第35話 銀翼の隼


 ダンジョンに入って何日が経っただろうか。

 日の出入りはあるので日数はわかるが、誰かがそれを記帳していなければ日付は狂っていく。


 延々と続く草原、延々と続く砂漠、延々と続く森。


 どの道が正しいかもわからず、がむしゃらに前に進む。

 どうにか癒しの泉エリアに辿り着くことが出来て全員が座り込む。泉に顔を突っ込んで水をがぶ飲みしようとして止められる奴もいる。それは盛大なマナー違反だ。

 コップを渡され何度も何度も掬って口に運ぶ。


「アルカドス、そろそろ食材がもたない。ここいらでマッピングを終わりにして上に戻ろう」


 パーティメンバーがアイテムバックを確認し、リーダーに報告する。

 【銀翼の隼】のリーダー、赤髪の男はくしゃりと髪を混ぜた。横に置いた大剣は大柄な体格に釣り合うようにかなりの大きさで鞘はなく剥きだしだ。


「もう何日もつ」

「あと一日だってもたないよ、アルカドス。それに、ただでさえ切り詰めてるんだ、体力も限界だ」


 アイテムバック係のメンバーが言うのは事実だろう。

 途中から魔獣が現れなくなったのはいいが、その分食料の調達が出来ず空腹の時間が増えていた。

 軽装の斥候や遊撃手は良いが、アルカドスのような大剣を扱う剣士や大盾を持つタンクは体力を奪われていた。

 魔導士や癒し手はそもそも体力が無い方なので論外だ。


「今回はここまでか」


 大したものは見つけられなかった。癒しの泉を二カ所見つけられたのは僥倖、ギルドに報告すれば確認され次第報奨金が出るだろう。

 だが、クランを組むためにばらまいた金額には到底届かない。

 78階層踏破で得た金は、外聞もあるので生き残った他のパーティにもある程度分けた。手に入ったアイスドラゴンの鱗は数も少なく、これだけは配らないでおいた。

 ギルドに買い取りを依頼した分がそろそろ金になっているだろうか。数枚は装備に出来るならしておけば、何かの役には立ちそうだ。


「一度外に出て休むぞ」


 アルカドスの言葉にあからさまに全員がほっとしていた。強行軍で来た79階層はなかなか厳しい物があった。

 本来なら一週間や十日ほどの短い期間を繰り返して探索を進めるのだが、もうどれだけ入っていたかわからない。

 エリア的にも草原、砂漠、森が交互に広がっており、気温差が急に変わるので体温が狂いそうになる。そんな階層だった。


「皆揃っているな」


 どうにか立ち上がった全員で輪になり、アルカドスが唱える。


帰還するリルヴニア


 一瞬体が浮いた感覚になり、次の瞬間には外に居る。

 燦燦と照り注ぐ本物の太陽に体が脱力していく。外に出たのだ。


「アルカドスさん!」

「【銀翼の隼】だ、戻った」

 

 いつもの帰還時の声掛けだ。周囲を見渡していつもと違う様子に気づく。


「これはどういうことだ?」


 屋台は片づけられ、代わりに天幕が建てられている。

 周囲にはベテラン勢の冒険者と自警団がまるで見張りのように立っている。


「【銀翼の隼】が入った後、ダンジョンに異変が起こりまして。現在は最終確認中です」

「ジルか」


 カウンター統括のジルの声にアルカドスは大きく息を吐いた。


「詳しい話しを聞くのは俺だけで良いな?パーティメンバーを休ませてやりたい」

「それはもちろん。どうぞこちらへ」


 パーティメンバーは天幕へ、アルカドスは集会所へ案内をされた。

 中で温かい茶を飲み、湯で温めた布を渡される。

 火傷をしそうなほどに熱かったがそれで顔を首を拭う。あっという間にどろどろに汚れた布を端に置いた。それだけで随分さっぱりした。一頻り落ち着くのを待ってくれていたジルに視線をやる。


「すまんな、気遣い感謝するぞ。だが一体どういうことだ?」

「まずお伝えしておきますが、【銀翼の隼】に咎めは一切ありません。その上でお聞きになってください、アルカドスさん」


 含みのある言い回しに眉が顰められる。アルカドスは尊大に顎を上げて続きを促した。


 ジルが言うにはこうだ。

 【銀翼の隼】が七十八階層をクラン踏破したことで、ダンジョンのルールから逸脱してしまいダンジョンがおかしくなった。現在ダンジョンは閉鎖中。

 その原因を解明したのが【真夜中の梟】であること。ダンジョンが元通りになるのが今日のため、確認に来ているのが今なのだという。


「本当は私も入る予定だったのですが、【真夜中の梟】とギルマスが中に入っています」

「ジルは何故残った?」

「入り口に魔獣が溜まっていて、戦闘のできない私が入る訳には」


 ふむ、とアルカドスは椅子に寄り掛かる。


「しかし、ダンジョンのルールから逸脱、とはどういうことだ?聞いたこともないが」

「今回のことでボス部屋攻略に人数制限があったことがわかったんです」

「詳しく聞けるか」

「はい、もちろん」


 ジルは【異邦の旅人】から受けた報告を手元の資料を見ながら説明し、最後に改めてルールを知らなかった【銀翼の隼】に非はない事を伝えて締めくくった。

 非はないのだと言われていなければ落ち着いて聞いていられなかった話だった。

 アルカドスは攻略したことを後悔はしていないし、取った手法も悪いとは思っていなかった。

 ダンジョンなのだ。生き死には日常茶飯事、利用し利用され死ぬならそこまでの話しだ。


「わかった、とりあえず俺たちが何かしなければならないことは、何もないんだな?」

「そうです」

「それならしばらくはゆっくりさせてもらおう」

「その方がよろしいかと」

「どういう意味だ」


 ジルは何とも言えない苦笑を浮かべ、声を潜めた。


「クランを組むことを認めたのはギルドです。ですが、結果それがダンジョンの異変を引き起こしたとあって、それなりに噂されています」

「クソが!」


 バンッ、と強い音を立ててテーブルを殴りつける。


「何がルールから逸脱だ、ジュマのダンジョンが見つかって五十年、七十七階層踏破から時間が空いて、ようやく七十八階層が踏破されたんだろうが!それの何が悪いって言うんだ!」


 物音と大声に外に出ていた自警団と冒険者が慌てて入り込んでくる。中の様子におろおろとジルとアルカドスを見遣る。


「誰も悪いとは言っていません、アルカドスさん。ただ、今回のことでわかったことがあった、というだけであって」

「胸糞悪い」

「気分を害したのなら謝ります。街にいなかったおよそ二ヶ月で色々あったのだと、お伝えしたかっただけなのです」


 宥めるように声を掛けるジルに対し、ふん、と荒い鼻息を吐いてアルカドスは椅子を蹴飛ばし集会所を後にした。

 二ヶ月前に七十八階層を踏破して戻った時にはもろ手を上げて歓迎され祝福され称えられ。犠牲はあったものの誰かが踏破できるのだ、見つけたのだと実証されたことを街全体で喜んでいたというのに。

 掌を返すような反応が待っているだと?


「許さんぞ」


 俺の栄光は常に輝いていなくてはならないのだ。


「アルカドス!聞いたか?」

 

 テントへ入っていたはずのパーティメンバーが駆け寄って来る。その表情は不安に染まっていた。


「ねぇ、今聞いたんだけど、クラン攻略だめだったの?」


 そちらでも話題になったらしい。アルカドスは盛大に肩を竦めて見せた。


「ギルドが許可したことだ、俺たちは七十八階層踏破の結果を出した。その後のことは知ったこっちゃねぇだろ」

「知らなかったしな」

「そうだ」

「でも、食糧事情が大変だったみたいだよ…?」

「そんなもん、休んだ後に狩って狩って狩りまくれば良いだろうが」


 顔を見合わせ、ようやく肩から力を抜く。


「そうだね、そうしよう。早く拠点に帰りたいな」


 そうだな、と返して幌馬車の場所へ行く。

 ギルマスと【真夜中の梟】がダンジョンの中でどうしているかは知らないが、責任は無いと言われたのだ。関係はない。


「戻るぞ」


 疲れた。今はもう横になりたい。ただそれだけだった。

 





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