第47話 冬の道中
補給の街というだけあって、ダイムは質を問わなければ必要なものが全て揃っていた。
ツカサ達の持つ馬車は馬に着ける装備も全て、馬車の修理を頼んだ職人が用意をしてくれていた。これからの季節のことを考え、馬車が雪に足を取られても引っ張れるようにかなり頑丈な革と鉄部品を着けてある。外すのはひと手間ではあるが、これも慣れればすぐに出来るだろう。馬自身も慣れているのか着けるのも外すのも協力的なのが有難い。
ちなみに馬はツカサより大きく、栗色の肌に豊富な鬣、足は想像していた馬よりも太く健脚だ。
ジュマの北側がどうやら貴族街だったらしく、エレナの石鹸の愛好家だった家が馬を譲ってくれたらしい。とても温厚な馬で人懐っこく、ツカサやラングにも親愛を示してくれる優しい
修理代と装備も含め、大幅に足が出た分を支払ってくれたのだろう。エレナの腕が良いからこその恩恵だった。
そうした良い物を厚意で頂いていたのでダイムでわざわざ揃えることはなかったのだが、職人街でのやり取りを見ていると自分がどれだけ恵まれた環境にいるかがわかる。馬具を変えるだけでかなりの金額を請求するあくどい商売をする職人もいれば、仕事が早く価格も適正だがその実、手抜き作業であったりする職人もいる。
良い職人には良い常連がすでについており、手が空いていないというのもそういった職人がのさばる理由の一つだ。
「エレナのおかげで俺たち安全な旅が出来るね」
「ジュマのみんなのおかげよ」
なんだかルフレンを甘やかしたくなって野菜を大量に買った。道中の分もあるのでかなりの量だが、木箱のままのサツマイモも開けようと思った。
「降りそうだな」
空を見上げてぽつりとラングが言った。
倣って空を見上げれば分厚くて白い雲が空を覆い始めていた。
「明日出発だし、早めに夕食にして休んだ方がいいわね」
エレナの言葉にこくりと頷く。夕食を取りに【蔦の葉】へ向かう道すがら、ツカサは屋台料理を買っては空間収納にしまいいざという時の食事の確保も忘れない。何かあった時、ぱっと出せて食べられる物があるのは行動が速く取れるので良いのだ。それを学んだのはジュマのダンジョンだった。
【蔦の葉】で魚料理に舌鼓を打つ。小麦粉を打ってパリパリに揚がっている魚が美味い。白身がほろりとしていて、塩が利いているのが憎い。隣のテーブルで冒険者がぷはーっ、とエールを呷っているのを見て不意に尋ねた。
「そういえば、お酒って何歳から良いんだろう?」
「私の故郷では十八で飲めたわ。ツカサ、今いくつだったかしら」
「十七。ラングの故郷は何歳?」
「十六。飲みたければ飲めばいい」
果実水を飲みながらラングが言い、そわりとする。
「ここでは飲むな。明日は出発だ、ジェキアまで待て」
「ジェキアでは良いんだね!?」
「飲み過ぎなければな」
「やった!」
旅の先の楽しみが増えた。冬の過ごし方をエレナに聞きながらの夕食を続け、すっかり体が温まった。
宿に戻り、食堂でのんびりしている【真夜中の梟】のメンバーと雑談をして部屋へ戻る。
しばらく小休止を入れ、夕方の鍛錬を行なう。こてんぱんに地面を転がされたので、少し熱めにたっぷりのお湯を沸かし風呂に入った。
エレナから体を洗う石鹸とは別に髪を洗う石鹸をもらい、使ってみたらキシキシ感がなく使い心地がよかった。これは女性客には人気だっただろうなと思った。
部屋に魔力ランタンを出し、火をつける。ジュマのダンジョン攻略初期に使っただけで忘れていたが、手をかざすと確かに熱を感じた。魔獣避けのランタンは表面が熱くならないので腰に着けたりしていたが、魔力ランタンは戦闘中一時的に腰には着けたが熱くて必ず手持ちにしていたことを思い出した。
魔力をたっぷり込めておいて一晩点けっぱなしにしてみることにした。
点けて一、二時間程度でそこそこ部屋は温まったのでなるほど効果的だ。
休む前に馬車を見に行き、ルフレンの食事を桶に出した。食器ではないがこれはルフレンの皿になるので、エサ用の桶も水用の桶も買って来た。宿が井戸水を注いでくれているがルフレンは魔法で出した水がお好みらしい。ツカサが水を注ぐとすぐさま飲み始めた。
「明日からまた頼むよ」
鬣を撫でて声を掛ければ、ぶるる、と小さく嘶く。藁がたっぷり敷いてあるのを確認して、ツカサも部屋へ戻った。
翌朝、やや二日酔いのマーシとエルド以外は万全の状態で身支度を整え、宿を出た。
ルフレンが引く幌馬車には厚着をしたエレナとロナが乗った。エレナがアイテムボックスからクッションと椅子掛けのラグを追加したため居心地が良さそうだ。
幌馬車の中には腰掛があり、木箱を乗せるスペースもあり、御者席の背中に折り畳みのテーブルが付いていたり、意外と生活感溢れる内装なのだ。休憩中のお茶は幌馬車内で出来るのが有難い。
エレナの冬支度は優雅なローブだった。綺麗な刺繍が織り込まれていて一見すると貴婦人の外出用の外套だが、魔獣素材で織った一級品だとロナが触らせてもらっていた。フードを被り首元をしめると隙間がなく暖かい。
ラングはマントはいつものままだが上着の下に着ている物が変わっている。一人で見て歩いていた時にきちんと準備をしたらしく、ダンジョン素材で作られた服のようだ。以前の服は袖から肌が見えていたが、今はグローブまでしっかりと覆われている。靴下も揃えていたが、ツカサがラングの分も買ったというと、礼を言って受け取ってくれた。
ツカサはシャドウリザードのマントを着けてぎゅっと結んだ。魔法の服の上にも一枚着ているので防寒はばっちりだ。
昨日ラングが予報した通り、雪がちらつき始めている。マントに付いているフードを被り、今日は御者席に座る。今後ラングとツカサが交互に操縦するので慣れておけということらしい。
エレナは元々夫と使っていた馬車だ、馬が変わっても扱いに問題はない。
カポカポがたがた、ルフレンの足音に連なって幌馬車が進む。思い切り走らせたくなる衝動があるが、そわそわするとルフレンがぶるる、と嘶くのだ。
「お前よりも馬の方が賢いな」
ラングに釘を刺され、エルドとマーシにわかるぞ、と笑われ、大人しくすることにした。
キャンプエリアでの休憩の仕方も変わった。
雪が地面を濡らしているので直接座ることが出来なくなり、薪に火もつきにくくなった。
エレナと買い出しで折り畳み式の椅子を購入しているので、必要ならそれに座るようになる。エックス字の上に布が張っていて、構造としては故郷で見ていたアウトドアの椅子だ。
天幕があれば野営はやりやすいそうだが、冬に外をあまり出歩かずダンジョンに籠る【真夜中の梟】も、木々の下や洞窟で雪や夜露をやり過ごすラングも、テントの中で魔道具を利用するタイプのエレナも誰も必要としていなかった。カダルが補足をしてくれたが、テントの入り口でいろいろ調理する冒険者が多く、天幕を持つ冒険者は少ないという。そもそも、冬になると余程のことでない限り移動をしないのも冒険者なのだそうだ。故郷のアウトドアの感覚とはまた違うようだ。
燃えやすい木切れも湿っているので着火剤はクズ魔石を使う。ここはカダルが手本を見せてくれて、ラングと共にそれを見て覚えた。火魔法に長けている魔導士が二人いるので最悪強引に燃やせばいいが、こういう手腕は冒険者の格を左右するのだという。手際が良ければ確かにかっこいいだろうと言えば、カダルが苦笑していたので恐らく答えは別にあるのだ。
雪のちらつく中での食事は冷える為、出来上がり次第各パーティのテントの中へ運び込む。【異邦の旅人】と【真夜中の梟】で焚火を囲むことは出来なくなったわけだ。少しだけ寂しい。
それでも暖かいテントの中で温かい食事を取れるのは有難い。エレナが小さなテーブルを出してくれたおかげで背を丸める必要もなくなった。
エレナが魔道具を出してお湯を沸かし、ハーブティーも楽しめた。ただ、ツカサは不思議なことにラングの道具を使ってお湯を沸かす方が好きだった。ここに来るまで使ってきたからかもしれないが、愛着があるのだ。
そんな話しをしていたらラングが道具を床に出し、炭の代わりにクズ魔石で火をつけた。小鍋をその上に置きジュマで買ったワインを開けて注ぐ。
テントの中に赤ワイン独特の香りが充満し酔いそうになったが、エレナが少しだけ入り口を開けてくれて楽になった。
シナモンを削りその他にもスパイスを足し、オレンジのような柑橘系の果物をスライスにしていれる。
しばらくくつくつ言わせているとなんだか御菓子のようないい匂いが立ち込める。
「コップを買っただろう、出せ」
「あ、うん」
三人分のコップを渡す。
とくとく、とコップに注ぎ渡される。オレンジの香りの中にスパイスが香って、アロマを嗅ぐように深呼吸した。
「お前は時間の使い方を知っているんだ」
エレナにもコップを渡し、自身の分も注ぎながらラングは言う。
「便利なものは便利なものであれば良い。剣と同じように使う者次第でどうにでも変わる」
「うん」
「だが、道具を出し、火を点け、ワインを注ぎ。手を加える時間、それが出来上がるまでの時間はその瞬間でしか味わえないものだ」
シールドを僅かに上げて口元を露わにし、コップの中身を吹いて少しだけ表面を冷ます。すす、と一口含んで飲み込む。満足の出来らしい。
「お前はその過程を大事に出来るんだ」
ふふ、とエレナが微笑ましそうに笑ってコップの中身を飲む。
「美味しいわ、ホットワインね」
優しい眼差しでツカサを見てエレナが言う。
「私なんかは定住を決めて店主になってしまったから、日常で料理に時間をかけるのが大変でこういう魔道具も使うわ。ラングはそれを悪いと言っているわけではなく、貴方には瞬間を味わってほしいのね」
ツカサは意味がわかりかねてきょとんとしてしまい、その様子にラングが言葉を増やした。
「旅が長くなればなるほど、覚えていられることは減っていく。それが良い記憶であれ、悪い記憶であれ」
小鍋が退けられた鉄製カップの中から、ぱきりと音がした。クズ魔石が燃え尽きたのだろう。
「だが、人というのはその場の匂いや音、味はなかなか忘れないものだ。見たとき、嗅いだとき、口にしたときに、その時の記憶をふと思い出すんだ。こうして作り上げるまでの時間をな」
こうして今、ツカサとラングとエレナが共に過ごしているこの瞬間を。例えばホットワインをどこかで飲めばこの瞬間を思い出すだろう。もしかしたら、道具を使って作っている間に会話を思い出すかもしれない。どこで飲んで、あの時の気温は、表情は。
そんな瞬間を刻んでほしい、旅の一ページにして欲しい。
それはラングが師匠から習ったことかもしれないし、他の人から教えられたことかもしれない。
そうではなく、ラング自身が見つけたことかもしれない。
ツカサはホットワインを一口飲んだ。
アルコールは適度に飛んでいて柑橘系の酸味が混ざって飲みやすく、口腔に残るスパイスの香りが大人の味だ。
「俺、このホットワインの味、一生忘れない気がする」
ふ、とラングが喉から息を吐いた。
なんだか眩しいものを見るようにエレナが目を細めた。
この瞬間を、教えを、今日も忘れずに日記に書こうとツカサは思った。
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