第34話 対処


 まずはギルドマスターの部屋で詳細を話すことになった。


 時の死神トゥーンサーガと言われてもピンと来ないギルマスとジルに、繰り返し話しをした。

 カダルやエルドも見たものをそのまま語ってくれたが正気を疑われ始めたので、最終手段でツカサのスキルを公開する羽目になった。

 【変換】を用いて日本語から公用語に変え、絶対に言わないこと、言いふらさないことを契約し見せた。

 

 ツカサのステータスを見てギルマスは絶句し、ジルは職業を直しますか?と尋ねて来た。

 教会のことも面倒なので職業は短剣使いのまま、ランクは銀に昇給してもらえた。

 等級はラングと並び、称号欄にはどれを入れるかが選べたのでドルロフォニア・ミノタウロスを入れようとしたら、カダルから全力で止められた。


「自分の首を絞める行為だ、やめておけ」

「え、でも」

「力を誇示したくなるのは男のさがだし気持ちはわかる。だが、街に入る時にその称号は見られるんだ。見た目よりも力があって、魔獣を倒せるとなれば面倒ごとを歓迎しているのと変わらないんだぞ」


 あ、と間抜けな声が出た。


「ラングほどはっきりと断れたり、力に物を言わせられればいいが…。お前、無理だろう」


 エルドにもそう言われ、小さく頷いた。

 故郷で未成年として過ごし、ここでは一人の人間として扱われているが気持ちの部分の成長はどうしても追いついていない。

 それに、異世界に憧れていたのだ。頼られ持ち上げられれば任せろと言ってしまう可能性もある。


「まるで私が問題あるみたいだな」


 ラングが言い、エルドとカダルは両手を挙げた。ロナとマーシが楽しそうに笑っている。

 

「あぁ、すまない、ようやく受け止められた」


 【真夜中の梟】と【異邦の旅人】がわいわいやっているそばで、ギルマスとジルは今見たものと神が居るということとその他諸々をどうにか消化していたらしい。

 

「時の死神、か、しかし死神と名乗るが死神ではないと」

「死んだ奴誘うだけで刈り取るわけじゃないって言ってたな」

「とても死神とは思えないお人だそうで」


 ロナとマーシが、ね、そうそう、と顔を見合わせて笑う。仲の良い兄弟のようなパーティなのが【真夜中の梟】だ。

 ギルマスが深く椅子に座り込んだ。


「パーティの人数は四人が推奨というのは、真実だったのか」

「単純にバランスが良いからかと思っていました。それに、私はラングさんとツカサにボス部屋攻略に人数上限はないとお伝えしていた気がします。申し訳ありません」

「それは、今回のことがなければわからなかったことだから、大丈夫」


 ジルが深々と頭を下げたので慌ててツカサはその肩を宥めた。

 謝り倒したジルが椅子に座り直したのは五分後だった。


「十年前にジュマで起きた迷宮崩壊ダンジョンブレイクは、もしかしてそれだったのかもしれないな」


 もうすっかり眉間を揉むのが当たり前になってしまったギルマスは、立ち上がると一冊の本を持ってきた。

 それにはジュマの攻略した時期や、踏破したパーティ、冒険者の名前が記載されている。

 最初の年はどんどんと踏破されて行き、攻略が進むに従って街は大きくなっていった。やがて広大なエリアが広がっていることがわかり、攻略の速度は落ちた。たっぷりな資源をもたらしてくれたダンジョンは十分に時間をかけて攻略できるものでもあった。

 ある時、今から十年ほど前、あるパーティが攻略者を集いクランを組み、ボス部屋に挑んだ。

 人数は半数を犠牲にして攻略が出来たが、その一カ月後、突然迷宮崩壊ダンジョンブレイクが起きたという。


「あのとき俺は中堅の冒険者でな、ジュマの防衛に当たっていたんだが酷い物さ」


 ダンジョンの洞窟から噴き出るように魔獣が溢れ、木々が薙ぎ倒され人が喰われ殺され、意味も分からず対処に追われた。

 ギルマスはそこで仲間を失い、疲れ果てたのだという。冒険者を辞し、ギルドに与して今はギルマスだ。


「ヴァロキアの王国軍も出動する事態になってな、駆けつけて来るまでの二ヶ月が地獄だったよ。食料は魔獣肉、畑は荒らされて野菜は取れず。武器は摩耗していってなぁ」

「当時は結局、半年ほどかかって魔獣の数が減り、最終的にダンジョンから出なくなったので終息したんですよね」


 ジルも右上を眺めながら思い出しつつ最後を締めくくった。


「しかし、そうか、ダンジョンの防衛機能か。生きものだと思ったことがなかったからな」


 ギルマスは改めてダンジョンへの認識を変えたのだろう。


「さて、ダンジョンのことはわかった。二週間後に確認をすれば良いこともわかった。もう一つの問題を片づけたい」


 全員が嫌な顔をした。

 ジルはこほんと咳払いをして別の紙を取り出した。


「えぇ、と、ミラリス、という女冒険者のことなのですが。この方が、あの」

「何言ってるかわからない?」

「えぇ、まさしく」


 ツカサはラングをちらりと見た。カダルとロナとも視線が合う。

 誰一人として労力を使いたくないというのがわかる。


「あー、ギルマス、ジル、正直な、あいつがダンジョンで倒れていたから少し話しただけで、俺たちは全く関わり合いが無いんだ」

「ラングのことにしても、目を覚まして気が動転して、なんだかよくわからない思い込みをしているようなんだ」


 エルドとカダルが予め決めていた文句を言う。

 よくあるだろう、ダンジョンで正気を失うなんてこと、と。

 一瞬、それで納得されかけたがギルマスは首を振り正気に戻ってしまった。


「だが、言っている地名や大陸名にまるで覚えはないが、あいつが話すラングのことだけは嫌に具体的だったんだぞ。知り合いか?」

「知らん」

 

 問われ、ラングは思い切り舌打ちをした。

 【真夜中の梟】【異邦の旅人】どちらもギルドに対処を求め、ギルドはまるで生きる時代が違うかのようなミラリスに困惑を極めていた。

 正しくは世界が違うのだが、先程神の登場に様々な精神的負担を強いられた二人がどう出るかがわからない。

 ミラリスの方に理解力があればいいのだが、ラングがいたことでここを自身が居た場所と誤認をして、きっと恐らくその認識は変えられないだろう。変えるための労力を使うのもごめんだ。

 あの短時間で嫌という程疲れたので同行も絶対に嫌だ。


「あの人はツカサの武器を奪い、僕やツカサを殺そうとしたんです」


 あのロナが底冷えのするような声色で呟いた。


「もしかして、ギルドはそう言ったことには目を瞑り、訳がわからないからと被害者に押し付ける魂胆ですか?」

「ロナ…?」

「僕は通りすがりの金級の方のおかげで命拾いしました」


 ゆらりとロナが立ち上がってギルマスを見据えた。


「とは言え、された事実と死にかけた経験は消えません。【真夜中の梟】も【異邦の旅人】も、絶対に、二度と、あの女とは関わり合いたくないんです」


 普段の物静かな様子からは想像もつかないロナの剣幕に、ジルでさえ目を丸くして言葉を失っている。

 ギルマスがしばらく黙ったあと、眉間を揉みながら頷いた。


「わかった、わかった。ロナ本人の証言も、あの女の『短剣を借りたらいきなり風が起こってびっくりした』という証言も、ツカサからしたら強奪だったことも、わかった」


 貸していないし無理矢理奪われたものだ。ツカサがむっとしたのをギルマスが手で制し、わかっていると苦笑した。


「ギルドの法で裁くとすれば、あの女、ミラリスはギルドカードを失効処分にし再発行には観察期間と検定が必要になる。だが、問題はギルドカードの種類が違うということだ」


 そういえばラングもそれで身分証にならないからサイダルで作ったのだった。

 これはまた隣の大陸オルト・リヴィアに擦り付けるしかないかもしれない。


「ギルドカードは隣の大陸オルト・リヴィアの物なのか?」


 沈黙。

 ツカサの沈黙は幼いころからこちらにいるので知らないだろうと判断され、ラングの沈黙は関わり合いたくないからだと思われ、カダルとロナの沈黙は真実を知っているからだ。

 エルドとマーシはとにかく黙っていろとカダルに言われているのできゅっと唇を結んでいる。


 膠着状態が続き、折れたのはギルド側だ。


「わかった、どうにかしよう。ただそれも二週間後ダンジョンの正常化を確認してからだ」


 報酬の一部として対応も担うらしい。特に異論もないので全員が頷く。

 それ以上の会話はないらしく解散を言い渡され、【真夜中の梟】と【異邦の旅人】は【ガチョウの鍋】へ移動し、昼を取ることにした。


 以前のように二階の席へ通され、以前のようにコースを頼む、椅子にもたれかかる。


「なんだろう、すごい疲れた」

「あぁ、本当に」

「なんなんでしょうね、この倦怠感」


 どっと疲れた、が合う状態だった。


「やめやめ!もう解決するし、考えることをそもそもやめよう!酒飲もう!酒!」

「今日は止めないさ」


 マーシが階下へ酒を注文し、カダルは机に突っ伏したまま手をひらひらさせた。

 

 離れて関わらないようにしているというのに、ここまで人を疲れさせることがあったのか。

 ツカサは自分がそうならないようにしようと心の中で誓った。



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