第27話 もう一人のギルドラー


 呻き声が聞こえ、全員がはっとそちらを見遣った。


 布の上に寝かせていた冒険者が目を覚まし、自身を見渡して怪我がないことに首を傾げていた。

 それからこちらに気づくと警戒し、折れた剣を手にして構えた。


「大丈夫そうだな」


 エルドが頷いてすぐに背中を向ける。再びたらい風呂の話しになり、エルドたちの持っている洗濯たらいにも湯を沸かせばもう少し楽に入れるのではと切り出される。

 確かにそれなら洗濯たらいの湯で体を洗い、ツカサたちの持つたらい風呂でお湯たっぷりのまま浸かれそうだ。今夜はそうするか、と話していると冒険者の警戒が解けたのか恐る恐る近寄って来る。


「すまない、助けてくれたとお見受けするが、あっているだろうか」

「おう、落ち着いたようだな」


 エルドに言われ、こくりと頷く。

 大鎧に包まれているが自然と歩けるあたり、もしかしたら軽量化の魔法か鎧の質が良いのだろう。


「話しをさせてもらってもいいだろうか」

「いいとも、嫌でなければ輪に入ってくれ。手当はそこのロナが治癒魔法を使った」

「治癒魔法!あなたは高貴な神官殿なのか、ありがとう助かった!」


 がばっとロナの手を取り恭しく額を当てる。この世界では見たことのない所作に全員が困惑した。


「まずは、話しを聞かせてもらっても?」


 カダルの言葉に、冒険者は居住まいを正した。


「私はセルブレイのB級冒険者ギルドラー、名をミラリス・ダルヴァという。マルシマのダンジョンを攻略中、仲間に裏切られ囮にされたところ、逃げ込んだ先で意識を失い、貴殿らに命を救われてここに居るようだ。感謝する」


 騎士然と言った様子で冒険者、ミラリスが深々と頭を下げた。

 【真夜中の梟】は困惑をさらに深め、顔を見合わせている。

 ツカサもラングをちらりと見た。今の会話でわかったことは、ラングと同郷の可能性がある、ということだ。

 冒険者ギルドラーという名称はラングからしか聞いたことがない。


『セルブレイのB級冒険者ギルドラーだって、知ってる?』

『知っている、が、知られたくはない』


 ラング的には関わり合いになりたくないのだ。ならば別に言う必要はないだろう。ツカサとしても余計な面倒ごとは避けたい性分だ。

 兜を外し、ミラリスは綺麗な茶髪を下ろした。そばかすの散った健康的な肌の女性だった。

 そっと【鑑定眼】を発動する。カダルも目を細めているので同じことをしているのだろう。


【ミラリス・ダルヴァ(22)】

 職業:騎士上がりのセルブレイB級冒険者ギルドラー

 レベル:74

 HP:480,000

 MP:500

 【スキル】

 忠義心

 偽りの正義

 一閃斬り


 騎士上がりだからこそのこの態度なのか。騎士上がりの割に【偽りの正義】とはどういうことだろう。

 カダルは見れただろうか。

 ちらりと見れば、エルドに耳打ちをしているので無事に見れたらしい。

 思えば、ミラリスはこの世界の言語を話せているので【変換】が上手く行っているのだろう。つまり表示される文字もここの物なのだ。

 こちらに渡って来るタイミングで何かあるのかもしれない。もしくは、ラングは言語を習得したい人だから得られなかった可能性が出て来た。


「いかがした?私の顔に何かついているだろうか」

「いや、セルブレイって国を聞いたことがなかったんでな」

「なんと、こちらはどこの国なのだろうか?」

「ヴァロキアという国の、ジュマのダンジョンだ」

「ふむ?聞いたことのない国だ」


 ミラリスが腕を組み感想を零す。


「周りを見ている」

「おう、頼んだ」


 ラングがそっとその場を立ち上がりランタンの灯りから離れて行く。エルドは深く考えずにそれを受け入れた。

 素性がばれると面倒だと思ったのだろう、とツカサは察した。


「すまないが地図などないだろうか」

「あぁ、かまわない。カダル、出せるか」


 カダルがアイテムバッグから地図を取り出す。しゅるりと開いてランタンの灯りに晒す。


「ほう、この大陸地図は私の知らないものだ、別の大陸に飛ばされたのだろうか…?」

「あんたも隣の大陸オルト・リヴィアから来た口か?」

「オルト・リヴィアとは?」

「隣の大陸だ、地図は持ってないんだが」

「エルドさん」


 名前を呼んで視線を受け、ツカサは首を振る。カダルが察してエルドに耳打ちをしようとしたが遅かった。


「ラングとツカサと同郷かもしれんな、呼んでくるか」


 目を抑えて天を仰いだ。これは久々かもしれない。

 カダルが強くエルドの脇腹に拳を入れ、マーシはぽかんとしていたが、ロナが耳打ちをすると明らかにやばいという顔になった。

 少なくとも、関わり合いたくないから席を外した、というのは知れ渡ったらしい。


「ラングとツカサ?ラングとはもしや、処刑人パニッシャー・ラングだろうか!?」


 がばっとミラリスが身を乗り出す。

 なぜラングという名前だけでそれが出て来るのがよくわからなかったので、一応聞いた。


「あの、なんでパニッシャー?」

「ラングという名は今はあの人しか名乗れないからだ。フィオガルデのレパーニャの処刑人パニッシャー冒険者ギルドラーで知らない者はいない!私も憧れて騎士を辞し、冒険者ギルドラーになったのだ!」


 この人は。

 この人はだめだ。

 ラングが隠してきたものが露呈してしまう。つまりツカサの隠していることも露呈する。

 うきうきと興奮した様子でラングにまつわる話を知っているだろう、とエルド達に声を掛けているその人が邪魔になってくる。


「そうですか、でも、ラングは俺の兄で、そんな場所から来てません」

「先ほどそこの暗がりに居た人だろうか?会わせてくれ!話が本当なら黒いシールドを」

「やめてください」


 自分でも驚くほど冷たい声が出たと思った。

 ファンよろしく盛り上がっていたミラリスが眉を顰めた。


『あなたが理解をしてもしなくても、ここはあなたの故郷じゃないんです』


 ラングの故郷の言語で話す。言語変換が上手く行っているあたり、その言語が通じるかはわからないが一か八かだ。


『やめてください』


 切実にお願いをした。

 ミラリスは首を傾げているだけだったので、通じていない可能性が高い。


「ラングに弟はいなかったはずだが、もしや隠し子か!?」


 両手で顔を覆って項垂れた。

 幸い、【真夜中の梟】はミラリスの勢いについて行けずにひたすら困惑し続けているようだ。

 ラングについてのあれこれをツカサの反応を無視して続ける辺り、人の話しを聞かないタイプなのがわかる。そして、そう言った人種の面倒くささを改めて痛感した。

 程度は違えど、ファンや憧れを持って関わって来る人を面倒だと言った【真夜中の梟】のあの対応が如何に正しかったかを思い知る。

 余計な話しから【真夜中の梟】に嘘を吐いていることがバレるのが一番嫌だった。


「いい加減にしろってば!人の話しを聞けよ!ラングは俺の兄だ!」


 激昂して立ち上がれば、ミラリスはただ首を傾げるだけだ。


「君が彼の人の隠し子でなくとも弟ならば、これはすごいことだ、血縁が居たのだな!」


 ぱあっと明るい顔で言われて頭がくらくらした。察するということも出来ず、ただ自分の考えだけが頭にあるのだ。

 会話が成り立たないタイプがいるというが、まさしくそれだ。


「あー、ツカサ、悪かった」

「本当だよ」


 ツカサの様子にエルドがおずおずと謝るので思わず八つ当たりしてしまった。

 ぎゅ、っと大男のエルドの口が結ばれ、しょぼんと項垂れる。今はそれを笑う余裕もなかった。

 見回りに行くと言ったラングが戻らない可能性が怖かった。踵を返し、ラングが向かった方へツカサも向かう。


「ちょっと待って、私も一緒に行かせてくれ!話しをしたい!」

「来ないで!」


 振り返って子供じみた駄々をこねるように叫ぶ。びっくりして立ち上がったまま止まったミラリスに吐き捨てる。


「あんたが仲間から捨てられたの、そういうところだと思う」


 言わなくても良いことを言って、またラングの方へ向かう。

 面倒だ、本当に面倒だ。どすどすと癒しの泉エリアの石畳を踏みつけてその場を離れた。


 しばらく歩くと癒しの泉エリアの末端にラングが居た。

 見つけられたことにほっとして近づき、その隣に立つ。振り向きはせずにラングは少しだけ深いため息を吐いた。


『厄介だな。言語は試したか?』

『うん、でも、この世界の言語に上手く適応してるみたいで。ラングの故郷の言語はわかってないみたい』

『そうか』


 さわさわと草原が夜風に揺れている。それだけなら平和だが、時々獣の唸る声が聞こえる。

 ここが安全地帯だと思い知る音だ。


『ラングの武勇伝を話しまくってる。黒いシールドのことも話してるから、類似点で何か言われるかも』

『そうか』

隣の大陸オルト・リヴィアの地図は出さないでおくよ』

『そうだな』

『どうしようね』

『面倒な拾い物だったな』


 肩を竦めたラングに、少しだけ苦笑を返す。

 また物騒なバックミュージックを聞きながら時間が経つ。


『鑑定はしたのか』

『セルブレイの騎士上がりの冒険者ギルドラーだって』

『そうか』

『セルブレイって?』

『私が所属していたフィオガルデの隣の国だ。問題のある冒険者ギルドラーが多い印象はあるな』

『そうなんだ。あの人、仲間に裏切られて囮にされたって言ってたよ』

『大方、邪魔になって捨てられたのだろうな』

『やっぱりそうなのかな』

冒険者ギルドラーとて人間だ。綺麗ごとだけではパーティは続けられない』


 それはツカサの世界でも言えることだ。友人関係ですら、良い所だけではなく悪いところもある程度許容し付き合っている。それがどうしても我慢できなくなったとき、関係が終わるのだ。

 命を預け合うパーティではそれがどれだけのストレスかが今なら想像が出来る。


『クビを宣告して手続きをするのに、本人の同意が必要なのだが、ぱっと受けた印象だけで言えば、通じなかったのだろうな』


 その可能性は確かにある。

 そしてその場合、ミラリスのような対処で強制除名することがあるのだという。

 だからこそ、パーティメンバーは選別されるのだ。


『はぁ、本当にどうする?』

『話すしかあるまいな、あの女に余計に関わる前に。丁度良い人間が来た』

『え?』


 振り返るラングに倣って振り返れば、足音も無くカダルがこちらへ向かって来ていた。

 ランタンの灯りも無くダンジョンに浮かぶ微かな月明りだけを頼りに歩いているはずなのに、流石斥候だ。少し遅れてロナが追いついた。


「エルドとマーシに話半分に聞いて引き留めておくように言ってある」

「ありがとうカダルさん」

「話してもいいか?ロナもいるんだが」

「かまわん、こちらも話しある」


 エリアのぎりぎりのところで腰を下ろすのは怖かったので、少しだけ移動をしてテントを出し、中で防音を発動した。

 初めて入るラングのテントにロナは少し落ち着かないようだったが、ひとまず水を差し出して喉を潤わせた。カダルの歩く速さはそれなりに早い。必死について来たのだろう。


 ロナの息が落ち着くのを待って、ラングが口を開いた。

 ラングが出来る限りの説明をして、ツカサが補足に回る。


 この世界の住人ではないこと。ある日遺跡の攻略中、ここに飛ばされたこと。

 ツカサもここの住人ではなく、別の世界から来ていること。

 サイダルで出会い、言語と、ツカサの目的、そして今の共通の目的である元の世界に戻るために行動を共にしていること。

 その為に今は旅記作家を探していること。

 最初カダルは苦笑を浮かべていたが、段々と真剣になって聞いてくれた。

 最後に、ミラリスと関わり合いたくないことを話してこちらからの話したいことは終わった。

 カダルは少し考え込んだ後、口を開いた。


「まず聞きたいんだが、ツカサのことを弟と言ったことの責任は?」

「弟として守る気持ち、嘘違う」

「それを聞いて安心した。あんたのことだ、言動には責任を持って言ったことだろうしな」


 それを聞いて安心して嬉しかったのはツカサも同様だ。

 最初は建前だったのかもしれないが、ラングはきちんと責任を行動で示してくれている。


「話しを聞いて二人がこの国、ではなく、世界?の住人じゃないというのは、まぁ、わかった」


 正しく理解は出来ていないが、受け止めてはくれたらしい。


「それを聞いて思うのは、あのミラリスとか言う女はラングと同郷だろう?一緒に連れて行く選択肢は」

「ない」

「んだろうけど、なぜ無いのか理由を知りたい」

「人間として好かん」


 ツカサもカダルもロナも、びっくりしてラングを注視した。

 あまりにも人間らしい理由に、聞き間違いだったかもしれないと思うくらいだ。

 もっと理屈っぽいというか、理論的な理由が返ってくると思っていた。


「驚いたな」

「うん、驚いた」

「びっくりしました」

「私をなにと思っている」


 ごめんと謝るとラングは遺憾だと言いたげに息を吐いた。

 少しだけ気が紛れて落ち着いた。


「だがまぁ、冒険者ならではの理由ではあるな」

「そうなの?」

「一緒に連れ歩く人間によって、危険性や生存率は変わるからな。出来るだけ気を許せる相手と組みたいのが冒険者だ」


 先ほど言われたことが蘇る。

 綺麗ごとだけではパーティは組めない。生理的に無理な相手も中には居るだろう。


「俺たち【真夜中の梟】も、ロナとマーシを入れるまでかなり時間が掛かったんだ。長く一緒にいて争いになりにくいかどうか、意見の食い違いをどう解消できるか。随分試験めいたことをしたしな」

「良い勉強になりました」


 カダルを見上げて笑うロナの表情に、良い関係性が築かれていることがわかる。

 そうしたメンバー集めに苦労したからこそ、ラングの言うことがわかるのだという。


「さっきの短い時間で、あの女はこちらの言ったことを一つも理解できてないだろう。それがスキルのせいなのか人間性なのかは不明だが、厄介者には変わりないだろうさ」


 かなり辛辣な評価がカダルから下された。

 カダルの眼にも【偽りの正義】というスキルが見えたわけだ。


「あれはなんのスキルなんだろう」

「詳細鑑定しなかったのか」

「タイミング逃した」

「自身こそが正義、他は悪の正義である、だと。初めて見たスキルだ」


 恐らく、ラングの例からして向こうで積んだ経験や思考がそのままスキルになっているのだろう。

 【鑑定】もない世界でパーティに入る人を事前に知ろうとするのは難しいなと思った。

 なんにせよ共に行動をしたいタイプではない。


「意見に耳を傾け、疑問を持つ姿勢と、可能性を検討する思考が無ければ冒険者なんてできやしない」

「同じ意見だ」


 カダルにラングが頷いて見せる。

 少しでも違和感を感じた場合、まず現状を正しく把握するだけの能力がなければ生き残れない。ミラリスからはそれが感じ取れないのだそうだ。

 ツカサにはまだわからない領域だ。


 しかし言われてみればラングはその定石に則っていたように思う。

 サイダルで出会った当初、まずギルドカードの確認から入りそれから言語に触れた。別世界という単語にも見識はないだろうに、ツカサの言葉を理解しようと努めていた。

 それはラングの経験からして、【ここ】が【いつも】とは違う場所と違和感を持ったからこその行動だった。


「アンタ達の出会いがしらの嘘は状況が状況だ、仕方ないことだった。それからラングとツカサのパーティに入れないこともわかった。問題はミラリスの今後の処遇だ」

「【離脱石】で先に帰ってもらうのはどうかな。このまま放っておくわけにはいかないだろうし」

「俺もそう考えた。レベル的にも、これから一緒に行くにしても、あれは本人にストレスがないだけで周囲は堪ったもんじゃないぞ」


 カダルにも経験があるのだろうか。先ほどラングが話した時と同じような口ぶりだ。

 ロナはここまで沈黙していて、ツカサをじっと見ていた。


「どうした、ロナ」

「ツカサは、その、世界が違う?からそんなに強いの?」


 問われ、ツカサは少しだけ考えた。肯定することは簡単だ、けれど。


「ううん、違うよ。努力したんだ」


 今この時まで自分が努力したことを軽んじたくはなかった。

 たまたま全属性に治癒と言った幅広いボーナスはあったが、魔力のコントロールや鍛練は、我流とは言え日々の努力があってこそのものだ。


「俺、故郷ではこんなすごい力何一つ持ってなくて、それどころか短剣も、武器と言えるような物も持ったことなかったんだ」


 手のひらを自分で眺める。

 ペンダコだけはあった手が、毎日短剣を振るい鍛練を行ない、剣だこが増えていた。

 柔らかかった手のひらは少しずつ固くなってきている気がしたし、爪は毎日整えるようになった。

 それでも、あの日自分の手を握ってくれた日記帳の上の手には敵わない。


「生きる為に、必死で今身に着けてる力だよ」


 ツカサが真っ直ぐにロナを見て答えると、ふとロナの肩から力が抜けたのがわかった。


「よかった、って言って良いのかわからないけど。努力すれば僕もツカサみたいになれる、ってことだね」


 杖をぎゅっと握る手が決意を示しているように見えた。

 【真夜中の梟】のメンバーのために力になりたい、それは今のロナにとって一番の原動力なのだ。


「よかった」


 誰にでもなく呟いたロナの声に、カダルは何とも温かい表情でそれを見ていた。

 弟を見るような、弟子を見る様な、とにかく親愛に溢れていた。


「一度戻ろう。アンタとツカサのことは俺が把握した。アンタらは隣の大陸オルト・リヴィアから来ていて、そこへ向かう、という旅の兄弟で良いんだな?」

「そうだ」

「エルドたちには?」

「暫く沈黙してほしい」

「わかった、言わないさ」


 カダルが深く頷き立ち上がる。


「そろそろ戻ろう、片づけて明日もまた進んで行くことになる」


 全員で頷きテントから出る。片づけ、元の場所へ戻る。

 暗がりから四人が現れるとミラリスが大興奮の様子で騒ぎだし、やはりエルドとマーシはそのテンションについて行けない様子でいた。


「おお!貴殿はやはり処刑人パニッシャー・ラング殿だろう!その独特の仮面、貴殿の証明と言えるものだ!」


 握手を求めて駆け寄りミラリスは許可も得ずにその手を取ろうとした。

 握手というものは相手が応えてこそ触れて良いのだとラングに指摘されたことがある。

 ラングは思い切りその手を払い、ミラリスには一瞥もくれなかった。


「一匹狼というのは本当らしい、流石だ!」


 へこたれもしないミラリスにはもはや触れない。

 ラングが座ると隣に腰かけようとしたので、慌ててツカサが間に入り込む。

 逆側はカダルが埋めてくれた。


「今、貴殿の武勇伝を語り聞かせていたところだ!全くこの方々と来たら何一つ知らないのだから」

「とりあえずすごいってのはわかったけど、聞かなくったって見てりゃわかるっつーか」


 マーシが疲れた様子で頭を掻いて苦笑した。

 さっさと片づけた方が良さそうだ。カダルが咳ばらいをした。


「ミラリスだったな、アンタにはダンジョンの外へ出てもらう」

「あぁ、ご一緒させてくれ!」

「出るのはアンタだけだ。俺たちは依頼が残っているからこのまま進む」

「それならば私も協力しよう」


 カダルの言葉の端々に棘があることにエルドもマーシも気づいているのだろう。きゅ、と唇を噛んで黙っている。


「はっきり言うが、アンタは邪魔だ」

「何故だ?ここがダンジョンならば人数がいたほうが攻略しやすいだろう」

「突然混ざった奴に連携が取れるとは思えない。それにな、アンタは装備もボロボロだ。そんなんでついて来てどうするというんだ」

「ふむ、それは確かに一理ある。すまないが予備の剣があれば貸してくれないだろうか」

「冒険者が自分の得物を貸す訳がないだろうが!」


 カダルが焦れて叫んでしまった。


「僕たちは人数分の食料しか持っていません」


 ロナの声がそっと差し込まれた。


「貴女がどう言おうと、どう考えようと、この先に貴女がついていける事実はないんです」

「そんな、神官殿」

「あと、僕は神官ではありません」


 慌ててロナの隣に行き手を取ろうとしたので、ロナが杖でミラリスと距離を取った。


「僕たちは冒険者です。邪魔は要りません」


 普段穏やかなロナの言い切る姿勢に、エルドもマーシも感じるものがあったのだろう。

 居住まいを正し、ロナの後援に回る姿勢でミラリスを見遣った。

 

「ですが神官殿、冒険者と言えど同じ人ではありませんか!助力出来ることがあれば私もぜひお役立ていただきたい!」


 無理矢理ロナの手を取り、ミラリスは懇願をした。

 手を振り払って、ロナは強くミラリスを見据えた。


「貴女に出来ることは、大人しくダンジョンから出ることです」

「そんな、だって私は冒険者ギルドラーで、仲間と共に」

「僕たちは貴女の仲間ではありませんから。ツカサ」

「あぁ、うん」


 手を差し出され【離脱石】をロナに渡す。


「これを地面に叩きつけて、一人で帰ってください」


 ミラリスは黙って受け取ったが、項垂れたまま動こうとはしない。


「もう寝ようぜ」


 空気に居た堪れなくなったマーシが声をかけ【真夜中の梟】のテントへ消えていく。

 ラングもテントを出しツカサの腕を引いて無理矢理入れさせた。

 最後にちらりと様子を窺えば、ミラリスは手をこちらへ伸ばしていた。


 ばさりと入り口が閉じられ、中から鍵が掛けられた。


 誰一人として情けを掛けない。

 常に死と隣り合わせの冒険者だからこその厳しい現実だった。いや、帰還方法を差し出したのだから優しいくらいかもしれない。

 

 ツカサはもやもやとしたものを抱えたまま、目を瞑った。




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