第28話 逃亡の為の前進
翌朝、昨日の緊張からかいつもより早く眼が覚めた。
ラングが早いのは癖なのか同様に緊張からなのかがわからない。
テントの中で顔を洗い、歯を磨き、身支度を整えて外へ出る。
【真夜中の梟】のメンバーはカダルとロナが外にいた。これもダンジョンに入り込んでから決まった朝の光景だ。
エルドは重装備なので時間がかかり、マーシはエンジンがかかるのが遅いのだ。
うっすらと朝日が入り始めた草原は、ここがダンジョンの中だということを除けば清々しい気持ちにさせてくれる。
コップで癒しの泉から水を掬い、朝の水分を得る。これが冷たくて美味しい。
ラングは昨夜片づけていた組み立て式竈をいつものように設置し、ツカサに泉の水を鍋に汲ませた。クズ魔石に火を点け、薪に火を移していく。
パチパチ言い始めたら上に網を置き、鍋を火にかける。
「ラング殿」
調理するラングの横へ、ミラリスが膝を突く。
昨夜の内にダンジョンを出ているかと思いきや、まだいたのか。全員がスルーしていたのでツカサも無視を決め込んでいたが、本人から来た。
「私も連れて行ってください、きっとお役に立ちます!」
一切の反応をせず、ラングは手元に集中している。
湯が沸いたので、よく洗って芽を取り皮ごとざく切りにした芋とジュマバードの肉を骨ごと入れて行く。ダシと旨味を一緒に取るためだ。
岩塩を削ってスープに塩味をつけ、胡椒を潰して鍋に入れる。ふわっと良い香りが漂う。
「意外でした、ラング殿は料理をされるのですね。とても美味しそうです」
ミラリスはうっとりと鍋を見ていた。携帯食料くらいは持っているだろうが、温かい食事は誰だって堪らない。
エルドとマーシがテントから出て来て口々に挨拶をする。
誰もまだいたのか、などとは言わない。
【真夜中の梟】の組み立て式竈ではポットのお湯が沸いた。
お湯をコップに注ぎ、ラングお手製の茶葉を入れてハーブティーに仕上げる。
芋に火が通り、ラングがツカサを見上げる。
「器」
待ち構えていたメンバーが器を差し出す。朝の食事は芋とジュマバードの塩スープだ。
ミラリスも鞄から器を取り出して最後に差し出したが、ラングは無視をした。首を傾げ、自分でよそおうとお玉に手を伸ばせばラングにその手を叩かれる。
きょとんとしたミラリスは自分が数に入っていないとはつゆほども思っていないのだろう。ここまで来ると呆れを通り越して驚愕してしまう。
この人は昨夜、いったい何を聞いていたのだろう。
「今日は二つほど目印を進む。休憩はないものと思ってくれ」
「ランタンはどうする?」
「点けて行く。この際速さを重視した方が良いと判断した」
相談をしながら食事を進める。
速さを重視の部分にはミラリスを振り切る目的もあるのだろう。
「この草原の魔獣は?」
「基本的には七十四階層とは変わらないが、出て来るオークがジェネラルクラスに上がったり、フォウウルフはアルゴ・ウルフに変わったり、クラスアップはするようだ」
ギルドから預かって来た手帳を確認し、カダルが言う。
「フォウウルフとは聞き慣れないモンスター名だな、どのようなモンスターなのだ?」
ミラリスがどうにかして会話に入りたがって声を掛けて来る。誰一人として取り合わない。
なし崩しについて来ようとしているのが丸わかりだ。
もしここにいたのがツカサだけなら、あまりのしつこさに折れて予備の短剣を渡して随行を許可してしまっていただろう。
だがここはゲームの世界ではない。共にいる仲間は経験豊富なベテラン冒険者だ。
装備はぼろぼろ、剣は折れて得物はなく。かたや予備を貸せと言ってくる相手にかける情けも容赦もないのだ。
ツカサの身を守るためのはずだった、外に出るための【離脱石】は既に渡している。
冒険者としても選べる選択肢は撤退の一つだけになっている状況で、未だここに居られる神経がわからなかった。
「残っている食事は頂いていいだろうか?流石に空腹で堪らない」
言えば、ラングが鍋をツカサとロナの前に出す。
エルドとマーシは十分に大きい器でもらっているので、お代わり分は育ち盛りに回すのが常になっている。気まずい視線を感じながら、ツカサとロナは顔を見合わせて残ったスープを分けた。
空になった鍋はラングがそのまま仕舞ってしまった。
「斯様な意地悪をしないでください、ラング殿!」
見ていて、聞いているだけで頭がまた痛くなる。早く離れたい気持ちになる。
特にラングに対し一方的に親し気にすることがツカサは我慢ならなかった。
「出立の準備をするぞ。いろいろ片づけろ」
空気の悪さにエルドが声を掛け、ツカサとロナは食事を掻き込む。カダルは火の始末をして竈もポットも仕舞い込んだ。
ラングもテントから何から綺麗に仕舞い込み、一度もミラリスを見ることはなかった。
昨夜寝る前にラングに言われたことを思い出した。
いくら説明をしても通じない奴がいる、様々な理由を並べても折れない奴もいる。普通に価値観の違いで平行線をたどる奴もいるが、そう言った人種には関わるだけ時間の無駄なのだ、と。
装備を再度確認し、コンパスと地図を手に先導をするカダルにいつもの隊列で続いて行く。
ミラリスは鞄を肩にかけラングの隣につき一方的に話しかけていた。
黙々とカダルが先に進む。
その歩みは今までよりも早く、ツカサとロナは小走りでずっとマラソンをさせられているようだった。
エルド、カダル、マーシ、ラングは息も乱さずに進み続けた。
ミラリスは空腹もあってか途中で足が止まりついて来られなくなった。身に危険が及べば自ずと【離脱石】を使うだろうと言われ、ツカサは振り返らないようにした。
『そもそも、
不意にラングが後ろから声を掛けて来た。歩みを止めずさくさくと草を踏みながら、少し後ろを振り返る。
『誰かに寄生しなくては生きていけないような奴は、続けることは出来ない』
少しばかりツカサが気にしていたので、釘を刺すために言ったのだろう。
ラングはツカサに自分を全てにするなと言った人だ。今の言葉はツカサに対しての教訓でもある気がした。
現実をしっかりと見据え、地に足を着けていくことを改めて胸に置いて頷いた。
二つ目の目印の旗が立った場所が癒しの泉エリアだった。
ロナと二人石畳にへたり込み、コップを出して水をごくごくと飲んだ。途中水筒に入れた水を歩きながら飲む程度で食事休憩もなく、本当にここまで歩き続けたのだ。
朝に出て、今はもう陽が傾いている。
ぐぅ、とお腹が情けない声を出した。
「飯にするか、昼の分もしっかり取り返そう。ラング、休む間もなくで悪いが頼む」
「わかった」
食事のジェスチャーを入れながらエルドがラングへ調理を依頼した。
いつもの流れで竈を組み立て、その間にツカサは鍋に水を汲む。ロナは先頭を行っていたカダルに疲れを取る魔法をかけていた。
地図とコンパスを手に、ダンジョン太陽を確認し先を行く緊張はやはり大きいようだ。そう言った点で緊張を忘れていないからこそベテランなのかもしれない。
今日は米を使ってくれるらしい。
会議の時、ラングがツカサを置いて外に出ていた理由が米を仕入れ、さらに調理法を問屋に聞きに行く、だったことをダンジョン三日目に知った。
ツカサが鍋を買ったと伝えると、ラングも問屋で進められて鍋を買っていたことがわかった。他に料理を作るから良いと言われてしまったが、ファインプレーはラングの方が一枚上手だった。ツカサは炊飯器のボタンを押すことしか知らなかったからだ。
米を研いで水を入れ、竈の上に置く。蓋を閉めてあとは炊くだけだ。
【真夜中の梟】の竈を使い、おかずの調理に入る。
今日はネギによく似た野菜とオーク肉を使うらしい。専用のナイフでネギを刻み、オーク肉の塊をスライスしていく。鍋にラードを入れて肉を炒め、火が通ったらネギを入れる。仕上げに岩塩を削って味をつければネギ塩豚焼きが出来る。
ツカサが水を汲んだ鍋が沸騰している。さいの目に切った野菜をぽいぽい入れて行き、最後にトマトを入れて潰し、
コンソメは入っていないが、これだけで良い味のミネストローネになる。
米がふわりと良い匂いをさせた。
「器」
さっと全員が並んだ。
蓋を開ければ白いつやつやの米がふんわりと湯気の中にいた。ごくりと喉が鳴る。
しゃもじはないのでスプーンでラングがよそい、そこにネギ塩豚焼きを乗せ豚丼を作る。
こういう料理を知っていたのかと聞いたところ、単純に器が足りないから乗せただけだという。
スープはそれぞれのコップに注いだ。お代わりは自分でやるように言われた。
「いただきます」
手を合わせ礼をする。
スプーンでネギ豚丼を掻っ込む。しょっぱい塩味が動き続けた体に沁みる。炊き立ての米の甘さと豚肉の甘さ、しんなりしたネギのとろりとした食感が口の中で踊る。じわ、と唾液が出るのがわかった。
はふ、はふ、と空気を入れながら熱さに耐え、口いっぱいの美味しいが幸せになる。
熱々をごくりと飲み込めば、くぅー、と笑顔になってしまう。
頬張りすぎて喉に突っかかりそうになり、慌ててふぅふぅしてミネストローネを口に含む。さっぱりとしたトマトの酸味と隠し味に入れられているハーブの清涼感が心地良い。
フォークで
たっぷり炊かれた米は全員がお代わりして肉丼は空っぽになり、ミネストローネはコップに入れたからか、食後も全員の喉を潤した。
「はー!生きてる!」
「なんだそりゃ、いや、まぁしかし、ツカサもロナもよく頑張った」
一息ついたところでようやく言葉を発する。夢中で食べていたのでお茶代わりにミネストローネをコップに入れるまで、全員が沈黙していた。
「振り切れたなら良いんだがな。変な意地を張っていないことを祈ろう」
「すごい奴だったな、あんなに悪い意味で前向きなの初めて見たわ。起きた時居たの見て、マジでビビったもんな」
ミラリスのことだ。
全員が思うところがあるらしく、苦笑を浮かべている。
『セルブレイの騎士の多くは、貴族上がりだ』
ラングが故郷の言葉で話し出した。ツカサが視線を受けて通訳を入れる。
『貴族というものの全てがそうとは言わないが、自身が決定したことに人を従わせることに慣れている人間は、人の言葉を聞ける者が少ないと感じる』
ミラリスがそういう出身であれば、そうであることも自然なのだという。
故郷でも、この世界でも、騎士というものに触れたことのないツカサにはいまいち想像が出来ない。
『騎士って、あんまり良くない?』
こそ、と尋ねてみれば、ラングは首を横に振った。
『人による、としか言いようがない。良い騎士もいる』
ラングのお眼鏡に適う騎士もいるのだ。最悪な事例ばかりでなくて少し安心した。
ちびりと口に含んだミネストローネの酸味が頬をきゅっとさせた。
「七十五階層のボス部屋は、目印を二十一個進んだ先だ」
カダルがランタンの灯りの下に地図を広げた。
とんとん、とピンを止めて行き、ルートを可視化してくれる。
今いる二つ目の目印から北に点々と進んで行くルートだ。
「一か所だけ森を抜ける。それ以上は時間をかけられないからな」
「ラング、ツカサ、食料の余裕はどうだ?」
「問題ない」
「よし、それならランタンはフル活用で行こう。後ろを気にしたくないんだが、嫌な予感がしてな」
エルドがいつになく真剣な顔で呟いた。
嫌な予感が指す物を想像し、ちらりと背後を見た。誰もいない。
「いっそ、目の前で帰ることを確認すればよかったんだがな」
「どうせ言ったところで聞きはしないだろ」
カダルが吐き捨て立ち上がる。
「今日からは見張りを立てた方が良い気がする。風呂入るなら先にどうぞ、俺は哨戒に立つ」
「ありがと」
地図もなく辿り着けるか、魔獣に襲われていたらもう帰っているか。
確証のない不安がストレスになるが、出来るだけその憂いを払おうというのだろう。
カダルの気遣いに感謝しつつ、ツカサは人数分の回数、湯を沸かすことにした。冷たい水で洗うより、不思議と緊張がほぐれるのだ。
ツカサとロナは強行軍の疲れから早々に眠りに落ちた。
「で、どう思う」
空間収納から焚火に薪を追加したラングへ、カダルから許可が出た量だけ酒をコップに注ぎ大事に飲んでいるエルドが声を掛けた。
その隣ではマーシが干し肉をつまみにしている。これはマーシ個人の所持品だ。
「あの女がどの程度の体力の持ち主かわからないが、空腹とは言え休み休み進めるようなら、追いつく可能性も捨てられん」
「ダンジョンなんか罠と魔獣にしか気を遣いたくないってのに」
「魔獣に襲われ、命からがらで離脱していればいいんだがな」
カダルの言葉に頷く面々。ラングは焚火にシールドを向けたまま、少しだけ肩を竦めた。
「騎士ならば、生き残るやり方を知っている。道を辿る方法も知っている」
「うーん、追いかけてきている可能性が高いってこったな」
「そうだ」
【真夜中の梟】はそれぞれが頭を抱えた顔をした。
「魔獣に喰われちまえばいいのにな」
「マーシ、縁起でもないことを言うな」
「だってよ、ロナにあれだけ言われておいて朝もいた上に飯をたかって勝手について来て座り込んだあとも酷いぞ置いて行かないでくれとか言われてよ?俺たちは【離脱石】渡したり精いっぱいやったじゃん」
「気持ちはわかるが落ち着け、初めてああいうタイプに絡まれたから腹が立つのはよくわかる」
ぶぅぶぅ文句を言うマーシを宥め、カダルはピンを立てた地図を開いて見せた。
「あいつがどこまで頑張るかは知らないが、明日は早く出よう。飯は歩きながらだ」
「ちぇ、俺水筒に水入れなきゃだな」
「疲れも軽減されるし、癒しの泉の水は出来るだけ持って行こう」
「私とツカサが持つか」
「それも頼みたい。七十六、七十七階層は癒しの泉エリアの水がそもそも少ない、らしい」
カダルはギルドからもらったメモを見てラングに頷いた。
砂漠エリアに入るので七十五階層でいろいろ備えておく必要があるのだ。これは情報をくれたギルドが用意周到で助かった。
最悪、ツカサの水魔法もラングの空間収納にしまわれた水もたっぷりとあるわけだが、癒しの泉の水は魔力回復や疲労回復、傷に対しても効能があるために重宝される。
「ロナとツカサが寝ている間にいろいろ支度しておくぞ。酒盛りは終わりだ」
「こんなちょびっと、酔いもしないぞ」
ぶつくさ言いながら最後の一滴を啜り、エルドも立ち上がり空の水筒をバッグから取り出す。
マーシもその隣で泉の水を手持ちの水筒に入れて行き、カダルのアイテムバッグにぽいぽいと放り込んで行く。
ラングはぷくぷくと水が湧いてくる場所に手を入れ、空間収納に水を直接収納していく。これはツカサの水魔法を受けていたことで身についた収納方法だ。
ツカサの鍛錬がラングの練習にも繋がっている。
それから歩きながら食べられる食事を仕込んだ。パンに葉野菜とハムを挟んだ簡単なものだ。上から切ってあり、具材が下に抜けないように工夫されている。
ミネストローネは少しだけ残っていたのでそのまま空間収納に仕舞った。改めて時間停止がついていて便利だ。
ツカサとロナが寝ている内に翌日の準備が終わり、エルドとマーシも横になる。
カダルとラングは何も言わずに交代で仮眠と見張りを繰り返した。
翌朝、目を覚ましストレッチをしたらすぐに出立すると言われツカサは驚いた。
寝る前にランタンに魔力を入れていたので問題なく稼働し、ダンジョンに入って初めて歩きながらの朝食になった。これも魔獣避けのランタンがあってこそだ、良く手に入れられたと思う。
「景色変わらないね」
「だなぁ」
ぽつ、と呟いた言葉にマーシが返す。
遠くにちらほら見える森は遠く、時々空ではない空を飛ぶ鳥魔獣の陰に驚きながら、今日も道なき道を行く。
カダルが時折立ち止まりコンパスと地図と太陽を確認するのもすっかり見慣れた。
さわりと草を撫でる風が心地良く、太陽らしきものは少しばかり暑かった。ピクニックに来たなら気持ちよかっただろうに。
遠くで聞こえた魔獣の鳴き声にびくりと背が震え、現実に引き戻される。
「ツカサとラングがあのランタン手に入れてて本当によかったな」
「かなりレアだぞーあれ!点けるだけでかなり嫌がって離れるし」
「今回は素材や魔石よりも先に進むことが先決だからな、助かった」
短い会話が終わり、またひたすら先を目指すだけの時間が始まった。
-----
ダンジョンに入り通算で二十一日目になった。
日記を書き続けているので日付の感覚は狂わずに済んでいる。
ボス部屋の前に森を一つ抜けることになると言われていたが、ついにその日らしい。
点在していた木は徐々に密集度を上げ、背の高い木々が森を成していた。心なしか鳥の声やギャーギャー言う音が聞こえる。恐らく魔獣だ。
木々の隙間から零れている木漏れ日は非常に綺麗だ。
「魔獣避けのランタンを点けたままで行くが、気を抜くなよ」
カダルがロナとツカサを振り返る。
「動かない魔獣もいる。そのそばを通るとしたら、わかるな?」
「エサが来た…?」
「そう、襲われるからな。草原よりも注意すべきエリアだ」
言われて気を引き締める。今まではランタンが作用していて魔獣に嫌がられていたが、下手をすれば自分から歩み寄ることになる。先導のカダルが注意はしてくれるが完璧はないのだと言われた。それから火属性魔法も禁止されている。延焼し冒険者自体が巻き込まれて死ぬことも多いのだそうだ。
整地されていない森の中、道はない。木が無い場所は歩くのに容易いが、複雑に絡まった根を越えて行かなくてはならない場所もありこれは草原を歩くよりも非常に疲れる。
ランタンを使いだしてから無くなっていた魔獣との遭遇もあった。エルドの大盾が木を防ぎ、マーシの剣が蔓を切り裂き、ラングがどう見極めているのか核と思われる部分を潰し、難を逃れたことが多々あった。魔石と薪と木の実がドロップしたのできちんと拾っておく。
そんなこともあったので休憩場所を選ぶのも慎重にならざるを得なかった。
開けた場所を見つけるとランタンで周囲を照らし、剣や盾で木を叩き、ツカサの風魔法で枝を払う。ばさばさ落ちて来た枝はそのまま薪に追加するが、これで魔獣が落ちて来たこともあったので慌ててしまった。
雄鶏の体を持ち尻尾が蛇の、いわゆるバジリスクと呼ばれる魔獣だ。マブラで聴いた限り大きな蛇を思い浮かべる名前だったので一瞬なんだと思ったが、小バジリスクという名称がこちらの魔獣らしい。油断したところを尻尾の蛇に噛まれて毒で死にかけた。
ロナが解毒の魔法を使ってくれたので助かったがラングには呆れられてしまった。大きな声で怒鳴られるのも嫌だが、雰囲気で気を抜いていたことを叱られるのも非常に怖い。気を抜くな、というだけに留めたラングの姿勢が厳しかった。
「頭上と足元は意外と死角だからな」
次から気を付けろ、とエルドに慰められてハーブティーを啜る。安全の確認がとれた森の中の広場で今夜は体を休めることになる。
自身を中心に竜巻を起こして切り裂く魔法を使ったので、魔獣はいないと思う。それでも、癒しの泉エリアでもない森の中では交代で不寝番を立てるのだ。
食事は有事に備えて汁物はなし。水はツカサではなく魔水の筒を使ってみた。これはこれでひんやりした水が美味しい。
ツカサもきちんと一人の冒険者として扱われ、不寝番はラングと組んだ。
小バジリスクに噛まれたこともあって、少しだけ気まずい。
お湯を沸かしてラングが淹れてくれたお茶を少し緊張気味に受け取る。
『まだ気にしているのか?』
『え?』
『魔獣が落ちて来て対処できないことを、そう凹むことはない』
言われ、僅かに首を傾げる。
『毒は無事に抜けたのだし、次から気を付ければ良いだろう。この指輪はお前に着けさせた方が良いな』
『う、うん』
渡されたそれは報酬分けをしたときにラングに渡った防毒の指輪だ。視線を感じたので左の中指に着ける。魔法なのか、中指に収まった指輪はツカサの指にぴたりとサイズが合った。視線が消えた。
ツカサは自分の中で何かが噛み合わず、困惑をした返事をしながらコップに口をつける。ふわ、と香ったのはハチミツの甘い匂いとミントの匂いだ。
それがごくりと喉を通って、ようやく思い至った。
別にラングは怒っていないのだ。気を抜くなと言ったのもいつもの指導の一環で、それ以上に言うことがないだけだったのだ。
『なんだ、もう、一人で俺』
『どうした』
『なんでもないよ、ハチミツミントありがと、やっぱ美味しいね』
『そうだろう。これは元気が出る』
ふ、と喉の奥から息が出た音がした。ラングが微かに笑った音だ。
ダンジョンに入り二十一日、関わりが深くなればなるほど慣れを感じて勝手な解釈が増えて来る。それが礼儀と失礼のどちらに当たるのかを考えなくてはならない。
『心配かけてごめん、俺、もう少し気を付けるよ』
『その心がけはいつも大事だな。私が他を哨戒しているときは特にだ』
『うん』
ありがとう、師匠。
その言葉は恥ずかしくてどうしても言えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます