第20話 ジュマのダンジョン


 翌日は買い出しとダンジョンまでの距離を調べたりと下準備に時間を使った。


 東口の方に向かうと装備の良い冒険者が増え、ガシャガシャと鎧の擦れる音が喧騒に混ざる。

 宿のランクも外観から上位なのがわかる。定宿にしているのだろう、家のようにしているパーティもあるのだという。

 その中で【銀翼の隼】はパーティハウスを持っているらしい。要は拠点だ。それだけの稼ぎと実力がジュマで認められた証でもある。

 現在はダンジョンに乗り出しているらしく、誰もいないという。関わるなと言われた手前、その方が有難い。


 東口に馬車の列があった。

 何かと尋ねれば、それでダンジョンに向かうらしい。


「新顔か、ジュマのダンジョン初めてなんだな?」


 自警団員が場所を移し、説明をしてくれた。

 ジュマのダンジョンは街から少し距離があるため、乗合馬車で行き来するのだという。

 乗れば三十分ほどで着き、歩くと二時間程度かかるという。日に何台も出ているので並べば良いだけらしい。料金は一人銅貨一枚。

 

「もしダンジョンが目的でないなら、右側に並んでくれ。左に並んでの外出手続きは馬車も込みだからな、こちらとしても手間は省きたい」

「わかった、ありがとう」


 そのために少し時間を割いても事前に説明するわけだ。日の出から馬車が出ているというので、明日は早起きをして来ることに決まった。

 


 そのあと買い出しをしたが、マブラよりも物価が低く様々なものが買えた。

 マブラでは銅貨からの支払いが多かったが、ここでは銭貨も使うため細かい支払いが多い。その分単価が安く量を仕入れられるのは嬉しい。

 干し肉が六枚一束五百リーディで買えたり、魚の干し身が五枚四百リーディだったり、まとめ買いに非常に便利だった。これもダンジョン都市ならではなのだろう。

 野菜はダンジョンに持って行くには貴重だからか、カラカラに乾燥されたものが生に比べて二倍の値段で売られていた。ツカサとラングには空間収納があるため、安い生野菜を必要な分だけ揃えればいい。

 宿にはしばらくはダンジョンに慣れるため低層しか行かないこと、毎日戻ることを伝え部屋は空けない意向を伝えた。主人は頷くだけだったが、ツカサの頭を無遠慮に撫でたので心配されていたのだろう。

 最初に身分証でギルドカードを見せた時もぎょっとされたので間違いない。何というか、良い人だ。


 ダンジョンを明日に控えて興奮してしまい、風呂場に水を溢れさせたりお湯を温めすぎて少し熱い風呂になってしまったりしたが、ツカサはラングに強制的に睡眠に落とされ、翌朝までぐっすりと眠ることができた。



――――― 


「あら、いらっしゃい」


 ふわ、と意識が浮かんで慌てて体を起こす。ダンジョンに行く日だ。


「ふふ、少し久しぶりかしら」


 聞き覚えのある声に当たりを見渡す。アイリスだ。

 夢見師レーヴ・アイリス。ラングに加護と時間を与えた女性だ。

 今回は花畑ではなかった。木造の家の前に転がっていたらしい。

 森の中、ぽかぽかした日差しが差し込んでいて静かな場所だ。

 正面に入り口があり、それなりに大きい。ちらりと見える庭に続く方には薪が積んであり、近くに手斧と丸太が置いてある。

 素朴な家だ。


「いらっしゃい、お茶にしましょう」

「アイリスさん、ここは」

「ラングの家よ、私の体は今ここに置いてもらっているの」


 どきっとした。ラングの家。

 微笑むアイリスに返事を忘れて、ツカサは呼ばれるままに家の中へ入った。


「お邪魔します」


 ドアを入るとまずは広いリビングと、キッチン、ダイニングが見える。その奥に通路と階段がある。

 一見古く見えるが、良い物がそのまま使われている感じだ。玄関にはしっかりとしたドアマットがあるし、絨毯も敷かれていて贅沢だ。鞣した毛皮がかけてある一人掛けの椅子が暖炉前に置いてあった。家主の物だろう、ということはこれはラングの椅子なのだろうか。


「娘に見せてもらったまま、家を再現しているのよ。娘と話したり、お茶したり。つくづく親子で夢見師レーヴでよかったと思うわ」

「娘さんもそうなんですか」

「えぇ、いろいろな話しを聞けるから退屈しないわ」


 戸棚から茶葉を取り出してキッチンからポットを持ってきてお湯を注ぐ。暖炉に火が入っていないのは、寒くないからだろうか。ラングの故郷は今どの季節なのだろう。


「座って、居候の身だけれど、今は私が夢の主だもの、いいわよね」


 悪戯な笑みを浮かべるアイリスに釣られて笑い返す。この人はふんわりと人を巻き込む雰囲気がとても優しい。

 椅子を引いてダイニングで座る。木製のしっかりしたテーブルには細かい傷も多い。

 出された紅茶とクッキーにお礼を言う。


「甘い物、食べられた?」

「はい、なので大丈夫です」

「ならよかった」


 さくり、ほろり、クッキーを食べ、砂糖を紅茶に入れる。ラングの家にドキドキした胸を落ち着かせるのに少し時間がかかった。


「ここでラング、育ったってことですか?」

「そのようね。ここ、パニッシャーハウスって呼ばれているのだそうよ」

「物騒な名前だなぁ」

「ラングの前任者、ラング、ラングの弟子、三世代でここにパニッシャーが住んでいるからなのね」

「それって、師匠さんとお弟子さん?」

「えぇ、詳しくはあの人から聞いてね。私は巷の噂話程度しか話せないわ」


 守秘義務というやつだ。いつも気になることを言う人だな、と苦笑をしてしまう。


「一つお願いがあるのだけれど、良いかしら」

「なんですか?」

「あの人に、加護の力を使って眠って欲しいと伝えてくれないかしら」

「それは良いですけれど、ラングが眠れば話せるんじゃないんですか?」

「それがねぇ、コンタクト出来ないのよ。あなたにも何度か試したのだけれど、加護を使わないとだめみたいで」

「なるほど」


 コンタクトするための必要プロセスがあるのだ。世界を超えていながらもこうして会話できるのだから、小さなプロセスには感じる。


「起きたら伝えます。何か伝言しますか?」

「加護で眠ってさえくれれば、私から話すわ。お願いね」


 やんわりと詳細を断られて頷く。ふとキッチンに差し込む日差しとその光景がノスタルジックで、ツカサは目を奪われる。

 そう言った光景が幻想的と思うのは何故だろうか。

 かち、こち、と振り子時計の音が静かな空間に響く。


「そろそろ、お戻りなさいな」


 どのくらいそうしていたのかわからない。声を掛けられてツカサはびくりと肩を震わせてしまった。

 アイリスに小さく笑われる。


「驚かせてごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。あの、戻り方が」

「安心なさい、送ってあげるわ」


 伝言をよろしくね、とアイリスの手で目を覆われて、ツカサは眠りに落ちた。



―――――

 

 起きて、顔を洗い、ストレッチを行なう。

 宿で朝食を取り、東口へ向かった。その道すがらツカサは夢の話しをラングにすることにした。


『アイリスさんから伝言なんだけど』

『待て、アイリスだと』


 思わずと言った様子でラングの足が止まり、ツカサを見遣る。

 声に不機嫌を感じてツカサも思わず身を引いてしまった。


夢見師レーヴ・アイリスか?何故お前が知っている』

『ラングが加護ベネディクションで俺を眠らせると、アイリスさんがこっちに繋がるみたいで』

『何度話した』

『昨日で二回目』


 盛大な舌打ちの音が聞こえた。怒らせたかとツカサは顔を俯かせる。ダンジョン初日する話題ではなかったのかもしれない。

 浮かれていた気持ちが萎んで行く。


『すまなかった、お前に怒っている訳ではない。何か余計なことを吹き込まれたのではないかと思っただけだ』


 ぽんとラングの手がツカサの頭に乗せられる。申し訳ない気持ちがそこから伝わってきて、ツカサはほっと肩から力を抜いた。


『変な話しは聞いてないし、してないよ』

『ならいいが、伝言とはなんだ?』


 再び歩き出して、いつものラングの声に戻ったことに安堵した。


『ラングにも加護ベネディクションで寝て欲しいって、伝えたいことがあるみたいだよ』

『何を伝えたいのかは聞いていないのか』

『守秘義務があるって』


 ふむ、とラングが顎を摩る。しばらく歩いて心が決まったらしく返事があった。

 

『わかった、試しておこう』


 いつ試すか言わない辺りがラングらしい。

 そうこうしている内に東口へ辿り着く。門扉へ続く左側の列に並び、アトラクションを前にした気持ちで緊張し、おなかが痛くなる気がした。


「次、こっちだ」


 ギルドカードと銅貨二枚を手に自警団員に呼ばれた方へ行く。ダンジョンへ行く手続きも普通に街から出るのと同じで水晶にギルドカードを当てる形だ。

 乗合馬車を希望し、銅貨を支払い出たところで待っている馬車に乗る。

 コの字型で椅子がある幌馬車だ。冒険者同士詰め合い腰掛け、定員に達したら乗り口が閉じられる。

 ガタン、と大きく揺れて馬車が動きだした。

 この世界で馬車に乗るのは初めてだ。遠くなっていくジュマを見ながら、ツカサはまさしくアトラクションの気持ちでわくわくしていた。テーマパークでもジェットコースターは言うまでもなく、ゴンドラや汽車、クルーズなども大好きだった。

 だがそれも十五分程度だ。ガタガタゴトゴト馬車が揺れる度に尻が痛い。最初はそれもアトラクション要素だったが、わずか数分で尻に来た。

 サスペンションもなく車輪に台車が乗っただけの幌馬車、加えて結構な速さで走らせているので振動が直に来る。弱音を吐きたいが隣のラングは黙って腕を組んでいるし、他の冒険者は慣れているようで作戦会議に花を咲かせたりしているので、言えない空気だ。

 残り十五分程度、出来るだけ早く着いてくれとツカサは祈り続けた。


 停留所に着くとそそくさと降りる。体がじんじん震えている気がして、何回かジャンプしてしまった。

 今乗って来た馬車は馬を休ませるために一旦厩舎へ移動をした。帰りの冒険者たちが別の馬車に乗り込んで行く。


 ダンジョン前は縁日の参道のようになっていた。

 ダンジョンへの道の両側に屋台がたくさん出ていて、中で食べるための携帯食料や携帯用小鍋、地図、買い忘れがないか売り子が声を掛けている。

 家のような建物もあるが、入り口に自警団員の鎧を着た人が立っているのであそこにダンジョンブレイクに備えた見張りがいるのだろう。冒険者も出入りしているので共同管理なのかもしれない。


 必要なものは全て揃えて来たはずなので、呼び込みには誘われずに歩いて行く。

 切り立った崖に近づくと冒険者の列が出来ていた。なんとなく並んで進んでいくと、洞窟と呼べる穴が見えた。


『すごい、ダンジョンって洞窟なんだ』

『らしいな』

『中はどうなってるんだろ』

『入ればわかる』


 前の一団が洞窟を降りて行き、その後に続く。洞窟は一歩入ればすぐに階段になっていた。

 入るのに手続きはいらないと聞いていたが、なんとも気持ちの切り替わらない入り方だ。


『ほう、こうなっているのか』

『何?』

『私の故郷では膜のようなものを感じるのだが、ここでは無いのだな』

『あぁ、その膜みたいなのを越えると、モンスターが消えるの?』

『そうだ』


 なるほど、入り口から差があるのは面白い。前の一団と一定の距離を保って階段を降りながら、ラングの故郷のダンジョントークを楽しむ。

 壁に魔法苔と呼ばれている苔が生えていて、ぼんやりした明かりが足元を照らし、危なくはない。

 五分ほど降りると平地が見えた。入口兼出口から1階層までかなりの距離がある。

 後ろにも冒険者が居るので立ち止まりはせず、歩きながらラングは地図を取り出した。


「なんだ、初見 ルーキーか」


 邪魔にならないように端に寄りつつ見ていれば、後ろの冒険者が通りすがりに呟いた。

 一階で地図を開くことはあまりないのだろう。事実初見 ルーキーなのだ、下手に反応はしないでおく。


『この階層を狩場にする冒険者がどのくらい居るかがわからんな』

『みんな地図持たないで進んでいるし、あんまりいないんじゃないかな』

『だとすると気を付けるべきは、スライムよりも人だな』

『あ、わかった、新人狩りだ』

『ほう、よくわかったな。それもラノベ知識か?』

『もちろん。ソースはマブラのティアだけどね』

『ソース?』

『情報元、って言えばいいのかな、マブラで聞いたんだよ』

『そうか』


 地図の確認が終わったらしいラングはツカサに地図を渡し、ランタンを取り出す。


『この先で灯りを点けているのがわかる、用意しておけ』


 言われて先を見れば、暗闇に消えていった冒険者のあとに、ぽ、と灯りが点いている。

 ツカサもジュマで追加で手に入れたポシェットを叩き、アイテムボックスを装ってランタンを出す。流石にダンジョンへショルダーバッグは持って来なかった。

 アイテムボックスを持たない冒険者は、日持ちする携帯食料か運び屋ポーターを雇うのだそうだ。そうでなければ、目的の階層まで一気に向かうか、ダンジョンでドロップするレアアイテムを使い瞬時に移動するのだという。

 それも見てみたかったがかなり高額なことと、そう言ったアイテムは売りに出されないらしく、手に入れた冒険者も言わないのだという。


『灯りは目印にもなる。モンスター…魔獣や新人狩りからもよく見えるようになるから注意しろ』

『わかった』

『何かあれば一目散に出口へ向かえ。私はもう地図を覚えた、それを見ながら移動するんだぞ』

『おおう、経験値の差、わかった』


 地図を見る。入口から少し進むと三つに道が分かれていて、一つはどん突きになっている。


『一旦、どん突きに行って魔獣がいるかを確認するぞ。前後を注意するよりも、背後だけを注意出来る方が集中できる』


 奇襲に遭いにくいということだ。ラングの先導に従い後をついて行く。歩くたびに腰に着けたランタンがカシャンカシャンと音を立てる。位置を知らせる様なものだが、いっそのことその方が備えやすいのだという。

 前を歩くパーティは真っ直ぐに二階層への道を進んで行く。先客がいない限り、どん突きは空いているだろう。ラングがランタンを先に照らし、どん突きを覗く。先客はいない、が、ぽちゃ、ぴちゃ、と水音がする。


『モンスター…魔獣はいるようだ』

『モンスターでもいいよ?』

『こちらの言語に慣れておく必要があるからな』

『はいはい、了解』

『集中しろ、私が先に行く。後ろの警戒を怠るなよ』


 故郷と違うと言っていたので、慣れたいのだろう。ラングが双剣を抜いてどん突きへ進む。

 ランタンをそっと掲げてその背中を見る。ぽよん、ぺちゃりと跳ねていたスライムが、ラングを認識したのだろうジャンプの方向を変えた。それなりに速さのあるジャンプ、というよりは突進にも焦らず、ラングは剣を真っ直ぐに核へ突き刺した。突進の軌道に合わせて剣を向けていただけではあるが、あまりにも平然とやってのけるのでリンゴを刺すサーカスの一芸のように見えた。

 核を貫かれたスライムはぷる、と震えたあと、ぱしゃりと地面に水として広がった。ぽすん、と残ったのは小さな石だ。あれが魔石だろうか。

 周りのスライムがぷるぷる震えた後、一気にラングに襲い掛かった。剣で横薙ぎ軌道を逸らして、中には核を傷つけられたスライムもいるらしく、元気を無くし地面にぺちょりと落ちる。それを踏み潰しながら別のスライムを斬り付け、と容赦がない。

 その場にいたスライムが全滅すると、ラングは剣を確認して鞘に納めた。


『ふむ、短剣の方が相性が良さそうだ。拾うぞ、何か落とした』

『わかった』


 石を拾い鑑定をする。

 魔石(低レベル:極小)と出た。


『魔石だ、こんな普通の石なんだね。もっと色が違うとか輝いてるものかと思ってた』

『スライム程度の魔石だからだろう。素材もあるな、これはなんだ?』

『えっと、それは、スライムのゼリーだって』

『詳しく見られるか?』

『待って、うーん、魔法薬の調合材になるみたいだ、ギルドで納品あるか見てみよう』

『そうだな』

 

 ラングの手の中にあるぷるぷるゼリーをつつく。得体の知れない物をよく素手で触れるものだ。

 一通り拾いものを終わらせる。


『リポップするかなぁ』

『リポップ?』

『もう一度同じものがここに沸くことを、俺の故郷ではリポップって言うんだよ』

『なるほど、では検証がてら待ってみるか』


 ぱちりとラングが懐中時計を取り出し時間を確認する。どん突きから少し通路に戻り、そこで休憩することになった。

 ラングのランタンの灯りを少し強めて、人がいるアピールも忘れない。

 ツカサは自分のランタンへ魔力を通す練習をした。手から熱を送るイメージでランタンに触れていると、磁石で引っ張られるような感覚がした。ステータスウィンドウを見ると僅かにMPが減っていたので無事注げているらしい。

 

 リポップまでの時間、ラングにいろいろと聞いてみた。


『スライム、感触はどう?』

『突進の動きは早いが、ぶつかったところでそう痛くはない印象だ。あれが四方八方から来ては面倒だがな』

『踏み潰してたよね』

『思い切り踏んだ方が良い。弾力がそれなりにあった』

 

 ツカサが戦う時にどうするか、という話もしていたが、一匹ずつ様子を見るしかないとも言われた。

 魔獣への恐怖心を問われれば、獣型でないだけ、そこまで緊張はしていなかった。


 二時間ほど経った頃、ぽふ、と間の抜けた音がしてスライムがリポップした。


『したな。リポップだったか』

『したね』

『なんだかんだ試す機会がなかったんだ、左手の短剣を使ってみたらどうだ。あと、魔法も』


 言われて思い出す。マブラで手に入れて試そうと思った日にジャイアントスネークに出会い、その後も宿に引きこもったりで使ったことのない風魔法のついた短剣。

 魔法も日常的に火種にしたり髪を乾かしたり風呂に入ったり、攻撃と言えるものを何もしていなかった。

 ツカサの横にラングも立ち、短剣を抜いてフォローに備えてくれた。


『じゃあ、まず短剣振ってみるね』


 ぽよんぺちゃりとジャンプしているスライムに向かって、左手の短剣を振るう。

 そよ、と手元で風を感じたあと、細かいつむじ風がスライムに向かっていったらしい。スライムの表面が波打ち、外殻の水分が奥へ押し退けられる。


『もう少し振って見ろ』


 スライムがツカサへ向かってぽちょぺちょと向かってくるのを眺めながら興味深げにラングが言う。

 言われた通り右に左に短剣を振るう。ふわ、から、ぶわ、と効果音が変わった気がした。

 スライムの外殻がぴちぴちと削られ、核が露わになる個体もいる。


『短剣を振るうことで、風を起こせると考えればいいのだろうな』

『みたいだね、もっとこう、かまいたちみたいなものでスパって斬れるかと思ってた』

『その短剣にも魔力を込めてみたらどうだ。できるのかはわからないが、試す価値はあるだろう』

『やってみる。ちょっと集中させてほしいな』

『あぁ』


 ランタンにしろ何にしろ、物に魔力を送るのを先ほどやったばかりなのだ。まだまだ練習が必要だ。

 瞑想をしていた時を思い出し、熱が短剣に移動するのをイメージする。上手く行ったらしく魔力が宿り、緑の短剣が淡く光り出す。


『やれたかも』

『お手並み拝見だ』


 何匹か突進をしようとしていたらしく、ラングの近くに魔石とゼリーが落ちている。

 ラングがツカサの横に下がり、ツカサは短剣を横に振った。先ほどとは違い、ごうっと音を立てて背後からの空気を巻き込んで前方へ強い風が押し出される。

 すぱすぱ、と小気味良い音がして、スライムの核ごと切り刻み、どん突きで暴れる風が収まるころにはスライムは全滅していた。


『やった!』

『ほう、おあつらえ向きの技だ』


 喜ぶツカサとすでに利用法を考えているらしいラング。

 ぐいっと背筋が伸びる様な感覚がして、ツカサは、さ、とステータスウィンドウを確認した。


 【三峰 司(17)】

 職業:駆け出しのガイド

 レベル:3

 HP:415

 MP:12,100

 【スキル】

 空間収納

 鑑定眼

 変換

 適応する者

 全属性魔法 レベル1

 治癒魔法 レベル2


『ラング、俺レベルが3になってる!上がってる!』

『レベルという概念がやはりよくわからないが、よかったな』

『ありがと!やっぱ魔獣倒すと上がるんだなぁ!あ、魔石拾う!ゼリーも!』


 うきうきとツカサは腰を屈め魔石とゼリーを拾う。

 やっと。

 やっとファンタジーらしい冒険が出来ている。それが嬉しくて感動して、ツカサは次のリポップを待てない様子でラングを振り返る。


『次、次行こう!俺もっと戦いたい!』

『焦るな。短剣に魔力を込めるのもすぐに出来ないだろう。魔力を込めたものをそのままにできるのかどうか、検証はしないのか』

『あ、する』


 今すぐにでも力を試したい気持ちがあるが、確かに検証は大事だ。

 リポップまで二時間ほどの猶予があると思えばどん突きでゆっくり試すことも出来る。

 短剣に魔力を込め鞘に納める。また鞘から抜く。淡い光はそのままで、横薙ぎに振れば先ほどと同じ風圧と風がどん突きで暴れている。


『魔獣に近寄らなくて済む辺りはお前向きだな』


 そう評価を得て頷く。魔力を込めるのに消費するMPはだいたい100程度の為、必要量も少ない。

 今後の課題は短剣へ魔力を込めるスピードを増すこと、一番理想的なのは振りながら魔力を送り続けられることだ。そうすればツカサの戦闘の幅は広がる。


『よし、一階の探索を進めるぞ。癒しの泉とやらを見つけて一息つこう』


 ラングがぱちりと懐中時計を閉じる。空腹具合からしてそろそろ昼時なのだろう。


 

 ツカサに地図を任せ、癒しの泉まで案内をさせる。地図と実際のダンジョンの長さの違和感になかなか慣れず、数回ラングに注意された。

 曲がる必要のないところで曲がろうとしたり、地図と周囲を見ている為、通り過ぎた道に気づかずラングに首根っこを掴まれることもあった。

 道中他のパーティが道を塞ぐスライムを一掃するところにまみえ、聞き耳を立てて魔法の詠唱を確認した。

 

 炎の玉を、ファイアーボール。

 氷のつららを、アイススパイク。

 かまいたちの魔法を、ウィンドカッター。

 

 生活に使う魔法ではなく、今後はそう言った魔法も試して行こう。

 ツカサは今いわゆる無詠唱で魔法を使っているが、今後人前で使う場合は注意した方が良いかもしれない。


 歩いて三十分ほど、迷子にはなったものの無事に癒しの泉エリアに辿り着く。

 魔法苔が周囲にあり、ここはランタンがなくても明るい。他のパーティも休憩に来ているようで、人の塊が三、四つ出来ていた。

 一旦休憩を挟む。マブラで買って残り少ない串焼きとパンで肉サンドを作り、コップにミントを砕いて入れ、そこに癒しの泉の水を注いでハーブ水を作り、さっぱりさせる。

 さっぱりするだけではなく、癒しの泉の効果なのか、ツカサは体が軽くなる気がした。ちらりと確認をすると使ったMPの回復速度が上がっている。

 

『うーん、補給ポイントだなぁ。ゲームみたい』


 ラングは黙って食事を済ませ、少しだけ壁に背を預けた。食休みを取る体勢だ。

 他のパーティと情報交換はしない。ダンジョン内で他のパーティに声を掛けるのは緊急事態か、よほど警戒心がないか、もしくは腕に自信があるかなのだそうだ。

 沈黙に慣れないタイプのツカサは、何か話したくなってしまう。沈黙も修業なのだと言われていなければ、そわそわして落ち着かなかっただろう。

 体感で十分程度、ラングが行くぞと声を掛けて来たのでツカサも立ち上がる。

 その日、一階でスライムを狩り続けツカサのレベルは5まで上がった。


 極小の魔石は六十個、スライムのゼリーは三十個の成果だ。帰りも尻をじんじんさせながらジュマへ戻り、東口付近にあった買い取り屋を覗いた。

 想像していた通りギルド直営で、いちいち対応すると面倒なのだろう、壁に品物と数量、価格が記載されていた。

 極小の魔石はまとめ買いで単位は百個一式、千リーディ。

 スライムのゼリーは五十個で一式、二千リーディ。

 それ以下での買い取りはしていないという。つまり今日の稼ぎはなしだ。


『うーん、この分だとみんなが先に進むのわかるね』

『そうだな。明日は一階をスキップして進んでも良さそうだ。短剣に魔力を込める修練は今夜から始めろ』

『わかってる。魔石さ、これお風呂に使ってみない?いつも魔法使うけど、実際やってみたらどうなるのか興味ある』

『日銭に余裕もある、試してみよう』


 そうこなくては。夕食をまた【ガチョウの鍋】で済ませて宿に戻る。

 水は魔法で溜め、極小の魔石を風呂の横にある小さな壺に入れて行く。シュンと音を立てて魔石が吸い込まれ、風呂釜が温かくなって水を沸かす仕様のようだ。


 極小の魔石を六十個全て入れたが湯は温まり切らず、結局魔法の火を沈めてお湯を沸かした。

 疲れた体に温かい湯が染みて、その日、ツカサは風呂を済ませるとすぐに眠りに落ちた。

  



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