第33話 報告 ―ジュマ―
ダンジョンから帰還して二日後、宿にギルドから人が来た。
宿の庭で鍛練をしていたところへ声がかかり、軽く汗を流して着替える。
魔力の服はさらりとした肌触りで心地良い、故郷で着たことはないが少し分厚いシルクのような感じだ。決して弱い布ではないが、厚くも薄くもなく、熱くも寒くもない。快適で不思議だ。
それに常に魔力が満ちていて体が軽い。魔力はそういった効果ももたらしてくれるらしい。
ラングはいつもの装備だ。
一階で【真夜中の梟】と待ち合わせてギルドへ向かう。道すがら顔見知りになった商店の人から声をかけられ進捗を聞かれる。エルドはギルドからの発表を待ってくれとだけ返していた。
一人一人に対応するには手が足りず、ギルドからの発表である方が一貫性があるからだ。
ギルドに着けばそこで待っていたのは冒険者たちだ。ギルドカウンター前を埋め尽くすのではないか、というくらいの人数が詰めかけていた。
それでも【真夜中の梟】と【異邦の旅人】が入るスペースはきちんと開けてある。
まるで演劇のホールに居るかのような変な気分になった。
「すまないな、本来ならこちらから出向くべきなんだが」
階段の上、二階の手すりからよく通る声が響く。
壮年のしっかりとした体型の男性だ。その顔は寝不足と疲れで非常にくたびれて見えた。
「ギルマス、随分寝てない顔だな」
「あぁ、エルド、君たちの苦労ほどではない。それに、おかげ様で昨日は一日眠れたよ」
「ギルド自体を閉めてたと聞いた、倒れた職員はいなかったか?」
「正直に言えば、いた。だがよく耐えてくれたさ」
ぱらぱらと気まずそうな顔をしている冒険者がいる。その人たちが迷惑をかけたのだろう。
「さて、皆知っているだろうが改めて挨拶をしよう。ジュマのギルドマスター、モーリス・アルバネだ。今回は七十八階層踏破によりジュマのダンジョンが狂った。それは周知の事実だな?」
まるで演説をするかのようにギルドマスター・モーリスが話す。
おう、知っている、【銀翼の隼】はどうした、など、冒険者から声が上がる。
一頻り出たところでモーリスが手を上げて制する。
「七十八階層で何があったのか、どうしてダンジョンが狂ったのか、その調査を引き受けてくれたのは【真夜中の梟】と、彼らから要請を受けた【異邦の旅人】だ。彼らは結果を持ちかえってくれた」
ギルマスの言葉にざわめきが広がる。
「【異邦の旅人】?なんのパーティだ?」
「ずいぶんヘンテコな格好してやがるな」
「しかも一人はガキじゃないか」
ギルマスの横にジルが立ち、ぱんぱん、と手を叩く。
「お静かに。【真夜中の梟】が援護を要請するほどの方々なのだということです。カダルさんが自らスカウトに行った、と言えば納得されますか」
ざわめきが起こったり静まったり忙しい。
ツカサは周囲を見渡して好奇の眼差しに居心地が悪くなってくる。
『堂々としていろ。お前はお前の手で一頭倒しているんだぞ』
ドルロフォニア・ミノタウロスを氷魔法で仕留めたことを思い出す。ラングが先陣を切ったが、トドメは確かにツカサなのだ。
言われ、ぐっと姿勢を正し、顎を上げ、胸を張った。それだけで先ほどよりも強くなった気がした。
「さて、エルド。すまないが報告をもらえるだろうか。書記はジルにさせる」
「了解、あー、カダル」
「はぁ…、俺から報告しよう」
「はは、任せるよ」
カダルが一歩前に出る。
共にダンジョンに入ったからわかるが、エルドは人前に立つのは苦手でこういうシーンではカダルが仕切ってくれる。決断はエルドが責任を担う分、役割分担がしっかりしているのだ。
「俺たち合同パーティは一階層の掃除を終えて七十四階層から攻略に入った。魔獣避けのランタンを使用しながら進めたのでスピードはあった」
カダルは七十四階層の状況を話し、そしてボス部屋の内容を語りだした。
時折マーシが興奮した様子で合いの手を入れ、それはまるで劇の一幕のようだった。
七十四階層で八十六階層のボスが出た時、ラングの機転でまずは一撃喰らわせられたこと。ただ、どのような一撃だったかは詳細を省いた。それがイレギュラーな状態であることをカダルは理解していて、攻略について参考に出来ないようにした。
ラングの手法はラングだからこそのやり方なのだ。真似をしたところで出来るかどうかは別だ。
トドメはツカサが魔法で刺したことをカダルが宣言をすれば周囲がざわめいた。ツカサは唇を噛んでぎゅっと顎を上げ姿勢を正して立った。
この結果には書記をしていたジルも驚いたようだ。短剣使いとギルドカードに記載したのに、よもや魔法で討伐したとは思わなかったのだろう。
ミラリスのことは話さず、七十五階層を語りボス部屋の話しになるとカダルが言い淀む。
セルクスにされた話しをするために言い方を考えているのだろう。顎に手を添えてしばらく考えるそぶりを見せた。
言葉が続かないことにざわめきが立つ。
二階のテラスからギルマスが少しだけ身を乗り出し、ジルが手に持ったペンを手持ち無沙汰にしている。
揶揄する声や続きを催促する声が湧き立つ頃、顔を上げたカダルにギルマスが手を上げ声を制した。
「時の死神という神を知る者は、ここにどのくらい居る?」
しんと息が止まった気がした。
思わず周囲を見渡してしまい、ラングの横顔を見た。微動だにしていない。
「カダル、それは神話の話しか?宗教の話しか?」
ギルマスが眉間を揉みながら尋ねればカダルは首を振る。
「現実の話しだ。ここから先は信じてもらわなくても良い」
「おう、なんならギルドカードを懸けたっていいぞ」
真っ直ぐにギルマスを見上げるカダルの横でエルドも強く立っていた。
「聞こう」
しばらく瞑目していたギルマスが頷いた。
カダルはミラリスの所業を伏せ、ややあって飛び込んだ七十五階層のことを話して聞かせた。
飛び込んだ先ではすでに戦闘が終わっていたこと、そこで
鑑定の結果、七十五階層にいたのが【銀翼の隼】がクラン討伐したアイスドラゴンであったこと。
「今はダンジョンの修理に来ていると言っていた。二週間欲しいと言ったのは、その人が邪魔をされずにダンジョンを直すのに必要な時間だからだ。次に同じことがあれば来ないとも言っていた」
「同じこととは?もしやそれが今回の原因か?」
「ツカサ、話せるか?」
不意にカダルに話し手を譲られてびくりと跳ねてしまった。
そちらを見れば頷かれた。
「悪いな、あの人の会話を理解していたのがツカサだけなんだ。頼めるか」
ぎゅっと拳を握り、一度深く深呼吸をした。それから首肯を返した。
カダルの横に並びギルマスを見上げた。
「ダンジョンの、ボス部屋の攻略人数なんですが」
声が上ずってしまった。乾いて出ない唾液を何度か飲み込み、唇を舐めた。
ラングが靴音を響かせてカダルとは逆に並んでくれた。
「ギルドが推奨している四人が、なぜ四人なのか、ということです」
「ふむ、二百年前の女ギルドマスターが
それもその人が提唱したのか。もしかしてかなり優秀だったのではないだろうか。
「今回の異変は、大人数でボス部屋を攻略したことが原因です」
「まさか」
「本当です、ダンジョンの防衛機能が発動したんです」
防衛だなんて、と冒険者たちが笑い声を上げる。かっとなるがラングに肩を掴まれて我に返る。
もう一度深呼吸をした。
「ふむ、ダンジョンの防衛機能とは初めて聞いたのだが」
「時の死神が言ったんです、ダンジョンも
「ことわり、とは、なんだろうか?」
「ええと、簡単に言うなら、決まり事とか、ルールとか、あるべき規則というか…」
「なんとなくだが、おおよそは掴んだ、続けてくれ」
「人数の上限を超えてボス部屋に入って攻略したから、ダンジョンがおかしくなったんです」
ざわざわと話す声が重なって詳しく聞き取れない。
二階に居るギルマスとジルはお互いに何かを言って頷いたり首を振ったり、読唇術を防ぐために手に持つボードで隠しながら密談をしている。
今回のことが【銀翼の隼】の貢献による弊害だと気づいたのだろう。
「あまりに突飛な話しで信用できないんだが…」
「なんなら、【銀翼の隼】がどのようにして攻略したかを話そうか。見せてもらったからわかるぞ」
カダルの声にギルマスがもう一度眉間を揉んだ。
利益に関わる面で【銀翼の隼】の所業に目を瞑ったからだろう、話しをされるとそれは困るのだ。
一度功績を認めてしまったものを覆すのは、組織として今は悪手なのだ。
「二週間だったな」
「そうだ」
「その結果で判断をすることは?」
「そうしてくれると有難い。こちらとしても証明することが出来ない。報酬も二週間後で良い」
「わかった。では今しばらくダンジョンは閉鎖とする。二週間後、俺とジル、それから【真夜中の梟】【異邦の旅人】の合同パーティでダンジョンへ赴くことにする」
宣言は高らかで冒険者たちはようやく目途が立ったことに歓声を上げた。先ほど口々に言葉にしていた疑惑や憶測はもうどうでもいいらしい。自身の生活に直結するものが解決されればそれでいい。
「追って報せはギルドから出す。冒険者諸君、余計なことを言って回るなよ」
もはや聞いていないだろうが、それは体裁のためだ。
ギルマスは大きく身を乗り出してツカサを覗きこんだ。
「君、ツカサだったか、ギルドカードを更新した方がいいだろう」
小さく頷いて手招くギルマスに誘われ、全員で二階へ上がっていった。
階下のざわめきが喜色を含んでいてそれだけで気持ちが軽くなった。
二階へ上がればギルマスが一層声を潜めて全員に言った。
「もう少し詳細を聞かせてくれ。事と次第によっては連絡ができるギルドへボス部屋について全て手配をしなくてはならない。あと、ミラリスという女の処遇に困っているんだが、相談できるか」
それぞれがそれぞれのリアクションで悪態を吐いた。
ギルドに投げたままに出来るかと思っていたが、やはり対決しなくてはならないらしい。
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