第19話 ジュマ


 予想以上にスムーズにジュマに着いた。


 道中魔獣に襲われることもなく、サイダルから逃げて来た冒険者とエンカウントすることもなく。

 ひたすら歩き続け美味い食事を取り快適なテントで眠り鍛練をするだけの旅だった。

 こんなことでいいのだろうかと不安になるくらい平和だった。


 ラングはツカサに魔獣との経験を積ませたい気持ちもあったようだが、道を外れたところでサイダルからの冒険者に遭遇したら面倒との判断をしたらしい。

 その代わり朝晩の鍛錬はかなりきつめに行われた。地面を何度も転がって服は汚れたし、擦り傷もたくさんできた。夜テントの中で治癒魔法の練習が出来たのは良いが洗濯が大変で、ラングに言われた通り何着か服を買っておいて正解だった。

 ちなみに石鹸はマブラで買ってある。歯ブラシを買った雑貨屋で見つけ、仕入れた。

 日本で使っていたものよりも固くて泡立ちもそこまでなく、香りもなんだか油のような蝋燭のような何とも言えないものだ。貴族向けの品物であればもう少し改善されているらしいが、それは稼げるようになってからにしようと決めた。

 今、ツカサはほぼ全ての出費をラングに頼っている状態なのだ。流石に申し訳なさがすごい。


 ジュマではダンジョンに入って、魔獣への耐性をつけつつ自由に買い物できる資金を稼ぐ。

 ラングとも会話してそれを目標にすることにした。


 ジュマの城郭が見え始めてから二時間ほど。ゆっくり歩いて門まで辿り着く。

 マブラより人が多く、中に入るために並ぶことになった。マブラからジュマに来るだけでは到底あり得ない人数に、ツカサは前の人に声を掛け話しを聞いた。


「ジュマの周辺には町村が多いからな、交易に来てたりするんだよ。かくいう私も東の町から来たんだよ」


 そう言って連れている馬の背中を叩く。荷物が引っ提げてあり、よく見ると革の加工品だ。

 並んでいる人たちを見ると、なるほど、冒険者と商人が入り混じっている気がする。


「あとは、町村から来ている冒険者だな」

「ジュマではランクが上げやすいんですか?」

「いや、ジュマのダンジョンはパーティを組んでいない限り、銅級にならないと入れないから時間はかかるさ」


 ふむ、とツカサは考え込む。

 サイダルは灰色級からダンジョンに入れる。

 ジュマは銅級からダンジョンに入れる。

 ジュマでは灰色級から上がる間、街の雑務依頼をこなし回数を稼いで、運良く魔獣を討伐できれば大きく点数を稼げる。

 ただ、ダンジョンに最初から入るのと入らないのではレベルの上がり方が違うのだろう。

 レベルを重視する冒険者はサイダルから始め、その速さ重視の性格が問題のある冒険者を育てているようだ。

 逆にジュマを選択する冒険者は、冒険者としての危険性を見聞きしている人が多いらしい。レベルよりも安全を取るタイプは時間をかけてでもジュマを選ぶのだろう。

 サイダルだと銅級に上がるまでに三ヵ月から半年、ジュマでは最低半年はかかるそうだ。

 とはいえ、町であれば小さくともギルドがある場所も多く、ジュマに来るのはあと少しで銅級になる冒険者か、町で銅級に上がった冒険者が多いらしい。

 

「ステップを踏むって大事だなぁ」

「次、こっちだ」


 話しをしていたら門扉の前に来ていたらしく、自警団員に呼ばれた。

 ギルドカードを出して手続きを行う。


「灰色級か、パーティは組んでいるみたいだな。ダンジョン目的か?」

「そうだ、弟の等級、レベル、上げるために来た」

「兄弟なのか。あんまり無理はさせるなよ、地図と準備だけはしっかりな」


 やはり銀級が同じパーティだと反応が違う。パーティという枠組みの強い信頼感もあるようだ。

 ラングはあれから言語力を上げて来て、ある程度の会話は進んでするようになった。


「宿の情報を知りたい」

「それならあそこの看板を自分で見てくれ。数字くらいは読めるだろう?次、こっちだ」


 尋ねる冒険者が多いのだろう。大きめの立て看板にジュマの地図と宿の位置、価格と決まりが記載されている。先に入った冒険者や商人たちが退くとようやく見られるようになった。


「ラングの読み書き実践だね」

「あぁ」


 二人で立て看板を見上げ、内容を確認する。大きさはざっとマブラの二倍と言ったところか。

 大通りの突き当り、街の中心部にギルドがありそれを中心に道が開いて行っているようだ。

 ギルドより北は区切られている場所になっていた。特別な場所なのだろうか。南口から入ったのでギルドに行くなら北上、ダンジョンは東にあるので出る時は東口が近い。

 東口の周辺に宿と防具屋などが密集していて、宿の価格はそれなりに高い。ダンジョンが近いからだろう、冒険者にとって利便性が良いように店が固まっているのもこの区画だ。買い取り屋という文字に目が引かれたが、恐らくダンジョン帰りの冒険者向けにギルドが設置したものだろう。

 逆に東口から離れれば離れるほど、ある程度宿の価格は抑えられている。食料や雑貨の買い出しは街の西の方に集まっている。薬屋もこちらの区画だ。


 街の位置は把握したところで、宿の相談だ。決める時も早く決めなくては宿が埋まってしまう。


「どこにする?」

「どこが良い思う?」

「うーん、目的はダンジョンだし東の近い方が良いと思う、けど。高いんだよねぇ」

「そうです。でも決めるべきはこれです」

「中々に話し方にブレがあるな、あとで全部言い直しておく?」

「頼む」

「了解、んで、どれ?」


 ラングがとんと指を差したのは、宿の特徴の部分だ。

 ついている食事の回数や、ダンジョンへ行って宿を空ける間の部屋の対応の仕方、風呂があるかどうか。

 ツカサの肩を叩き、左の宝珠を二回叩く。スムーズに意思疎通したい合図だ。

 宿の決定は早い方が良い、というのはラングも同じらしい。


『今のところ、金銭面は考えなくとも良いのだが、だいたいダンジョン都市でダンジョン近場の宿を取っているのは、常連やランクが上の者たちだ』

『なるほど』

『下手に目立たない方がいいだろう。まずは大人しく離れたところに取るべきだな』

『そうか、初日から常連たちと同じ場所は変なのか』

『そうでないのなら、宿を移動すればいいだけだ』

『わかった。じゃああとはラングが指差した項目だね』

『お前が譲りたくない宿を三つ選べ』


 言われ、ツカサは三つの宿を選んだ。

 一つ目は風呂がついていて、食事は朝晩、宿を離れている間も部屋代を払うことで人を入れない宿。

 二つ目は風呂がついていて、食事は朝のみ。宿を離れる日数を申告してもらい、その間は別の人を入れる宿。

 三つ目はシャワーだけになるが食事は朝晩、宿を離れる日数を申告してもらい、その間は別の人を入れる宿。

 

『風呂は譲れない訳だな』

『いや、たらいあるしいいんだけど、ちゃんと風呂があると言われると気にならない?』

『わからなくはない』


 宿はどちらかというと南口に近く、歩いてすぐそこに密集した形であった。

 一つ目の宿は埋まり切ってしまい入れず、二つ目の宿に空きがあったのでそこに決めた。ちょうどそれで満室になったらしく、入り口で受付を狙っていた冒険者が舌打ちとともに立ち去った。


「いつからダンジョンに?」

「三日は準備する。出る前に言う」

「わかった、準備は大事だからな。とりあえず三日ってことで、夕飯は別料金になるが外で食べても美味いぞ。宿で食べる時は朝出かける前に言ってくれ」

「わかった」


 かこんと鍵をカウンターに置かれツカサが手に取る。ラングと共にまずは部屋を見に行く。

 二階に上がって鍵を開ける。殺風景だが、だからこそ空いている間に別の客を入れられるのだろう。

 固めのベッドが二つ、机が一つ椅子が二つ。風呂は狭いがたらいよりは広い。

 水は別料金、温めるための魔石はやはり持ち込みだ。ツカサの魔法の練習で補うのでここはタダ。

 灯りは蝋燭とランタンが担当、窓を開けるとざわついた音と風が入って来た。


『いいじゃん、ファンタジーっぽい』

『確認できたならギルドへ行くぞ。あと、先程の通訳を頼む』

『わかった』


 ラングとの生活にも慣れて来た。

 一人になりたい時間が来るだろうと思っていたのだが、意外とそうでもない。

 一息つきたい時にラングがふと消えるからだ。恐らく気を遣ってくれているのだろうが、そう言った機微の察し方がすごすぎて申し訳ない。きっとラングも一人になりたいから良いのだ、と思うことにしている。


 大通りには様々な店があった。

 ここにも屋台が大量に出ていたし、ダンジョンへ行くならこのアイテム、といった売り出しもされていた。いろいろと目移りをしてしまったが、まずはギルドで情報を集めた後に見ようということになった。今夜の夕飯はついていないのでどこか店にも入ってみたい。



 ジュマのギルドも大きかった。マブラよりも横に広い感じだ。

 中に入ると独特の空気感がある。やや鼻がツンとするのは、ダンジョンに籠りっぱなしでようやく戻って来た冒険者が居るからだろう。

 薄汚れていてわかりやすい。それもここでは普通らしく、誰も顔を顰めたりしていない。

 依頼ボードにはたくさんの紙が所狭しと貼られていた。覗いてみるとホーンラビットの角やレインボーモスの鱗粉など、ジュマのダンジョンにいるのだろうモンスターの納品物が書かれている。

 手持ちの素材を確認してから紙を剥がして納品カウンターへ並ぶ冒険者もいれば、何階層まで潜るか決めるために依頼書を見ているパーティもいる。どちらのパターンでも良いらしい。

 並んでいたカウンターの順番が来た。茶色の短髪の男性のスタッフだ。


「はい、お待たせしました。初顔ですね?ジュマへようこそ。ギルドカードはお持ちですか?」

「持ってるよ、これが俺の」

「私の物だ」


 二人でカウンターへカードを出す。灰色と銀色、パッと見混乱するが輝きは違う。

 水晶にかざして内容を確認、パーティ名をなぞってから頷いた。


「二人でダンジョンに行くという理解であってますか?」

「そうだ」

「兄が銀級なので、手伝ってもらおうかと」

「あまり駆け足に階層は進まないようにしてください、灰色級ですからね。一つ伺っても?」

「なにか?」

「職業、迷子とは」


 ツカサは目を覆って天を仰いだ。すっかり忘れていた、あとで変えられると聞いたのにそのままだった。

 自分の【鑑定眼】で見ると職業が駆け出しのガイドに変わっていた為失念していた。

 ギルドカードには最初に迷子と書いてそのままだったのだ。


「実は」


 ツカサは【設定】を話して聞かせる羽目になった。



「それは大変でしたね、そうですか、サイダルに…」


 ううむ、と腕を組んで男性は聞き入ってくれた。ラングの顔に傷がある設定も信じたらしく、そっとカウンターから身を乗り出して「大変でしたね」と優しく労っていた。

 

「職業変更しておきますか?」

「お願いします、ええと、短剣を使うので、短剣を使う職業を」

「それでしたら短剣使いでよろしいかと、少々お待ちくださいね」


 一度席を立ち奥に置いてある水盆のところへ行く。書き換えをしてくれるのだろう。

 タオルで水を拭いながら戻ってきて渡される。短剣使いに変わっていてほっとした。


「では、ジュマのダンジョンについて少しご説明しましょうか?」


 にこりと笑いながら料金表を出す。ラングは迷わず一日分の二万リーディを差し出した。



―――――


 ここでも相談コーナーはあった。


 場所を変え席に着いて男性は紙の束を括ったものを机に出した。


「改めましてジュマへようこそ、私はカウンターを統括しておりますジルと申します」

「よろしく、ツカサと兄のラング」

「よろしく頼む」


 軽く握手を交わす。こほんと咳払いをしてジルは紙束を開いた。


「ジュマのダンジョンは現在七十八階まで踏破され、七十九階が解放されている状態です」

「大規模なパーティが組まれたって聞いたけど」

「はい、その状態をクランと言います。中心になったのは【銀翼の隼】という金級冒険者のパーティです。リーダーはアルカドス、真っ赤な髪をした大柄な剣士の方ですのですぐわかりますよ。あまりその、素行はよろしくないので関わり合いにはならない方がよろしいかと」

「そんなこと言っちゃっていいの?」

「ここだけの話しでお願いします、実績があるのでギルド側からの苦言も難しい方でして」


 ジュマに来て初めて、加えてツカサの等級もありアドバイスをくれたらしい。素直に関わりを避けようと決めた。


「一階から二階まではスライム、三階、四階はコボルト、十階まではスライム、コボルト、ゴブリンが出ます。下の階に行くに従ってフロアも広くなりますから、地図は持って行かれた方が良いでしょう。もし隠し部屋とかを見つけた場合、褒賞がありますからね、申告してください」


 隣のラングを見て通訳が必要かを視線で尋ねる。頷かれたので大丈夫だろう。

 わからなければあとで聞くだろうし、話の腰を折らないようにする。ジルに頷いて見せた。


「各階層にボス部屋と呼ばれる部屋があります。仕組みは解明されていませんが、入ると勝つか死ぬかするまで、部屋は開きません。パーティの数に制限はありませんから、不安だったら近くのパーティと手を組むのもありです、無理はしないでくださいね」


 すっかり子供扱いだ。灰色級なので仕方ない、頷いた。


「十一階以降の話しはまだ早いでしょうから、十階を踏破したらもう一度来てください。地図はダンジョンの入り口にギルドの支店もありますし、ここの隣にある冒険者用品店にもありますから、しっかり持って行ってください。あとは、パーティに近接のお二人しかいないので、トーチの魔法代わりにランタンを持って行くようにするといいでしょう」


 照明魔法があるのか。


「ダンジョン内は暗いの?」

「魔法苔と呼んでいますが、光を放つ苔があったりしますが基本は暗いですよ。こちらも解明されていませんが、癒しの泉と呼ばれている水が沸いているエリアがあります。ここは安全地帯になるので、休む時は必ずそこを選んでください」

「癒しの泉というからには、怪我とか治るとか?」

「えぇ、万能ではないですが、ある程度のものなら治りますよ」

「飲める?」

「はい、飲めます。調理に使う冒険者もいるようですよ」


 ほっとした。何かあれば水魔法を撃てばいいが、それはいざという時にとっておきたい。


「一階はどのくらいで踏破できるの?」

「パーティによりますが、慣れていれば一時間もしないで踏破できるようですよ」


 一応、一日は見た方が良いか。紙束の注意事項を睨んでいると、ラングが横から質問をした。


「食料の買い出しに良い店、今日の夕飯」

「あぁ、それでしたら、干し物は【大熊亭】、野菜が欲しければ【緑の青虫】、夕食は私のオススメですが【ガチョウの鍋】が美味しいですよ。全てギルドを出て西に行けばあります」


 ラングが席を立った。


「今日はこのくらいに、ということですかね。お時間残ってますからまた私のカウンターへ並んでくださいね」

「わかった、ありがとうジルさん!」


 すでに歩き出してしまっているラングを追いながらツカサが挨拶をする。

 ジルは軽く手を振って相談コーナーを片づけだしていた。どちらもさっぱりしすぎだ。

 冒険者はこれが普通なのだろう、きっと。



 食事の前に冒険者ギルドの冒険者用品店に行ってみた。

 ギルドカウンターのエリアから隣に進むと、急に旅館のお土産コーナーのような場所が見えた。

 並べ方の問題なのだろうが、なんとも言えない気持ちになってしまった。


『先ほどの会話、半分ほどしか理解をしていないのだが』

『ええとね、ダンジョン内が暗いらしいから、照明魔法がないならランタンを買っておけって。それから、地図がここにも売ってるってさ。ダンジョンの十階までの詳細はあとで共有するよ』

『わかった。ひとまず食事をしながら地図でも眺めてみるか。ランタンは、そうだな、ここでも買っておこう』


 ここでも、という言い方が引っ掛かるが、店員に使い方を聞いて丁度良い物を選ぶ。

 腰に釣る下げる形のものがあり、その中でもランタンに魔力を送れば光るものがあった。最初は店員がサービスで魔力を込めてくれるそうだが、次からは有料になるシステムだ。これはツカサが補充をできるのでお買い上げした。火を使わないので延焼の危険性がないという点でラングからも了承を得ている。

 それから地図を見せてもらった。

 地図は十階まで、十一から二十階、二十一から三十階、と分割して販売をされていた。まずは十階層を目標にするのでそれだけを買う。

 小鍋や組み立て式の小さい竈も売っていたが、それらはラングが持っているので見るだけにした。いずれツカサも自分の小鍋やフライパン、組み立て式の竈が欲しい。ラングの隣で別の料理をするのも良いだろうし、ラングが別件で離れることもあるだろうから、食事の自立はしておきたいと思った。

 何より、料理が結構面白いのだ。趣味に高じるには人に道具を借りるより自分の物が欲しくなるものだ。お金を貯めようと思った。

 

 食料の買い出しは明日にして、今日は夕飯を食べて終わらせることにした。

 西の大通りを進み【ガチョウの鍋】を見つける。ガチョウが鍋を持っている看板がぶら下がっているのかと思いきや、鍋にガチョウが入っている看板が吊る下がっていた。

 中は混みあっており、横長のテーブルで相席になった。相席になった冒険者やジュマの住人に軽く礼を言って座る。ぱたぱたと少女が来て、メニューが書かれた木の板を差し出しながら声を掛けられた。


「いらっしゃい、初めてよね?」

「うん、どうすればいいかな」

「メニューから頼む場合は食事を持ってきた時に支払って。面倒ならそこの三つ、金額で出す物決めてるから先払いしてくれればいいわ」


 なるほど、コース料理のように出す品物を決めて価格を決めているのだ。とりあえず三千リーディのコースを頼んでみた。銅貨を三枚渡し、飲み物を尋ねられたので果実水を頼んだ。酒でなければ一杯は無料らしい。

 果実水が置かれたので食事が来るまでラングと地図を覗きこむ。巻かれていた紐を解けば、くるりと紙が開く。一階は小さく十階に行くに従って紙が広くなっている。二十階になると紙が折りたたまれているので中々に嵩張るのだという。

 位置階の地図を開く。ゲームで見る様な地図だ、少しわくわくしてきた。


『それで、先程の会話内容の振り返りだが』

『うん、まず魔獣の種類と安全地帯だけど』


 ジルに聞いた話を共有する。バネッサから譲り受けた手記も見ながら、ラングの知るモンスターとの相違も確認していく。

 スライムやコボルト、ゴブリンは大まかに同じだが、ラングは戦う感触の違いが気になるという。


『例えば、キャンプエリアではスライムの核を潰すと言ったのだったな?私の故郷ではスライムに核はない』

『どうやって倒してたの?』

『細切れにすれば溶けた。踏み潰せば済むしな』

『なるほど?HP的なものが0になったってことなんだろうけど、核なしかぁ』

『手記を見る限りではゴブリンに差はなさそうだが、コボルトが記憶と違う。私の故郷では四つん這いの狼をコボルトと呼んだ』

『こっちでは二足歩行でゴブリンの犬版って感じだもんね。一階からゆっくり行った方が良いね、俺がその、魔獣怖いし』


 スライム程度行ける気もするが、慎重に行きたい。ラングもそのつもりらしく頷いてくれた。

 

「お待たせしましたぁ。ジュマバードの塩焼きとタラライモのマッシュ、パンと酢漬けマニーニ。追加必要ならさっきのルールでお願いね」

「ありがとう」


 給仕の少女がぽいぽいとテーブルに置いて行く。

 チキンのウィングが山盛りとマッシュポテト、パンが四切れと壺が置かれて行った。取り皿は一枚ずつのようだ。フォークとナイフが一対ずつ、出してくれるだけ有難い。

 早速チキンを頬張った。中までしっかり火が通っているがじゅわっと溢れ出る肉汁がたまらない。肉がしっとりしていてみずみずしい。マッシュポテトを皿に取り分け、溢れた肉汁と絡めると甘さが増して美味しい。隣の男性がチキンをほぐしてマッシュポテトと一緒にパンに乗せて食べているのを見たので真似をした。これも美味い。

 酢漬けマニーニが気になり壺に刺してあったスプーンで中を掬う。ツンとした酢の匂いに唾液が滲む。小魚の酢漬けなのだろう、食べてみると甘い味で魚の身も悪くない。

 夢中で食べ進めて山盛りだったチキンも食べ切ってしまった。


「美味しかったぁ」

「坊主、良い喰いっぷりだったな!」


 隣の男性に笑われ、ツカサはへへ、と笑い返した。


「うめぇだろ、ここの料理は。酢漬けマニーニなんて食えるのはここだけだぞ」

「これ美味しかった、ダンジョンに持って行けないかな」

「おお、目の付け所がいいな、ダンジョン用に売ってもくれるぞ」

「本当!?」

「自分で壺用意すりゃな!」

「ラング、これダンジョンに持って行きたい!」


 空間収納が時間停止機能があるため、食料は多めに持って行きたいところだ。食事に貧することのなかったツカサは、この世界で感じる空腹に恐怖を抱いていた。

 なんだかんだ食事が口に合えば環境に耐えることはできるのだ。

 特段否定はないらしいラングは頷いてくれた。満腹の為おかわりはせず、隣の席に挨拶をして店を出た。

 いつの間にか日が沈んで暗くなっていたが、家や店から零れる灯りや、屋台で掲げられたランタンのおかげで足元が見えないことはない。


「火って、文明なんだなぁ」


 日本の夜を思い出す。街灯が道路を照らし、ライトのついた車が行き交う。ビルの明かりが夜景に華を添え帰宅すれば温かい灯りと食事が待っている。

 すぅ、と気持ちが落ち着いて行く。もうそろそろ慣れて来た。深呼吸して受け止める。


「ラング、故郷はどんな感じ?」

「ここと変わらない、あまり」


 わいわいがやがや、笑い声が店から零れる。ラングにとっては外国に来た気持ちなのだろうか。


「ただ、魔法、明るい思う。故郷では、贈り物だった」

「んーっと」


 ラングのマントを二回引く。これはツカサ側から言語を合わせたいときの合図だ。


『私の故郷では、いわゆるダンジョン産のアイテムでしか魔法というものが無い。魔法という単語がないので、呪い品ロストアイテムと呼ばれているのだが』


 ラングがポシェットを叩き、カランと音を立ててランタンを取り出す。

 ここでも、と言っていたのはやはり持っていたからなのだ。


『ダンジョンでしか得られないものが、それなりの値段はするが庶民の手に渡る。それだけで生活の幅は違うだろう』


 ランタンの下の淵を指でなぞるとじわっと灯りが点いた。指の位置を変えるとほんのりオレンジ色だった小さな灯りが、徐々に白みを増して明るさも比例していく。

 あまり目立たないオレンジ色まで戻した後、ラングはランタンを前にして足元を照らしながら歩く。


『魔法が溢れている、不思議な光景だ』


 ざわめきの中でラングの素直な声が、感想が。元の故郷は違えども同じ気持ちであることが、ツカサは嬉しかった。

 

 


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