第24話 準備
ギルドでの手続きはすぐに終わった。
カウンターにジルが居たのでエルドが話しを通し、統括だからかエルドへの信頼が高いのか、特に止められることもなく手続きは済んだ。リーダー同士のギルドカードを水晶に当てて、ラングのギルドカードに【真夜中の梟】という文字がついた。
ツカサのカードも預けてマーシたちと待っていると、【春のそよ風】のマロウたちと再会した。姿を眩ませたことを怒られ、苦笑を浮かべてそれを聞いているところにエルドとカダル、ラングが戻った。
「おう、待たせたな」
「え、エルドさん、カダルさんも、本物」
金級のエルドとカダルに出会えたことに興奮した様子でマロウは目を輝かせていた。
いろいろ話しを聞きたそうにしていたが、マーシが空腹を訴えたことで【ガチョウの鍋】へ移動することになった。マロウたちの様子を全員がスルーしていたのでツカサも気づかないふりをした。
あとで聞けば、決起も含めての意味合いの食事らしく、部外者は要らないのだという。
何よりも、ああいう手合いは面倒なのだそうだ。
【ガチョウの鍋】ではお得意様らしく、何も言わなくても店から一階を見下ろせる二階席に案内をされた。わいわいがやがやと下からの喧騒が賑わいを盛り上げる。一番高いコースをエルドが頼んでくれて、テーブルには山盛りの料理が運ばれてきた。
ジュマバードの塩焼き、タラライモのマッシュ、酢漬けマニーニまでは同じで、他にオークと野菜のシチューが鍋で、マレイドフィッシュの香草焼き、野菜炒め、パンが並んだ。
ツカサとラングとロナは果実水で、他の面子はエールを手に乾杯した。
オークと野菜のシチューはしっかりとしたオーク肉が噛めば肉汁が溢れ、野菜の甘みが溶け込んだシチューはとろりと口内を幸せにしてくれた。サイダルではなかなか手に入らなかった牛乳も、ジュマでは普通に手に入るらしい。乳牛が畜産されていることもあるが、ダンジョン内でミルクが落ちるのだという。
マレイドフィッシュは白身魚で、淡白でほろほろと身が崩れ、口どけはさらりと消えていく不思議な味わいだった。使われている香草のおかげで臭みもなく、後味がさっぱりする。野菜炒めは豪快に皿に盛られていて、野菜不足になりがちな冒険者のためのメニューと言える。
ラングが酒を飲んでいないことを突っ込んだら、明日に影響を持たせたくないからだと正論を言われ、マーシが渋々果実水に変えたりだとか。
シチューをたらふく食べて、ツカサがダンジョンに持って行きたいと言い、鍋を買いに行き店主に頼んで分けてもらったり、いろいろあった。
食事の席だがカダルとラングは物資の相談をしていて、途中からツカサとロナも混ざった。
やはりアイテムボックス係はカダルで、一ヶ月半ダンジョンに籠るとなると、途中で野菜が尽きて行くのだという。なので、ツカサはラングに確認を取った後、カダルに自分たちが持っている収納が時間停止も付いていることを伝えた。
ほっとした顔でカダルが頼らせてほしいと言ってきたので、もちろんだと返す。
いつもの二人旅よりももっと食料が必要になるので、ツカサとラングで分かれてありったけの食材と調味料を仕入れることになった。
ツカサは念のため、ラングの空間収納へ魔法の水をたくさん入れて渡しておこうと決めていた。最悪の事態が起こってばらばらになった時、少なくとも水があれば行動ができるからだ。故郷の知恵で塩を多めに仕入れることをお願いしておく。
食料代はカダルが金貨十枚をそれぞれに持たせてくれた。内容は全て任せると言われたので、張り切って買い込むことにした。足りなければツケてくれていいという、太っ腹だ。
いろいろと話している間にツカサの口調もすっかり砕けて、ロナはツカサに敬語を使わなくなった。年齢を聞いたらツカサよりも一つ下だったが、それでも同年代の冒険者はやはり嬉しいらしい。
そうして着実に攻略の為の相談をする傍ら、エルドはしみじみとエールを傾けていた。
「こういう感じで合同パーティを組むのは良いな。今までは、俺たちは勝手にやるからな、っていうパーティが多くてな」
「そうなんだ?」
「あぁ、だから、途中で食材尽きた分けてくれとか、そっちの装備が良いのばかりだ、とか、厄介な思いもして来たんだぞ」
「ラングのように柔軟に対応してくれる冒険者は、本当に実力がある証明でもあるな」
ふぅん、と興味を持ってカダルを見上げれば、ちょっとだけ口元を微笑ませて続けてくれた。カダルは迎えに来たあの夜から、少しだけ心を開いてくれた気がする。
「強い奴はわかっているんだ、備えがないことへの恐怖を」
確かに、ラングはいつも備え過ぎるくらい用意周到だ。空間収納という手段を手に入れてからは、日数にプラス十日くらいで考えてくれてもいる。それは単純に育ち盛りのツカサがよく食べるせいでもあるかもしれないが、備えてあって使わないより、足りなくて困る方が苦労する。
だから、渡した金は使い切って良いしツケてくれて良いから仕入れてくれと改めて念を押された。
「あ、ついでに酒も頼む」
「えぇ、それは良いのかな」
「かまわん」
ラングが許可をしたので驚いた。
「長いダンジョン、気分転換なら良い」
わかってるな!とエルドが笑い、マーシも欲しがって自分の財布からお金を出した。
明日はカダルがラングと、ロナがツカサと買い出しをして物資の確認。明後日の朝にダンジョンへ出発することになった。
「さっさと解明して、戻ってこようぜ!」
マーシが果実水を掲げ、樽コップをごつごつと当て合う。ラングがゆっくりと掲げたコップには我先に全員が当てに行くので、素早く下げられてしまった。ツカサは隣だったので勝手に当てた。
賑やかな前夜祭が終わり、明日は朝から買い出し、そしてついにダンジョンに籠る日々が始まる。
ツカサはゆっくりと風呂に入り、日記を書いて、早々に布団に入った。昨日の疲れが残っていたようで、ふかふかの布団に入ったらすぐに眠りに落ちることが出来た。
翌日の買い物は奇異の眼で見られながら大量に仕入れた。
肉類はダンジョン内で魔獣も落とすので大丈夫と【真夜中の梟】に言われたが、心配だったのでかなりの量を仕入れた。ロナもダンジョン内がどう変化しているかがわからないのでツカサに同意してくれた。
魚と酢漬けマニーニと野菜は譲れない。【ガチョウの鍋】の店主には酢漬けマニーニをありったけ売ってもらい、昨夜のシチュー同様に苦笑された。ただ、ダンジョンの異変はすでに情報が回っているようでよろしく頼むと声を掛けられた。
ジュマバードやオーク肉、そう言ったものの多くはダンジョン産だ。ダンジョン都市は食料をそこに頼っていることもあり、飲食店は死活問題なのだ。
ロナの案内で問屋へ行き、米を仕入れることも出来た。在庫が尽きたところにちょうど入荷があって助かった。また品切れになると店主は笑っていた。
シチューがたっぷり入った鍋はあるが米用の鍋もいると気づき買ったことは、ツカサの中でかなりのファインプレーだ。
そんなに買い込んでどうするんだと聞かれる店もあったが、隣のロナがギルドカードを出し、ダンジョンの調査に行くのだと言えば店の態度が変わった。
【真夜中の梟】の人気と信頼が成せる業だ。
「僕はまだ駆け出しと言って良いくらいだから、威光を使っちゃって悪いけど。この方が話し早いからね」
「助かるよ」
聞けば、ロナは冒険者になってまだ二年程なのだという。【真夜中の梟】は元々エルドとカダルのペアパーティで、金級に上がった際、冒険の幅を広げるために募ったのがきっかけで出会ったらしい。
ロナ自身丁度パーティを探していたところで引く手数多だったそうだが、カダルにスカウトされたのだという。
「カダルさんがかっこよくて」
きらきらした眼で話すロナには、カダルがヒーローに見えているのだろう。
その眼はツカサがラングのことを話すときとよく似ていた。
癒し手となると様々なパーティから誘いをもらえる。だが、中には脅しに近いパーティもあったのだ。そう言った連中を押し退けて、他に行きたいパーティが見つかるまででも良いから入っておけ、と誘ってくれたらしい。マーシはエルドが酒場で拾って来たのだそうだ。
「僕、【真夜中の梟】が大好きです」
心から楽しそうに笑うロナに笑って返す。癒し魔法だけでは役に立てないからと、懸命に練習して火魔法を覚えた日には、ロナ本人よりも【真夜中の梟】メンバーが喜んでくれた。その光景が忘れられない。
全属性のツカサがどのように魔法を覚えたかを質問されたが、魔法の穴を開けた際の激痛でよく覚えていないと濁した。
ロナは先天性だった為、教会は怖い場所だと聞いただけで良く知らず、ツカサから聞いて驚いていた。
「でも、ロナは努力して火魔法を覚えたんだろ?ということは、他の属性も行けるんじゃないかな。得手不得手あるだけで」
「そうなのかな、だとしたら嬉しいな。僕が出来ることが増えるから」
お互いに笑い合う。二ヶ月、下手したら三ヶ月は行けるのではないかというくらい買い込んだ。今までの二人旅とは量も違うのでそれでも心配だったが、ロナに【真夜中の梟】の食料の減り方を聞き、そこにラングとツカサの分を足しているので問題ないはずだ。
ラングとカダルも違う店で買い込んでいるので、あとで中身を確認し合うことになる。
ちなみに酒は向こうの二人が担当だ。
「ツカサ!」
声を掛けられ振り返る。【春のそよ風】のマロウたちだ。昨夜とは違い敵愾心の感じられる視線に身構える。
「ダンジョンに行くのか?【真夜中の梟】のメンバーと」
「そうだよ」
ぎゅ、とマロウの拳が握られる。ツカサより年上だろうに、その顔は嫉妬に歪んでいた。何かを言おうとしているがツカサの隣にいるのがロナなので、言ったことが筒抜けるのがわかっているのだろう。しばらく沈黙が続き、その場を切り上げてツカサは背を向けロナを促す。
「灰色級に何が出来るんだ」
聞こえるように言われた言葉に足が止まる。深呼吸、そして振り返る。
「俺に出来ることは、俺がわかってる。それに、師匠が知ってくれている」
不思議と胸を張って言うことが出来た。
ツカサの力が未熟だということは自分でよくわかっている。けれど、練習や鍛練を怠らず、経験を積ませてもらえればそれなりに使える冒険者になるだろう。
何よりもラングがツカサの価値を信じ、認めてくれている。その後ろ盾が一番心強かった。
「俺とラングはジュマのダンジョンに関わらないで出て行っても良かったんだ。【真夜中の梟】に声を掛けられたから、協力するだけだ」
こちらから申し出たことではない。乞われたのだと伝える。
何かを言いたそうにしていたが、それ以上は周囲の人目があるのだろう。【春のそよ風】はばつが悪そうに人ごみに消えていった。
「かっこよかったです、ツカサ」
にこ、とロナが笑ってくれたので、ツカサはほっとした。
余計なことを言ったかもしれないが、事実なので許してほしい。
そうして、買い物を済ませ宿に戻った。ラングとカダルはツカサ達が戻った1時間後に戻って来た。
「見ろ」
心なしか嬉しそうなラングの様子に首を傾げる。目の前にどさどさと出されたのは、大量の生や乾燥のハーブだ。
「すごい!売ってたんだ!」
「カダル詳しい、よかった」
マブラで買ったハチミツを他の瓶に分けてハチミツミントも新たに作られていた。ラングはハーブの扱いが上手い、これでダンジョンでの食事もかなり安心できる。
気の済むまで買い込んだらしく、ラングはハーブ類では自費を出したそうだ。
「分ける前使った、悪かった」
「いいよ、ラングはラングの取り分しか使わないってわかってるし」
「店の中身空にするんじゃないかってくらい買ったんだが」
カダルがラングのハーブへの食いつきに若干引いていた。
「毎日何かしらのハーブ口にしてるんで。ハチミツはなかったの?」
ラングのお手製のカモミールティーはすごく香りが良いのだ。そこにハチミツが入るとちょっとしたご褒美だ。
「ダンジョン出る」
「あ、本当?じゃあそれだけ手に入れて行きたいね」
ダンジョンの中身がどう変化しているかがわからないが、手に入るのなら欲しい。まだ砂糖というものをここで見ていないのだ。甘味はあって困ることはない。
それから買ってきたものをお互いすり合わせる。
ラングは調味料とハーブ、それに小麦やパン、魚を大量に仕入れて来た。
ツカサは肉と米、野菜を大量に仕入れて来た。もちろん、冒険の定番である干し肉や干物もきちんと手に入れている。座って食事が取れない状況だった場合、携帯食料は重宝するのだ。
調味料は何を仕入れたのか、小麦の量、パンの数、米の量、野菜の種類、魚の数、全てを日記帳に書き記していく。
六人で毎食どの程度食べるかを計算し、調味料の減り、必要な炭水化物を算定する。実際にどの程度食べるかを昨夜の決起会を思い出し、パンならこのくらい、米ならこのくらい、と言った様子で本人たちにもヒアリングを入れる。
「うーん、パンが足らないかも。米は品切れまで買い込んだから望めないし」
「芋増やす。芋おなかいっぱいなる」
「だね、ちょっともう一度買い出しだこれは」
「すごいな、俺たちこんな風に考えたことなかったなぁ」
「いかに目分量だったか、という話だな」
ツカサとラングの作業を見ながらマーシとカダルが興味深げにしている。
「固定パーティ、おおよそわかる。合同パーティ、最初大事」
「それは本当痛感している」
エルドが深く頷いて応える。
「毎回こうやってしっかりやってりゃ、面倒ごとも少なかったろうさ」
あまりにも疲れた声で言うので笑ってしまった。捕まる前に部屋を飛び出し、追加で買い物に行く。
野菜を買った店にラングと向かい芋類をありったけ欲しいと言うと、在庫を木箱で出してくれた。ダンジョンに行くことを伝えた店だったので、店主の厚意でサツマイモによく似た根菜も木箱でつけてくれた。有難い。
ダンジョンでの慰めは食事なのだとラングは言う。
ここにどれだけ時間をかけるかで、中での精神的疲れが違うのだ。この世界に来て食事が口に合ったことで耐えて来られたツカサには、その言葉の重みがよくわかる。
買い物を終え、宿に戻る。夜は好きに過ごし、明日の朝、日の出と共に起床しダンジョンへ行く。
早々に解散して部屋に戻り、ツカサとラングは後回しにしていた報酬の分配を行うことにした。
宝箱を取り出し、お金とアイテムをベッドの上に広げる。
『貯金をしようと思う』
『貯金?』
『白金貨が五百枚、金貨も五百枚出ただろう。二百枚ずつを手持ちに、残りの百枚ずつを貯めておこうと思うが、どうだ』
いざという時の為の貯蓄というやつだ。
『いいよ、カードに入れるの?』
『そうしたいが、ギルドに行くタイミングを逃した。お前が持っていろ』
じゃら、と百枚多く押し付けられる。驚いてラングを見ると、小さく頷かれた。
『信じている』
どきりとした。疑われているというよりは、この百枚ずつはツカサの為の貯蓄なのだ。
ダンジョンを前にして自分に何かあったときに少なからず大丈夫なように、資金を多く渡されたのだ。貯蓄はその言い訳に過ぎない。
ツカサはぎゅ、っと手を握り締め、差し出されたものをそれぞれ仕舞った。
『ダンジョンから戻ったら、このお金で大きなたらいなり、風呂買おうよ。旅の途中どこでも風呂入れるようにさ』
『そこで使い道が風呂なあたり、お前も大概変わっている』
ツカサはにっと笑顔を浮かべて見せた。
ラングは深く問わず、他のアイテムを手に取った。
『アイテムの鑑定を頼む』
『了解』
防毒の指輪
守護の腕輪
魔獣避けのランタン
魔水の筒
装飾された宝箱
それぞれを【鑑定眼】で確認し、読み上げる。
――防毒の指輪。毒を防ぐことが出来る指輪。
――守護の腕輪。
――魔獣避けのランタン。魔力を込めて使用すれば、半径15メートルまで魔獣の接近を防ぐことが出来る。
――魔水の筒。調合に使える水を出せる。飲料用としても可能。
――装飾された宝箱。ジュマのダンジョン、五十五階層ボスからドロップ。宝石がたくさんついている。
魔獣避けのランタンは休む時に重宝出来そうだ。
割り振りとしては、防毒の指輪はラングが、守護の腕輪はツカサが。
守護の腕輪を検証した結果、魔力のあるツカサが使った方が盾が大きく頑丈だったからだ。
魔獣避けのランタンは魔力のあるツカサが、魔水の筒は試したところ魔力を込めなくても使えるので、水で苦労したラングへ。
宝箱は戻って来てから売ることになった。箱だけあっても使わないという理由だ。
報酬の分配が終わり、宿で夕食をゆっくりと取り、風呂を沸かす。
明日からは入れても大きめのたらいになるので、手足をじっくり伸ばして入った。ラングも同様にじっくりと入って上がって来た。いつものように練習がてら、風魔法でフードの中の髪を乾かす。しっかり髪を拭いているのであまり濡れていないが、風が通れば気持ち良いらしい。
フードの中に手を少し入れて風を送るとフードがぷかぷかするのが毎回面白くて、少し笑う。ラングは肩を竦めるだけだが、便利らしく怒られたことはない。
何気なく指先に触れる髪の毛が柔らかくて、フードの中が短髪なのがわかる。伸びてきたかな、と思うと、ラングはいつの間にか切っているのだ。
ツカサの髪の毛が伸びて来るとラングが髪の毛を掴んで切り始めるので、旅を共にし始めてからは髪型が整っている。
サイダルに居た時は自分で髪をナイフで切っていたので、ざんばらだったのが随分落ち着いた。
旅の相棒を失わない為に、自分が生き残るために。
何が出来るのか、何が必要なのか、どうすればいいのか。
考えろ、と言われた全てを考えて、ツカサは明日からのダンジョンを生きる為に、改めて覚悟を決めた。
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