第11話 サイダルという街


「いや、すまなかった」


 【真夜中の梟】のメンバーが一列に並び、各々が頭を下げている。

 この世界にも土下座のようなスタイルがあることにツカサは遠い目をした。

 椅子で生活する人たちは正座をするのが難しいと聞いたことがあったが、そもそも地べたに座って食事をする冒険者たちに足を畳むことができない訳もないと気づいたのは今だ。


 隊商の主人と小姓は、冒険者同士の諍いとわかったらもう興味を失ったらしい。護衛さえ失わないのであれはそれでいいと飲み直していた。そういうものなのだと、ツカサは一旦頭から置いておくことにした。


「まさか生き別れの兄弟を探していただけだったとはなぁ。弟さんを怖がらせてすまなかった、それはああも過剰反応するだろうさ」


 エルドがしみじみ呟き、少し潤んだ瞳でツカサとラングを交互に見ている。情の深い人なのだろう、先程から目頭を何度か拭っている。


 この設定はラングが先ほど考えたものだ。


 元々隊商を営む一家だったラングとツカサは、慣れない国に来て早々魔獣に襲われ、逃げている最中にはぐれた。ラングは父と合流が出来たが弟は見つからず、一時期は諦めてもいた。

 だが、ラングが冒険者として力を得たことで旅に出て探し続けていた。

 身分証として新しいギルドカードを作った際に担当だったツカサにラングが気づき運命の再会、そうして共に出て来た、というのが設定だ。


 言葉は通じないが真っ直ぐにエルドを見据えて身振り手振り、まるでそれが真実のように話すので、ツカサも当事者でありながら騙されそうになった。その会話を聞いて、ツカサはこれからの設定を知ることができた。そしてそれを説明した。

 あとになって思えば、あの場で相談めいたことをするよりもエルドに向かって話しかける状態で設定を披露したことは、真実味を増すためのポーズなのだろう。

 それでも、顔を見せないラングに疑ってかかった【真夜中の梟】にどう証明したのかというと、言語だ。シールドを外さない理由はダンジョンで負った大きな傷があり、弟を怖がらせたくないと美談で納めた。


「お前もよく言葉を覚えていたな、偉いぞ、本当に」

「あはは、大事な繋がりですから」


 ラングが話す内容を全員が理解できず、ツカサだけが理解し意思疎通が取れる姿にはさすがにでっち上げは難しいと判断したようだ。

 公用語を話せないでいるラングにカダルはまだ疑問が残った様子だったが、遠い所のギルドカードを見せることで、そういう場所も海の向こうにあるのだろう、と解釈をしてくれた。ここで知ったのは、海を越える冒険者が少ないということだ。今後言い訳として活用できる。


 サイダルに辿り着けば真偽のほどはわかってしまうだろうが、転移の事情を知っているのはアーサーだけだ。

 ツカサがサイダルへ辿り着いた経緯は置いておいて、ただ一人の証言で今証明して見せたことは揺らぎにくいと思った。いや、大丈夫だと思い込んでおくことにした。

 真実の宝玉を使われたとして、気が触れた男の真実に聞こえる可能性がある。

 最後に見たアーサーはそう言わざるを得ない状態だった。


「でもどうしてサイダルからそんな話が出たんですか?誰がそんなことを」

「あぁ、なんでも酒場の主人が襲われたらしくてな」

「あぁ」


 ツカサは空を仰いだ。やはりツカサに用があるのはアーサーなのだろう。別れる前の狂気が思い出されて胸にくしゃりと不安感が押し寄せる。

 今夜は少し曇っていて星が見えない。


「お前、殺されかけたって言ってたよな、何があった?」


 マーシにお湯の入ったコップを渡されながら問われて、ツカサは困ったようにラングを見た。


『殺すという単語しか聞き取れなかった』

『そこだけしっかり聞こえてるのもどうなんだよ』

『通訳』

『はい』


 会話内容を伝える時間をもらい【真夜中の梟】のメンバーは聞き慣れない音にむず痒い気持ちで待機した。


「本当に何言ってるかわかんねぇ」

「兄さんに会えて嬉しいんだろうなぁ、なんでも相談したいんだろうなぁ」

「エルド、頼むから泣くのはやめてくれ、本気で恥ずかしいから一緒に居たくない」

「仕方ないだろ、スヴェトロニアだって広いのに、隣の大陸オルト・リヴィアからまた探しに来たんだって言うんだ、会えてよかったじゃないか」

「だめだな、これは」

「あんまり心許すなよ」


 マーシとエルドが掛け合いをしているところに、カダルが釘を刺す。

 癒し手のロナを庇う位置に座ったまま、片手は短剣から離れていない。


「カダルさん、さっきからずっとこうで」


 おどおどした声でロナが呟く。カダルは視線をラングに置いたまま、ツカサが仲裁を入れて全員が座ったあとも一人だけすぐに立てる体勢でいる。


「そりゃ、斥候が動けなかった気配に怯えるのはわかるけど、少なくともツカサが居ればオニーチャン暴走しないと思うぞ」


 マーシが親指で指す方向には、今ツカサに文句を言われているらしい姿がある。言葉はわからないがある程度の抑止力をツカサが持っているように見えた。

 カダルは何かを言いたげではあるが、口を噤んで座り直した。何を言っても無駄な気がしたからだ。


 殺気のない剣ほど、怖いものはない。


 ぶるりと震えてしまい、カダルは湯を口に含んで誤魔化した。先ほど、もし弟への声かけがなければエルドとマーシは何も知らない間に死んでいた。それどころかカダルもロナも、隊商の一行すらなんの感情も乗せない剣で両断されていただろう。

 それがどれほどに恐ろしいことなのかを、斥候だからこそカダルは知っている。殺気は身の危険を知らせる大事なサインなのだ。


 カダルが先ほど動けたのは微かに土を蹴る音がしたからだ。

 魔獣かもしれないと振り返れば、離れたところに居たはずの男が抜身で剣を持ってそこに居て、且つ、動こうとしたカダルへ先んじて牽制を行なった。

 死ぬと思った。死んだと思った。

 慌てて止めてくれた弟に心底感謝した。馬鹿みたいに煽ったエルドとマーシは仕方ないとしても、ロナはまだ若い。守らなくてはと思っていた。


 そんなカダルの葛藤と安堵と警戒を知らない面々は、和気藹々と焚火を囲むことになっている。


「すみません、お待たせしました」

「いいって、それで何があったのかは聞けるか?」


 ツカサはラングと相談し、結局サイダルであった全てを話すことにした。

 強調して話すように言われたのは、ツカサの生活、給与、ラングが通りすがりにクーバーを助けたこと。それから、サイダルを出た夜のことだ。



 最初はツカサの生活していた様子に身を乗り出して聞いていたエルドとマーシだったが、給与の辺りから徐々に表情をなくし、ラングの武勇伝からのサイダルの夜の辺りで難しい顔をして黙り込んだ。


『なんだろう、言われた通りありのまま話したんだけど』

『信頼できる冒険者だと判断していいな』

『なんで?』

『私の故郷ではタブーのことをサイダルはしていた。この世界ではどうかと思っていたんだが、他の街の冒険者がこういう顔をするということは、やはりタブーだったということだ』

『よくわからないんだけど』

『まず、お前の給与はあり得ないほどの低賃金だった、それから、酷いぼったくりだった、ということがわかるぞ』

『まじで!?』


「あ、あの、ラングが今、俺の給与はすごい低賃金だったんだって、言って」


 慌てて確認を入れると、マーシがものすごく憐れんだ顔で小さく頷いた。


「ツカサ、お前素直すぎたんだな」


 エルドがぐすん、と鼻を啜り、ツカサは呆然とした。


 説明を受けたところによると、銅貨四枚はあり得ない金額ではないが、それは寝食を全て賄ってもらえている場合の話しらしい。

 食には、夜食も含まれていたそうで。


「だいたい、酒場で働いて夜食がないなんて体がもつわけないだろ」


 夜食が自腹なら、銅貨八枚はあっても普通らしい。

 

「俺酒場で働いたことあるけど、銅貨八枚で、夜食に二、三千リーディも取られたことないぞ」

「どのくらいだったんですか」

「高くても千五百リーディくらいかな、スープと肉の切れ端とパンで」

「ぼったくりってそういうことかぁ!」

「オニーチャンと合流出来てよかったなぁ」


 がっくりと肩を落とすツカサの背中を、エルドが優しく撫でてくれた。

 そもそも、メニューも置いておらず価格もわからないで食べていたので知らなかったが、本来酒場にはメニューがきちんとあるのだという。

 あとで確認をしたところ、ラングの故郷の場合は銅貨六枚程度、食事ありだという。住み込みならこの程度で、通いだとまた少し違うらしい。

 

「サイダルは、鉱石が採れる町として少し変な位置にあるんだよな」


 難しい顔をしたマーシが腕を組み、ふん、と鼻を鳴らす。


「そんなに珍しい鉱石ではなかったと思うんだけど」

「まぁなー、だけど例えば、昨日までフライパン作ってた鉄がなくなったり、剣を打ってた鉄がなくなったらどうだ?」

「あぁ、うん、ええと、作る人が作れなくなる。欲しい人が手に入らなくなる?」

「そう、そいでそういう鉄ってのが安定的にとれるとなると、まぁ、重宝されるんだよ」


 鉱山ではなく、魔獣を倒せばドロップする。魔獣はダンジョン内に定期的に発生する。

 地球で資源問題を授業でやっていたからか、半永久性が想像でき、ツカサはようやくサイダルの特殊な位置づけがわかった。

 単純に灰色冒険者の育成機関だと思っていた。


「だから、ジェキアのギルド本部も目を瞑っていたんだよな」

「流石に今回のことが露呈したら、サイダルは査察が入るだろう」

「すみません、詳しく聞かせてもらえませんか」

「あぁ、いいとも。当事者だろうし、知っておかないといけない。カダル」

「なんで俺が」

「難しいことの説明はお前が上手い」


 カダルは諦めたように息を吐いて、ツカサに向き直った。


「クーバーって冒険者を助けたんだろ?その礼が欲しいと言って、まず仲裁が入ったって?」

「はい、クーバーが支払えるのは銅貨三枚が限度だろうって」

「そもそもな、その謝礼を冒険者が支払うのがおかしいんだ」


 ツカサが驚きのあまり口を開けっ放しにしていると、カダルは頬を掻いてから説明を続けた。


 全ての救済に謝礼が支払われるわけではない。中には他の冒険者を嵌めて、謝礼を受け取る詐欺めいたこともあるからだ。その場合は罰金になるかギルドカードの没収になる。疑わしいときは真実の宝玉の前で確かめるらしい。

 ただ、ラングの場合は確実にギルドが支払うべき案件だという。

 最初の契約料として支払った三万リーディがその分の保障なのだ。クーバーから預かったそれを、ラングへ謝礼として渡せばよかっただけだった。


「でも、もしクーバーの分をすでに支払ってしまっていたら?」

「ギルドが立て替えておくんだ。クーバーに契約を結ばせて、完済するまで働かせる」

「マーシが酒場で働いたというのは、それが理由だ」

「言わなくていいのに!駆け出しの、若気の至りだったの!」


 カダルの説明にエルドがちゃちゃを入れ、流れ弾にマーシが悶える。ツカサは少し笑ってしまった。


「でも、そうするとサイダルのギルドはすごいケチなことをしたんじゃ」


 そもそもそれをラングに支払ってさえおけば、ああして揉めることはなかっただろう。恐らく、言葉が通じない、通訳のツカサが正規ルールを知らないという点で、踏み倒す気だったのだ。ただ、相手が悪かった。それだけだ。


 ツカサが謝礼のやり取りをしたときの全てが冒険者負担だったので、あの場の新人は誰も正しいルールを知らないことになる。


「そうなるな。果たして登録料はどこに消えたのか」

「加えて、手柄の横取りだ」


 エルドがずい、とラングへ身を乗り出す。


「討伐者本人がそれでいいと言っていないのに、他のやつが手柄を横取りした。これはあっちゃならん」


 真剣な表情でそう話すエルドに、ツカサがぽかんとする。カダルがエルドを押し退けて改めて説明してくれた。


「別に、名を売ることが目的でないなら獲物の譲渡は有り得る話だし、誰だかわからないが討伐してくれた、で終わるならよかった。それをサイダルが町を上げて成し遂げたんだと言ったことがだめなんだ」

「ええと、横取りが悪い、ギルドが嘘を吐いたのが悪いのもわかる。けど、そこまでの理由がよく」

「ツカサ、お前が何も知らない状態でその話を聞いて、灰色冒険者でも狩れる大型魔獣がいると聞いたら、どうだ」

「あ、なるほど!経験がないのに行って、危ない目に遭う?」

「そうだ。ギルドは冒険者を守るために、危険度の設定にはものすごく厳しい。それをサイダルは侵した」


 ようやく理解が追いついた。

 灰色冒険者が鉱石採取でランクを上げるような町だ。基本の危険度は低く、ジャイアントベアーの危険度だけは高いのだろう。それが狩れるとわかれば、まだ困窮している若い冒険者たちが一時金を求めて森に入る。

 あとは想像に易い。


 ラングに会話を共有したとき、タブーだと言った意味がわかった。

 手柄の横取り云々ではなく、危険度の誤解に繋がる行為がタブーだったのだ。


「しかも町を出る時に、ジャイアントベアーの買い取り金を返せって襲われたと来た」

「流石にねぇよな」


 カダルが肩を竦め、その隣でマーシが尊大に頷いて見せた。

 僅かな時間だが、全員が沈黙した。焚火の音と隊商の3人が笑う声が響いているのに、空気が重い。


「俺たち、このままマブラに行くんですが、大丈夫でしょうか」


 ラングは問題ないと言っていたが、先程声を掛けられたことを考えると少し怖い。


「あぁ、平気だろ。サイダル方面から来てるからジャイアントベアーの真偽は聞かれると思うけど、さっき俺たちが声をかけたようなことにはならないと思う。エルドが声を掛けたのは、喧嘩してたみたいだからもしかして?っていうあれだったし。煽って悪かったな」

「いやそれはこっちも、ラングがすみません。あの、なんで大丈夫なのか聞いてもいいですか、わからなくて」

「マブラの町の連中は、サイダルのことをよく知っているからさ」


 自信満々に言われたが、ツカサは答えが導き出せないでいた。

 カダルが呆れたようにマーシを追いやり、また説明を担ってくれた。


「サイダルとマブラは仲良くしてるように見えるが、サイダルから出た冒険者の多くが次に拠点にするのは、マブラなんだ」


 はじまりの町がサイダルなら、順当に行けば確かにそうなる。


「つまり迷惑をかけられてるってわけさ。今さっきのお前みたいに、謝礼のルールも知らない、酒場の相場も知らない連中が押し寄せるんだ」

「それは、迷惑ですね」

「そうだとも、だからジェキア本部ではサイダルの査察をしようって話もあったりしてな」

「少し前にサイダルのギルマスがマブラに来たって話し、マブラから冒険者の質を注意されたんで袖の下でも渡しに来たんだろ?」

「違いない、そこに今回のジャイアントベアーの討伐だ。マブラとしちゃ一番美味しい所がなくなったんだから庇う義理もなくなっただろうな。マブラだってジュマから文句言われてるし、俺たちもこうして言っているしなぁ」


 色々な意味でトドメだったわけですか。

 ツカサは目の前で様々な憶測と情報を飛び交わせる【真夜中の梟】の声を聞きながら、再び空を仰いだ。


 少しずつ繋がって漸くまとまった。

 サイダルの冒険者の育て方は、本来のルールに沿っていなかったわけだ。

 マブラで銅級として依頼を受けたり、ダンジョンに行ったりして経験を積んでまた離れるなら良い。やり取りをする中で正しい知識を身につけたり、疑問を持ってギルド職員や他の冒険者に質問が出来れば上出来だ。

 中には瀕死の怪我を負い、やはり助けられる冒険者もいるのだろう。それで本人が直接交渉をしようとするのだ。受けても良い冒険者もいるだろうが、保障された分をもらう方が安全だ。

 一例に過ぎないがそう言った知識不足があるにも関わらず、サイダルでは仲間意識が強いため、他の町では最初変なになるのだ。


 マブラは、それを毎年のジャイアントベアー討伐依頼をもらうことで耐えていた。

 素材の転売は冒険者自体の利益に繋がるし、パーティ同士の連携練習にもなる。命の危険に晒されはするが、その経験がある冒険者は自身の足元をしっかりと見るようになる。

 何よりも達成感を得られるのが大きい。


 だが、今年は望めない。


 サイダルは、マブラへの空依頼のためにラングに買い取り費用を支払いたくなかった。渡した金さえも取り戻そうとした。

 素材と肉はしっかりと受け取っておきながらこれだ。

 

「マブラの町じゃ、サイダルから来る冒険者は触らぬ神になんとやら、なのさ」


 ずいぶん日本めいた言い回しだ。変換がそう聞こえるようにしているのだろうか。


「なるほど、だから大丈夫なんですね?」

「そう言うこと」


 全く説明をしていなかったマーシが胸を張る。ロナがくすくすと笑っていた。


「お前の兄さんは、冒険者として良い経験も悪い経験もあるんだろうな。大陸は違っても冒険者の根底を理解しているよ」


 カダルの視線がラングを畏怖の対象としている。

 シールドの下で視線がどこにあるかわからないが、カダルは確かな視線を感じて顔を逸らした。会話の内容がわからないにしても、一挙手一投足で自分が話題の中にいることを知っているのだろう。

 カダルはその恐ろしいまでの勘の良さに肩を震わせ、手のひらを上にして両手を膝に乗せた。

 屈伏の意思表示だった。カダルは最初、斥候の性として短剣を手にしてしまったがために、ラングからの威圧が常に向けられていた。改めて敵意がないことを知ってもらわねばならなかった。

 それを理解し受け取ったのか、ラングから威圧を感じなくなった。

 カダルはそこで漸く、全身から力が抜けた。倒れそうになったのはロナの手前ぐっと堪えた。 


 ツカサはお墨付きをもらえたことに安堵し、応酬には気づかなかった。


「だけど、よくサイダルが今まであれでやってこれたなぁ。冒険者から苦情来なかったのかな」

「常識とルールを理解した冒険者なら、少なくともあそこの異質さはわかるだろうからな」

「もう一度行くのが怖いのさ」

「俺たちだってジャイアントベアー関連でもなければ行かない行かない」

「僕はジェキアで登録をしたので…今回が初めてです」


 ツカサの呟きに【真夜中の梟】メンバーが口々に答える。

 ロナが毒牙にかからないようにしてほしい。もしかしたら、【真夜中の梟】は今回の件の先遣隊でもあるのかもしれない。


「査察が入ったとして、サイダルはどうなるんだろう?」

「ギルマスと職員が変わるくらいだろ、利用率の高い鉱石の出る町だ、まともなやつが治めさえすれば、普通に回る」


 少しでも良くなればいいな、とツカサは思った。アーサーのことも思い出したが、頭を振って思考から追い出した。何度もあの晩の狂気を思い出してしまう。

 

「しかし、ジャイアントベアーのソロ狩りなんて俺でもやろうと思わんな。あんたどれだけ強いんだ?」


 エルドはまじまじとラングを見ている。ラングがツカサを見る。はい、通訳ですね。ツカサは今まで会話したことを掻い摘んで説明した。


『ラングが問題ないって言ったのは、そう言うこと?』

『教育の悪い町からの冒険者は、基本的に嫌われる。訴えたところで話しを聞くやつもいない』

『ラングはそういう経験があるからいいけど、俺はないの、初心者なの。次からちゃんと説明してよ』

『留意する』

『絶対次もやらかしそう。俺は異世界には詳しくても、冒険者って分類だったら実際はラングのが詳しいんだから。それに今回は良いけど、もし考えてることと違ったらどうするつもりだったんだよ』

『その時は状況に応じて対応を変えるだけだ。お前はもう少し落ち着いて考えろ。何故大丈夫なのか、何故だめなのか、答えを求めるだけで考えることを放棄するのは獣と同じだ』


 ツカサは文句を言おうとまた口を開いたが、言葉が続かなかった。

 ふいと【真夜中の梟】へ視線をやりながら、ラングが呟いたからだ。


『お前はこうして相手から情報を仕入れ、答えに辿り着けただろう』


 よくやった、よく出来た、と言われたわけではない。

 それでも、褒められたことがわかる言葉に、ツカサは顔が熱くなった。俯き、行き場を無くした文句が口の中でもごもごしてしまう。

 ちゃり、と音がしてラングが振り返ったのがわかった。視線のわからないシールドを見上げると、不思議と目が合った気がした。


『冷静であれ、それが強みになる』


 うん、と返した小さな言葉に、ラングは立ち上がった。


『そろそろ休むぞ。適当に切り上げておけ』

『あ、うん』 


 会釈もせず、手を振ったりもせず背を向け離れた場所に戻るラングを少し目で追う。


「なぁ、ツカサ。お前の兄さんは向こうの大陸でどのランクだったんだ?」


 結局相手にされてなかったエルドだが、諦めきれずにツカサへ尋ねて来た。

 ツカサは鑑定眼で金級のエルドのステータスを覗き見た。


【エルド・バスク(35)】

 職業:金級冒険者 大盾使い

 レベル:90

 HP:550,000

 MP:7,100

 【スキル】

 鋼鉄の盾

 土魔法Lv.3



 この世界の金級はこのくらいなのだろうか。一つの指標にさせてもらおう。


「ラングが何ランクだったって?」


 ツカサはにんまりと笑って見せた。


「白金級かな」


 オニーチャン自慢か、とエルドとマーシにもみくちゃにされたが、カダルだけは笑っていなかった。



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