第41話 不運な邂逅


 随分と長く話し込んでしまった。


 昼を回り始め、流石に昼食を頂くのは申し訳なく思って席を立った。


「すみません、長居してしまって」

「あら、いいのよ。スカイの話しを聞いてくれただけで十分。よかったら昼食を召し上がってはどう?」

「いや、そこまでは流石に」


 どうぞ、いやいやそんな、の応酬が始まったタイミングで階下から来客を告げるベルが鳴った。

 それに安堵したり少し残念だったりしながら、エレナがあら、と苦笑するのに同じように返す。

 そもそもクローズをかけてあるドアを開けたのだ、よほど親しい仲だろうか。


「エレナさーん、いないの?鍵開いてるよ?」


 女性の声に思い当たりがあったらしく、エレナは少しだけため息を吐きながら腰を上げ、階下へ声を掛けた。


「個人的なお客様がいたのよ、お帰りなさい」


 二人で階下に降りていけば女性冒険者が二人いた。じろじろと見られたがこれから接客なら立ち去った方がいいだろう。


「エレナさん、ありがとう。時間は掛かると思いますけど、マリナさんには必ず届けます」

「えぇ、お願いするわね」

「なに?届け物?それならあたしたちが行くのに」


 気の強そうな女性がムッとした顔でツカサを睨む。対応の感じからしてやはりここの常連とわかる。


「いえ、この子は隣の大陸オルト・リヴィアまで行くから頼んだのよ。貴方たちはジュマの専属でしょう?【銀翼の隼】のパーティメンバーなのだから」


 どきりとした。避けたいパーティメンバーに会ってしまったらしい。


「そうだけど、こんな子供が海を越えられるの?」

「大丈夫よ、この子だって冒険者だし、それに頼れるお兄さんが居るというのよ。私が信じてお願いしたことを貴方が否定するのは良くないわ、マチルダ」


 苦笑のまま指摘を受けて勝気なマチルダはうう、と口を噤んだ。


「いつもの石鹸を頂戴。ダンジョンから戻って、たっぷり使いたいの」

「はい、はい、じゃあ包むわね」

「アルカドスが待ってるから早くしてね」


 ツカサは人知れず息を飲んだ。

 出ようとドアにかけていた手がそっと引き戻される。

 この木製のドアの向こうに【銀翼の隼】のリーダー、アルカドスがいる。会いたくはない。

 いや、知らぬふりをして横を通り過ぎればいけるか?


「エレナさん、そうしたら、また」


 何度か深呼吸をしたあと、ドアを開けながらそう言った。挨拶をしながら外に出て、そのまま帰ろうと思った。


「えぇ、また。貴方の旅に武運をラクリェール、ツカサ」


 精一杯笑ってドアを閉め、視界の端に映った冒険者へとりあえずの会釈をして道を行く。


「ツカサだと?」


 地の底を響かせるような声音が聞こえて、聞こえないふりをして足を進める。今すぐ走り出したかった。


「おい、お前【異邦の旅人】のツカサか?」


 パーティ名まで言われて背を向け続けるのはダメな気がした。

 覚悟を決めて振り返り、きょとんとした顔を装った。随分引き攣っていたように思う。


「そうです、何か御用ですか?」


 御用ね、と反芻が聞こえたあと、ツカサは内臓に物凄い痛みを覚えた。

 

 ぱきぽき、とあばら骨が簡単に折れ、先程ご馳走になったチャイが胃液と共にぶちまけられる。

 地面をバウンドして転がったあと、体中のあまりの熱さに苦鳴も上げられない。


「こんな雑魚が、原因を解明した内の一人だと?」


 ざ、ざ、と近づいてくる足音がする。治さなければ、治す。

 ぱあ、と光が走り骨が元の位置に戻る。痛めつけられた内臓の熱と痛みが引いて、それでもショックを受けた体に起き上がることを上手く伝達ができない。


「ほう、なかなかの癒し手か。だから行けた?」


 目の前に来た靴を見上げる。

 ツカサを見る目はプライドを傷つけられた男の眼だ。赤髪と、肩の向こうに剣の柄が見える。


 アルカドスだ。


「なんの騒ぎなの!」


 ざわざわと商店が扉を閉め、商人が、買い物に来ていたジュマの住人が悲鳴を上げ、エレナも飛び出してくる。


「アルカドス!何をしているの!」

「よう、エレナのババア、うちのパーティメンバーの買い物をさっさと済ませてくれ」

「やめなさい、あぁ、ツカサ」

「おっと、寄らない方が良いよエレナばあさん」


 アルカドスと共に外で待機していた男は本気で心配しているらしく、駆け寄ろうとするエレナを抵抗できない程度、それでも痛くはないように留めている。


「その子にこれ以上怪我をさせてごらん!二度とあんたたちには石鹸を売らないよ!」

「そうか、じゃあしょうがねぇ、マチルダ、ミリアム、別の店で買え」

「アルカドス!」


 女性たちは悲鳴を上げたがリーダーの決定には逆らえないのだろう。

 なんでお前が居たんだ、と言いたげにその恨みがツカサに向く。


「おい、ガキ。カダルがお前らをスカウトしたって言うのは本当か?」

「あぁぁっ痛い!」


 髪を掴まれて顔を上げさせられる。まとめて掴まれると髪は抜けにくく千切れにくく、引っ張られる頭皮が痛くて堪らない。

 髪を掴む腕を掴めば振り払われてその動作でまた地面を転がった。

 耳の近くで聞こえたぶちぶちという音が気持ち悪い。じんじんと痛む頭皮をまた癒し、近づいてくる足音に喉がひっ、と鳴った。


「こんな雑魚が、カダルのスカウトを受けたぁ?こんなクズが、原因を解明しただと!?」

「ひっぃ、防げシードゥ!」


 蹴りの予備動作に咄嗟に唱えた。

 ガシィン、と受け止めた音がして、盾の向こうから舌打ちが聞こえる。


「大方アイテムにも助けられたか?」

「アルカドス!いい加減にしなさい!」

「うるせぇババアだな、テメェの店もぶっ潰すぞ!」


 怒号がびりびりと周囲を巻き込んで腰を抜かす住人たちが這う這うの体で逃げて行く。

 ツカサの顔は痛みと恐怖に涙と鼻水ですでにぐちゃぐちゃで、視界が歪んでいる。ヒールによって治されて痛みは引いてはいるが、精神的に受けた痛みまではすぐに治らない。


 アルカドスは鼻で笑うと背中の大剣を手に持った。


「いつまで耐えられるか見てやるよ」

「アルカドス、流石に殺すなよ。それは罪になる」

「なぁに、簡単なことだ」


 大きく振りかぶってアルカドスはよく響く大声で言った。


「こいつが、この盾を壊してみろと俺をけしかけた。そうだな?」


 パーティメンバーは肩を竦めた。周囲で怯えている人々は見ているだけしか出来ないようで、中には小さく頷く人もいた。


「少しだけ、少しだけ耐えなさい!」


 エレナが自分を抑える男の頬を張り、抜けた腕から走り去っていく。

 

「だとよ、頑張れよ」


 にやぁ、っと笑ったその顔が、愉悦に歪んでいることだけはわかった。





 ガィン、ガン、ゴン、と盾を叩く音がこだまする。

 ツカサは必死で魔力を展開して高速で振り下ろされる大剣が盾を抜けないように堪えた。

 隙をついて駆け出せば背中から一刀両断されるだろうことも、その大剣から逃れたところで逆恨みをしている女性たちが魔力を練っていることから、横から撃たれるだろうとわかる。


 なら、エレナが何をしに行ったかは知らないが耐えるしかない。


「しぶてぇな」

「手を貸そうか、アルカドス」

「あん?お前もやりたいか」

「いやいや、そこから追い出すだけだ。横はがら空きだからさ」


 エレナを抑えていた男がナイフを手に横へ回り込む。

 斥候なのかナイフをくるくる回しながらツカサの横に立ち、道化師のように指の間に挟むと回転をつけて投げつけた。

 咄嗟に盾とは逆の手をそちらへ向けて風魔法を撃つ。反撃があると思わなかったらしい斥候の男は、吹き飛ばされたナイフに目を開いた後、風圧を感じ即座に避ける判断をした。

 それでもツカサの魔法の方が速かった。男は肩を切り裂かれて血をまき散らし、地面を滑って後ずさった。


「こいつ!魔導士か!」

「よくもやったわね!」

「許さないわよ!」


 そもそも最初に難癖をつけてきたのはそちらじゃないか、とか、痛めつけて来たのはそちらじゃないか、とか、ツカサは叫びたかった。

 気を抜けば殺されてしまう恐怖にそれどころではなく、ひたすら魔力を溢れさせた。


「いい加減にくたばってもらうぞ」


 みち、とアルカドスの体から音がした。

 本能的に【鑑定眼】を発動すればアルカドスのスキルが見える。


 【断絶の一刀】という文字が光っている。

 恐らくそれだろう。

 ツカサは盾が意味をなさないことを何故かわかった。断絶というからには盾すら存在を失くされてしまう気がした。

 動かなければ、死ぬ。


 こんな一方的で暴力的なものがあるだろうか。


 俺が何をしたというんだ。


「ツカサ!」


 ツカサがせめてもの抵抗で魔力を強く込めて盾を強化した時、聞き覚えのある声がした。


 常に足音なく歩いているあの人が、大きな足音を立てて強く地面を蹴り、なりふり構わず全力疾走をして駆けつけてくれた。


 なんだかそれだけで安心してしまった。

 

 

 ツカサは振り下ろされる一刀に強く目を瞑った。



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