第42話 師匠の一戦
ドガン、と大きな音がした。
土煙がぶわりと周囲に立ち込め、風圧で広がる。動けずにその場にいた人は顔の前に手を出し、頭を抱え込んでしゃがみ込み、それをやり過ごした。
あの少年は死んだだろう。誰もがそう思った。
「テメェ、何しやがった」
アルカドスの怒気を含んだ声が土煙を払う。
「こちらの台詞だ、何をしている」
常に冷静なラングの声にも淡々とした怒気が込められていた。
ツカサは自分の体に痛みがないことに気づき、そぅっと目を開いた。
ラングのマントが目の前でばさりと揺れた。
状況からしてあの一撃をいなし、地面に落とさせたようだ。荷車で踏み固められたはずの土がごっそりと抉れその威力を物語っている。
ラングの双剣には鍔がない。鍔競り合いは一切出来ない分、力の緩急を利用した受け流しに特化している。
今回はそれを最大限活用した形だ。
「怪我は」
アルカドスに向きながら声がかかる。喉が掠れて最初は出なかったが、何度か発声練習をしてようやく、なおした、と答えられた。
「何があった」
「ッハ!テメェが【異邦の旅人】のラングか?丁度いい」
「黙っていろ」
ず、と空気が重くなる。ラングの威圧が発動しアルカドスに全力で向けられる。
アルカドスは一瞬仰け反ったものの、そのことが頭に来たのか憤怒の表情で前へ直った。
「この俺に威圧なんざしやがって、許さねぇぞ」
「聞き分けのないガキが、イキったことを言うな」
振り下ろしてそのままだった大剣を引き抜き再度上段に構える。そこまでの動作も素早い物で、スキルの発動も早い。先ほどは嫌味に溜めてツカサの恐怖を引き延ばしたのだ。
未だ背後にツカサがいるままで振り下ろされた大剣は、一度目と同じようにラングに受け流され逆側に穴を掘った。
大剣の落ちて来る角度、それに僅かな角度をつけて双剣を当てつるりと滑る。自身の肩の辺りをやり過ごした後微かに外へ押す。その動作が剣先を大きくぶらしこの結果を生む。
何も知らずに見ればアルカドスの剣の腕を疑う状況だ。
「ツカサ、立て」
立てるかとは言わない。ツカサは背後の壁に手をかけ必死に立ち上がった。
「こっちよ!いらっしゃい!」
エレナが息せき切って戻り、ツカサを呼ぶ。その声に引き寄せられツカサはみっともない走り方でエレナの元へ駆け寄った。
流石にエレナの居る方へ魔法を撃つわけにもいかないようで、女性たちは唇を噛み、先程魔法で傷つけられた仲間の元へ向かった。
これでラングは、背中に守るべきものがなくなった。
アルカドスを前に悠然と立っている姿に視線が行く。
ジュマでのアルカドスの評価は最強だ。金級で七十八階層踏破、それだけではなく今までの実績がある。
ぽっと出のラングの身を案じる視線が集中している。
「ちったぁ出来るじゃねぇか」
ラングは片方の剣で自分の右肩をとんと叩き、わかりやすく肩を竦めると左手を前に差し出した。
「御託は良い、来い」
くいくい、と指を曲げて挑発を入れ、ラングはリラックスした姿でアルカドスを待った。
明らかに格下扱いをされてアルカドスの怒りが爆発した。ブチブチと血管の切れる音が聞こえるようだった。
雄叫びを上げながら全力で大剣を振るう。その技巧は決して乱雑ではなく、金級まで上り詰めるだけのものがあった。
ラングはそれを軽やかなステップで避け、マントが掠るかどうかのタイミングで上手く体を捻りそれすら大剣には奪わせない。
徐々に観客が増え店を閉じたはずの店主が出て来て、往来の大立ち回りを円を描いて観戦している。
アルカドスを翻弄するラングに檄が飛ぶ。騒ぎに駆けつけた冒険者たちもその光景にやじを飛ばした。
あまりに防戦一方に見える動きにブーイングも飛んだ。
ツカサはラングの動きをじっと見ていた。
ラングは可能な限り早く戦闘を終わらせることを主体にしているので、ここまで長引くことは珍しい。
もしかしたら敢えて見せられているのかもしれないとツカサは思った。見取り稽古というものがあったはずだ。
アルカドスがさらに怒りを爆発させていく。ぶわっとアルカドスの周囲が歪んで見えた。
「ぶっ殺してやる!」
ぱっとツカサはアルカドスを視た。先ほどは恐怖で良く見えなかったものを視る。
【アルカドス・バロウ(31)】
職業:金級冒険者
レベル:105
HP:740,000
MP:400/1,200
【スキル】
断絶の一刀
威圧
「ラング!」
させちゃいけない!
ツカサが叫ぶ前にラングは地を蹴っていた。
スキルを発動したわずかな隙に一気に距離を詰め、剣を振り上げた。
あまりに強い脚力で飛び出したもので、ラングは器用に体の向きを変え地面に長く線を描きながら止まった。
剣を振り地面に血の跡を残す。
刃先を確認して腰に戻す。
その動作が終わった瞬間、アルカドスの絶叫が響き渡った。
「何があった」
ラングはいつもの様子でツカサに問うた。
ぎゅっと股間を抑え、ツカサはエレナの店を出てからのことを説明した。
エレナはツカサを強く抱き締めた。
「ごめんなさいね、貴方をもっと強く二階に引き留めておけばよかったわ」
「いえ、そんな、もう大丈夫です」
「対人戦闘をさらに鍛えねばならんな」
「そう、だね…」
大剣の腹で思い切り殴り飛ばされあばら骨が折れた感触を思い出し脇腹を撫でる。
大男が蹴りを、大剣を振りかぶる様が恐ろしかった。
「アルカドス!癒し手はいないの!?」
「お前!癒し手でもあるんだろう!?早く治せ!」
【銀翼の隼】のメンバーがツカサに対してわぁわぁ言い始め、序盤から見ていた者は眉を顰め、途中から見ている者はツカサがどうするのかを興味津々で眺めている。
もはや見世物だ。
「どけ!どけって!」
人混みを掻き分けて前に出たのはマーシだ。現場を見てすぐさまツカサとラングのところへ駆け寄った。その後をエルド、カダル、ロナが続いてきた。
「大丈夫か!?すっげぇ泥だらけじゃん!」
「怪我は治したよ、ラングが助けてくれた」
「アルカドスと会ってしまったのか」
「私の店にマチルダ達が来たのよ」
「エレナさんのところか、っくー!タイミング悪かったなぁ!エレナさんは怪我ないすか?」
「えぇ、ありがとうマーシ」
どうやら【真夜中の梟】も知らぬ仲ではないらしく、非常に親し気に会話している。
「ちょっと!聞いてるの!?【真夜中の梟】のロナでもいいわ、早くしてよ!」
金切り声を上げて人手を叫ぶ。あまりのことにちらほらと癒し手らしい冒険者が近寄って行った。
アルカドスはしばらく悲鳴を上げていたがいつの間にか失神し、今はぴくりとも動かない。
「アルカドスはどうした」
「あの、それが」
「ひぃっ!」
うつぶせに倒れていたアルカドスをひっくり返し、癒し手が悲鳴を上げる。
覗きに行ったマーシは股間を抑えて戻って来た。
「ひ、ひでぇ」
ツカサは小さく頷いた。
アルカドスが
いわゆる男性器だ。
斬り落とさないで切り裂いただけなのは、情けなのだろう。きっと。
「無防備なのが悪い」
ラングが悪びれず言ってその場の空気がお通夜になるが、ツカサは自分が遭った目を思えば同情はしなかった。
「これってどうなるんだろう?」
もちろん、この状況のことだ。
カダルは首を摩って難しい顔をした。
「詳しく聞かせてもらえるか」
頷き、先程ラングに説明したことを繰り返す。エレナは自身が【グリフォンの寝床】へエルドたちを呼びに行く前、アルカドスがツカサが死んでも良いように自分勝手なことを言っていたことを話した。
エルドとカダルはそれぞれ苦虫を噛み潰したような顔をして、マーシは自業自得だと言い、ロナは呆れを浮かべていた。
「まぁ、真実の宝玉を使って取り調べればわかることだ。が、ダンジョンのこともある、ギルドからは妥協案を出されると思った方が良い」
「どうせ出て行く」
「そうなんだけどな」
「どこへ向かうのかしら」
会話にエレナが喰い込んできた。驚きつつも当初の予定通りジェキアを目指すことを伝える。
エレナはきつい眼差しで【銀翼の隼】を睨みつけると大きな声で宣言した。
「こんな街で商いを続けるのはもう無理だわ、一緒に連れて行ってちょうだい」
その言葉は上質の石鹸をジュマから奪うことになる。
常連だろう冒険者や住人、商人が言葉を失って立っていた。
ツカサにはなんとなく、エレナがそう言うことでツカサ達に非がない事を証明してくれているような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます