第15話 可能性


 クッキーがある、教会で魔法の穴を開ける。


 ツカサは胸が高鳴るのを抑えきれなかった。

 何せ魔法はそれだけで【力】なのだ。はやる気持ちが抑えきれず、ツカサは大通りを全力で走った。


 例の串焼きの屋台には既にラングがいた。

 串を手にかぶりついていたが、ツカサが視界に入ると体をそちらへ向けた。


『どうだ?』

『結構たくさん情報あるよ』


 屋台のおじさんに串焼きを四本頼む。すっかり上客になっているらしく、にこにこと焼いてくれている。

 ほかの冒険者や街の人が焼き上がりを待って周辺で待機しているのを眺める。


『それで、何をそんなに慌てていた?』


 走って来たことを訝しんでいるのだろう。


『ご飯食べたら行きたいところが二か所あるんだ』

『どこだ』


 鞄の中、正しくは空間収納から手引書を出す。

 街の地図のページを開き、指を差す。


『教会とおやつ』

『説明』

『ラングの真似して端的に言っただけなのに』

『早くしろ』

『はい』


 ツカサは教会で魔法の穴を開けたいこと、甘味が欲しいことを説明する。

 魔法の穴について質問をされたがツカサにも詳細がわからないので、それも含めて行きたいと答えた。


MPマナなるものは私の故郷では聞いたことがないな』

『魔法とかはなかったの?』

『魔法が何を指すのかがよくわかっていない』

『えーと、マナ…魔力を消費して、例えば何もないところから火を出したり、風を起こして切り裂いたり。宿に戻ったら俺の短剣でやってみようか。たぶんあれは使えるはず』

『風魔法が付いていると言っていたな。百聞は一見に如かず、だな』


 また日本めいた言い回しだ。それなら先ほどのアバウトもラングにとって聞きやすいように変換してくれればいいものを。

 とりあえず午後の行動について同意は得られた。順番が回って来て串焼きを四本渡される。

 ラングが何も言わずにお金を支払ってくれていた。


『お前の持っている空間収納と機能が同じならいいんだが、野菜を買いたい』

『肉ばかりじゃだめってのは同じなのかぁ。魚食べたくなってきたなぁ』

『川魚も検討だな。あとは調味料も見たい』

『いいね。甘味も欲しいからおやつ屋さんは絶対行く』

『かまわん』


 道中の料理を全て引き受けてくれていたので気づいたのだが、ラングは食事に妥協をしない。むしろ趣味なのではと思うことがある。

 何せきちんと調理用のナイフを持っていたり、鍋だけではなく小さいがフライパンも持ち歩いているのだ。それにアイテムボックスからどすんと取り出した調味料棚はすごかった。

 木製のミニトランクケースのようなものを本を立てるように開くと、中にはたくさんのハーブと調味料があったのだ。日本とは違う調理風景に、見れるときはつい見入ってしまっていた。

 そんなラングなので旅の合間に心を慰める甘味にも否定はしない。有難い。

 

『雑貨も少し見た方が良いだろう』

『何か良い物あった?』

『お前に歯ブラシを買わせる』


 この世界にそんな知識があったのか。パッと見中世を感じるのでそう言ったものはないと思っていたが、時折こうして地球に近いものを見つけられる。


『良い健康は歯から来るんだぞ』

『お、おう』

 

 時々、ラングがすごく親父くさいのは何故なのだろうか。いや、よく考えれば四十八歳なのだ、本来十分に親父ではあるのだが、そうじゃない。

 父親くさいところがあるのだ。


『食べたら行くぞ』


 すっかり食事を済ませたラングがツカサを待っていた。歩きながら食べようとしたら許されなかった。

 


―――――


 まずは教会に向かった。

 宿に戻る方向へ直進、大通りを途中左に曲がって行けば、正面に大きなトンガリ屋根が見える。最上階に鐘があるので、ここでも時刻を告げたりするのは鐘なのだろう。

 思えば時々リンゴン音がしていた気がする。人のざわめきで意識していなかった。


『思ったより立派、中はどうなのかなぁ』

『教会というものはどこでも似通った形をしているのだな』


 二人して教会への大通りの途中で立ち止まり、それを見上げて感想を言う。

 ラングが腕を組んでいたのでツカサも真似をして腕を組み、それを見上げる。弟子、という感じがして満足した。

 一頻り眺め終わったのかラングが先に歩いて行ってしまう。慌てて隣に並ぶ。

 ラングは一歩がそれなりに大きく早いので、ついて行くときに早歩きになってしまう。


『ラングの故郷でも、教会はあるんだ?どんな感じ?』

『人の心の拠り所を謳っているが、本質はそれとは程遠い。そっちは?』

『うーん、難しくてよくわからないけど、宗教戦争とかあったりしたよ』

『どこも変わらんな』


 言いながら石階段を上がっていく。

 少し古びた外見だが、それでも白い壁は重厚で人に威圧感を与える。

 そういえば、この教会は何を祀っているのだろう。


「ようこそ、冒険者ですか?」

「あ、はい」


 横から神官に声を掛けられる。白いローブにストラを掛けており、穏やかな笑みを浮かべて迎えてくれている。


「当教会へ、本日はどのような御用でしょうか」


 見れば、他の神官たちも教会へ訪れる人々を丁寧に出迎えている。これが常なのかと思えば、緊張も緩む。


「魔法の穴を開けてもらいに来ました」

「おぉ、マナの祝福がおありなのですね。おめでとうございます」

「初めて教会に来るので、どうすればいいのか」


 うんうんと頷き、ゆったりと中へ案内をされる。入口のホールを抜け、両脇に長椅子の置いてある聖堂を進む。側廊の向こうに柱ごとに扉が見える。礼拝室か懺悔室か、詳しくないツカサにはわからない。

 祭壇に案内をされると、司祭と思われる人がお辞儀をしてくれたのでツカサも返す。ラングは会釈すらしなかった。


「ようこそ、若き冒険者の方。魔法の穴を開けにいらしたとか」

「はい、お願いできますか?」

「もちろんです。幾許いくばくかのお心を頂く必要はありますが」

「初めて教会に来てまして、わからないので教えて頂けませんか」


 ティアから聞いてはいるが、念の為確認を入れる。


「多くの皆様は五万リーディほど、お心を頂戴します」


 穏やかな笑みのまま、顔色一つ変えずに告げられ圧せられながらツカサは五万リーディを支払った。

 金色のトレイを差し出されたのでそこに乗せると、神官がそれを引き上げる。


「では、両の手を私の手の上へ」


 両手を開いて出され、そこへ手を被せる。


「離さないように」

「はい」


 ドキドキとわくわくがすごい。この通過儀礼さえ超えてしまえば、ツカサにも魔法が使える。

 そう言った期待感に目を瞑る。


「お静かに」


 じわ、と掌が暖かくなったと思ったら、左手から熱湯のような熱さの血が逆流するように感じた。

 思わず離しそうになった手をぐっと堪え、ツカサは司祭の手を握る。司祭が握り返してくれたのでまずい行動ではないのだろう。

 激流が心臓を巡り肺が焼ける様な感覚に陥り息が止まる。頭に来た時は髪を掻き毟りたくなった。腹に来れば蹲りたくなるし、足に来た時は飛び跳ねてしまいたかった。

 大丈夫か、と声をかけるラングに返事もできないまま、永遠にこの時間が続くのかと思い体が震えた。

 みっともなく泣きだしたころ、司祭から送られる熱流が消えた。


「よく頑張られましたね」

「すみません…」


 ぐす、と目元を拭う。体はどこも痛くない。サイダルであったように吐き気を感じたり熱が出る様なこともない。泣いてしまった事が急に恥ずかしくなった。


「本当ならもっと幼いうちに開けるものなのですがね、いろいろ事情がおありなのでしょう」

「ありがとうございました」

「魔力判定を行って行かれてはどうですか?冒険者なのでしょう?」

「お願いします」


 魔力判定、ということは適した魔法傾向が見られるのだろう。まだ魔法を覚えていないツカサには有難い申し出だ。

 後ろでツカサをじっと見ているラングに、無事に魔法の穴が開いたこと、判定を行うことを伝える。

 魔法関連ではピンと来ないのだろう、ラングは頷いたのか首を傾げたのか微妙な角度で首を動かした。


「こちらの水盆に両手を入れなさい」


 司祭の動作で神官が水盆を持ってくる。この世界では水盆に魔法効果をつけて、水を灌ぐという方式が多いようだ。

 言われた通り両手を沈める。ラノベのような特別な展開を期待してしまうのは、悪い癖だろうか。


「ふむ…?」


 水盆をじっと覗きこむ司祭と神官。ツカサも覗きこむ。ラングはとても暇そうに立っていた。


「どうやら、魔力が低いのですかね?適性が出てきませんね」

「え、そんな。こういうときはどう」

「残念ですが、マナがあるだけ、のようですね」

「そんな!」


 あんな痛い思いをしたのに!

 憐憫を含んだ眼差しでツカサに微笑みを浮かべ、神官がその肩を撫でる。


「大丈夫、冒険者なら他にも強みが出来ますよ」

「うぅ!」

「ところでそちらの方は、もう魔法の穴は開いているのですか?」


 神官がちらりとラングを見る。初っ端から教会に対して嫌悪を浮かべているラングは、態度が悪い。


「兄は、マナがなくて」


 言った言葉にざわ、と神官たちがラングを注視する。

 この反応はなんだ。ツカサは周囲を見渡し、司祭を見ると優しかった顔がものすごい形相になっていた。


「穢れし者よ、教会から立ち去れ!」


 怒号のような声で叫び、どこから出したのかわからない声量にツカサは飛び跳ねてしまった。

 ラングは歓迎されていないことを察したらしく司祭を向く。鞘からは抜いていないが、腰に手を当てるようにして自然に剣の柄を握った。


『ほう、私はどこにいても教会というものに嫌われるらしい』


 じく、と心臓が痛くなった気がした。息が出来ず困惑し、ラングを見る。全身が黒い物に包まれて、その影がラングから発せられている気がした。

 初めて見た、【威圧】だ。


 とんと軽く踏み出したラングの足音が教会内に重く響く。

 シールドでどこを見ているかわからないその視線が、間違いなく司祭を捉えたのだろう。司祭は祭壇の向こうで台座から転げ落ち、這う這うの体で床を行く。


『案ずるな、貴様らのような無価値な人間に剣を向けたりはしない。不愉快だっただけだ』


 ふ、と全身から力が抜けた。転びそうになった体をラングに捕まえられ、引き摺るように連れて行かれる。

 そうして、教会を後にした。もうここには来られないと思った。



『それで、魔法とやらは使えるのか?』


 教会の通りから大通りに戻り、ツカサを支えていた腕を離す。たたらを踏みながらもツカサは耐えた。

 先ほどのことはもう終わったことなのだろう、説明をする気もないらしい。

 ラングは不愉快な空気を感じ取って対応しただけなのだ。ツカサはショックを受けたのもあって追及する気にはならなかった。


『適性がないって言われた』

『つまり?』

『魔法使えないってこと』


 流石にあの姿を見ていたからか、ラングは揶揄したりはしなかった。


『甘味を買いに行くか』

『うん』


 ただ、慰めようとしてくれたことはわかった。



 その足でおやつ屋に向かうと、そこはたくさんの女性で溢れ返っていた。

 街の娘たちや冒険者の女性たちが小さな籠を手にクッキーを選んでいた。

 明らかにツカサとラングは浮いている。いやしかし、甘味のためならば耐えるしかない。

 これが地球であればスイーツ男子もいるので堂々と行けるが、ここまで女子一色だと入りにくいこと極まりない。


『どうした』

『いや、時間ずらそうかな、入りにくくて』

『くだらん』


 二の足を踏むツカサを置いてラングが店に入っていく。

 

『ラング!』


 後を追う度胸もなく、ツカサは外から中をおろおろと覗きこむ。

 すごい嫌な顔をされるんじゃないか、追い出されるか痴漢容疑を掛けられるのではないか、とツカサは嫌な汗をかく。


 しかし予想に反してラングは無事にクッキーを買い、ツカサの元へ戻って来た。


 言葉が不自由なことを逆手に取り、周囲に倣い籠を手に取り、クッキーに首を傾げて見せた。

 すると、店の常連らしい女性がこれが美味しい、こっちがオススメ、と世話を焼く。

 そしてとんでもないことに、シールドから見えている口元を優しく微笑ませて拙い言葉で「ありがとう」というのだ。

 確かにラングは良い声をしていると思う。それにしてもずるい。いや、上手い。

 薦められたものを断らずに籠に入れて行くのも非常に好感が持てる。

 かくして、店に出ていた全五種類のクッキーを十個ずつ大量に仕入れ、気前よく支払って出て来たラングは真顔でツカサに紙袋を渡したのだ。


『買い物上手…』

『旅に出るまでの間、何度か買いに来て仕入れておけ。今日のこれでお前は顔を覚えられただろう』

『どうもありがとう』

『笑え、嬉しそうに』

『へあ?』

『早く』


 とりあえず言われた通りに笑う。クッキーが手に入ったことは純粋に嬉しかった。

 見ていた店の客たちがくすくすと笑う。


「よかったわね」

 

 買ってもらえて、ということだろうか。に、と笑って誤魔化しておいた。

 今になって気づいたが、ラングは策士だ。後々行動がしやすいように先んじて行動をしてくれる。今回も先に自分が大量のクッキーを買うことで、あとでツカサが単独行動をしやすいようにしてくれたのだと気づく。

 恥ずかしいと感じたかはわからないが、何事もツカサより何歩も前を歩いてくれる姿は確かに師である。


 クッキーの紙袋を両腕で抱え、ラングをもう一度見上げる。

 次は心からにかっと笑った。


「ありがと、兄さん!」


 これでラングと兄弟だということも、少しずつ広まるだろう。



―――――



 食材の買い出しと調味料の買い出しも済ませ、日が傾いて来たので宿に戻った。

 歯ブラシも買った。馬の毛で作られた歯ブラシは初めてだ。意外なことに磨き粉もあった。ハーブで作られたそれは使うと口がさっぱりして気持ちいい。油紙に包まれている片手に収まる包みをいくつか買った。


 ラングの空間収納にいつもの串焼きを入れ、しばらく時間を置いて取り出してみたが熱々のままだった。どうやらツカサの空間収納をイメージした為に、機能も同じものを得られたらしい。安心して生ものが買える。

 食料をどの程度買い集めるのかと問えば、ラングは約一ヶ月分と答えた。

 ジュマまでの道のりが徒歩で二十日、乗り合い馬車に乗れれば半分程度で着くという。ラングは乗り合い馬車を考えていないそうで、食料を多めに見積もり一ヶ月分、日を分けて集めるらしい。

 道中魔獣を狩ってもいいが、狩りの時間をツカサの鍛錬に当てたいのだという。確かに、解体をした時は血抜きもありそれなりの時間が掛かっていたので合理的だ。

 買い物を二日に一回は行うとして、滞在している間ギルドで依頼を取ったり、魔獣を狩ったりもする予定の為、意外と忙しい一ヵ月になりそうだ。


 夕食までの時間をラングと中庭で鍛練に使う。


 ストレッチ、中庭での反復ダッシュ、筋トレ。それが一通り終わると、短剣の構えをさせられる。

 腕を振る角度、手首の返し方、意識して使う筋肉の位置、体格に合わせた型など、一回では覚えられないほどたくさんのことを詰め込まれる。

 助かったのは実践型であることだ。ラングは力を込めて短剣を振ることに慣れさせるため、鞘を着けたまま打ち合いをさせてくれた。


 上から振り下ろせば体を半身に切って避けながら懐に入り込まれ、軽く押されるだけで転んでしまった。

 横に薙げばとんと軽く後ろに引き、ぎりぎりの距離で避けられる。その上薙いだ腕を振り戻す前に小手を取られて短剣を落としてしまう。

 どう攻めてもラングに軽くいなされ、ツカサは何度転んだかわからない。


『短剣をそのまま使おうとするからだ』


 日が完全に沈むころ、その日の鍛錬が終わった。

 へとへとになって井戸水を頭に被って冷やしているとラングが言う。


『自分の腕の延長のように考えろ。全身を使え』


 見ていろ、とラングが自身の短剣を手に型を見せてくれた。

 ツカサは腰を落としていなかった。ラングは腰を落とし、短剣を突き出す際には足を大きく踏み込んでいる。

 流れるように短剣の切っ先が流れ、僅かな夕日の中で白い線が踊りのように描かれる。

 ああなりたいとツカサは思った。


「お客さーん、夕食ですよ!」


 宿の女将に声をかけられ、その日はそこで終わった。



 

 ツカサは汗が気持ち悪かったのでカラスの行水をさせてもらい、それから食堂に降りる。

 ラングは浄化の宝珠のおかげか、ツカサほどの汚れはなくあとで入るらしい。


「あれ、団長さん」

「やぁ、ツカサ。うん、今日は顔色もいいね」


 ラングと同じテーブルにキースがいた。宿側にお金を払い、わざわざご一緒しに来たのだという。

 キースの隣に腰かけると女将さんが二人前をツカサの前に置く。これはラングが頼んだのではなく、女将さんの厚意だった。土にまみれながら鍛錬していたのを見て、応援したくなったらしい。頑張りなさいね!と強く背中を叩かれた。

 歩き回りその後鍛練をして空腹だったので、素直にお礼を言う。


「どうだい、いろいろ街は見て回れているかい?」

「今日はギルドと教会と、クッキー買って食材も少し見ました」

「クッキー!よく入れたね」

「ラングが生贄になってくれて」

「はは、心強いお兄さんだ」


 今日の夕飯はドゥドバードの塩焼きと野菜スープ、それにバタールが一本丸々。これはテーブルで切り分けるものだ。

 ドゥドバードは、いわゆるドードーと呼ばれる魔獣だろう。手引きに丸々とした丸鳥、羽は布団に、肉は食用と書かれていた。


「団長はどうしてここに?」

「君たちに報告があってね」


 バタールを切ってツカサとラングに配布しながらキースは微笑む。


「サイダルへ監査が向かった」

「あれ?早い?」

「ジェキアとやり取りをしたら、逃げ出す前に捕まえろって指示があったようでね」


 がぶりとチキンに噛り付くキースが、もごもご言いながら続けようとしてラングが不機嫌な顔をした。


「団長さん、すみません、飲み込んでからでいいですから、ラング食事のマナーにうるさくて」

「おっと、失礼」


 食事の時間を大切にするラングのマナーの良さにはツカサも最初は驚いた。ただやはり、一緒に食事をするなら汚い食べ方よりもきれいな方が断然良い。


「すでにエルドが先行しているし、あと五日もしたらサイダルに着いて、捕縛するんじゃないかな」


 やはりあの金級冒険者はそのために行ったのか。もちろん、素材も目的なのだろうが。

 日数が早いなと思ったが、キースによると護衛の場合馬車の速さに合わせて進むので普通なのだそうだ。

 ラングがツカサの腕をとんと叩く。通訳をしろの合図だ。合図と言えば、ラングとはすぐに意思を疎通するための合図をいくつか決めた。これもその一つだ。キースに待ってもらい通訳をする。


『そうか、思ったよりも早かったな』

『だね、エルドさんたち連絡手段を持ってたんだね』

『まぁ、人数こそいるだろうが相手にはならないだろう』

『金級冒険者だしね』

『カダルがいる』

『そっちかー』


 どうやらラングの中ではエルドよりもカダルに比重があるらしい。


「ツカサ、教会で魔法の穴は開いたのか?適正はわかったかい?」


 会話が止まり通訳が済んだと理解したのだろう。キースに話題を振られる。

 心の傷が癒えていないので話したくはなかったが、渋々教会であったことを話す。

 ラングが威圧を放って教会を後にしたのでもう二度と行けないというと、キースは大笑いした。


「いっそ清々しいな、流石というべきか」

「踏んだり蹴ったりですよ。もう質問しにも行けない」

「いやいや、でも珍しいな、少しでもマナがあれば適正はうっすらと出るんだが」

 

 不思議そうにキースはツカサの頬を摘まんで揶揄ってくる。キースなりに慰めているのだろう。

 その指から逃げながら、ツカサは質問を返す。


「教会って、何を祀っているんですか?」


 何をどうして魔法の穴を開ける組織になったのだろうか。

 風魔法を使うキースならわかるだろう。


「マナを司る魔法の女神マナリテルだね。実際に女神さまがいるかどうかは別として、後天的に魔法の穴を開ける時は教会を利用するし、魔導士はある程度信仰あるみたいだね」

「団長さんは信仰してるんですか?あの、魔法とか使えたらですけど」

「俺は先天的に使えたから、別にどうでもいいかな」


 【鑑定眼】で覗き見たことを言いそうになって、慌てて誤魔化す。幸いキースは気にしなかったようだ。

 先天的と後天的の違いはなんだろう。ツカサのように魔法のないところから来たのならわかる。ただ、サイダルで会った魔導士も、教会で見た魔導士も、それぞれが世話になっている様子だった。


「先天的に使える人ってもしかして少ないんですか?」

「どうだろうな、そのあたりはよくわからない」


 元から使える人はそうだろう。教会に行く必要がないので把握をしていない、ということだ。


「ただ、好きではないかな。あそこは魔力なしに対して穢れし者とかよくわからないことを言うからね」


 す、とキースの眼が冷たくなり、正面のラングが僅かに首を傾げた。ナイフをそっと握ったのを見て、ツカサは慌てて止めに入る。

 冷静にラングは手が早い。事が起こる前に終わらせようとするタイプのため、ストップは早い方が良い。


『違う違う、教会の話しをしているだけ、ラングのこと睨んでるんじゃないよ』

『ややこしい。私は先に上がるぞ』


 食事を綺麗に平らげたラングが席を立つ。キースに会釈もない。


「あれ、どうかした?」

「団長さんが自分を睨んだと思ったみたいで、教会の話ししてただけだって伝えたら、言葉もまだ不自由だし先に部屋行くって」

「あぁ、目つき悪かったかな、お兄さんにすまないって伝えておいてくれるかな」

「わかった。それで、MPマナ…魔力なしを穢れし者?ラングも言われてたけど」

「そうそう。選民思想と言えばいいのかな、魔導士は選ばれた者、という考え方をするんだよ」


 まだ学生のツカサにも選民思想が危ないことはよくわかる。


「ツカサ、適性がないと出てよかったかもしれないな。それなりに良い数値が出てしまっていたら、今ここに居られなかったかもしれないし。うちの団員も一人マナリテル教徒がいるけれど、あれは面倒だぞ」


 詳しく聞いたところによると、魔法の女神マナリテル教徒は魔法を使えることは世界に祝福をされた選ばれし民と思っているらしく、魔法の力の弱い者や、そもそもMPマナなし、魔導士以外にも伝わるように言い直せば魔力なしを無能扱いしたりするそうだ。

 団長であるキースが風魔法の使い手としてその団員より格段に腕がある為、変な崇拝をされて困っているらしい。


「だいたい、魔力があっても魔導士にならず、他の職に就いている人もいるんだ。火魔法が得意だから料理人になっていたり、土魔法が得意なら畑を耕したりしているんだ。僅かな量で魔法を起こせなかったとしても、困ることはない」


 キースは女将に頼み、酒をもらう。日頃愚痴を吐くことはないのだろうが、部外者であるツカサには話しやすいようだ。

 樽ジョッキで受け取った酒をぐいと煽り、キースはツカサと肩を組む。


「今後教会には近寄るなよ。魔法の穴を開けられる程度、魔力の強い奴がいる場所だ。俺が使うから言えるけど、魔導士は敵に回すと厄介だ」


 ツカサは頷いて応えた。そもそも行くつもりもなかった。


「よし、それじゃ俺は戻るよ。ゆっくり休むんだぞ」

「はい、ありがとうございます団長さん」


 樽ジョッキを一気に煽り、立てかけてあった大剣を背負い直し宿を出て行く。

 思えば、キースは魔法がありながら得物が大剣だ。エルドが持っていた土魔法も、エルドがメインを大盾使いにしている補助なのではないだろうか。

 今のところ実際に使われた魔法を見たことがないし、全て憶測だ。


「俺も部屋戻ろう」


 のっそりと立ち上がって、ツカサは女将に礼を言い部屋へ戻った。



―――――


 部屋に戻るとシャワーを済ませたラングが軽装で剣の手入れをしていた。

 砥石をゆっくりと刃に滑らせ、一定の音でシャーシャー言っている。この様子だと日記も書き終わっているのだろう。


『ただいま』

『おかえり』


 この世界にただいま、おかえり、があることに気づいたのはマブラに来てからだった。

 癖でただいま、と言った際、自然とラングがおかえり、と返したからだ。

 そしてラングはそう言った挨拶はきちんとしてくれる人だった。


『鑑定をしてみたらどうだ』


 砥石を仕舞い、剣を鞘に納めて不意にラングが言った。


『何を?』

『お前自身を』


 それは思いつかなかった。

 確かに、前に鑑定してからほんの僅かな時間だが、ラングにはスキルが増えていた。

 ツカサはサイダルを出てから自分のステータス画面を見ていないし、魔法の穴を開けた後だ、変化があるかもしれない。僅かな期待を込めて内心でステータス、と呟いた。

 そろり目を開け、自身のステータスを上から確認していく。


 最後まで確認したツカサはぶるぶると震えたあと、叫んだ。


「ぃやったああぁ!」


 ジャンプをしたし天を衝いてガッツポーズもした。

 奇声を上げながらわぁわぁ騒ぐツカサに、ラングは呆れた様子でそれを眺めていた。

 あまりにも騒ぐので隣の人が文句を言いに駆けつけたり、トラブルかと女将が階段を駆け上がってきたりした。

 ツカサは隣の人に謝り女将の手を両手で握ってぶんぶん振り、なぜかお礼を言ったりしていた。


 結論から言うと、ツカサの情報はアップデートされていた。


 【三峰 司(17)】

 職業:駆け出しのガイド

 レベル:1

 HP:135

 MP:10,500

 【スキル】

 空間収納

 鑑定眼

 変換

 適応する者

 

 


「俺の無双タイムきたぁ!ありがとう教会!ざまあみろ教会!」 


 最後に日本語で叫んだ辺りが、どうにも臆病者チキンだったな、と後で思った。


 

 

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