第21話 ダンジョンの異変


 ダンジョンに行くようになってあっという間に一週間が過ぎた。

 

 毎日ダンジョンへの馬車に乗り、尻の痛みと筋肉痛にも慣れ、階層を最短距離で進み邪魔なスライムは風魔法の短剣と右手の短剣で処理をする流れも覚え、今日、五階層へ降りる予定だ。


 中には一階から転移をし、他の階層へ行ける人もいるという。実際に目の前からパーティが消えて、最初は罠か何かかと思った。

 ダンジョン外の建物で冒険者から情報を仕入れたところ、どうやらドロップしたダンジョン限定で階層移動できるアイテムがあるらしい。【転移石】と呼ばれ、移動した階数を記憶してくれる代物だ。

 そう言ったアイテムは探索を終えて、また引退や移動をする冒険者から売りに出されたりもするが、踏破されていないジュマではまず出回らない。自力で時折現れる宝箱から得るしかないのだ。

 ツカサ達は今のところ、宝箱はボス部屋以外では見つけられていない。

 ただ、帰還する際のアイテムは五階層のボス部屋で確実に手に入ると聞いた。これがあれば入り口まですぐに戻れるので、五階を越えた後は探索に時間を割けるようになる。これは【帰還石】と呼ばれている。

 こう言ったアイテムの話しを聞くと、ゲームの中にいるような気分になる。ステップを踏ませてくれるダンジョンにプログラム性を感じるのだ。


 一、二階のスライムは問題ないが、三、四階のコボルトがツカサは苦手だった。

 棍棒を持った小さな犬のような魔獣が奇声を発しながら突進して来るのだ。短剣で簡単にいなし仕留めるラングと違い、ツカサは一体を倒すのに時間がかかる。

 【生き物】だと感じる魔獣に短剣を突き刺すのを躊躇してしまうのだ。肉を裂く感触も、突き刺して感じる皮と肉と骨の抵抗にも、手が震えてしまう。

 ラングは慣れるしかないとツカサを突き放した。慣れなくては死ぬのはツカサなのだ。

 短剣を強く握りしめて震えを抑え、ツカサは弱音を飲み込んだ。スライムを倒せたからと先を強請ったのは他でもないツカサ自身だったからだ。


 地図を片手にラングと四階のボス部屋へ進む。

 一、二、三階のボス部屋は簡単だった。

 大量のスライムがいるだけの部屋。

 大きなスライムがいた部屋。

 コボルトが大量にいる部屋を、ツカサの魔法で難なく超えて来た。

 ボス部屋をツカサの経験値に良いとラングも判断をしているようで、中を確認してツカサにすんなりと任せてくれた。

 おかげでレベルは14になった。金級のエルドがレベル90であることから考えると上がり方が早い気もしたが、どこかでレベルの壁に当たるのかもしれない。

 四階のボス部屋前に待っているパーティがいた。

 男女三人のパーティだ。


「前のパーティがなかなか終わらないんだよ」


 声を掛けず黙って並んでいたら、男性が話しかけて来た。


「どのくらい待ってるの?」

「どうかな、腹時計的にはもう三十分はしたか?」

「時計買わないとねって話してたところなのよ」


 剣士の男性、斥候らしい女性、もう一人の男性はローブを着ていることから魔導士か癒し手だろう。


「そんなに難しくないんだけどな、この階層」

「倒したことあるんだ?」

「もちろん、転移石がなかなか手に入らなくて、毎回ここを通る羽目になってんだよ」

「今回は食料を多めに持ってきたから、二十階までを目標にしてるわ」


 ぽん、とローブの男性が肩から掛けている鞄を女性が叩いた。アイテムボックスが入っているか、それがアイテムバッグなのだろう。

 

「お宅は?上層じゃ見かけないよな」

「ルーキーというやつだ」


 ラングが返事をする。ほう、と剣士がツカサとラングをまじまじ眺めた。


「変な仮面の兄ちゃんは良い腕してそうだな、等級は?」

「銀」

「坊主は?」

「まだ灰色、コボルトの牙をあと百も納品すれば銅になるって言われた」

「なるほどな。変な組み合わせだけど関係性は?」

「兄弟」

「お兄さんがある程度安定したから、弟も憧れたってやつ?ありがちねぇ」


 斥候の女性に笑われる。そちらのパーティが束になってかかっても、勝てるかわからない相手ですよと言いたい気持ちをごくりと飲み込んだ。

 変に興味を持たれてしまったらしく、暇つぶしに質問を多く投げかけられてしまったが半分はラングが答える必要はない、の一言で終わらせていた。

 いい加減質問に疲れ始めた頃、ごとん、と音がして部屋の鍵が開く音がした。

 不思議なのだが、ボスが死んだ場合、冒険者が次の階層に移動して扉が閉まるとこちらのドアが開き、ボスがリポップする。

 冒険者が死んだ場合は、ダメージはそのままのボスが居るのだという。

 今のところリポップボスしか見ていない。


「開いたな、んじゃまた五階でな」


 剣士が挨拶をしながらドアに手をかける。部屋に対して内開きの扉なので力を込めて押す必要があるのだ。

 ごり、と地面の擦れる音がしてドアが開く。ツカサも後ろから中を覗きこんだ。


 炎を纏ったでかいコボルトが、武骨な大剣を持ってよだれを垂らし唸っていた。

 その足元には肉塊になった冒険者の遺体が転がっている。


 前のパーティは失敗したのだ。

 

 剣士たちは中に入らず、境界線を戻り扉を開けたまま中を見ている。


「入らないの?」


 声を掛けると、真っ青な顔でゆっくり振り返った。


「入れるわけないだろ、あんなの、初めて見た」


 嫌な予感がした。ゲームでもラノベでも、時折下層階の魔獣が上層で沸くことがある。


「もしかして、レアポップ?前にこういうことはあった?」

「だと思う。ここに出て来るのはちょっと大きめのコボルトが三匹なんだ。中層で下層の魔獣が沸いたってのはあるが、まさか上層でこんなことがあるなんて」

「あの子たちももしかしたらルーキーだったのかも、知ってたら入らないわよこんなの。ツイてないわね」


 一向に動く様子のない前の三人の後ろから、ツカサはボスを【鑑定眼】で見る。


 【ファイア・キングコボルト】

 五十四階層ボス主

 レベル:54

 炎を纏った種類のコボルトの王。体内の器官で炎を生成し、常に熱を発している。


 HPやMPの表記がないのは、魔獣では普通だ。


『五十四階層のボスだって、かなり下だよ』

『埒があかんな、私が行く』

『本気!?』

『お前も行くんだぞ。ここを越えた後、合流をする前にもう一度こいつが沸いたら、はぐれたままだ』

『戻って冒険者ギルドに報告するとかは?そういうのも冒険者の責任なんでしょ!?』

『倒せる場合は問題ない』

『どこからそんな自信が』

『人生経験だ』


 だからレベルはそうじゃなくて、と言おうとしたが、はたと気づく。

 ラングのレベルはこの世界の金級冒険者を優に超えている。もしかしたら、いけるのではないか?

 その感覚が狂っていないことを祈りながら、ツカサは剣士たちに声を掛ける。


「行かないなら、行っていいかな。兄が、だけど」


 びっくりした様子で三人が振り返る。


「何言って、お前」

「銀級とは言え、灰色連れてなんて死にに行くものでしょ!」

「ギルドに報告して金を呼ぶしか」

「邪魔だ。行くぞ」

「報告お願いします」

「おい、待てって!それなら俺たちも行く、少しは」

「邪魔だ」


 境界を越える寸前、振り返りラングが言い放つ。

 剣士は揺れる目でラングのシールドを彷徨い、やがて目を逸らした。

 ラングとツカサが境界を越え、扉を軽く押す。開ける時とは違い簡単に閉じて行く。


「なぁおい死ぬなよな!」


 バタン、と閉まるのと同時、剣士の声が聞こえた気がした。

 ツカサは短剣に魔力を込め、深呼吸をする。

 ここまで相手が大きく、【生き物】の枠を超えていればツカサにとっては躊躇しない相手に変わる。魔獣を前にした恐怖はあるが、それは生きる為に必要な感覚なのだとラングに習い、足は竦んでいない。


『私が行く。お前はそこで、何かあれば魔法を使え』

『わかった』

『自分の身だけを考えろ。私の心配はするな』

『手を出したら、邪魔ってことだね?』

『そうだ』


 すーはーすーはー、と呼吸音がした。とん、とん、とラングが軽くジャンプをして、そして。


 ボスの悲鳴が響いた。


 このボス部屋は大広間だ。遮る物がなく隠れるものもない。

 扉が閉まった時点でキングコボルトはこちらをしっかりと視認していた。いつでも捻り潰せると言いたげに、悠々と構えていた。

 ラングが走った瞬間、ツカサは反応が出来ず、キングコボルトはピクリと耳を揺らして右を向いた。

 キングコボルトの悲鳴が響く。瞬時に距離を詰めたラングの短剣がコボルトの右足の腱を切り裂いていた。


『そんなに固い皮ではないな』


 などと感想を零し、次に左の腱を切り裂く。

 がくりと膝を着いたキングコボルトは大きく息を吸い込み、体内器官へ酸素を取り込んだ。

 部屋の中の温度が上がる。


「アイス!アイス!アイス!ウォール!壁になれ!」


 ツカサは慌てて氷魔法で自分とキングコボルトの間に壁を作った。慌てていたのでイメージをそのまま口に出す。

 ピキピキ、パキ、と壁が出来上がり、熱波が氷を避けて行く。横から入り込む風が熱かったが耐えられないほどではない。

 空間が熱で歪み、汗をかく。

 このまま大爆発をしたら、と嫌な想像をしたところでキングコボルトの悲鳴が上がる。

 氷から覗きこむ。ぶわっと顔を焼く熱風に息を止めた。

 熱で歪む空間の中、ラングの投げたナイフがキングコボルトの眼球に突き刺さり、振り下ろされた大剣を避け、地面に向かって降りている腕を駆け上がり、剣がコボルトの首に横から刺さる。

 キングコボルトの肩を蹴り宙へ飛び、首の骨と頸椎を一気に切り裂いてラングは地面へ降り立った。


 キングコボルトの全身から発せられていた熱が止まる。

 ぐぅ、と喉から潰れた声を出し、キングコボルトの巨体が床へ落ちていく。膝を着いていたからか、派手な音はしなかった。

 口から舌をでろりと出したまま、キングコボルトはやがてしゅうしゅう音を立てて体を灰のように崩れさせて消えた。

 

 床に残ったのは、熱波で少し焼かれてしまった冒険者の遺体と、本来の4階のボス部屋報酬の宝箱、キングコボルトからドロップした魔石と素材と宝箱だ。


『怪我は』

『ないよ、ラングは?』

『少し熱いな』


 コボルトに投げたナイフを二本拾い太腿の鞘に戻す、双剣を確認しそちらも鞘に納める。

 手のひらに氷を出して差し出すと、有難い、とラングはそれを口に入れた。

 近寄るとラングの顎に汗が伝っているので、熱波が大丈夫だった訳ではないらしい。

 

『火傷は?』

『グローブから出ている指が少し。悪いが手当をしてもらえるか』

『任せて。ヒール』


 呪文を言うようにすると、発動のきっかけとしてツカサの中でスイッチが入る気がした。

 ぱぁ、と光が現れ、ラングをふわふわと包み込む。

 怪我のある場所、治すべき場所に光が集中する傾向にあるが、今回は腕に重点的に集まった。やはり肌が焼けたようだ。


 すっかり赤みが引いて手を握ったり開いたり、ラングは最後にツカサをぽすんと撫でて遺体の方へ向かった。


『遺体はどうしよう』

『肉塊になっている者もいるからな。一日置けば装備だけになるのだったな』

『放置していく気?』

『それ以外どうしようもないだろう。ギルドカードと武器くらいはもらっておけ』

『慣れるしかない、か』


 人の生死に慣れるしかないという世界が、残酷だが仕方ない。

 手を合わせ服をまさぐり、ギルドカードを見つける。ラングは自身の右手の親指に唇をあて、その手の指の甲を遺体へ押し付けている。


『ラング、その行動はなに?』

『私の故郷では、こうして死者を弔う』


 ツカサも手を合わせ、そしてラングの慣習に則ることにした。

 四人の遺体を可能な限り端に寄せ、ギルドカードを空間収納へ仕舞う。武器も拝借して仕舞ってある。出せと言われれば出す気で居れば良いと言われ、頷いた。


 一通り弔いが済んだら報酬の確認だ。


 4階層の宝箱の中身は、事前に聞いていた今出ているランダム報酬の中の一つ、【離脱の石】だ。

 これは転移石や帰還石と違い使い切りで、一度使えば砕けて失われるダンジョンアイテムだという。有用性は高く、離脱の石はどこのダンジョンでも使える。


 キングコボルトのドロップ品は四つあった。


 ファイア・キングコボルトの毛皮

 ファイア・キングコボルトの牙

 ファイア・キングコボルトの炎袋

 魔石(中レベル:大)

 

 どれも熱を持っていて温かい。寒い地域へ行く際に防寒具にしてもいいかもしれない、と快適を選ぶ方で思考が働く。

 魔石はスライムやコボルトで手に入るのとは違い、ツカサの片手からはみ出るくらいの大きさだった。色が赤くついていて僅かに光っているのもただの石ではない。

 最後に、キングコボルトが落とした宝箱の前に行く。

 一切の躊躇をせずにラングが宝箱を開けると、中にはキラキラと輝く短剣と、布が入っていた。

 【鑑定眼】でツカサは確認を行なう。


――炎の短剣。火属性の宿った短剣。魔力を込めれば炎を熾せる。

――炎のマント。火属性に対して強い耐性を持つマント。周囲の熱さを和らげることも出来る。


 ファイア・キングコボルトというだけあって、炎に対するアイテムが入っていたわけだ。

 説明を聞いてラングは真っ先にツカサに短剣を押し付けた。

 

『お前にはこう言った武器の方が相性が良さそうだ。そのまま斬ったり突いたりもできる刃の形をしている、今の鍛錬は変わらず行える』

『わかった。マントはどうしよう』

『必要な時が来たら思い出せばいい』


 慌てて考えることもない、ということだ。マントはラングの空間収納に入れてもらった。

 宝箱は中身を出せば、すぅ、とダンジョンの床に吸い込まれて行く。不思議な光景だ。

 それを見送り、ラングが五階層への扉へ向かった。ツカサは端に並べた冒険者の遺体を振り返り、今回は吐かなかったことを思い出す。


『こういう慣れは、嫌だな』


 甘いかもしれない、情けないかもしれない。

 それでも、他人の死に慣れてしまいたくない気持ちが、少しだけ後ろ髪を引いた。



 五階層へ降りた。



 扉を潜ってしばらく階段を降りる。五階からはゴブリンも追加で出て来るはずだ。

 ラングがランタンをかざして道を照らす。

 一階から四階層までは洞窟の土肌が道を作っていたが、五階層からは石造りの壁になっている。足元にも石畳があって、歩きやすそうではある。

 ツカサは地図を開き、ラングに渡す。さっと確認した上でまた地図がツカサに戻る。

 宿で地図を覚えて、ラングはここでは確認程度で済むという。外専門の冒険者ギルドラーだというのにどうしてそれが可能なのかと問えば、そう教育を受けたと回答があった。

 詳しく尋ねれば、また、いずれな、とはぐらかされてしまった。

 

 ダンジョンなので罠があるかと思いきや、ジュマのダンジョンでは49階層までは罠のない親切設計だという。

 ただその分とにかく広く、78階層のボス部屋が見つかったのはジュマのダンジョンが見つかってから五十年近く経ってのことなのだ。78階層が最深部ではなく79階層が出てきたこともあり、また長い年月をかけて地図が作られるのだろう。

 ツカサとラングはある程度の路銀と経験値を稼げた辺りでジュマを離れ、次の街ダイムを目指す。

 元々の目的は旅記の作者を探すことなのだ。ジュマには聞いていた通り本に関わる物は何もなく、ダイムかジェキアにならあるとの情報を得ている。


 さて、ツカサは地図を片手にまずは癒しの泉エリアを目指す。探索前に安全地帯を確認するのが恒例だ。

 途中スライムが天井から落ちて来たり、コボルトの群れに襲われたりしたが事前にラングが教えてくれたことと短剣に魔力を都度込めながら進んだことで切迫した状態にはならなかった。

 無事に癒しの泉のエリアへ辿り着く。コップに水を掬い、喉を潤す。

 ラングが買っておいたハムと、スライスしたトマトをパンに挟んで差し出してくる。ハムを見て遺体が焼けたにおいを思い出してしまったが、食欲がなくとも食べる時に入れておかなければあとが持たないのだ。

 無理矢理飲み込んでいると、コップに乾燥ミントを砕いて入れてくれた。

 お礼を言うと肩を竦められ、ラングもサンドイッチを食べ始めた。食後の休憩を取っていると、下から戻って来たのか、五階層を回っていたのか四人パーティが入って来た。

 ちなみにこのエリアにも魔法苔は生えていて、それがびっしりと石天井を覆っている為明るい。


「おや、先客かい、失礼」

「どうも」


 ラングがつっけんどんに返す。

 冒険者たちは気にした風もなく少し離れたところで座り込む。


「まさかあんなところに出て来るとはね」

「あれいつもどこで見たっけ?」

「17階層かな、驚いて魔法結構使っちゃったよ。回復するまで待って」

「それはいいけど、どうしよう、一階層に戻って今日は出ようか?」

「その方が良いかも。ちょっとおかしいよ」


 気になる。ラングを見れば、どうやらそちらも同じようで頷かれた。

 

「すまない、話し、良いだろうか」


 ラングが声を掛けた。両掌を上にして膝に置いて敵意がないのを示し、それを見てパーティのリーダーらしい青年が頷いた。


「なんだろうか?」

「先ほど、四階層、ボス部屋を倒した。違うボス出た」


 接続詞は少ないが、ラングが話せる言葉で無駄なく無理なく相手に伝わる話し方だ。

 話し方よりも違うボスが出た、ということが驚きだったらしく、パーティ全員で顔を見合わせたあとラングへ注視が返ってきた。


「二人で新種のボス主を倒したと?」

「私だ」


 ギルドカードを差し出す。銀級、と呟き、また返される。


「本来は大きめのコボルトが三体だと聞いたんだ。炎を纏ったでっかいコボルトが出て、俺たちは兄が強いから越えられたけど。さっきそっちも十七階層の魔獣の話をしていたから」

「あぁ、十七階層に出て来るリザードマンが5階層にいたんだ。絶対におかしい」


 青年が力強く頷く。詳しく話しを聞いた。

 彼らは日頃二十階層までを目的として、上から順に敵を倒して回るいわゆる間引きパーティなのだそうだ。

 街が近くにある場合、ダンジョン内で魔獣が増えすぎると迷宮崩壊ダンジョンブレイクが起きる危険性があるため、冒険者が少なくなった階層を周回し、魔獣の数を管理するのだという。

 銅級と銀級の間のパーティはそれを引き受けていると等級も上がりやすいため、声が掛かると専属パーティとして登録をすることが多い。

 現在五十階層から下は七十八階層が踏破されたことで冒険者が多く、上層の間引きが大変らしい。


「七十八階層が踏破されてから、ダンジョンの様子がおかしいんだよ」

「そう、出ないはずの場所に中層の魔獣がいたりして。あたしらも今回8階層まで見回りに行ったんだけどね、リザードマンが出て、驚いていろいろ使っちゃって」


 魔導士の女性が肩を落として泉の水を飲んでいる。

 帰還石で戻ることも考えたのだそうだ。けれど、戻りがてら間引かなかったことで初級冒険者が襲われては困ると思い、最短ルートではあるがここまで戻って来たのだ。

 与えられた任務をしっかりと把握しこなしている辺り、冒険者として誠実であると言える。


「新種のボス主なんてよく倒せたな、銀級でも出来るかどうか」

「俺たち、今回は五階層の帰還石目当てで来てるんだけど」

「ううん、お勧めはできない。四階層ボス主が違うボスになっていたのもあるし、俺たちが五階層を通った時は大丈夫だったけど、今がそうとは限らない」

「だって、どうする、ラング」


 顎を摩りながら黙っているラングを振り返る。しばらく沈黙の後、ラングは質問を投げかけた。


「転移石、あるのか」

「いや、俺たちはまだ見つけてない。二十一階層から下の間引きはそれを持っていることが条件でな」


 それがあれば彼らも二十一階層から下が担当になるのだろう。


「5階層、ボス部屋倒す。明日も上戻る、面倒」

「行くならまとめて行きたいんだよね、ラング」

「うーん、そうしたら、俺たちもついて行かせてくれ。今の状態でボス部屋がまともかどうかがわからないし、正直後で何かあると俺たちのポイントにも関わるんだ」

「わかった」


 異論はないらしい。もしかしたらラングやツカサの為、ではないところが逆に好感だったのかもしれない。

 君の為だと言われるよりは、自分の為だと言われる方が信頼が出来る気がした。


 魔導士の女性の魔力回復を待ち、彼らの後ろを付いて行きがてら【春のそよ風】のパーティメンバーの自己紹介を受けた。

 全員が銀級のパーティで、盾役のマロウがリーダー、魔導士のルーア、斥候のサシャ、遊撃手のケルムの四人。癒し手は中々見つからないらしく、回復アイテムで稼ぎが消える時もあるという。見つかると良いね、と言うと、募集は常に出しているらしい。

 ボス部屋までは最短距離で行けた上に、人数が多いので初めて遭遇したゴブリンは優しく譲られた。

 よく見る緑色の小人は、よく聞くゲギャギャという鳴き声で棍棒や短剣を手に襲い掛かって来た。

 単調な攻撃だったのでツカサでも避けられて、その首に右手の炎の短剣を突き刺す。殺し損ねるのが怖くて炎の魔法を発動させたらすごくよく燃えた。ただ、【春のそよ風】にはドン引かれた。

 ゴブリンは極小の魔石と時折汚れたナイフを落とした。このナイフは鋳造され武器や防具に変わるのだという。戦利品を鞄と言う名の空間収納に仕舞う。

 あっという間に五階層のボス部屋へ辿り着く。流石に道に慣れている面子だ、早かった。


「さて、五階層はホブゴブリンがボスなんだけど」


 マロウがドアを押す。先客はいないらしく、重いドアが開く。

 全員で中を覗きこんだ。中にいるのは緑の巨人だ。


「だめだ、おかしくなってる。ダンジョンの閉鎖を言わないとだめだ」


 マロウの言葉に【鑑定眼】を発動する。


【アルゴ・オーガ】

 五十五階層ボス主

 レベル:55

 オーガ種の上位種。知恵があり、非常に好戦的。


『五十五階層のボスみたい、さっきと言い、五十階下のボスが出てるみたいだね』

『私の故郷でも似たようなモンスターがいたが、オーガか?』

『うん、アルゴ・オーガって名前出てる。知恵があって好戦的だって』

『なるほど』


 ラングがすらりと双剣を抜いて、何も言わずに部屋へ入っていく。


「おい!あんた!何考えてんだ!」

「ツカサ」

「行くの!?行くのか、マジか」

「待て、お前ら何してんだ!」

「扉閉めるけど、いい?」

「説明しろ!あぁ、ちくしょう、入るぞ!」


 説明したいのは山々だが、既にアルゴ・オーガとラングが臨戦態勢に入っているのでツカサも気を回す余裕がない。

【春のそよ風】が中に入り、ツカサが扉を軽く押す。ガゴン、と勢いづいてしまった扉の音を合図に、アルゴ・オーガがラングへ向かって咆哮を上げた。

 

 恐らく、説明がないまま振り回されるラノベのキャラクターはこういう気持ちなのだろうな、とツカサは【春のそよ風】のメンバーに心の中で謝罪する。


「大丈夫、ラングは勝つから。あとで説明するから」

「銀級だからってあれは、俺たちは二十四階層まで行ってるけど見たことのない魔獣なんだぞ!」

「静かに、こっちにヘイト来たらどうするんだよ」


 ツカサに言われ、はっと口を押さえる。

 ラングはアルゴ・オーガの曲がった剣、大きなケペシュを避けながら隙を窺っているようだ。

 剣を受けず、流しながらぐんと前に出たと思ったら、アルゴ・オーガの指が数本飛び散った。剣を逆の手に持ち替え、ラングと相対する辺り、先程のファイア・キングコボルトよりは知恵がある。

 どことなく武人のような立ち居振る舞いを感じられた。


 じっとどちらも動かないで構えたままの時間が経つ。


 お互いに隙を狙って、焦れるのを待っているのだろうか。

 見ているツカサたちの方がごくりと喉を鳴らし緊張してしまう。


 アルゴ・オーガが先に動いた。

 左手のケペシュを振り下ろし、指の飛んだ右手は拳を作り、ラングが剣を滑らせて来たら顔面に入れるつもりだろう。

 ラングはそれを読んでいたか振り下ろした腕の外側を大きく走って避ける。それも予測していたのだろう、アルゴ・オーガが素早く剣を横薙ぎに変える。

 軌道が下がり切らず左上を向く。両手を別の目的で前に差し出してしまったが為に、体勢が前かがみになったせいだ。

 ラングのマントすら掠らずにケペシュは空を切った。


 太腿のナイフをアルゴ・オーガの腿に刺し、それを足場に高く跳ぶ。


 ずん、と音がして脳天にラングの剣が突き刺さった。ゆら、ゆら、と巨体が揺れた。腕が上がったり下がったり、上に居るラングを最後まで追う。

 

 ダメ押しでもう一本の剣を振り抜いて、アルゴ・オーガの首が宙を舞う。


 ラングの剣が刺さったままの首が石畳の床をどん、ごろりと転がった。


 巨体を蹴飛ばして地面に戻り、ラングは剣についた血を振り飛ばした。

 いつだか見たように、床に綺麗な弧を描く。


 どさりと倒れた巨体がまたしゅうしゅう音を立てて灰になり、やがて素材と宝箱を残して消えた。


 落ちた剣を拾い、刃を確認し、二本が腰に戻る。


「終わった」


 端的な報告に、【春のそよ風】のメンバーが床に座り込んでしまった。




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