ」
「【真夜中の梟】、四人パーティだ」
ラングとカダルがギルドカードを差し出し、それぞれ手配をする。【真夜中の梟】の言葉に周辺の冒険者がざわつく。
この周辺でもエルドたちは知られているらしい。
「あ、そうだわ。私はこれも出しておかなくちゃ」
言い、エレナが冒険者証とは違うカードを自警団に手渡す。青いカードは初めて見た。
「エレナ、それは?」
「商人用の身分証よ。私はジュマで店を構えていたでしょう?これがないと製作して販売が出来ないのよ。身分証無しで商売をやっている人もいるけれど、後々問題に巻き込まれたくないから」
きちんと手順を踏むわけだ。
「冒険者が素材を持ち込むのは別にいいの?」
「えぇ、例えばそこから手を加えて盾を作りました、剣を作りました、なら、必要になるわ」
なんとなくルールは掴んだ。青いカードは同じように水晶にかざされ手続きが終わると返却された。地図はあそこだと言われジェキアの中へ入る。
ヨーロッパのような綺麗な街並みだ。道の両側を埋めるように家が整然と立ち並び、ジェキアを訪れる人を歓迎するように屋台から声が飛んでいる。屋根はとんがって高く、雪が積もらないようになっている。家々の屋根に煙突がついていることから暖炉も備えてあるのだろう。ファンタジーな光景に見える。
早速宿を決めるために看板を見に行く。今回はカダルとロナとエレナと一緒だ。
「ツカサ達も冬宿とるんでしょ?僕らがいつも泊まるところでどうだろう?」
「空きがあれば良いんだが、あそこは馬車も入るし風呂もある。魔石は自前になるが魔道具もあるから暖かいし」
「ダンジョンには行くの?」
「うん、俺とラングはそのつもり。エレナは宿でゆっくりするって。ロナたちは?」
「僕らもちょっと休んで行く予定。流石に何もしないのはマーシさんが悪さするってカダルさんが」
「剣士は動いていないと死ぬ生き物だからな」
マグロか何かなのか。
「迷惑じゃなければまた合同パーティ組みたいけど」
「ラングが嫌がるだろうな」
ふ、とカダルが残念そうに笑う。
前回のジュマでは事情があった。ツカサが頼んだから組んだのであってラングの意志ではない。ジェキアまで道を共にしたと言ってラングが是非にと頼んだわけでもない。
今回も一緒にと言えば、ラングに見放されてしまいそうで嫌だった。
「まぁ、ダンジョンの中でひょっこり会うくらいは良いんじゃないかな」
なし崩しを仕方ないと思ってくれる性格ではあるはずだ。きっと。恐らく。
進捗の報告は出来るように【真夜中の梟】の行きつけの宿を目指すことにした。ラングはまた肩を竦めて馬を動かした。
行き交う人々が様々な会話をしている。
今年の雪はどの程度積もるか。ダンジョンから得られる食料は、素材は。交易の頻度をどうするか。今日の食事は。
連れ立って歩いていると邪魔らしく、御者席からきょろきょろと見渡す。馬車の後ろにエルド、カダル、マーシが続いている。
「ここジェキアはヴァロキアの北西の王都と言われているんだよ」
幌馬車に乗っているロナがツカサに説明をしてくれた。
脳内で四等分されたヴァロキアを思い出し、それが北西に区切られた部分だったことを思い出す。北西エリアの中心部はここなのだ。
「道とかそういうの調べるのも出来るかな」
「出来ると思うよ、冒険者ギルドに更新情報はあると思うし、乗合馬車の組合に行けば情報料は掛かるけど安全な道も教えてもらえるはずだよ。春が来たらどこに行くの?」
「うん、調べ物の進捗にもよるけど、
「そっか、遠いね。なかなか会えなくなる」
ロナは少しだけ寂しそうに言って、それから笑った。
「ツカサ、春になって旅に出たら行く先を必ず教えてよ。目的地の冒険者ギルド宛てに手紙送るよ」
「うん、俺もジュマに送るようにする」
会えなくなったら最後ではないのは嬉しかった。春が来るまでに思い出を作ろうと言われなかったことも。ただ、春が来てそれぞれが違う道を行っても、自然と連絡を取り合って関係が続くことがたまらなく嬉しかった。故郷ほど頻繁に連絡も取れないし便利ではないが、連絡を待つ時間もラングの言う時間を楽しむことなのだろう。そう思うようにした。
「あ、ラングさん、そこの左手の宿です!」
道案内を受けてゆっくりと進んでいた馬車がロナの指差した先に向かって少しずつ左に寄る。ルフレンはラングの指示に従ってスピードを落とし、綺麗に宿の前で止まってくれた。
「空きを確認して来よう」
カダルがさっと宿の中に入り対応してくれた。
「ツカサは冬宿暮らしは初めてか?」
幌馬車をひょいと覗きこんでマーシが聞く。
「初めてだよ」
「そうか、じゃあ俺がいろいろ教えてやるよ!まずな、飯は自分でも作れるぞ」
「ほう?」
「ラングが食いついちゃったよ」
はは!と笑い、マーシが幌馬車に乗り込む。動くわけではないので止める人は居ない。椅子に腰かけてマーシが説明してくれた。
冬宿暮らしは思ったよりも気楽なものらしい。食事が欲しければ朝食は前日の夜、夕食は朝食の時に宿に依頼する。【真夜中の梟】はいつもダンジョン以外は全て宿に食事を頼むという。
中には故郷の味が恋しくなる人もいるため、頼めば調理場を貸してくれる仕組みだ。宿によっては馬車置き場を置かず外に広く調理場を用意するところもあり、泊まる人が何を求めるかで宿は変わる。
【真夜中の梟】が泊まる宿は敷地に余裕があり、馬車置き場と厨房自体を広く取った宿なのだそうだ。狭いが中庭はあるので鍛錬に困らないだろうと言われた。
ふむふむ聞いていたらカダルが戻って来た。
「よかった、空きはあったぞ。馬車も入るし馬房も空いている。部屋はエレナさん、ラングとツカサ、あとは俺たちで三部屋確保できた。飯の相談があるから中に来て欲しいんだが」
カダルの視線がちらりとラングを見た。こういう時判断を仰がれるのはリーダーだ。ひらりと御者席から降りてツカサを振り返る。
「わかった。ツカサ、馬車を…出来るか?」
素朴な疑問を聞く様な声で聞かないでほしい。ルフレンが賢いので動かせばルフレンが運んでくれると思うが、幌馬車を壁に引っ掛けたくはない。
「私が動かしましょうね、長年使っていたんだもの、車輪幅は覚えているから安心して」
エレナがよいしょと御者席へ出て手綱を持った。それを見てラングは頷き、カダルと共に宿へ入って行った。
「はい、はい、ルフレン。行きましょうか」
ぴし、と軽い音でルフレンへ指示を伝え、幌馬車はゆっくりと引っ張られて行く。
マーシが馬車置き場を案内してあっさりと納車が終わる。
「こういうのも慣れて行かないとだなぁ」
「冬宿にいる間に少し動かせばいいわ、停めて置くだけだとそれはそれで傷むもの」
「だな、あとはルフレンも定期的に運動させないとだめだぞ」
冬の間、意外とやることは多そうだ。
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