第29話 人災


 二十二日目の朝。


 不寝番は二時間程度で代わり、思いの外睡眠時間が取れた。

 一番つらいのは最後の組で、四時頃から起きてそのまま行動に移すことになる。これはエルドとマーシだ。一日のスタートが遅い二人が選ばれたのだ。

 先導を行なうカダルはロナと一回目の不寝番、二回目は途中で起きたラングとツカサ、最後が彼らだった。

 朝食をさくりと取って今日も朝からランタンを点けて森を進む。

 

 昼過ぎには森を抜け、三時間程度歩いたところで大岩が見えた。

 ぐるりと回り込めば七十四階層でも見た扉があった。あの時も思ったが大岩だと思ってスルーすれば見落としてしまう扉の在り方だ。


「癒しの泉エリアはここにはないからな、森の中と同様に不寝番で対応することになる」

「このまま行かないんだ?」

「足に来てるからな」


 言われれば確かに、森の最後はぐねぐねと絡み合った木の根を登りながら進んだのだ。後続が進みやすいよう、木の根に窪みを掘りながら登ったカダルは特に疲れているだろう。

 ボス前で休むのは大事だが、不寝番かと思うと少し気が重い。

 ラングがぱちりと懐中時計を開いて時間を確認した。


「今十八時、五時間交代」

「ふむ、なるほど、それでいくか。二交代で良いな」

「かまわん」

「よし、ラングの時計で十九時時になったらラング、ツカサ、ロナが先に寝ろ。その後零時から五時まで俺たちが起きる。朝に攻め入るぞ」


 さくりと決まってしまった。そこはベテランに任せて従うべきだろう。

 ラングの夕食はまた簡易的だった。癒しの泉エリアではないここで、時間をかけて調理はしない。肉を焼いてパンを齧るだけの夕食になった。

 眠れるかどうかを不安視していたが、ラングが夢見師のレーヴ・加護ベネディクションで眠らせてくれた。

 ロナもそれで眠ったようだが、アイリスに会わないのだろうか。


 


「起きろ」


 ぺしぺしと顔を叩かれる。

 呻いて目を覚ませばラングがそこにいた。交代の時間だ。

 ロナの顔を叩く前に、ツカサが肩を揺らして起こす。ツカサは慣れているがロナは驚きそうだ。


「すごい、こんなすっきり眠れるなんて」


 体を伸ばしロナが感動した様子で呟く。アイリスには会っていないようだ。

 癒しの泉エリアではないのでテントはなし、大岩に寄り掛かっていたので背中が少し凝っている。

 こういう時のストレッチは本当に気持ちいいのだ。


 エルドたちもラングに眠らされてすぐに寝息を零し始めた。


「僕、ラングさんとツカサとこうやって時間とれて嬉しいです」


 ハチミツを溶かした少し甘いお湯を飲みながら、ロナがふふ、と笑う。


「二人の故郷の話し、聞いても良いですか?」

「俺は良いよ、ラングは?」


 二人でラングを見れば無反応を返される。

 乗り気ではないらしい。

 なので時折ランタンに魔力を注ぎながら、ツカサが故郷の話しをすることにした。


 学生と呼ばれる身分で、毎日学校に行っていたこと。

 文明が進んでいて、夏には涼しく、冬には温かい気温を確保できたこと。

 火を使わなくても温められる利器、ボタン一つで入れる風呂。

 移動時に馬車ではなく車を利用し、揺れもなく長距離の移動に適していること。

 電車や飛行機、先人のおかげで海を越える手段が容易にあること。

 

 ロナは目を輝かせ、ツカサにたくさんの質問をした。

 技術的な部分はツカサにも応えられず、正解のない会話を何度も繰り返して楽しんだ。

 魔法がないからこそ進んだ文明であることを伝えると、ロナは何か感心したように頷いていた。


「ツカサ、家族は?」

「父さんと母さんがいるよ。どっちも働いてて、母さんは毎日弁当作ってくれてたな、お礼言えばよかった」

「そっか」

「ロナは?」

「僕は孤児だから」


 言われて、ハッとした顔をしてしまった。

 ごめんともそうかとも言えず、唇がもごつく。親が離婚した友人はいても、親のない友人がいなかったのでこういう時どうすればいいのかわからない。

 ツカサの反応に気づいたロナが優しく笑って肩を叩いてくれた。


「ツカサ、大丈夫だよ。この世界だと孤児は多いから気にしないで」


 少しだけ肩から力が抜けるが、多いと聞いて眉がしょんぼりしたのがわかったのだろう、ロナがくすくすと笑う。


「ツカサのいた場所は豊かなんだね」

「う、ん、そうだね、いろいろあるけど、俺の国はそうだと思う」

「いいね、でも僕も不幸なわけじゃないよ」


 ロナが居住まいを正し、誇らしげに話してくれた。


「僕のいた孤児院は良いところだったんだ。ジェキアの孤児院は冒険者の北西本部があるのと、ジェルロフ家のお膝元だから孤児院への寄付が多くてね」


 ここに来て一度も触れたことのない貴族が出て来た。

 ロナ曰く、ジェルロフ家というのは金級冒険者を多く輩出している家門で、ジェキアのギルド本部と二人三脚で領地を治めているらしい。基本的に各街に統治権を認めていて、現場ですぐに動けるようにしている辺りが冒険者からの支持も厚く、金級をコネではなく実力で得ているところも好感なのだという。

 そんなジェキアなので、親である冒険者がダンジョンなどで死に、子供が残されることも多い。実際ロナは両親がペアパーティだったがダンジョンで死に、残されたのだ。

 遺産はあった、癒し手の母と前衛の父が稼いでいて、家もあった。人手を一人雇うだけの財力があった。それでもダンジョンに籠り続けたのは、捨てられない冒険者の熱狂だったのだろう。

 結果、ひょんなことから命を落とした。ギルドカードの金は引き出せずロナにそのまま引き継がれたが、現金は雇われていた女が全て持って逃げた。どこかで捕まるだろうが、当座の金がない子供に出来ることは何もない。

 夫婦とロナを知っていた他の冒険者がロナの状態に気づき、孤児院に入れてくれたのだ。


「酷いな、金を持って逃げるなんて」

「うん、でも、両親がきちんとギルドに預金しててくれてよかった。あれは血が必要だからね」

「そうだった。それに子供がギルドに来るのも変だしな」

「そうそう、おかげさまで孤児院を出た時にはそれなりに良い装備揃えられたんだよ」


 ロナが立ち上がりくるりと回って、白いローブを見せてきた。それがそうなのだろう。


「孤児院は行って良かったと思う。食事も一日二食あったし、読み書きも、冒険者適性も調べてくれたからさ」

「養成所みたいだね。冒険者になれる子を育てる学校って言うか」

「あぁ、でもそれに近いかも。独り立ちするのは冒険者になるのが一番早いし」

「やっぱそうなんだ。冒険者には、なりたくてなった?」

「もちろん!僕は小さかったけど、両親にやっぱり憧れていたからね」


 ほ、っとした。思えば、ロナは【真夜中の梟】のことも誇りを持っていたし、自身が出来ることを増やしたいと言っていた。

 望んで冒険者になっていなければ思わないことでもある。愚問だったかもしれない。


「ツカサは、冒険者になりたくなかったの?」

「うーん、憧れてはいたよ。本の中の主人公たちはかっこよかったし。でも、自分がそうなれるかと言われると、まだまだ実力と時間が足りないって言うのは痛感してる」

「あはは、なんだか年寄り臭いことを言うね!」


 ダンジョンに入ってから、ロナはよく笑ってくれる。

 笑うなよ、と小突けばごめんごめん、と謝る姿が【友達】だと感じる。


「僕もね、すごい背伸びしてたよ。でもね、エルドさんとカダルさん、マーシさんがいっぱい失敗談教えてくれたんだ」


 三人が寝ているのをちらりと見遣る視線を追う。

 ぐごご、がー、と寝てるエルド、それに魘されているマーシ、少しだけ離れて睡眠の質を上げているカダルがいる。


「あんな凄い人たちも、情けない失敗をして来たんだなと思ったら、肩の力抜いていいんだって。もちろん、ダンジョン内でゆるゆるじゃ困るけどさ」

「言いたいことはわかるよ」

「よかった」


 年が近いからこその会話だった。

 お互いにそれぞれが尊敬し、最高の冒険者を知っているからこその悩みでもあった。


 あぁ、こんな時間が続けばいいのに。


 穏やかに話せて、じゃれ合い、冗談を言い、似たような悩みを共有して、お互いで励まし合って。


 ずっと続けば。


「起こせ」


 ざ、とラングが立ち上がったのはその時だった。


「全員起こせ!」


 何故?と聞くことはしない。聞いている時間があればまず行動をする。

 それはラングに言い付けられたことだ。

 転びそうになりながら立ち上がり、そのままの速さで大岩へ駆けて行く。ロナと手分けをして全員を起こし、緊急事態を伝える。

 

「時間?」

「違う!ラングが起こせって!」

「魔獣か?」

「まだ聞いていません!準備を!」

「魔獣の気配がする、何故だ!?」


 カダルがラングの隣に駆けて行き、じっと目を凝らす。


「しぶとさだけは、金級だ」


 吐き捨てるように言った声に、ざくざく、どすどす、ばきばきめきめき、森が揺れる音が重なる。


「はぁ、はっ、ラング、どの!」


 森を抜けて駆けて来たのは、ミラリスだった。

 まだダンジョン内に居たことに驚いて、変な声が喉で潰れた。それよりもなんだあれは。


 ぱっ、ぱっ、ぱっ、と【鑑定眼】で暗闇を見ると、魔獣の名前が大量に出て来る。


 小型の魔獣は小バジリスク、猿型魔獣のジュマエイプ、毒のあるポイズンスネーク。

 中型はアルゴ・フォウウルフの群れ。

 大型はまさかの、大鷲の翼を持った四足魔獣、グリフォンだ。


 それぞれが全く別の個体なのに、それぞれがそれなりの数で群れになってしまっているために小さな魔獣暴走スタンピードになっている。


「なんだあれ!?」

「あのクソ女!まだいたのか!」

「ランタンの跡なら魔獣が少なかったか、クソが!」


 全員がすぐさま武器を構える。ツカサはランタンを腰につけた。ラングも自前のランタンを明るさを強くして腰に吊るした。

 時刻は深夜二時頃、灯りは焚火しかない。

 ここまで近づかれてしまい、ここまで気づかれてしまえば魔獣避けのランタンなど意味がない。

 何よりも厄介なのが、連れて来ている奴が真っ直ぐにこっちに向かってくるのだ。


「あぁ!よかった!森の中で襲われてしまって!」


「おいどうするんだよこれ!」

「やるしかないだろ!」

「ミラリスは放っておけ!助けるなよ!」


 すーはーすーはー、ラングの呼吸音が聞こえる。

 ツカサは魔力を練り上げ、ロナは守護の魔法を全員に掛けた。

 ミラリスは必死の思いで走って来たのだろう。その顔は安堵に染まっているが、ツカサ達は罵倒する余裕もない。

 グリフォンのレベルは98。明らかに格上の相手だ。ばさりと羽ばたく音が重い。

 キエエと鳴けば声に空間が震える。意図的に羽ばたかれれば翼からかまいたちが巻き起こる。


防げシードゥ!」

魔法障壁フォルウォル!」


 咄嗟に二人で盾を張り防ぐ。バシバシ、ビキ、とロナの張ったシールドにヒビが入る。

 ツカサはラングの横に進み出て盾に魔力を注ぎかまいたちを防ぎきる。


「ツカサ、鳥は任せる」

「や、やってみる!」


 空を飛ぶ魔獣にラングも飛び掛かれないのだろう。御指名を受けてぎゅっと丹田に力が入った。


「フォウウルフの群れはやる、すまんが片付くまで耐えてくれ」

「わかった」


 ランタンの金具が揺れる音が微かにして、ラングが姿勢低く走っていく。


「ラング殿!」


 迎えに来たと勘違いしたミラリスを無視してラングはポイズンスネークにまず襲い掛かった。

 ただの蛇の大きさではなく、それがアナコンダほどの大きさだから性質が悪い。巻きつかれれば骨が折れ内臓が潰される。

 振り回す尾の一撃も重く、皮は弾力があって上手く当てないと剣の刃が滑る。ざっと見たところ蛇だけでかなりの数がいる。

 カランカランとランタンの音をわざと立てて、魔獣の気を引いて戦ってくれている。

 

 その間にミラリスはツカサとロナがいる所へ辿り着いて、地面に転がった。

 ぜぇはぁと息の上がったミラリスを振り返る余裕もない。

 空を飛ぶ魔獣を仕留めるためにはどうすればいいのか。風魔法だと上に逃げられてしまうだろう。

 炎を撃ち上げても逃げられるだろう。こういう時、知識ラノベではどうしていた?

 まずは地面に落とさなくては。翼を狙おう。これも、氷で貫こう。


「イメージして、ミノタウロスの時のように、マシンガンのように、弾は鋭く、途切れさせないで、落とすイメージ」


 ふわ、と魔力が満ちて行くのがわかる。もっと、もっと。

 ロナが何も言わなくても魔法障壁フォルウォルで補助をくれる。おかげで時間と余裕が出来た。


「いける、ありがとうロナ!」

「少年、短剣を借りるぞ!」


 ツカサが魔力を練り上げたのと、ミラリスの手が腰の短剣に伸びたのは同時だった。

 鞘から抜かれた緑の短剣は、水風船が割れるようにパツンと込められている魔力を弾けさせた。

 いつもツカサが使う時は収まっているそれが、ミラリスの手で引き抜かれたことでその場で発動してしまったのだ。

 ミラリスのステータスには魔力があった。無意識で使ってしまったのだ。


「やめろ!」


 ぶわっと風が巻き上がる。

 ぴしぴしっと細かい風の鞭がツカサの左側から巻きあがって痛みと風圧に吹き飛ばされる。

 

「うわ、わ!」


 ミラリスは扱いに困って、何を思ったか緑の短剣を放り投げた。

 最大まで込められていたツカサの魔力がそこで小さな竜巻を起こした。

 引き寄せる風力にグリフォンが距離が取る。フォウウルフの群れが爪を立て地面に這いつくばる。

 耐えられなかったジュマエイプと、小バジリスクが鶏なのか蛇なのかよくわからない鳴き声を上げ竜巻で刻まれてミンチになった。

 エルドは盾を地面に突き刺し、マーシも剣を刺して耐え、カダルは双剣を地面に刺したラングの足元に転がり込んで耐えた。

 びゅうびゅうと風を中心へ呼ぶ音がする。草を巻き上げ、森から葉を奪い取るように風が捻じられ、ほんの数秒の間に周囲の草が流れる向きを変えた。

 つむじ風が地面にひゅうと細い筋を描き、終わる時はあっという間に消えてしまった。

 巻き上げられた草や葉、細切れになった魔獣の消えゆく灰と素材が降り注いだ。


 風が収まって魔獣が再び襲い掛かるまで猶予はない。吹き飛ばされた先でツカサは苦痛に強く閉じていた目を開く。

 左の脇腹の痛みに呻く。動かなくては、治さなくては。

 ラングに言われている。まずは動けるまで治せ。その力があるのだから、と。


「ヒ、ヒール」


 自分の脇腹に手を当て唱える。ふわ、と温かいものに包まれ、脇腹が熱くなっていく。

 当てた手のひらにぬるりとした血の感触を感じた。体を起こすための筋肉を使うと激痛が走り、呻きながら背中を丸める。

 見なければよかった。

 白い陶器のような物が見えた。それがあばら骨だと気づけないほど無知ではなかった。

 手が触れている場所は肌かと思えば、内臓に直接届いていた。気づいてしまえば、自分の意志とは別に内臓がびくんと動く感触に言いようのない恐怖が浮かんだ。

 そこがなんと呼ばれる臓器かわからないが、ツカサは歯をがちがちと震わせて何度もヒール、ヒールと呪文を唱えた。

 治すということに本気になったのだろう。

 白い靄だったものははっきりとした輝きに変わり、パァッと光を発したあと、時間が巻き戻る様に内臓が膜に隠れ、骨に筋肉が張り、肉が戻っていった。最後に手の下で肌の感触を確かめた。

 血を失ったせいか魔力のせいか、少しだけふらつくがすぐさま立ち上がる。


「ラングに、言われたのは」


 ―――周囲を見ろ。把握しろ。


「ロ、ナ」


 自分が元いた場所へふらつく足で駆けて行く。

 同じようにロナも吹き飛ばされていて、白いローブの端を見つけてスピードを上げる。


「ロナ!」


 ランタンが壊れていなくてよかった。

 ランタンの灯りがロナを少しずつ明確にしていった。


 白いローブであったものが、ランタンの灯りに露わになっていくたびに赤く変わっていく。

 ツカサの左に居たロナの体は目も当てられない状態になっていた。


 きっと、ミラリスを止めようと手を伸ばしたのだろう。もしかしたら何か魔法を使おうと杖を差し出したのかもしれない。

 右手は肘から下は肉が削がれてほとんど骨になっていた。顔面も健康的な頬が抉られ、歯列が見えている。

 体も酷い。間近でそのまま受けてしまったのだろう。右半身は鋭利な風に切り裂かれ、削がれ、ぐずぐずになっていた。

 は、は、と短い呼吸を繰り返すロナに叫ぶ。


「ロナ!今治すから!」


 治すんだ、絶対に、死なせない!

 先ほど自分を治した自信もあった。治癒魔法のコツを掴んだ気もした。


 だから触れられさえすれば、治せたはずだった。


「神官殿!今助けます!」


 短剣を放り出して大岩の向こうへ逃げたミラリスが必死の形相で駆け寄り。

 ロナの左腕を取り。


 【離脱石】を割った。


「やめろ!」


 叫んだ声はもう届かない。

 草の上にはロナの血と、杖と、ローブの歯切れだけが転がっていた。


 ツカサは絶叫した。


「扉に入れ!」


 ラングの檄が飛ぶ。


「ロナが、あの野郎!」

「扉に入れ!」

「畜生!エルド!カダル、動け!」

「扉に入ってどうするんだ!」


 ロナを連れて消えたミラリスに言葉を失い固まったエルドとカダルを引っ張り、扉へ走りながらマーシが叫ぶ。


「数を相手するより、中一匹がマシだろう!」

「一匹ならいいんだけどな!」

「ツカサ!」


 扉に辿り着いたマーシとエルドが全身全霊で扉を開く。ずずず、と重い音がして開くその速度が、今日だけはとても遅く感じる。

 ラングは絶叫を続けるツカサを肩に担ぎ、落ちている緑の短剣とロナの杖を拾うと一足飛びに扉へ駆け寄った。


「入れ!入れ!鳥が見てる!来るぞ!」


 竜巻が消えて再びグリフォンが戻って来ていた。風圧が消えて背を見せた獲物にフォウウルフの群れが走りだしている。

 開いた扉は大人が一人通れるかどうか。


「押せ!もっと!」

「うるさい押している!」

「ああああ!畜生!はやく!」


 ラングも扉を押し、雪崩れ込む様に中に全員が入る。

 グリフォンが翼を大きく後ろに引いて、あのかまいたちを放つ予備動作をしていた。


「閉じろ!外の攻撃はこっちに来るぞ!」

「間に合え!」


 エルドとカダルがどちらともなく扉を蹴飛ばした。

 バタンッ、と瞬時に閉まった扉に一瞬の脱力。


 ここはボス部屋だ、すぐさま武器を手に振り返る。


「慌ただしい冒険者たちだ」


 部屋は石壁で埋まり、等間隔で置かれた松明が余すところなく光を届けていた。

 松明の灯りを受けて床に散らばった金銀財宝や無造作に転がっている宝箱の装飾品が艶めいている。


 その財宝の中心には美しい刺繍の施されたゆったりとした白いローブを身に纏った、頬にタトゥーのある水色の髪の男がいた。


「敵か」


「それは、君たち次第かな」


 双剣を手に誰よりも前に出てラングが尋ねれば穏やかに返される。


『けれど、オススメはしない』


 ラングの故郷の言葉でそう告げ、男は自身の左頬を人差し指で擦った。

 それはまるで頬についたゴミを取るような動作だ。

 不思議なことに頬のタトゥーは消え、ローブは過ごしやすい服装に変わった。


 ラングが剣を鞘に納めると満足げに大きく頷き、男はこう声を掛けて来た。


「お茶の道具は持っているかな。すごく喉が渇いているんだ」


 

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