第17話 買い出し


 翌日から七日ほど、ツカサとラングは宿でのんびりと過ごした。


 昼食は出ないので材料を買い、キッチンを借りてラングが作ったのでツカサも手伝った。

 料理は頭の中を空っぽに出来て楽しかった。こちらの材料に不慣れなせいもあるが、どの調味料を使えばいいかとか、食材を試したりとか、気分転換によかった。

 もしかしてラングが料理を好むのも、そうした理由があるのかもしれない。


 鍛錬も基礎だけにし、ラングはツカサに魔法の練習をさせるようにした。


 ラノベで読んだように自分の中にある魔力を操作できるよう、ツカサは瞑想めいたことをしてみた。

 サイダルでやった時とは違い熱が全身を移動するような感覚があったし、自分の周りにほわほわと湯気のようなものが漂うのも三日で感じ取れるようになった。


 ラングはツカサに文字を習い、言葉を声に出した。

 宿の人にも協力をしてもらい、ラングは少しずつヒアリング力を上げた。


「なるほど、わかる、似ています、文章」


 文字の読み書きをしてからの吸収は早かった。

 得意と言っていたのは嘘ではないらしい。

 ラングはこの七日、ツカサにはここの言語で会話をさせていた。通じなくとも通訳をしないことを約束して、質問をする言い方を覚え、様々な単語を得ていった。


「あ、ちょっと通じやすくなって来てる。マジで速いね」

「言語、得意、するます」

「言語は得意だからな、かな?」

「言語は得意だからな」

「うん、言えてる」


 シールドの下で尊大に頷かれ、ツカサは笑った。


 七日間、宿で過ごしているのには理由がある。

 自警団の魔導士、キースが面倒だと言った団員が、ツカサの勧誘をしに来たからだ。


 生き残りの少年少女冒険者の傷が手当されているどころか、全ての傷が癒えていたことを見て、ツカサが治癒魔法を使えるのではと声を掛けて来たのだ。それも食料を買い出ししていた往来で。

 ラングに魔力がないことは聞いていたのだろう。団員はラングを蔑むように鼻で笑い、声高にツカサに魔法の素晴らしさを説いて来た。

 慌てて駆けつけたキースが功労者に迷惑をかけるなと叱責し、団長が往来で頭を下げる羽目になった。

 ツカサは師匠と仰ぐラングを侮辱され腹が立ったし、もし使えたとしても自警団に入ることと教会に与することをはっきり断っているのに通じない様が怖かった。

 引きずられるようにしてその団員が連れて行かれた翌日、教会から神官が宿へ来た。

 にこにこと張り付けた笑顔でツカサへ教会に来るように勧誘しに来たのだ。

 宿の女将は迷惑そうに神官とツカサを見ていたが、ツカサが拒否をすると味方になってくれた。


「魔法が使えることは隠すことではありませんよ、それに治癒魔法と来たら、ぜひ我が教会でそのお力を世の為に使って頂きたいのです」

「俺は治癒魔法なんて知りません。あれはラングの持つ回復アイテムを使ったんです。俺に適性がないのは良く知ってるでしょう」

「アイテムなどであそこまで無傷になるわけがありませんよ、穢れし者の持つものなど、たかが知れています。人助けを前にして発現する力というのもありますよ」

「発現してません。ラングは俺の兄で、俺の師匠です。ラングを侮辱する組織になんて行きたくありません」

「治癒の力は教会でこそ管理され、人々に還元されるべきです。あなたは選ばれた、お兄さんは選ばれなかった、それだけですよ」

「サイダルにも治癒魔法が使える人がいましたよ、その人はどうなんですか。というか俺は知らないってば!いい加減にしろよ!」

「営業妨害だよ、いい加減に出て行っておくれ!」


 横から女将が叫び、教会はまた来ます、と引き下がった。


「あんたも大変だね、あんなのに目を付けられて」

「話しが通じなくて怖かった、助かりました」

「いいよ、しばらくは宿にいるんだね」


 そう言われ、宿で過ごす七日間になった訳だ。

 買い出しは二人で出た。離れると逆に危ないとラングが判断したからだ。ツカサはラノベで強引に連れ去られたりとかを読んでいたので、ラングのマントをずっと握り締めていた。


 思い出し、机に突っ伏した。


「はぁーいつまで引きこもらないといけないんだよぉ」

「ゆっくり、言う、ください。いえ、あー、ゆっくり言ってください」

「あってるあってる。宿にいつまでいなくちゃいけないんだ、って」


 ジェスチャーを交え、ツカサはノートに書いた。

 ジェスチャーと文字にするとなんとなくわかりやすいらしく、ラングは自分のノートにも同じ文を書き写す。勤勉だ。


「キースが言いました、待つ少し」

「そうなんだけどさ、もう七日だよ、音沙汰ないじゃん」


 次はベッドにばさりと倒れ込んだ。

 まだまだ街の探索は終わっていないし、あの出来事のせいでラングの収納に入った大蛇も出せていない。

 何が原因だったのかを判明させたい冒険者ギルドと自警団が教会に対応してくれているらしい。ダイオンが三日前、それだけ伝えに来てくれた。

 

 魔法が使えたら自分の強い味方になってくれると思っていた。

 事実、伸ばせばそうなるだろうが、教会が邪魔すぎた。

 ツカサは組織に属するのが苦手な今時の少年だ。一応合わせることはできるが、あれやれ、これやれが嫌な思春期でもあるのだ。

 宗教とは縁も遠く、ああいった勧誘も駅の前くらいでしか見たことがなかった。


「面倒くさい」


 呟きに、ラングはノートでツカサの肩を叩いた。


「まだ勉強するの!?もう今日はいいじゃんよぉ」


 止める気はないらしい。ラングの無言の圧力に屈し、ツカサは体を起こして鉛筆を持った。




 キースに魔法のことも聞きたいのに、治癒魔法だけでなく他の属性も使えるとばれればさらに面倒になるのが想像できた。

 ラングもそれは同意のようで、事前に釘をさされ、今は部屋でこそこそと小さな火種を出したりするしかない。


 けれど、そのこそこそが非常に良かった。


 冒険者向けの大きめの洗濯たらいを買ってきて、部屋の小さなシャワースペースに置く。

 水を張ってその小さな火種で湯を沸かせば、狭くて小さいが風呂に入れるようになったのだ。

 ラングにもすごく褒められたので向こうの故郷にも風呂はあるのだろう。ただ、見た目ものすごく滑稽なのでツカサは扉をしっかり閉めて入ったし、ラングの入っている姿も想像はしないようにした。

 それから、日常的に飲む水はツカサの出す水魔法になった。これも魔力操作訓練の一環になるし、水を【鑑定眼】で見たところ煮沸する必要がないのが楽だった。どのくらい水を撃ちだせるのかを確認するため、空間収納に放ってみたら結構な量だったので、水で苦労したらしいラングの空間収納にも同じように撃ちだしておいた。

 水魔法は最初調整ができず部屋を水浸しにしてしまい、慌てて風魔法で乾かした。風魔法でそう言うことが出来るとわかり、ツカサは自分の髪も魔法で乾かすようになった。

 ラングは風呂から出るとすぐにシールドとフードを着けてしまうが、そのフードの中に器用に風を通してやればそれも褒められた。次からまた頼む、と言われた時は嬉しかった。

 治癒魔法の訓練は、ラングがナイフで自分の手を傷つけるのであまりやりたくなかった。

 少しでも早く、少しでも傷痕を無くしてと思い、発動までの時間をどんどん短くもできた。

 四日目からラングは傷を作るのをやめて、ツカサの瞑想に任せるようにした。

 

 そうやって七日間魔法を使い、ツカサは魔法自体に慣れて行った。攻撃に使うというよりは、日常的な使い方なので生活魔法と言えるかもしれない。


 八日目、ラングが動いた。


「冒険者ギルド行く」


 装備を整え、端的に言う。


「え、でも、ダイオンさんからも、キース団長からも何も言われてないよ」

「小さい街、魔導士、少ない人、目立つ。終わる出て行く」

「んーと、マブラは小さい街だから魔導士が少なくて、目立ってしまう。終わらせてマブラを出て行こう?」

「出て行く」

「え、今日?」

「今日…ちがう、三日した」

「三日後に出るんだな、わかった」


 マブラが小さい街、というのはサイダルしか知らないツカサにはわからない基準だが、木を隠すなら森の中、なのだろう。

 ジュマはジェキアに近い、つまりここよりは大きく人が多いとの予想だ。


「じゃあ食料と調味料とクッキー、三日間買い溜めしないとだね」

「毎日買うします、ご飯と調味料とクッキー」

「わかった」


 ラングはツカサの発言の全文がわかる訳ではなく、単語を聞き取り文章を推測しているのだという。

 なので時々噛み合わないこともある。そう言う時はツカサが言語を寄せるのだ。


 ツカサも装備を整え、ラングと共に階下へ行く。女将さんが宿帳を整理していて二人に気づく。


「おや、出るのかい?大丈夫かね」

「待つ、疲れた」

「まぁそうだよね、どこへ行くんだい?」

「冒険者ギルド、食材、たくさん」

「えーっと、あ、もう旅に出るのかい?日数残ってるよ」

「いいんです、マブラだともう教会が面倒で、だったら先に行こうって話になったんです」

「そうだねぇ、それもありかもしれないね」

「お金、いらない戻す」

「そうかい?それなら残りの日数は夕飯を豪華にしたげるよ。何日いるんだい」

「三日後に出ます」

「わかったよ、今夜と明日は楽しみにしておいとくれ」


 女将に見送られて宿を出る。

 最近の行動範囲が中庭と宿と近くの食料品店だったのでつい伸びをしてしまう。


「行くぞ」


 ラングに言われ、ギルドへ向かう。途中串焼きの店でまた大量に注文し宿へ配達をお願いした。これはラングが練習がてら頼んだ。いつもしゃべらず指で示していた男がしゃべったので、店主はついに距離が縮まったかと喜んでいた。三日後に出ると言ったら、六本おまけに焼いてくれるらしい。


 ギルドへは無事についた。ここも久々だ。ツカサはギルドカウンターの人員を確認し、ティアのカウンター列へ並んだ。

 順番が来てこちらに気づいたティアが、さっと髪型をバンダナへ戻し整えた。

 

「いらっしゃい、残ってる時間使うのかしら」

「魔獣、持っている」

「あら、お兄さん言葉が」

「今練習してるんだよ。先日狩った魔獣を持ってきたけど、どうすればいい?」

「もしかして、ジャイアントスネーク?」

「らしいんだけど、わからなくて」


 【鑑定眼】を魔獣に使う癖もつけなくてはな、とツカサは今気づいた。


「いいわ、もしかしたら来るかもって言われてたから。解体倉庫に行きましょ」


 先日も見た「お隣へどうぞ」のミニ看板が出されてティアが席を立つ。


「こっち来て」


 ラングのマントを引き、移動を知らせる。

 大人しく着いて行った先はサイダルにはない大きな倉庫だった。解体用の道具が並び、包丁の数がすごい。中には老齢の指導者と若い数人が魔獣の解体で忙しそうにしていた。


「お邪魔するわよ、この間の話題になった魔獣持ってきてくれたって」

「ほう?」


 老齢の男性が顎でこちらを呼んだので近づく。空の台を叩き、出すのを催促したようだ。

 ラングはポシェットを叩いた。こういう動作を忘れないのが偉いと思う。

 というよりはもしかして癖が抜けないだけか、その動作が必要と思っている可能性が出て来た。何にせよ空間収納を誤魔化せるので良しとする。深くは追及もしない。


 どさりと解体台に出された大蛇に倉庫内がざわつく。

 慌てて職人たちが桶を台の下に置き、ぱたぱたと音がして血が溜まっていく。よく見たら台座に切り込みが入っていて、体液がそこから流れ落ちるように工夫がしてあった。

 蛇の血が薬にでもなるのだろう。ほかにもそう言った魔獣がいるのかもしれない。

 そういえば言い訳で、手当てしたのはラングが持っていた回復アイテム、と言ったが、教会から存在否定が返ってこなかった。つまり存在しているのだろう。

 回復アイテムも見に行かなくては。そんなことを考えていると男性はふむ、と唸ったあと呟いた。


「ジャイアントスネークだが、その中でも大きい方だ。こんなのが街の近くに来ていたのか」

「いつもはこの辺にいないんだ?」

「あぁ、マブラからもっと離れた森の奥だな。なんだってこんなところに」


 言いながら男性はラングが倒した形跡を確認していた。


「なるほど、目を潰したのが先か」

「わかるの?」

「あぁ、それで口角から剣を入れて裂いたのか。タイミングを合わせたな。こっちの腹は、喰われたやつがいたのか」

「うん、少年が二人。一人は間に合ったけど」

「そうか、運が悪かったな」


 運が悪い。それで済まされてしまう世界に慣れなくてはならない。

 命に関わる部分で【適応する者】はあまり反応してくれていないように思えた。


「ふむ、時間をかけずに倒したな、状態が良い。持ってるアイテムボックスも優秀だな、少しは腐ると思っていたんだが」

「ラングの持っているのはこの大陸スヴェトロニアの物じゃないから」

「ううむ、悪魔の大陸か、これだけでも行ってみたくはなるな。この大陸スヴェトロニアにもあるにはあるが、時が進まない物は容量も小さいからな」


 言いながらジャイアントスネークの割かれた腹を持ち上げて臓器を確認する。クパァと糸を引く体液にツカサはそっと目を閉じた。


「うん、いいだろう。八十五万リーディで引き取ろう。肉はどうする?」

「食べれるの!?」

「そりゃぁ蛇だからな。なんだ食ったことないのか」

「ツカサはサイダルから来たのよ」

「あぁ…それじゃ仕方ない、いいぞ、引き取り価格そのまま、八十五万リーディで、肉も付けてやる」


 ツカサはサイダルから来た、で説明が通じることにチベットスナギツネのような顔をして遠い目をする。

 それも言い訳リストに追加します、と内心でメモをした。


「あ、解体にどのくらいかかる?あと、素材も欲しいんだ」

「素材?なんでまた」

「三日後にマブラを出るから、何かの時の為にと思って」

「あぁ、なるほどな。確かにジャイアントスネークの皮は武具屋で喜ばれるからな。明日には受け取れるようにしておいてやるよ。しかしちゃっかりしてやがる」


 聖典ラノベ知識を舐めないでほしい。

 ツカサはへへ、と笑った。


「しかしそうすると、ギルドに素材も肉も半分は卸してもらわなきゃならん、買い取りは六十万リーディくらいになるぞ」

「ラング、六十万リーディでいいよね?」

「かまわん」


 金額部分だけしっかり確認を取り、了承を得る。さて、ツカサはにっこりと解体職人を見た。

 思い出せ、ラノベで有用だった魔獣の部位を。


「牙と眼玉と皮と血と肉を分けてほしいな。毒袋とか肝は扱い大変そうだし見逃してあげるよ」

「お前素人じゃないな?気に入った!」


 男性は大きな声を上げて笑い、片方の毒牙、潰れた片目、皮、血を四瓶、肉を約束してくれた。



―――――


 ギルドで所用を済ませて買い出し。

 ラングがアイテムボックスを持っていることは知られても構わないので、どんどん買って詰めていく。

 途中昼に店に入り、マブラの料理を堪能した。魔獣肉を塩で焼いただけのものだが、処理が良いのか柔らかくて美味しかった。一緒に出て来たスープは独特だったが、薬膳スープと思えば飲めないこともなかった。

 パン屋でも道中で食べるためのパンを大量に買い、明日はもっと買いたいと先に依頼をしておいた。

 顔を引き攣らせて承諾を濁されたので、焼きたてでなくていいから量が欲しいとラングが伝えると、日常の営業に支障がないと判断したのかようやく頷いてくれた。どちらにしても普段より働く時間は長くなるだろうが、色はつけた。

 旅に炭水化物があるだけで違うのだ。できれば米が食べたい。探そうとツカサは心に決めた。


 先払いを済ませたパン屋を出て調味料を物色に行くことにした。


『蛇ってどう食べると美味しいんだろう?』

『そのまま焼くくらいしか知らん。どこかの国では甘いタレをかけるというが』

『お!それもしかして甘ダレかな。ここには醤油あるのかな』

『ショウユ?』

『ええと、大豆って豆から作る発酵食品』

『発酵、か。ふむ、故郷の味なのだな?探してみるか』


 買い物の途中、ふと出た会話から嬉しい目的が出来た。


『お、いいの?やった!あと、米も探したい』

『コメ、白い穀物か?』

『知ってるの!?』


 まさかの発言にツカサの眼が輝く。


『故郷で食べたことがある。腹持ちの良い物だったな』

『それも探したい!俺の故郷の主食なんだよ!』

『見てみるか』

『あぁ!パンでもいいけどやっぱり米欲しくて』

 

 ラングと話しながら、マブラでこうしてゆっくり買い物をするのは初めてかもしれない。

 途中寄り道をして飲んだり食べたり、今やっと観光が出来ている気がした。

 三日後には出なくてはならないが、ここでいろいろ情報も集まった気がする。

 やめろ、とか、だめだ、とか、ラングは意味もなく制限をしてこないのも良かった。

 むしろ、一緒になって興味を持ってくれる姿は心強かった。ラングにとってもここが初見の世界なのもあったのかもしれない。


 調味料を売っている店に着いた。都合よく隣が薬屋だ。


『薬屋も行きたいな。ほら、アイテム使ったって言い張ったし』

『そうだな。この場所の薬には興味がある』


 ラングからの許可も得た。二人は早速調味料の買い出しをした。

 調味料は塩を買い、その他スパイスをいくつか買った。地球でそこまで料理をしなかったのでツカサはそのものを出されると全くわからず、ラングがツカサに通訳を頼みいくつかを見繕った。

 それなりに高かったが道中の食事の質は落としたくないらしい。ラングは金に糸目を付けなかった。

 パン屋でさえ大量注文で十万リーディ程度だったのに、ここで三十万リーディも使ったのだ。

 串焼きで大金を使ったツカサも人のことは言えない。


 次に隣の薬屋に入った。

 独特の草の匂い、漢方の匂いがしてツカサは何故かほっとした。

 この世界に来てから空気の匂いが違って、ここで初めて地球で嗅いだことのある空気に触れたからなのだが、そこに思い至る前に声を掛けられた。


「いらっしゃい、初顔だね」


 薬屋によくある老婆でもなく、妖艶な美女でもなく、人当たりの良さそうな青年が奥から出て来た。

 ぺこりと会釈をすれば、向こうも会釈を返してくれた。


「何が必要ですか?」

「あの、実はサイダルから来て、傷に効く薬を頂きたいんですが」

「サイダルから…大変でしたね、お宅は随分まともなまま出て来れたようだ」


 しみじみと言われてしまう。流石サイダル。

 苦笑を返してツカサは店の中を見渡した。小瓶や平たい丸い容器が並んでいる。

 吊るしてあるハーブ類も売り物だろうか。


「傷に効く薬というと、一般的にはポーションがそうだね」


 ことんとカウンターに置かれる小瓶。緑、青、赤が並んだ。


「効果は緑から赤に向かって高くなる。原材料はほぼ同じだけれど、緑は使われているものが三等品、青は二等品、赤が一等品って感じだね。薬草が育つ過程で色を変えて、それがそのまま色に出ているんだ」


 説明してくれるのは有難い。メモの許可を得てメモをする。サイダルから来た割に本当に勤勉だねと言われてしまった。


「使い方は飲むだけ、飲めないようなら傷口にかけてもいいけれど、中から治すならやっぱり飲ませた方が良いね」

「どのくらいの怪我なら治るんですか?」

「良い質問だ、緑は擦り傷切り傷、青はもう少し深い傷、赤は千切れかけの腕くらいなら治るよ。半分を千切れかけたところに直接かけるんだ、残りの半分は飲む。ただ、気を付けて欲しいのは完全に離れてしまった四肢は戻らないということだね」

「そういうルールがあるんだ、でも、すごい、結構利くんですね」

「そうだね、ポーションに使われる薬草は不思議な薬草でね、国で栽培を管理されているくらいだよ」


 なるほど、自生している訳ではないらしい。


「じゃあ、冒険者ギルドで出されている採取依頼は何に使っているんだろう」

「それはこっちの傷薬だね」


 ことりと丸い容器を置かれ、開けてみると中に緑のクリームが入っていた。


「これも擦り傷、切り傷に効くよ。ポーションが無い時の応急処置に持つ人が多いね。あとは水仕事をする人や、料理人も買いに来るよ」


 手荒れに効くわけだ。ハンドクリームっぽい物に脳内変換されてしまう。

 これがあったらラングの手の傷ももう少し少なかったのだろうか。


「毒消しとかはありますか?」

「抗毒薬になるかな。これもギルドで依頼が出ている薬草だよ。毒は種類が多様すぎてね。一方で薬だけど一方で毒になる、とかが多いから。毒の種類がわかってから飲むのが一般的」


 紫の小瓶がカウンターに増える。ふむ、とツカサは一通り眺めた。

 ちら、と青年を見て、恐る恐る聞いてみた。


「あの、それぞれいくらなんですか?」

「傷薬はそんなに高くないよ」


 はは、と笑い、青年は料金表を見せてくれた。こういうのがあると有難い。

 これもメモをして良いかと問えば、法律で価格が決まっているから構わないとの回答を得た。一定の価格で仕入れ、一定の価格で販売がされているのだ。


 傷薬 1,500リーディ

 緑のポーション 4,000リーディ

 青いポーション 8,000リーディ

 赤いポーション 100万リーディ

 抗毒薬 1万リーディ

 

 赤いポーションだけが価格が跳ね上がる。千切れかけた四肢を戻せるならそれだけの価格も安いというのか。

 ジャイアントスネークで今回六十万リーディを得るが、一般の冒険者の稼ぎがわからないので高価は高価だろう。

 サイダルの稼ぎ例はもう当てにもならない。なので聞いてみた。

 

「赤いの、買う人はいるんですか?」

「中堅の冒険者パーティなら一つは持っているかな?ただ、そのくらいのランクになると、そもそも無茶な依頼は受けないから多くはお守りになっているみたいだ。薬師としてはその方が安心できるよ」


 それもそうだろう。体が資本なのだ、自分たちに適したランクの依頼を受け、損傷を受けるほどの無茶はしないだろう。


「薬は手作りなんですか?」

「そうだとも、国の試験をきちんと受けて免状をもらって、各街に二、三軒はあるよ。サイダルにはないと思うけど」

「なかったです」


 お互いに苦笑した。ラングに効能と価格を伝え、買う物を選定してもらう。


『お前が決めていい』

『でも、ラングのお金だから』

『言葉を変えよう、何が必要だと思う?』

『ええと、抗毒薬は欲しいかな、いざという時に使えそうだし。あとはポーション、俺の治癒魔法がどこまで効くかわからないから、かなり高いけど赤いのは持っててもいいかもって思った。でも、青いのもラングには持っててほしいかな。もし俺がいなかったら困るし』

『お前、危機管理は身についているな』

『そうかな、だとしたら父さんのおかげかも。最悪の事態を想定して、検証をたくさんするんだって言われてきたから』

『良い父君だな。今言ったものを全て買おう。あとはハーブをいくつかもらいたいと伝えてくれ』

『了解』


 抗毒薬を四つ、青と赤のポーションを一つずつお願いした。赤いポーションをお願いした時にびっくりされたので、ラングのギルドカードを出して納得してもらった。

 それからハーブをいくつかもらった。これはラングがハーブティーを作ったり料理に使うためだ。

 バジルやローズマリー、ミント、カモミール、オレガノ、セージ、コリアンダー、パセリなどが刈り取ったままの形で乾燥して売られていたので、ここはラングの気の済むように仕入れてもらった。生の葉を欲しがったがマブラにはないと言われてしまった。

 ただ、シナモンを手に入れたのはラング的には大きかったらしい。雰囲気が柔らかくなっていた。


 大量の買い物をさくりと白金貨で支払い、また驚かれた。

 ただ、高価なものを取り扱う薬屋だからかお釣りに困ることはなかった。


「ぜひまた来てほしいな」

「三日後に出るんだ」

「それは、残念だな。じゃあ旅立ちの餞別に、一つオマケを付けてあげるよ」


 これだけハーブも買えば上客なのだろう、残念そうにしながらも青年は奥から琥珀色の液体の入った小瓶を差し出してきた。


「ハチミツ、食べた事あるかな」


 ラングがハチミツも買い込んだことは言うまでもない。



 

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