第50話 ラングとエレナ
孤児院ほど面倒な場所はない。
ラングはそう思っている。
子供というものは残酷で、人が隠したいと思っているものも、大事にしたいと思っていることも好奇心で容赦なく暴き踏みにじっていく。
それがラングの子供への評価だった。かつて一人の少年の護衛をし、かつて赤子と言っても過言ではない子供を育てはした。そのどれもが止むに止まれず引き受けたものだ。
幸いその弟子たちは、片方はいろいろあって大人びていて子供らしさはあるが配慮が出来る子で、もう片方は素顔を見せながら育てたため人前でシールドを外せと駄々を捏ねたりはしなかった。
物わかりの良い子供に恵まれていたから、孤児院に初めて行った時は驚いたし、二度と行くものかと思った。きっと、自分に余裕がないのは変わって居ないのだろうな、とラングはため息を吐く。それに加え、師匠がラングを絶対に子供扱いしなかったことも影響している気がした。
「ふふ、子供が苦手なのね」
孤児院を出て雪空を見上げていたら背後から声が掛かった。振り向いて確認はしない。最近仲間になったエレナだ。
「子供の扱いがわからん」
「突拍子もないことをするし、疑問を素直に口にするし、なんでどうしてが続くものね」
隣に並んで雪空を見上げ、エレナはくすくすと笑い口調で言う。
「苦手なものは仕方ないわ。貴方がそうやって距離を取るのは、傷つけるのも嫌だからでしょう?」
エレナの言葉に小さく嘆息してラングは歩き出す。その足はツカサと歩くときほど速くはなく、雪道を行くエレナがゆっくりと追いつけるくらいのものだ。
暫く黙って街まで歩き、夕飯時で賑やかな食堂街を行く。
「温かい物を食べたいわね」
「そうだな」
宿に夕食は依頼していない。どこかで食べるかとお互いが店を探す。
「あ、そうだわ、せっかく大人だけだし行きたいところがあるのよ」
ぽんとエレナがラングの腕を叩き先導を始める。肩を竦めてラングはその後をついて行く。
エレナが自然とツカサを子供扱いしたことに僅かに驚いたが何も言わない。ラング自身、自分が見てきた同年代の少年に比べ、ツカサのことを子供だと感じているからだ。
十歳で働きに出る子供もいる。十五歳で身を立て、小さいながらも店を持つ者もいる。その合間に必死に金勘定を覚え、最低限の文字を覚え、詐欺に遭わないようにする。
冒険者になった少年少女もそうだ。どうにか生きていくために自身の心に鞭打って大人であるようにするのだ。そう言った背伸びがいつも通用するわけもなく、時に馬鹿な失敗もするし大事なものも失うが、泣いて喚いて躓いて、それでも立ち上がらねばならないのが生きるということだ。
ラングは、ツカサはその点で非常に弱く脆いと感じていた。
【真夜中の梟】がジュマのダンジョン解明の関係で死ぬかもしれない。そう思い至ったときにツカサは彼らを失えなかった。失うことにとにかく臆病で人に流されやすい。どのような環境で生きればあそこまで幼いまま育てるのだろうか。
正直、最初は貴族の子息かと思っていたのだ。家に戻るまで護衛するなどの条件が出て来るかと思いきや、旅記作家を探したいという依頼内容で内心驚いていたことを思い出す。
旅路の間にいろいろと聞き、非常に恵まれた環境に居た為にこの幼さで来たのだと知って頭を抱えたのはラングだけの秘密だ。マブラでは、ラングが考える以上だったと認識を改めたこともある。
なにせ、ツカサは人を傷つけることを何よりも恐れていた。
進んで傷つける必要はないが、恐れは自身の心を殺す。どうしてもだめだというのなら、古きを捨て新しきを得に行くことも出来るのだ。
ラングがかつて、血を吐き涙を流し、あらゆるものを捨て新しい生を得たように。
そうした選択の果てに今があるのだ。
「ここよ、静かな店なの」
考え事をしながらエレナについて来たら、高級店が連なる通りに来ていたようだ。
そこから少し道を逸れて入ったところに、静かな灯りがともっている小さな看板がある。ノックをすれば中から品の良いバトラーがドアを開け中へ促してくれた。
店内は薄暗く弦楽器の静かなメロディが流れていた。教育の行き届いたウエイトレスがエレナとラングを席に案内し、テーブルにメニューと呼び鈴を置き、少し離れたところで視線を外し待機した。注文をするときには気づいてくれるらしい。
隣の席は見えず、個室のように区切られた席は安心感がある。
恐らく、この店は密談向けなのだ。人の気配はあるのに声がしない。防音の魔道具か。
周囲を観察しながらラングはマントを席にかけた。エレナも反対側でするするとローブを一枚背に掛けた。掛けるための物が無いのも、店側が預からないのも秘密を保持するためだろう。
「ここは私が出すから付き合って頂戴な」
「女に出させるほど腐ってはいない。メニューはわからないから任せる、空腹だ。酒はいらない」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えて。美味しいコースでいきましょう」
呼び鈴を鳴らせば先ほどのウエイトレスがスッと来て、エレナが注文するのをメモも取らずに記憶して承る。
「あと、防音の魔道具を借りられるかしら」
「承知いたしました」
会釈をしてウエイトレスは一度下がり、エレナが頼んだワインのボトルとグラス、果実水の入ったデカンタ、それから丸い小さなランタンを持って来た。
赤ワインを注ぎボトルを置き、小さなランタンに手をかざして明かりを点ける。瞬間ぼわんと音が滲んだ気がした。防音の魔法が広がったのだろう。
「お料理は可能な限りまとめてお持ちします」
「ありがとう」
秘密の会話をするのに何度も運ぶのはよろしくない。なので、きちんとそこは配慮をしてくれるようだ。食事が来るまで会話をする気はないらしく、エレナは鞄から手帳を取り出してゆっくりとページを捲っている。
ラングは空いているグラスに果実水を注ぎ喉を潤した。雪の冷たさとは裏腹に乾燥が酷く、喉が渇いていた。柑橘系の果実とミントだろう、悪くない。
「お待たせいたしました」
からからとカートに乗せた食事を持ってきてテキパキと並べる。
冒険者向けの食事処にはないような陶器の食器で食事が並べられていく。
たっぷりの魚のミルクスープ、果物を利用したサラダ、炙った温かいパン、副菜にチーズとトマトのオイル掛け、メインディッシュは肉だ、じうじうと表面が音を立てている。デザートは氷菓だと溶けるので小さな焼き菓子が数種類皿に乗っている。最後にナイフとフォークをセッティングしてウエイトレスはカートと共に完全に視界から消えた。
ふむ、とラングは感心をした。
「ずいぶんと格式高い店らしい」
「ここはヴァロキア北西の王都扱いだもの、お偉いさんが密談するにはこういうお店でないとね」
「よく知っていたものだ」
「夫が金級だったのよ、金級というだけでお偉いさんの目に留まるのね」
綺麗な所作でスープから頂くエレナに無反応を返し、ラングはシールドを僅かに上げる。鼻先までを出して同じように食事を楽しむ。
魚のスープは臭みがしっかりと取られておりミルクの味わいと良く馴染んでいる。間を繋いだのはワインだろうか。
「ツカサの教育方針について聞いておきたかったの。横から口を出すのは大丈夫なのかしら」
「気になることがあるのか」
「冒険者にしては気が弱すぎるかな、と心配になったくらいよ」
「否定はしない」
カチャカチャと静かな音の中でマナーを守った会話が続く。
「ラングはツカサをどんな冒険者にするつもりなの?」
「それはあいつが見つけることであって、私が導くことではない」
「まぁ!思ったより手厳しいのね」
ふふ、とエレナが可笑しそうに笑って赤ワインを飲む。
ゆっくりとグラスの中で赤を揺らして防音のランタンにかざす。
「心配事があれば今みたいに口出しして良いのかしら」
「構わない。選び取るのはあいつだ」
「わかったわ」
「何か話したいことがあるのか」
断定して声を掛けられ、エレナはグラスを置いた。
「誰に対しても容赦ないのね、だからこそ貴方は居心地が良いのだわ」
食事の続きを取りながらエレナが微笑む。ここの食事は品が良いだけではなく、きちんと美味しい。
ただ、この雰囲気からして、確かに【大人】でなければ入れないだろう。
「貴方たちをスカイ王国まで、案内することに嘘はないの。それだけを改めて伝えたかったのよ」
ツカサと出会ったのは偶然で、パーティに入り込んだのは突然だった。
ラングにとってエレナが良い情報源だったから入れたというのはあるだろう。それでもきちんと向き合ってくれたことがエレナは嬉しかった、その信頼に応えたくなった。
「身の上話を少しだけ聞いてくれるかしら」
ラングは頷き、エレナを促した。
ランタンの灯りでエレナの優しい微笑が浮かぶ。
「私と夫は、渡り人を保護するために
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