第22話 再会と決断
アルゴ・オーガの報酬は豪華だった。
目的であった【帰還石】は無事に五階層宝箱から手に入った。
続けてドロップされた魔石と素材、宝箱を確認した。【春のそよ風】のメンバーも見学の許可を求めて無事に許諾された。
素材はそれなりの数が落ちた。
アルゴ・オーガの角
アルゴ・オーガの皮
アルゴ・オーガの血液
魔石(高レベル:大)
魔石のサイズはファイア・キングコボルトと変わらず、色は紫に淡く光っている。属性的なものが秘められているのかもしれないが、知識不足で導き出せない気がした。
角と血液は何か調合に使えそうなイメージだ。血液がきちんと瓶に入ってドロップするあたり、ご都合主義を感じる。皮は緑の牛皮のようなものがばさりと落ちていた。
素材を仕舞い込み、キラキラと輝く宝箱を取り囲む。功労者はラングなので開けるのを待っていたが、ツカサがそわそわしていたからだろう、譲ってくれるらしい。一応許可を得る。
「開けて良い?」
「かまわん」
ぱっと宝箱の前に陣取る。ファイア・キングコボルトの時よりも豪華な宝箱の装飾にわくわくしてしまう。
宝箱の装飾品を持って帰ることができれば、それだけで大儲けだ。
重い蓋を持ち上げる。鍵はなく、がぱ、と音がして空気が入る。指を差し込み、肩で持ち上げるようにして大きく開けた。
すごかった。
語彙力を失って宝箱の中身を呆然と見ていた。
色とりどりの宝石と、白金貨の山。その中にマジックアイテムだろう物がぐさぐさと刺さっているのだ。
【春のそよ風】メンバーが思わず覗きこむが、ラングが腕でそれを抑えた。止められて我に返ったのか恥ずかしそうに一歩下がる。
「確認しろ」
権利はツカサにあると言ってくれた。頷いて【鑑定眼】を発動しながら宝箱を確かめて行く。
時間がかかった。わからなくなりそうなので内容を日記帳に書き記していく。
白金貨 500枚
金貨 500枚
魔石(最高級:中) 10個
魔石(高級:中) 13個
防毒の指輪
守護の腕輪
魔獣避けのランタン
魔水の筒
装飾された宝箱
色とりどりの宝石は全て魔石だった。
正直、もう路銀を稼ぐという目的を達成してしまった。
これだけで価格がすごいことになりそうだと思った宝箱自体も持って行けるらしい。鑑定ができてしまった。
五十四階層ボスのドロップ宝箱は床に消えていったので、今の宝箱がレアだったのか、五十五階層からはルールが違うのか、気になるところではある。
ツカサはラングに内容を共有し、ラングの空間収納にしまってもらった。さすがにこの内容を灰色級が持ち歩いていては良いカモだろう。
『丁度よかったな、面倒ごとに巻き込まれる前に街を出れる。これでさっさと帰るとするか』
【帰還石】を手に言われ、頷く。
『あ、使い方聞かないと』
『あぁ』
「あの、これ【帰還石】手に入ったんだけど、どう使えばいいのかな」
「え、帰るのか?」
「目的は達成したし、ダンジョンが普通じゃないんだから帰るよ」
「あ、あぁ、そうだよな、うん」
これだけの実力があればもっと探索をすべきだと言いたいのだろう。平時ならそれも考えるが、今先ほどこの状態がおかしいと言われているのに進むわけもない。
「パーティメンバーに触れて、【
「【
ラングはツカサの肩を掴んで唱えた。一瞬、エレベーターで上昇するような圧を感じた後、足元が変わった。
土だ。そして外に居た。辺りを見渡すと後方にダンジョンの入り口がある。
『出られたな』
『だね、さっきの宝どうしよう?』
『どうすべきだと思う』
『すぐに持ち込むよりは、一回宿で詳しく調べた方が良いと思う。所持金も余裕出来たし、魔石も持ち歩いて問題ないかなって』
『半分同意見だ。手に入れたアイテム類は出す必要はないだろう、素材も全て手元に置いておく』
『素材も?』
『大きな都市に行けば行くほど、加工技術は上がる』
『あー、なるほど』
全て持ち帰ることで決定し、日はまだ高いが街に帰ることに決まった。
「待って、待ってくれツカサ!ラング!」
同じように帰還してきたのだろう【春のそよ風】のマロウが離れたところから走って来る。
帰還する際に外は確定だが場所はずれるらしい。息せき切って駆け寄ったマロウは、興奮した様子で叫ぼうとして、ラングに口を押さえられた。
「私たちは専属違う。移動する。協力しない。騒ぐ、許さない。私が守る、弟ツカサだけ」
はっきりと伝え、ラングがゆっくりと手を離す。
少しだけ冷静になったのか、マロウが深呼吸の後声を出した。
「あんたの力がすごいのはわかった、弟第一なのも、ジュマのダンジョンに籠り続ける気がないものわかった、でも、一旦ギルドに一緒に来てくれ。新種のボス主が五階層で出たのだと、素材を見せて証明する必要があるんだ」
言いたいことはわかる。他の冒険者のためにダンジョンを封鎖するなり、調査隊を組んだりするのだろう。ツカサは【鑑定眼】であのボスが五十五階層とわかるが、見たことがなければマロウたちには新種なのだ。あれは五十五階層のボスだ、と言えばまた説明で面倒になるだろう。
『どうする?』
『正直行きたくはない』
ラング自身、故郷で救援依頼によってダンジョンに入った経験があるからか、嫌な予感しかしないという。
『巻き込まれるのは御免だ』
『オーガの皮だけ渡す?角だけとか、それで実証にならないかな』
『納得するとは思えん』
『じゃあ、どうするの?』
『師匠にはこう習った』
ラングがツカサを見遣る。視線を感じて首を傾げる。
『こういう時は、逃げるの一択だ』
逃げる。ぽかんとしたツカサの腕を掴みラングが足早に馬車へ向かう。
「あ、ちょっと!?ラング、ツカサ、どこ行くんだよ!」
「街」
「俺たちも行くから、街に居てくれよ!サシャ、ケルム、先に戻ってギルドに伝えておいてくれ」
「了解」
乗合馬車に乗り込み、サシャとケルムも同乗する。ガタン、と揺れて動き出した馬車の中、ツカサは落ち着かないでいた。
『逃げるって、どうするの?』
『どうもしない、宿を引き払って夜の前に出るだけだ。食材は多めに仕入れているからこのまま旅に出ても良いだろう』
『それじゃ、ギルドには顔を出さないで本当に逃げるんだ』
『そうだ。関わっていられるか』
故郷でよほど面倒な目に遭ったらしい。絶対に協力しないという強い意思を感じた。
目的は路銀だったのだから、達成した今ジュマに残る必要もない。もう少しラングと共にダンジョンを進みたい気持ちもあったが、おかしくなったダンジョンでそれを続ける理由もないのだ。
強いて言うなら酢漬けマニーニをもう少し買い込んでおけばよかったくらいだ。
馬車内でスムーズにジュマを出るために手順を確認する。宿には荷物を置いていないので、今日の分を支払って引き払う。
西口を目指しながら目に付いた食材と食べ物を買い込み、そのまま街を出てダイムを目指す。【ガチョウの鍋】が営業時間でさえあれば、酢漬けマニーニを追加出来たが仕方ない。
作戦会議を行なっていると時間が早い。ジュマに馬車が着いたので降りてすぐに歩き出す。
サシャは走ってギルドへ向かい、ケルムはダンジョンへ向かう馬車を一旦止めるように話しを通しだした。
それを確認し、ラングと行動を開始する。
サイダルでもこうやって逃げたしたことがあったなぁ、と思い出したのが悪かったのだろうか。
宿を無事引き払って西口への道すがら補給を、と歩き出したところで、大きな声に名前を呼ばれた。
「ツカサ!ツカサじゃないか!」
足が止まりそうになり、ラングに腕を引っ張られる。
振り返るなと言いたげなその態度に、黙って従う。人ごみに紛れてしまいたいのだろう、ラングの足が速くツカサも転びそうになりながらついて行く。するすると人の間を縫って行くラングのあとを続いているのに、人にぶつかり何度も謝った。
「おいおい、どうした?急いでるじゃないか!」
「やめろよ、邪魔するな、本当頼むからそっとしておこう、な?」
「なんでだ?せっかく再会したのに」
「本当に、頼むから、死ぬなら、一人で死ね!」
止めてくれてるなぁと思いつつ、ラングについて行くのが必死で確認はできない。
ある程度距離が取れたのか、必死の訴えで無理に追いかけることはしないでくれたのかわからないが、名前を呼ぶ声は消えた。
ラングに銀貨をじゃらりと渡され肉屋に押しやられる。担当は肉らしい。
ラングは向かいで野菜を素早く買い込んでいる。
オークの肉やジュマバードの肉を買い込む。これらはダンジョンドロップの肉なのだそうだ。倒しはしていないが、味として美味しいのは知っているので銀貨を押し付けてたっぷりと仕入れる。
ラングの買い物も終わったらしく、背後に立たれて驚いた。
『済んだか』
『ばっちり、ラードも買ったから揚げ物もできるかな』
『揚げ物は置いておくが、良い判断だ。行くぞ』
小休止をいれることなく早歩きで西口へ向かう。言われる前にギルドカードを差し出し、出ると伝え、出場を記録される。
慌ただしくジュマの城郭を出て振り返らずに歩いて行く。
夕方まで歩き続け、キャンプエリアが見えたところでようやくラングは止まってくれた。早歩きを続けていたのでふくらはぎがぱんぱんだった。
『もう大丈夫かな』
『わからん。よもやここまで追ってくることはないと思うが』
『素材渡して協力をしなかったのは、なんで?他にも理由あるの?納得するとは思えないって言ってたけど』
コップ二つを取り出し、ツカサに差し出す。
ツカサが魔法で水を注ぎ、二人で一気に飲み干す。美味しい。
『ジュマのダンジョンは発見から五十年近く経って、七十八階層が踏破された』
『そうらしいね』
『一度協力をすれば、一年で済むかどうか。それに大規模なクランを組んだために、死者も出たのだろう。補充として数えられるのは不本意だ』
『あ、そうか。ただでさえ広いし、原因を解明するまで付き合ってたら時間かかるのか!五十五階層ボスを倒せる冒険者なんて、即戦力だしね』
『【春のそよ風】と共に五階層で討伐した。あいつらの信用が高く、四階層で会った冒険者たちが生きていれば、証言は足りるだろう』
『怖いこと言わないでよ』
『他の階層でも同様のことが起こっているはずだ』
『うーん、それならわざわざ協力することもないか』
『私たちの目的は別にあるだろう。余計なことに時間を割いている暇はない』
その通りではある。だが、ラングがあまりにも必死に逃げるので少し違和感があるのだ。
『何かあった?』
シールドの下で大きなため息が聞こえた。
僅かに上げて形の良い鼻先が見え、ツカサの方を向く。
『アイリスと話した』
いつの間にか
『聞いていい?』
『かまわん』
コップに水を入れて話しを待つ。その辺にあった岩に並んで腰かける。
『子供が出来たそうだ』
『え、誰に』
『弟子だ。リシトという』
驚いた。
相変わらず端的に物を言うので、質問を忘れないようにしよう。
『それから、
『娘さんと時間が取れないって言ってたやつ』
『あぁ。だが、それを返そうとするのは誇りを傷つけられるとも言われた』
『娘さんも同じ職業で、話せるって言ってたよ』
『無駄なことをするなと叱られた』
すごい、あの人はラングを叱ることのできる人なのだ。
己に一本芯があり、信念があり、だからこそ顔を上げて意見が出来る人なのだ。
『それから?』
『早く戻って来い、と』
ラングはラングの故郷に。
ツカサはツカサの故郷に。
別れを考えるのはまだ早い気がしたが、ラングがここまで明確に帰ることを口にしたのは初めてだった。
そのためにツカサの持つ転移のきっかけを追うことに、以前より意欲的なのだ。
それを少し寂しいと思ってしまう気持ちがよくわからなかった。
『弟子のリシトさんは、どんな人?』
『二歳のころから私が育てた。息子のようなものだ』
ぎゅう、と何か言い知れない物が浮かんで、無性に腹が立った。
『そっか。息子に子供が出来たなら、早く帰らなくちゃだよね』
ツカサには彼女もいなければ子供もいない。ラングがどう言った気持ちでいるのかを正確に測れずにいる。
ただ、帰還に前向きになるくらいの理由ではあるのだ。
自分も弟子なのに、と思う気持ちが嫉妬だと気づいて、恥ずかしいやら悔しいやら、泣きそうになった。
『とはいえ、アイリスと会話できることも知ったからな』
ぽす、と頭に手が乗る。
『戻るのは、お前の先行きが決まって、見届けてからでも遅くはないだろう』
それがツカサへの優しい配慮なのだとわかり、子供じみた気持ちがさらに恥ずかしくなった。
けれど、有難く受け止めておく。
『お前も私の弟子なのだから』
ラングの声に、言葉に、ツカサの涙腺は簡単に崩壊した。泣くことは恥ずかしいはずなのに、泣くところを見られすぎているせいか、ラングの在り方が良いのか。
泣くな、と言われることはない。必要以上に慰められることもない。
追いつきたい背中を見せてくれたり、隣に並んでくれたり、視線の高さを合わせてくれる。
そんな人が故郷で居ただろうか。
父とは違うその姿に、不思議な親愛が沸く。
『ありがと』
ぶすくれた声で言えば、ふ、と喉の奥から小さく息を吐く音がした。それが声を上げて笑わないラングの、微かな笑い声だと気づいたのは最近だ。
不意にラングがぴくりと動いて立ち上がる。
驚いて見上げれば、ジュマの方を見て睨んでいるようだ。
目を拭い鼻を啜って、立ち上がりそれに倣う。風の音に乗って蹄の音が聞こえた。涙も引っ込んだ。
『まさか、追手?』
『いや、馬が一頭のようだ』
ダカダカと重なる音によく聞き分けができるものだ。小さな粒が人型を取る頃、ラングがランタンを取り出してかざした。
「あぁ、いた」
それは先ほど、ジュマで必死にリーダーを止めていた【真夜中の梟】のカダルだった。
「カダルさん、どうして」
「久しぶりだなツカサ、兄さんに剣を仕舞うように言ってくれないか」
「え、ラング?」
言われて横を見れば、既に抜刀した状態で立っているラングが居た。慌てて止めて鞘に納めさせた。
「来てるのは俺だけだ、他は置いてきてる。話しだけさせて欲しい」
馬を降りて手を上げ、カダルは許可を求める。カダルのラングへの対応は、過剰だと言えるくらい低姿勢だ。ラングは尊大に頷くと組み立て式竈を取り出した。
お茶を淹れるらしい。
「あ、これ飯。慌てて出て行っただろ」
カダルが鞄から包みを取り出し、ぽんと渡されたのでランタンの下で開く。
焼き魚と串焼きの肉と、蒸かした芋だ。テイクアウトできるものを手早く買い込んで追って来たのだろう。
「カダルさん、なんで追ってきたんですか」
「サイダルの報告と、ジュマのダンジョンの話しを聞いた。それで、話しがしたくて来た」
とん、と背中に何かが当たった。振り返ればラングがポットを差し出してきていた。
いつものように水を入れ、返す。ポットは熾火に少し埋め込まれた。
「エルドさんたちに話は」
「待て、今何をした?」
「え、あ、あぁ、そっか。魔法使えるようになりました」
「もういい、わかった。お前たちのことで驚くのはやめる」
馬を木に結び、カダルはラングがお茶を淹れてくれるのを待っている。
ツカサは空腹がすごかったので先に魚を齧らせてもらった。簡単に近況だけ報告し合う。【真夜中の梟】は今日ジュマに戻ったばかりなのだという。定宿に向かう道すがら二人を見かけ、騒いだエルドを必死に黙らせたのだ。ツカサは苦笑を浮かべたあと、急いでいたので助かったと礼を言った。
しばらくしてラングは湯気の立つコップをそれぞれに差し出し、会話の輪に混ざった。
「話しは」
ラングが話したことにも驚いたようだが、カダルは宣言通りそれ以上の反応はしなかった。少しだけ姿勢を正した。
「まずはサイダルの報告を。別れた後、マブラから魔道具で連絡が入った。全員捕縛しろ、と」
キースから話しを聞いていた通り、エルドたちがサイダルで捕縛に乗り出したわけだ。
サイダルに着いた際、町は一見普通に見えたそうだ。
だがギルドへ足を踏み入れると冒険者たちが浮ついた様子で【真夜中の梟】と距離を取っていた。酒場は営業がなく、ギルマスへの面会は拒否をされた。
ジャイアントベアーを負傷しながら倒したとサイダルは報告をしていたので、見舞いだと言ったがそれでも拒否された。
カダルが調べたところ、ギルマスはすでに逃げていて部屋はもぬけの殻、横領していた資金も持ち去られた後だった。面談を拒否していたカウンターのロクシーは何を聞いても知らない、拒否しろと言われただけだとしか答えず、酒場のアーサーは正気を失っていてどこかの言語で話したり歌ったりをしていた。
ツカサは何とも言えない気持ちで苦虫を噛み潰したような顔をした。ラングに肩を叩かれ、頷いて返す。
大丈夫だ。
「どうした」
「なんでも。それで、どうしたんですか?」
「あぁ、ギルマスが雲隠れしちゃどうしようもないからな」
一先ずロクシーとアーサーを拘束。町の人から事情聴取を行ない、ツカサとラングに剣を向けなかった冒険者を除き全員のギルドカードを失効処分とし、サイダルのダンジョンを立ち入り禁止にしたという。
「ギルド職員だけは連れて行ってたからその場で変えて、事後処理が済み次第のダンジョン解放になる」
「職員なんて連れて、あ、あの商人の人たち?」
「あぁ、素材目的で入った方が自然だろうと、マブラのギルマスからの提案で隊商として連れていた。真面目な冒険者のためには良い判断だったと思う」
ふぅ、と吐いたため息が湯気を吹き消す。ハーブティーを飲んで一瞬目を瞑る。
ぱちりと爆ぜた薪の音が会話を促した気がした。
「ギルド嬢のロクシーは、共謀の罪で牢に入った。タンジャを庇う動機がわからないが、今後の取り調べによるだろう。酒場のアーサーは正気に戻るかわからないからな、入院することになった」
入院という概念があることに少し安心をした。
決して、悪い人ではなかったのだ。もっとサイダルのやりようが違えば、元の世界に戻る為、今ここに居たかもしれないのだ。
「元ギルマスのタンジャは指名手配された。少なくとも、ギルドではもう働けないだろう」
ギルドカードを失効された冒険者たちは、再度教育を受けた上で観察期間を設け、検定されるという。
ラングが聞き取れなかった部分を通訳し、串焼きを齧る。これはオーク串だ、豚によく似た甘い脂が広がる。
「どこへ逃げたと思う」
「森の深部か、ダンジョンだろうと踏んでいる。あとは監査がやることだから俺たちは手を引くさ」
「妥当だな」
芋をもぐりと齧ってラングが頷く。ほ、とカダルは安堵の息を吐いている。
まるで厳しい教師を前にした学生のようだ。
「ジュマのダンジョンが七十八階層踏破されて、おかしくなったみたいだな」
これ以上サイダルのことで情報はないのだろう。カダルが話題を切り替えた。
「びっくりした、四階層のボス部屋に五十四階層のボス魔獣が出るから」
「ツカサ、それは迂闊な発言だぞ。なぜ
ツカサはコップを手に固まった。カダルへ安心感を抱きすぎていた気がする。他の冒険者の前では新種の振りで言葉を濁していたのに、はっきりと言いすぎた。
「俺は鑑定のスキルがあるからツカサも出来るとわかっている。それで宝箱や魔獣を見たのだろうというのも想像がつく。気を許してくれるのは嬉しいが、次は気を付けろ」
「ありがとう」
ほ、と体から力が抜ける。
鑑定のスキルを持つ人に、この世界で初めて会った。それがカダルだったことは幸運だったのだろう。
「鑑定の心得と予防はあとで話すが、ジュマのダンジョンの五階層でラングが活躍したと聞いた」
「五十五階層のボスが出たんだ、どうなるかと思ったけど」
「らしいな。お前らが逃げるように西通りに行ったあと、ギルドで話しを聞いた。ダンジョンを確認に行った奴が、一階層のボスが変わっていることも確認してきた」
「一階層から!?」
「あぁ、だから転移石を持つパーティに依頼して、ボス部屋を通らないように上層で
「連れ帰れなかったんですか?」
「いや、四階層のボス部屋で死んだパーティ以外は連れ帰れた。癒しの泉エリアに逃げ込んでてくれたようだ」
「あの人たちだけだめだったんだ。逃げ込んでたって、もしかして通路もだめだったんですか」
「あぁ、一階層に中層の魔獣が徘徊していたらしい」
高レベルの魔獣が徘徊しているのだとすると、等級の低い冒険者は入れないだろう。
ツカサにはたまたまラングという強者がついていて、たまたま属性に拘らない魔法が使えるだけだ。
「解明の為に合同パーティ、クランを組みたいんだけどな。【銀翼の隼】はまた降りて行って戻って来ないし。それが攻略で後ろが見えていないだけなのか、全滅しているのかもわからない」
少しぬるくなったハーブティーをごくごくと飲んで、カダルは何回か深呼吸をして自分を落ちつけた後、ラングに向き直った。
「先を急いでいるのは見ればわかる。あんたが守るのはツカサだけだということも、重々承知している。関わり合いたくないからジュマを出てきたこともわかっている」
何度も続きを言おうとして、唇を噛み、また言葉の出ない息を吐く。
やがてカダルは立ち上がった。何も言わずに馬の方へ歩いて行き、結んであった紐を解く。
「死ぬのか」
ラングの問いかけにカダルの肩が揺れる。
「可能性は高い」
ぽつりと呟かれた返答に、意味がわかっていなかったツカサの中でじわじわと危機感が滲む。
知っている人が死ぬ。
ツカサの目撃した死は、今までは関わり合う前の人たちだった。冷たい物言いだが、知らない人が死んでいたので生理的なショックはあっても精神的なショックは薄かった。
けれど、カダルたち【真夜中の梟】は違う。会話し、朝食を取り、今こうして再度言葉を交わした相手だ。
知らない人ではない。
「ジュマを拠点にしているし、エルドと俺は金級だからダンジョンの調査に入ることになる。マーシは深く考えないやつだから、単純に【銀翼の隼】を心配して行く気でいる。俺たちが行くとなれば、止めてもロナは来る」
もはや何度目かわからない深呼吸をして、カダルは振り返らずに続けた。
「七十八階層踏破に向けて大規模なクランが組まれたが、人数は聞いたか?」
「ううん、でも、結構な人数が死んだって」
「金銀合わせて五十八人のクランだった」
焚火から離れたカダルの表情が遠くて見えない。
「【銀翼の隼】自体大きなパーティで十五人居たが、生き残りはメインメンバーの六人だけだ。他のパーティは壊滅したり生き残ったり、生存者は八人」
五十八人中、十四人しか生存出来なかった。
七十八階層踏破に四十四人が犠牲になったという訳だ。
「【銀翼の隼】は、メインの六人で少しでも損失を取り戻そうと七十九階層に降りて行ったらしい」
損失の内容は気になるが、七十八階層踏破に犠牲になった人数を考えるとかなり無謀なのではないだろうか。
「【真夜中の梟】のクラン、救助要請?」
「いや、ただ解明させるだけだ。【銀翼の隼】の救援は考えていない。俺たちが移動できるのも【転移石】で74階層がせいぜいだ。ジュマを拠点にはしているがダンジョンが全てと考えてはいない」
とんとん、とツカサの腕が叩かれ、続けて左の宝珠を二回。
『お前の意見を聞きたい』
『ラングは、どう考えてるの?』
『お前の意見を先に聞こう』
『なんで?一緒に出しちゃえばいいのに』
『答えのある生活をして来ただろう』
首を傾げ、ラングを見つめる。
向こうでカダルも首を傾げているのが見えた。立ち去るタイミングを逃したのだろう。
『自分も同じ考えだと言うのは簡単だ。間違ったこと言わないようにする癖がお前には見える』
とん、とラングの指がツカサの胸に突く。
『お前は考えていることに蓋をして隠す癖もあると思うが』
今までのツカサの立ち居振る舞いを指摘しているのだろう。
相手に受け入れられやすい意見を言葉にして、不味いと思うことは事前に回避をできるように立ち回って来た。
『自分がどうしたいのかを伝えることは、罪ではない』
聞いて、話して、意見が違うなら妥協できる部分を見つける。
最初から頭ごなしにこうあるべきと決めつけて来ない優しさが厳しさに感じるのは、ラングが真剣にツカサの意見を聞こうとしてくれるからだろう。
ぎゅ、っと唇を結び、顎を上げラングを真っ直ぐに見据える。
『俺、カダルさんに死んでほしくない』
胸に突いたままの指を取り、ラングの手を両手で強く握る。
『どうにかできないかな、死んでほしくないよ』
ラングは小さく息を吐いてツカサの懇願を受け止めた。
それから手を払うと焚火に砂をかけて消し、ランタンの灯りの中で竈をしまい、コップを片づけた。
『仕方ない、戻るぞ』
『ありがとう、ラング!』
『詳しい話しは【真夜中の梟】も交えてするぞ』
『了解!』
ジュマへ向かって歩き出すラングにカダルはぽかんとしたまま立ち尽くし、その背中をツカサが押す。
「ジュマへ戻ろう、【真夜中の梟】のメンバーと話しをしたいって」
カダルの顔がぱあ、と明るくなったのは、近づいたランタンのせいだけではないはずだ。
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