第36話 確認の終わり


 二週間が経った。

 ここに来てから半年以上一年未満。まだ少し慣れないがこの世界では一週間が六日、ダンジョンから出て十二日目に再びダンジョンに来ている。

 ちなみに一年は故郷と同じく十二ヵ月だ。


 魔獣避けのランタンで蓋をしていた一階層はまた魔獣だらけになっていたので、戦闘の出来ないジルは外で待機となった。

 通りすがりの金級のパーティが一度間引きをしていなければ危なかったかもしれない。

 ギルマスが見たいというのでツカサは師匠ラングから許可を得て、風魔法で通路を一掃した。

 討ち漏らしはまたラングが通路を駆けて行って綺麗にとどめを刺した。魔法の風に乗って魔獣の生死を見極める芸当に二回目だが驚く。

 ギルマスは顎に手を添え、魔導士に変更しないのかと聞いて来た。はっきりと断っておいた。

 一階層を順調に進みボス部屋へ辿りつく。ここにいるのは大量のスライムだ。

 エルドが先頭に立ちドアを押す。カダルが中を覗き見て、安全が確認できたサインを送って来る。


「大丈夫そうだ」


 一階層のボス部屋にうようよぷるぷる、スライムが大量に沸いていた。それはツカサも当初見た光景だ。


「一安心だな、あとは冒険者たちが各階層進みながら確認を」

「する必要もないと思うぞ?私が直したからな」


 優しい声が聞こえて全員が振り返る。

 ツカサの肩に手を置いて、ラフな格好の時の死神トューンサーガが笑みを湛えて立っていた。

 ラングは気配がないセルクスに反応出来ないのが悔しかったらしく、双剣に手をかけている。


「貴方が、神だろうか?」

「不肖ながら」


 神としての尊大さはなく、そこに居るのはただの人のように思えた。何せ返答が逐一人間臭いのだ。それでも異質なものは感じるらしくギルマスは姿勢を正してから深々と頭を下げた。


「この度は御助力頂き、感謝致します」

「構わんよ、丁度手が空いていたのと、面白そうだったのでね」


 ちらりとセルクスの視線を感じ、ツカサはそちらを見上げた。目が合えばにこりと微笑まれる。


「ダンジョンの修理に伴って、いくつかの層のボス部屋を攻略させてもらって楽しかったよ」

「それは、ようございました」

「得たものはツカサに渡そうと思うが構わんな?」

「貴方様の物ですから、ご随意に」


 ギルマスの言葉に満足げに頷いて、セルクスはツカサの肩から手を退けた。


「手を出しなさい。使い方は好きにすると良い」


 言われ、手を出し空間収納を開く。七十五階層ボス部屋であったように、セルクスが横笛を振ると何もないところから財宝が現れ、するするとツカサの手に収納されて行く。

 【真夜中の梟】は一度見ているので驚いてもいないが、ギルマスは目を丸くしてそれを見ていた。白金貨や金貨、色とりどりの魔石がちらほら、何やら武器防具らしきものも見えた気がした。

 最後にチャリンと音を立てて金貨が仕舞われセルクスの手がとんと乗せられる。


「あの、なんでここまで」


 良くしてくれるのか、と。ツカサの疑問にセルクスは穏やかに微笑んでいるだけだ。それどころか全く意味の分からない言葉を投げかけて来た。


「困りごとがあるのではないか?君が嫌でなければ私としては言うことでもないのだが。ラングは使い方に思い当たりもあると思うのだがね」


 視線が一度ラングへ向いた。双剣に手をかけたままのラングは微動だにしないが、やがてその手をゆるりと離した。

 今の間でどんなやり取りがあったのかがツカサにはわからなかった。

 再び質問を投げかける前にセルクスは言葉を紡いだ。


「さて、私はここで失礼するとしよう。こう見えて非常に忙しい身でね」


 ツカサ達から離れ横笛を振る。大鎌が現れ、セルクスの衣装が荘厳なものへ一瞬で変化した。


「また会おう、ツカサ、ラング」


 永遠の別れではないのだろう。親し気な声で呼ばれ、ツカサは頷いた。

 ラングは沈黙を守っていたが、僅かにシールドが下がったことから黙礼で返したのだろう。

 ダンジョンの中にふわりと風が流れてセルクスの衣服が揺れ、光のしずくを残して姿が消えた。ギルマスは膝を突いて祈りの姿を取り、しばらくして立ち上がった。


「ギルドに戻り、報酬を支払おう。感謝するぞ【真夜中の梟】及び【異邦の旅人】」


 マーシが自慢げに笑いロナがほっと息を吐く、エルドとカダルが拳を合わせて任務完了を喜んだ。

 手っ取り早く帰還石で外へ戻りジルを探した。


 


「なに、そうか、【銀翼の隼】が戻ったか」


 地上に戻って早々ジルから受けた報告にギルマスは眉間を揉む。

 事態の説明は既に済んでおり【銀翼の隼】は少しの間休養を取るという。咎めは無いとはいえ、攻略したことの功績がひっくり返されることに不平不満を零していたそうだが、態度はさておき実力はあるメンバーだ、巻き返しは早いだろう。

 飲食店や食糧品店、ジュマの街そのものがダンジョンに依存が大きかったためにしばらく視線はあるだろうが、結局それら持ってくるのは冒険者なのだ。やがて終息する。


「【真夜中の梟】は今は会わないようにすべきだろう、アルカドスはエルドを目の敵にしているからな」

「そうなるだろうなぁ」

「俺たちも休憩するんだろ?だったらさ」


 マーシが全員の前に出て通せんぼして胸を張って叫んだ。


「ツカサとラングと一緒にジェキア行こうぜ!」


「いいかもしれない」


 いつもは止める立場のカダルが真面目に考え込んでいる。

 エルドが驚いてカダルをまじまじ見て、その後ぱっと破顔した。


「そうだな、懐もあったかいし一旦離れておくのもありだな」

「嬉しいです!僕も孤児院に寄付をしたいですし、賛成です!」

「ジュマの専属は離れてくれるなよ?」


 【真夜中の梟】の反応に不安になったギルマスが釘を刺すが、当のメンバーはあっけらかんとしているものだ。愛着があるからいるのであって上手くいかなければ街を離れる、そんな自由な不安定さも冒険者なのだ。

 少なくともエルドたちはジュマを完全に離れるつもりはないらしく、ギルマスとジルを安心させるような言葉はきちんと伝えていた。

 ジュマの街に戻ってギルドで報酬をもらい、宿でそれを等分にする。

 原因を解明したとの結果を踏まえて白金貨百枚を各パーティ五十枚ずつ。もはや今回のジュマで手に入れた金額がいくらかを把握しきれていない。

 初めて稼いだ大金であることには変わりないが、マブラで預けた十万四千リーディが端金に思えて来る。

 ラングは一言、無駄遣いするなよと言って白金貨三十枚をツカサに渡した。十枚は貯金の分なので改めてギルドで預金しないのかと問えば、空間収納があるなら必要ないとのことだ。

 ダンジョン前に預かっていたものと合わせて、空間収納内で混ざらないようにした。


 それから、セルクスがツカサに渡した財宝の白金貨と金貨は、ジュマの街の再建の補てんにと差し出した。ギルマスは神からの賜りものに手を付けることに怯えて居たので、余裕ができたらツカサの口座へ少しずつ返済をお願いした。

 白金貨百枚と、金貨百五十枚。


「渡した報酬よりもでかい金額だぞ、立つ瀬がないが正直ありがたい」


 深々と頭を下げられてツカサは慌てたが、その後ラングが何かを耳打ちしてギルマスは頷いていた。

 装備はそのまま持っておくことにした。時間を見つけて鑑定を行なわなくては。


 ようやく全ての手続きが終わった。大して疲れてはいないはずなのに気疲れが酷い。

 定宿に戻った後【真夜中の梟】に夕食を誘われたが、テイクアウトで食べる為断った。ここしばらくラングと二人で過ごす時間もなかったので久しぶりだ。

 西通りを行きながら目に付いたものを買い込んだ。串焼きのソーセージ、芋を蒸かして塩っ気のあるバターを乗せたもの。川魚の焼き物、羊肉の香草焼き、野菜たっぷりのミルクシチュー。鍋で渡されたものは宿を伝えておけばあとで回収してくれる仕組みだ。

 たくさん抱えて帰ったツカサとラングに宿の女将は笑ったが、鍋の返却は快く引き受けてくれた。

 食事のマナーを大切にするラングは食事中の談笑をしない。ある程度食事が終わってお茶を飲みながら話すことが多い。

 ツカサは久々の二人きりに少しばかりはしゃいで、ダンジョンの振り返りやジュマの今後、ジェキアまで【真夜中の梟】と共に行けることを喜んだ。

 マーシの発言のあとラングは好きにしろと言っただけで言葉を留めたが、否定をしなかったので【真夜中の梟】はラングのお眼鏡に適っていたのだろう。


 夕方、早めにとった夕食は日が完全に沈む前に落ち着きを見せた。ラング手作りのハーブティーで口をさっぱりさせ、少し街をぶらつこうかとツカサは窓の外を見遣る。


「困りごとがあるだろうとセルクスが言ったな」


 不意に声を掛けられて振り返ればラングが真っ直ぐにツカサを見ていた。


「うん、言ってたね。詳しく聞く前に帰っちゃったけど」

「あの女のことだろう」

「あぁ、でもあれはギルドが面倒を見てくれるんでしょ?」

「提案がある。あまりさせたくはないのだが」

「なに?」

「お前の【変換】をあの女に使えないか」


 一瞬、言っている意味が分からなかった。

 

「どういうこと?」

「あの女の性格を変える」


 少し暗くなって来たのでラングが机の上にランタンを出した。ぱ、と部屋の中が明るくなりツカサの影が伸びる。


「同行はさせられないが、ここであいつが生きやすくすることはできる」

「【変換】はものに対してのスキルだから、そんなこと」

「出来るだろうな」


 何か確信があるのだろうラングの声に、ツカサは緊張から拳を握った。


「セルクスからお前のスキルについて、聞いている」


 ぎょっとした。

 一体いつセルクスと話す機会があったのだろう。ツカサの視線にそうした問いを感じ取ったのか、ラングは先ほどだと答えた。

 思えばほんのわずかな違和感ではあるが、ラングが剣を納めるまでのあの一瞬、もしかして時が止まっていたのだろうか。


『ツカサ、生き方の問題の話しをしよう』


 スムーズに話すためにラングが故郷の言葉を口にする。

 ハーブティーのせいだろうか、口の中がかさりと乾いている気がした。


 

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