第23話 攻略の為に
慌てて出て来た場所へ戻るのもおかしな気分だ。
すっかり夜も更けて飲食店の喧騒と屋台が店じまいする音が街に溢れている。
ふぁ、とあくびが零れる。結局往復四時間歩いていたのだ。途中カダルが馬に乗せてくれたのはよかったが、乗っている時の姿勢にコツが必要で、尻が痛い。
馬術をやる人は尻の皮が一度は剥けると漫画で見たことがある。
『疲れたか』
『うん、あっついお湯に浸かりたい気持ち。おなか空いたな』
疲れを我慢しない、空腹は申告する。これはラングの出したルールだ。
自分の体調を自分で意識的に把握することで、無理をしないよう上限を知るための行動だ。無理をするときはするが、常にベストの力を出すためには必要なことだ。最初は我儘を言っているようで大丈夫だと答えていたが、逆に叱られてしまった。
曰く、申告がなければわからない不調や、疲れの溜まった状態で無理をすることで結果悪化をさせることは、余計な迷惑なのだと言う。例えば体を壊し、一時的に療養が必要で旅程に影響が出たりすることもそうだ。
マブラで少し塞ぎ込んで寝込んだからこそ、それも身につまされる思いで反省した。あの時もツカサのために宿を一ヵ月に延ばしたのだ。
それもあり、ツカサは自身の状態はしっかりと意識し伝えるようになった。
『食事を買って、どこか宿を取る。ダンジョンからは遠くても良いのだから、風呂があることだけを条件にするか』
『だと嬉しい』
「カダル」
「なんだ?」
ラングが呼び止め、馬を引く手を緩めて振り返る。
「話しは明日」
「あぁ、わかった。どこに宿を取る?当てはあるのか」
「引き払っちゃったんで風呂付の宿をどこで取るかってとこからです」
「そうか、よかったら同じ宿に来るか?風呂は別料金だがあるし、食事も頼めば作ってもらえると思うが」
「食事、断る」
「ラング、宿に迷惑をかけるの嫌いなんですよ」
意外そうな顔でカダルが頷く。
「そうか、ラングは良識のある冒険者だとは思っていたが、想像以上だったな。屋台も閉まり始めているしツカサたちはそちらを優先してくれ。俺は先に行って部屋を取っておこう。【グリフォンの寝床】に来てくれ。この通りを真っ直ぐに進むと左手にある」
「了解」
ひらりと馬に乗り、人に気を付けながら通りを走っていく。その背中を見送ってツカサとラングは近くの閉め始めている屋台に声をかけ、夜食を手に入れた。
屋台の人の夜食になるか、明日の飯だったのだろう。売れ残るよりは買ってもらえた方が良いと、ゴートリーの串焼きを捨て値で売ってくれた。
少し筋のある肉で、噛めば噛むほど味の出て来るタイプだ。独特のにおいはあるが香草を塗り込んで焼かれているので嫌なにおいではない。
歩きながら串を齧る。いつもならラングが嫌がるのに止められない上に、横でがぶりと串を齧っている。
怒涛の一日だった。
歩きながら眠さが勝ってくる。
【グリフォンの寝床】が非常に遠く感じたが、実際にはそんなに遠くなかったようだ。振り返れば西口の門扉が見える。ちょうどドアを開けてカダルが出て来た。
「来たか、水を運んでもらうところだ」
「あ、いいです、魔法でやるので」
「どういうことだ?」
カダルの後ろからマーシがひょいと覗く。
眠さが増してきてもはや挨拶が面倒くさい。
「退け。部屋」
「こっちだ」
「なぁどういうこった?」
マーシを放ったままカダルが先導し、二階へ上がる。外構えからしてかなり良い宿なのだろう、ベッドは布団がきちんと膨らんでいて、煎餅ではない。
風呂場を覗くと、洗面台と風呂場がきちんと分かれている。これは初めてだ。
「やっぱり宿代でかなりランク変わるね」
言いながら風呂に手をかざす。ウォータ、と唱えればスイッチが入る気がして、ばしゃりと音を立てて風呂桶に水が溢れる。勢いが良すぎてざばんと波打った。
そして手を入れ、ファイア。ぼこん、と手のところで湯が沸く音がした。適温になり、手を引き上げる。
「先入っていい?」
「構わん、寝るなよ」
「はーい」
ラングが風呂場を出て行き、カダルもその後に続く。
マーシだけは呆然とツカサの脱衣を眺めていた。
「え、まって、ツカサどういうこと?」
「マーシさん」
「おう」
「ごめん、本当今日はもうどっか行って」
疲れが限界に来てツカサも冷たい物言いになってしまった。
「お前、ラングに似て来たな!?だめだぞ、オニーチャンのそういうところ似たら!」
純粋でいて!とか俺にも話して!と騒ぐマーシをカダルが引き取りに来て、ツカサはようやく風呂に入ることが出来た。
体を流し風呂に浸かる。じわっと熱さが体に染みて疲れが湯に溶けて行く気がした。
途中睡魔が限界に来たので後ろ髪を引かれながら風呂を上がり、パジャマとして買った服に着替えてベッドに沈んだ。思った通り、ふかふかだ。
もうだめだった。
―――――
翌朝、ラングに叩き起こされ階下で朝食を取る為に降りて行く。療養が足りていない気がして起きるのも億劫だったが、疲れていても同じ時間に起きることは大事なのだと言う。そう師匠に言われればツカサは文句が言えない。
食堂でまだラフな格好の【真夜中の梟】と合流をする。
「おはよう、良く眠れたか?」
「おはようございます」
テーブルの上には山盛りの食事が置いてある。
朝食は大量の焼かれたベーコンとハムと野菜のスープ、パン、それにリゾットだ。
リゾットがあることにツカサは驚いた。米だ。ラングの腕を何度もたたいてアピールをした。
『あとで聞けばいい』
椅子に押し込まれ、そのまま転びかけた。おっと、とエルドが支えてくれて難を逃れる。
「おう、昨日は悪かったなぁ。カダルに報告を頼んだだけだったんだが、戻って来てくれたんだな」
「詳細はまだ詰めてないんだ、あまり押し付ける様なことを言うなよ」
カダルが釘を刺し、宿の女将に頼んで食事を追加してくれた。
ツカサは真っ先にリゾットを取り分けて口に運んだ。野菜のスープにミルクを入れてあり、塩っ気はあるがまろやかな味が米に染み込んでいて柔らかい。これにチーズが入っていればさらによかった。
パンや肉やスープばかりだったが、どんな形でも米が食べられたことが嬉しくてついがっついてしまう。
「ツカサ、すごい腹減ってたんだな」
マーシによしよしと頭を撫でられるが気にしていられない。醤油を少しかけて食べたい気持ちを堪え、米を食べられる喜びで泣きそうになった。
「これを買いたい」
「おお、ラングが公用語しゃべってる!」
「これ?米か?問屋に行けばあるぞ」
「食料店、なかった」
「米は生産量が少ないから、決まった店に直接卸されるんです。問屋に行けば余ってる分は売ってくれると思いますよ。人気なんですけどね、なかなか作り手が増えないみたいで少し高いです…」
「腹持ち良いよな。俺これと肉食うの好き」
「あんたも食えよ、ここの宿代と飯代はうちの奢りだ」
【真夜中の梟】といつだったかの朝のようにわいわいと食事を取る。ラングも前よりは言葉がわかるようになったので、質問に答えたりもしていた。
この中から誰かがいなくなる。そう考えると胃の腑が冷たくなるような気がした。
賑やかな朝食が済んだあと、全員で【真夜中の梟】の借りた部屋へ移動した。四人部屋だが中々に広い。
全員座れる椅子がないので、ロナとマーシがベッドに座った
テーブルを囲む形でエルド、カダル、ラング、ツカサが座る。
ごほん、とエルドが咳ばらいをした。
「あー、さて、まず聞きたいんだが、ラングの言語力はどのくらい?」
「ゆっくり話すすれば、結構聞ける。わからないはツカサから聞く」
「おー、すごいな、んじゃそういう感じで行こう」
「待て」
ラングが右の宝玉を触る。ぽわんとした膜のような感覚が通り抜けて行く。
びくりとして周囲を見渡したエルドたちをツカサが宥める。
「防音のアイテムです、聞かれたら困ること話すんだと思います」
「そ、そうか。すごいな、防音系は珍しいからな」
でかい図体でおずおずそわそわしているのがなんだか珍妙な生き物を見ている気持ちになって来る。
くすりと笑ったらこら、とエルドに腕を小突かれた。
「んじゃ改めて、まずは戻って来てくれて感謝する。話しを聞く気があるから戻ったのだと判断していいんだな?」
「話し聞く、それからだ。私たちも話す」
「あぁ、わかった。単刀直入に言うと俺たち【真夜中の梟は】ジュマのダンジョンへ降りる。目標は七十八階層ボス部屋だ」
エルドが手をちょいちょいと動かし、カダルが大量の地図をばさりと取り出した。アイテムボックス係はカダルなのだ。体についているポーチやポケットが多いので、【鑑定眼】を使わない限りどれだかわからない。それも誤魔化すための手段なのだろう。
「これは最新の地図だ。ギルドから渡されたもので、原本の一つだから間違いないと思う」
原本ではないものは複本の地図らしい。版画のように板を削り、地図をばんばん刷っていくのだ。時折、版画ミスがあり地図が狂っているものが出てしまうのが玉に瑕だが、何度もチェックは入ると言う。
今手元にあるのは版画作成の為に提出されていた地図で、七十八階層を踏破した一人が歩きながら描いたため雑だが、精度は高い物なのだ。
「俺たちの【転移石】が記録しているのは74階層まで、そこから攻略はしていないからボスの攻略は七十四階層からになる」
「待て、生き残りいた。どうした。【転移石】七十八階層、いるはず」
「ううむ、それがな」
頭を掻いてエルドが言い淀む。カダルを見れば地図を睨みつけたままむっすりしている。
話が進まないと思ったのか、マーシが頭の後ろで腕を組みながら答えた。
「【転移石】ってのは便利だけどルールが決まってんだ。十人まで登録できて、その転移石に登録している人数の半数が死ぬと、機能しなくなるのさ。今七十八階層までで機能してる【転移石】は【銀翼の隼】のメインメンバーが持ってるやつだけってわけ」
【転移石】は上限登録が十人まで。
上書きはできない。
登録した者の半数が死ぬと機能しなくなる。
つまり、【銀翼の隼】以外で生き残った八人というのは、それぞれが別のパーティであって、登録数が半分を下回ってしまい機能が停止しているのだ。
「待って、じゃあ、その機能が停止してる【転移石】のために、人数の減ったパーティに追加で入って再稼働させる、とかそういうのはできないの?」
「できることはできるけど、今回はだめだな。運が悪いとしか言いようがない。十人登録して生き残りが二人とかなんだ。追加登録もできないし、そもそも登録数が空いてたとして、信頼して連れて行ける冒険者もそんないないし」
クランに参加していたパーティは、それぞれ転移石のために合併したりして人数の底上げもされていたらしい。
登録数が上限の十まで行っているパーティが多く、補充として登録が出来ないのだ。
全滅したパーティの【転移石】は空になるため、階層の記録も消える。
まるでセーブデータみたいなセーフティーだなと思ったのは不謹慎だろうか。
とにかく、いろいろな要因のせいで【転移石】が機能しないことはわかった。
「俺たちの転移石は俺たち四人だけだから、ラングの登録が可能なんだ。あ、一緒に行けるならだけど」
「ツカサもだ」
「え?」
マーシが驚いてぱっと前のめりにラングへ聞き返す。
「その時はツカサもだ」
全員がそれぞれ顔を見合わせ、最後にツカサを見た。
「ツカサ、話せ」
「どこまで?」
「レベル、スキル」
「良いの?ラングのはどうする?」
「必要だと思ったこと、話せ」
「わかった」
カダルは腕を組んで眼を瞑った。ツカサの鑑定を済ませて内容を把握しているのだ。ラングの話しになるまで沈黙を守るだろう。
「ええと、まずは俺のから」
ツカサはマブラで魔法の穴を開けたことで魔法が使えるようになったこと、全属性と治癒が使えること、【鑑定】ができることを話した。
全属性のあたりでロナからたくさんの質問を受けたが、カダルがそれを止めていた。
次にラングの話しになった。
ツカサがラングのことで話さなかったのは、
物資の持ち運びに関わると考えたので、空間収納は話した。
「それからレベルですけど」
「おお」
「ラングは…あ、上がってる、ジュマのダンジョンで経験値増えたのかな。359です」
「359」
「な?言った通りだっただろうが」
カダルがエルドを虫を見る様な目で見ている。
ふぅー、と大きく息を吐いて後ろに倒れて行く。椅子にずるずるとだらしなく沈んで、エルドは沈黙した。
「あの、三桁って珍しいんですかね」
「いないわけではない、ただ、そのレベルだと最下層を回って金銀財宝稼いでいるレベルではあるな」
「レベルが全てではないですけれど、それだけ戦っている回数と経験があって、熟練と言われると言う感じです」
ロナがおずおずと補足を入れてくれたのでお礼を言っておく。
確かに、ラングの戦闘スタイルがスピードなのは間違いないが、ファイア・キングコボルトとアルゴ・オーガでは戦闘の仕方が若干違ったのだ。そう言った判断が随所で出来るのはやはり経験値だろう。
「エルド、戻ってこい」
「あ、あぁ」
カダルに肩パンされてエルドが姿勢を正す。
「それだけ話してくれると言うことは、一緒に来てもらえると言う答えでいいのか?ツカサも」
ラングを見上げる。左を二回。ここからは通訳をすることをエルド達へ伝えた。
『期間は地図を見て改めて提示するが、長くても二ヶ月だ。名誉や栄誉は要らん。
「二ヶ月か、最短距離を行けば…、いや、まずは報酬だな。俺たちから提示出来るのは道中の宝の山分けだ。ギルドから出せるのは金だけだ」
『ギルドは何と言っている』
「原因の解明で白金貨百枚、解明できなくとも七十八階層の状況を報告すれば白金貨五十枚」
『【銀翼の隼】の件だ』
「そっちか!見かけたら戻って来いと声を掛けろ言われたな。あいつらも馬鹿じゃないから危険だと判断すれば戻ると思うが」
『では、救援する必要はないな?』
質問の意図を測りかねて、エルドが首を傾げた。
『【銀翼の隼】が窮地に陥っていても、助けなくて良いな?』
「待て、それは。それはどうなんだ?」
『私が留意するのはツカサとお前たちだけでかまわんな?』
「そこで死にかけている同業を見捨てると言うのか」
エルドがぎちち、と音を立てて拳を握りしめた。
ラングはそれになんの反応も示さずに続けた。
『あちらも助け、こちらも助け、などと出来る訳がないだろう。己の力を過信する者は死ぬ』
「だからこそパーティで行くんだ。補い合う為に」
『くだらん』
「貴様」
『そのくだらん良心と偽善を他者に押し付けるな』
すぅ、と部屋の温度が下がった気がした。
マブラの教会で感じたあの冷たくて重い空気。ラングが威圧を発している。ツカサは恐怖にがちがちと震える顎を抑え、通訳だけに集中した。
『お前がどう動いて死のうとも私は知らん。だが、お前のパーティメンバーはその偽善のせいで犠牲になる。その仲間たちは死んで替えが利くのか?補充をすれば終わりか?そうでないのならば、自分の中に明確な優先順位を置くことだ。
人を守りながら戦うことは、何より難しい』
経験があるのだろう。ただ真っ直ぐに諭す声が終わり、ふ、と威圧が消える。
「私はツカサを守る。必要なら、お前たち捨てる」
公用語で最後に伝え、ラングは席を立つ。
「会議しろ、答え待つ。ツカサ、行くぞ」
ごつ、とラングの靴底が立てた音に動かされ、部屋を出るラングに続く。
部屋を出る前に中を振り返ると、じっと考え込むエルドとツカサへ頷いて見せたカダルがいた。
―― しばらく、部屋で待機することになった。
ラングはツカサに部屋に残るよう言いつけて宿を出て行った。
買い物をするくらいはラングでも言葉が問題ないので構わないが、あんな会話をしたあとに部屋に置いて行かれるのは居心地が悪かった。
エルドたちの話しを聞きに行く訳にも行かず、ツカサは時間を持て余して余計なことを考えそうになった。
ふと思い出す。昨日疲れて寝てしまったので日記を書いていない。
空間収納から取り出して日記を開く。かなりの日数が埋まって来ていて、取り留めもないことを書いていたり、ラングへの不満を書いていたり、読み返して少し気が紛れた。
ペンを取り出し書き始める。昨日のことは書くことが多いのだ。
かりかりとペンの走る音が響く。ツカサはここに来てからこの時間が嫌いではなかった。
ここにはゲームもなければ、スマホも充電が出来ないままで空間収納にある。
教科書を使った勉強をしたりはしていない。やっていることと言えば、鍛錬と冒険と、食べるための行動だ。
ふと顔を上げて窓の外を見る。
「俺、毎日何してたっけ」
朝ごはん、通学、学校で勉強、ファミレスでバイトをして、スマホを使い、ゲームして。
いつも洗濯されて綺麗な服。いつでもボタン一つで入れる風呂。
欲しい時にいつでも買える物。命の危険に晒されない毎日。
退屈ではなかった。暇ではなかった。けれど。
充足感が、きっとなかった。
ペンが止まる。充足感。書きながらツカサは何かが染み込んで行く気がした。
自分の中で整理することの重要性をラングが言っていた気がする。
言葉が上手く浮かばない。こういう時、スマホが使えればネットで検索をかけて相応しい言葉を探しただろう。
著者を探す目的で動いているからこそ、今は生活の為に生き残る力、戦う力を求めている。
帰る時に何を持って帰れるのだろうか。
ドアがノックされ、現実に引き戻される。
随分難しいことを考えていた気がする。
「はい」
「ツカサ、良いだろうか」
エルドの声だ。ドアへ近寄り鍵を開ける。
図体のでかいエルドがしょんぼりと言った様子でそこにいて、首を傾げる。
「あれ、一人なのか」
「ラングは少し出て来るって。その内戻ると思う」
「そうか。今平気か?」
どうぞ、と部屋へ招き入れる。椅子を進めて水を渡せば、教育が良いなと言われた。
「さっきは悪かったな、ついカっと来ちまって」
「いや、ラングは気にしてないと思います。ああいう人だから」
ラングは言葉に責任を持つ人だ。だからこそ良くも悪くも突き刺さる。
ツカサも叱られるときは本当に凹むのだ。
「俺はな、金級に上がって少し慢心していたかもしれんよ。カダルにも言われていたんだが、ラングに改めて気づかされた」
苦笑を浮かべたエルドの口元に、皺が少しだけ浮かんでいる。
先ほどカダルがツカサに向かって頷いたのは、お礼だったのかもしれない。変な話し、仲間からの言葉が刺さる時もあれば、仲間だからこそ言葉が届かないこともある。
「仲間を取るか、救援を取るかだったら当然仲間だ。それをきちんと置いておかなくちゃならん」
どん、とエルドは自身の胸を叩く。ふぅ、と息を吐く。
「ラングはあぁ言ったが、お前の気持ちはどうなんだ、ツカサ。一緒に来てくれるのか?」
「そのつもり。みんなに死んでほしくないってラングに言ったのは俺だから。言葉と行動には責任を持てって言われてるんだ」
「良い兄さんだな」
「厳しいけどね」
お互いに笑い合う。大きな手がぼすんとツカサの頭に置かれた。
「ツカサがそう言ってくれなかったら、ラングは引き返さなかっただろうな」
「どうだろ」
「怖いんだよなぁ、ラングともう一度話しをしようと思っているんだが、ラングが出したのは条件であって、行くとは言ってないだろう?」
言われてみればそうだ。期間についての話しや、その時、と言う良い回しはしたが確実に同行するとは言っていない。
「聞くしかないんじゃないですかね」
「ただいま」
「あ、おかえり」
噂をすれば影とはよく言ったものだ。ラングが戻って来た。部屋の中にいるエルドに首を傾げている。
「用は?」
「もう一度話しをさせて欲しくてな」
「かまわん。一人か」
「いや、全員で。俺たちの部屋へ行こう」
頷き、部屋を出る。歩いてほんの数歩、隣の部屋へ入る。先ほどと同じ位置に【真夜中の梟】のメンバーが座っている。マーシが手を上げて挨拶を、ロナが会釈、カダルは瞑目で礼をした。
また同じ席について、エルドが咳ばらいをして注目を集める。
「まずは、さっきの話しの続きだが。依頼が救援ではないこともあって、【銀翼の隼】がどういう状態になっていても俺たちは関わらないことに決まった。いや、決めた」
うんうん、と頷いて見せる【真夜中の梟】メンバー、ラングは然して興味がないらしい。反応はない。
「ルートの策定もさせてもらった。ロナもツカサも不慣れだろうから、休憩を多めに考えて行程を組んだ」
ばさり、と地図を広げてカダルが説明を担う。
「どれだけのダンジョンを知っているかはわからないが、ジュマは一層ずつかなりの広さになっている。七十四階層からは草原が広がっている」
「ダンジョンの中に草原」
「あぁ、ついでに言えば日が昇って沈むのもある」
ファンタジー、と喉まで出かけた。では時間感覚は狂わないで済みそうだ。
「ところどころ森があったりするから、最短で突っ込もうとするとかなり険しい道になる。ある程度迂回はするが、安全のために必要なことだと理解してほしい」
「何日だ」
「七十八階層のボス部屋まで、一ヶ月半」
ふむ、とラングが腕を組む。気になってツカサは尋ねてみた。
『ラング、ラングの気持ちを聞いてないんだけど、良いの?』
『正直に言えば、今でも行きたくはない』
はっきりと言われ、無理を通した気がして心苦しくなる。
『私は行かない選択肢を受け止められる。それで何を失ったとしても、自分が覚悟を持って選んだ答えだからな。だが、お前は違うのだろう』
視線を感じてそろりと顔を上げる。ラングのシールドがツカサを向いていた。
『師匠にはこう習った。後悔をするくらいなら、死ねと』
『それもどうなの』
『やらないと決めたことに後悔をするくらいなら、やると決めて結果を受け入れろと言うことだ』
ラングは様々な局面で選択を強いられてきたのだろう。その時、手を貸すと決めた時も、貸さないと決めた時も。必ず覚悟をした上で選んできたのだろう。
『お前がぐずぐずしているのを見ていると、かつての私を見ているようだ』
『ラングにもこういうのあったの?』
『当然だ。私とて最初は何も知らないただのガキだったのだから』
『その時どうしたの?』
『師匠に背中を蹴り飛ばされた。ぐだぐだ言っていないで行って来い、と。その代わり、どうしてもと言うのなら手を貸してやる、と』
ふ、と喉から空気が出る音がした。
『師匠と同じことを、お前にしているだけだ』
ありがとう、と言うのは憚られた。簡単にお礼を言って良いことではない気がした。
ダンジョンでは誰よりもラングが負担を強いられるだろう。なのに、ツカサの気持ちの為だけに随行を決めてくれたのだ。
「期間わかった。パーティだが」
「あぁ、一時的に【真夜中の梟】に入ってもらう形になる。他のパーティを募集してのクランだが」
「クラン断る。大勢いる、邪魔」
「そうは言うが、やつらが攻略した際にもかなりの人数が」
「行くなら六人」
【真夜中の梟】と【異邦の旅人】だけで行くと言う訳だ。
焦れてラングが左を二回叩いた。
『私は連携など取れない。人数が増えれば規律が生まれ、足並みを揃えることを強要する空気が出来る』
それはラングの戦闘の邪魔になるのだ。
エルドはじっと考え込んだあと、ばしりと膝を叩いた。
「わかった、そうしたら俺たちだけで行こう。ギルドにうるさいことは言わせん。何よりあんたの戦いを俺は見たい!」
横でカダルが深いため息を吐いた。エルドに呆れたらしい。
「じゃあ、もう一度確認をするが、良いんだな?七十八階層の調査を目的として、【真夜中の梟】と【異邦の旅人】で組む。良いな?」
「問題ない」
「わかった。そっちのリーダーはラングだよな?」
「そうだ」
「一時的にうちに入ってもらうことになる、ギルドで手続きがしたい、今からいいか?そのあともう少し詳細を」
「いやいや、せっかくだし飲みに行こうぜ!ぱーっとさ!」
マーシがぴょんと立ち上がった。
「何せ俺は腹が減ったよ、朝食ってから話し通しで昼抜いてるんだぞ」
「そういえばそうだ、俺もおなかすいたな」
「僕もです」
「だよなぁ!」
「んじゃ、ギルド行って【ガチョウの鍋】行くか」
エルドの言葉にわぁ、とマーシとロナ、ツカサが喜ぶ。
「悪いな、嫌じゃなければ付き合ってくれ」
「かまわん」
わいわいと盛り上がるツカサたちを、ラングが眩しそうに見ていたことは誰にもわからなかっただろう。
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