第43話 新しいメンバー
ジュマを出てから三日が経った。
途中川のそばでキャンプエリアを見つけ、この泊まりでは洗濯を行なうことにした。
「ツカサ、水洗いよりは石鹸を使った方がいいわ」
「ありがとう」
「川に流さないように、桶で使ってね。貴方お湯も沸かせるのだし、ぬるま湯だとすぐに終わるわよ」
「ぬるま湯かぁ、思いつかなかった。やってみるよ。川に流さないのは環境への配慮って奴だね」
「貴方は本当に賢いのねぇ」
にこりと微笑むエレナにツカサも笑い返す。
「飯だ」
ラングの声に洗濯を一旦置いておいて手を洗う。
「今日の夕飯はなんだー?」
「コップを回せ、ロナ、湯を」
「はい!」
わいわいがやがや、もはや大人数のパーティだ。ランタンの数も増えて灯りも十分、幌馬車を引く馬は一頭だが乗るのはエレナとロナだけなので問題がない。
「あぁ、あの人と旅をしているときを思い出すわ」
ふわりと、【異邦の旅人】のエレナが微笑んだ。
【銀翼の隼】のアルカドスに一方的な暴力を受けたあの後、ツカサはラングに言われて渋々ながら治療を行なった。
アルカドスは激痛により失神をしただけで命に別状はなかった。それでも目を覚ますまでに半日を要し、その間に話は全て終わっていた。
ギルドで事情聴取を受け、見ていた人からの証言、真実の宝玉を利用しエレナが証言をしたことで一方的な言いがかりであったことが証明された。
本来冒険者同士のいざこざにギルドは口を出さない規則だが、【銀翼の隼】がジュマの専属であること、【異邦の旅人】がジュマのダンジョンの解明の立役者であることもあり、間に入った形だ。
全面的にツカサに非はなく【銀翼の隼】が責められた。ラングがやったこともパーティメンバーを守るための行動で、
【銀翼の隼】のパーティメンバーはリーダーを止めなかったことをギルマスにしこたま叱られていた。
意外なことにラングは賠償を求めず、ツカサに治療を行なわせてそれで終わりにしたいと言った。
一方的にやられたツカサとしては治療の拒否をしたかった。ざまあみろと思う気持ちがものすごい。
ただ、ラングがそう言ったことには必ず意味がある。その意味がなんなのかを考えるのはツカサの宿題だ。
治療自体はアルカドスを前にすれば一瞬で終わった。
ラングは旅支度を整え三日後にジュマを出ることをギルマスに伝え、【真夜中の梟】はそこに便乗してしばらく街を開けることになった。
一通りの解決の目途が立ち今日はもう宿に戻ろうとしたところでエレナに声を掛けられた。
「ツカサ、それからラングさん、よかったら我が家で夕食をいかが?」
昼食を食いっぱぐれたこともありツカサは食べられればなんでも良かった。ラングに確認を入れると、ツカサのことを報せてくれた借りがあると言い、その招待に応じることにした。
地面が抉れた道を過ぎてエレナの石鹸屋に入る。あの穴は【銀翼の隼】のメンバーがあとで埋めに来るらしい。
エレナの店の石鹸の良さをラングに話しながら二階へお邪魔し、料理が出来上がるまでエレナから聞いた話を共有する。時折エレナもキッチンから補足をくれ、十分に紹介が終わったところで夕食になった。
ミートパイ、野菜たっぷりの温かいスープ、炙ったパン、魚のオイル焼き、サラダ、いろいろと出してくれた。それなりに短い時間で数多くの料理が出て来たので驚いていたら、調理時にいろいろ魔法を使っているのだという。
得意魔法は火と風で、土魔法は風呂の為に覚え、水魔法はあまり得意でないのでツカサのように風呂に溜められなかったらしい。
トマトと豚肉がたっぷり詰まったミートパイをざくりざくりとナイフで切って取り分けてもらい、ラングも珍しくマントをきちんと脱いで食卓についた。
どれも美味しかった。ぱり、ざく、とナイフを入れれば中から熱々の湯気が立つミートパイは、口に入れるとトマトの酸味と甘さがたまらない。肉汁がじゅわっとそのあと溢れて来てざくざくとしたパイ生地の食感が嬉しい。
野菜たっぷりのスープはジュマバードが入っていて鶏肉から出た出汁もたっぷりだ。大きくカットされた野菜のごろごろ感が贅沢な気持ちになった。
魚のオイル焼きは初めて食べたが悪くない。一口目はオリーブオイルが強すぎてびっくりしたが、二口、三口と進めるとハーブの爽やかさと白身魚の淡白さがオイルに良く合うのがわかった。
サラダは新鮮なものをオリーブオイルと塩とハーブで頂いた。
ラングが作る料理のように丁寧で手の込んだ物だった。わざわざマントを脱いで真剣に味わう理由がよくわかった。料理とそれを作った人には敬意を払う、それがラングだ。
穏やかな食事が進んだ。
女性が一人いて素直な相槌と質問があるだけで随分雰囲気が違う。ラングですら雰囲気が柔らかく、多少返事をしたりした。
食後にかぼちゃのタルトを出してくれて満足の夕食だった。
スパイスの効いた紅茶を楽しみ、ふと沈黙が訪れる。壁掛け時計がかちこちと音を立てているだけの空間が心地良い。
「何が望みだ?」
ラングが切り出した言葉にそちらを見遣る。決して怒っているとか疑っているとか、何というか不穏な空気ではない。
「旅記作家のラスという人を探していると聞いたの」
「あぁ」
「私はスカイ王国の出身で、冒険者。旅は慣れているしこちらの大陸の在り方も、
「あぁ」
「スカイ王国までご一緒出来ないかしら」
穏やかな雰囲気のまま、ティーパーティの雑談のように尋ねられた。
ラングは紅茶を口に運び香りを楽しんでから口に含んだ。
「ギルドカードは」
「あるわ。どうぞ」
引き出しから取り出したカードをテーブルに置いた。色は、銀。
「魔導士としての力は、今も薬草取りとか、石鹸作りで毎日使っているからなまってはいないわ」
ラングはカードを手に取りしばらく眺めた後、テーブルに戻した。
「必要なものは?」
「元冒険者だもの、アイテムバッグやアイテムボックスは十分な物を持っているわ。装備も十分。ただ、ダンジョンにはもう入れないと思うから、その時は宿に待機させて頂戴。石鹸で少しは路銀を稼げるわ」
「一日に歩ける距離は」
「ジュマの周辺の森までなら往復で歩けるけれど、ごめんなさいね、元から体力はあまりないのよ」
「馬車の手配は必要か」
「少し古いけれど夫と使っていた小さな幌馬車が倉庫にあるわ。修理を依頼しなくちゃいけないわね」
「ここを引き払うのに三日で足りるのか」
「お得意様に石鹸を配って、あとは持って行けばいいわ。道具も元々アイテムボックスに入れて運んでいたものだし」
「カードは借りるぞ」
「えぇ、お願いするわね」
「ちょ、ちょ、どういう?」
さらさらと会話が進んでしまい置いてけぼりを喰らったツカサが慌てて席を立つ。
「エレナをパーティに歓迎する」
まさかラングが他の人を入れるなんて。
ツカサは驚いて変な顔をしてしまった。
けれど、ラスという名を知っていて、わざわざスカイ王国での知人を紹介してくれて、優しい人であることをわかっていたので反対する由もない。
「おばさんがご一緒するのを許してね」
「まさか、そんな、大歓迎です!石鹸もありがたいし…」
「えぇ、いつでも作るわよ。材料集めには協力してもらえるかしら」
「もちろん!」
「ご馳走さま。持って行きたい物があって、持てないものがあればツカサを呼べ」
立ち上がりマントを羽織ってラングが言う。
「夫がここで死んだのだろう。置いて行く必要はない」
「ありがとう」
思わぬことを言われたらしいエレナは滲むような微笑みを浮かべ、右手を胸に当てそっとお辞儀をした。ツカサは驚きつつもラングが待っていることに気づいて慌てて身支度を整えた。
「あの、俺、なんだったらこの家にあるもの全て持って行けるくらい、容量あるので」
「ありがとう、頼りにしているわね。明日、お願いできる?」
「はい!」
ツカサがエレナに挨拶をしている間にラングは階下へ降りていく。
その後を慌てて追って、外に出て隣に並ぶ。
「びっくりした、良いの?ラング」
「手がかりは有難い、それに」
ふとラングがツカサを見遣った。
『お前を助けるために靴を片方脱ぎ捨てたまま走って来た姿は、嘘ではないだろう』
ツカサはぽかんとした。
エレナが靴を片方無くして駆けつけたことを言われて初めて知ったのだ。どういう状態で駆けつけたかがわからないが、ツカサのために必死になってくれたその姿だけで信頼に値するというのだ。
『靴失くしてたなんて、怪我はしなかったのかな』
『ロナが治した』
『明日お礼を言わなくちゃ』
『防具屋へ行って靴を贈れ』
『へ?』
隣のラングへ聞き返した。
『旅立ちの贈り物には靴が喜ばれる。稼ぎがあることを知らせておけ』
もしかして、ラングは女性の扱いが上手いのかもしれないと思った。
そうして、翌日は幌馬車の修理と馬の手配をラングが行い、ギルドでエレナの【異邦の旅人】加入手続きもした。馬車の修理は丁度出立の日に出来上がるらしく、滞在は延ばさなくて済んだ。
元々夫婦で冒険者をしていただけあってエレナはアイテムボックスを六個、アイテムバッグを一つ所持していた。ほとんどがスカイから持ってきた物だと言い、容量も申し分ない。
ツカサはエレナに頼まれてアイテムボックスに食器や鍋、私物を仕舞い、四個のアイテムボックスがいっぱいになるとエレナのアイテムバッグへ仕舞い込んだ。少しだけ装飾の良いアイテムボックスにはエレナの依頼通り夫の遺品を詰めた。五個目のアイテムボックスには下着や衣服を入れるというのでツカサはその間、一階でお茶を頂いた。
衣服が片付くとエレナは一階へ戻り、最後の六個目のアイテムボックスに石鹸作りの道具や素材を仕舞い込んだ。近所の人や騒ぎを聞きつけて来店したお得意様へ今までのお礼に石鹸を包み、無償で配った。
エレナは非常に惜しまれていた。
質の良いエレナの石鹸はまとめて商人が仕入れ近隣の村や町にも流通しているらしく、次の仕入れで店がない事を知れば悲しまれるだろう。
二日目はエレナと共に防具屋へ行き、エレナの足が疲れない良い物をプレゼントした。新品の贈り物はとても喜ばれた。魔導士向けの魔力を通すと足の疲れが取れるという効果のあるダンジョン産で、多少値は張ったがツカサの所持金的には痛くも痒くもない。
その様子にエレナは資産をおおよそ察したらしく、大人の女性としてきちんと受け取ってくれた。
そのあとエレナの家に向かい、ツカサの空間収納に必要なものを納める作業も行った。
空っぽになった家は物寂しかった。エレナは最後の夜をどう過ごしたのだろう。
ラングはその間ジュマの食材とハーブとハチミツを買い込み、それからすっかり忘れていたのだが4階層で死んでいた冒険者のギルドカードもギルドへ渡したらしい。
三日目、幌馬車の修理が完了し、引き渡しには馬も来た。
幌馬車はエレナが定期的に手入れをいていたおかげで紐を新しく結び、撥水の下がった古い布を変え、車輪と軸を新品に、木材にコーティングをかけて完了したらしい。ほぼ全リニューアル状態にエレナも驚いていた。
エレナには世話になったからと職人の厚意で、夫との思い出も歪まないように気を配ってくれたようだ。クッションも乗せられていた。
ここに来て十年過ごした店舗兼住居をしばらく眺め、空っぽになったそこから出て扉を閉める。
アイテムバッグを肩から掛け、杖を持ち、日除けに帽子を被った姿は少しだけ遠出する予定の貴婦人だ。
ツカサは幌馬車の荷台に乗るエレナにそろりと手を貸した。お礼を言われて少し気恥ずかしい。
ラングが御者席に乗り、その隣に座って初めての視界に浮かれてしまった。
西門で【真夜中の梟】と合流して、外へ出た。
ジュマをあっさりと出て、新しい旅の始まりだ。
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