第10話 旅路


 どうにかレベルと経験値の理解を得て、ツカサは明け方近くようやく眠ることが出来た。


 人生経験と言えばそうであるが、レベルに換算されるのは魔獣を倒した数や敵を倒した数やその経験数なのだと説明をしたところ、故郷でレベルという概念のなかったラングは仕組みが気になって仕方ない様子で質問攻めに遭った。

 そう言うものだと慣れてもらうしかなかった。


『納得して!そうなんだなーって受け入れて!仕組みなんてわかるか!眠いの!寝かせて!』


 最終的にツカサは半泣きで駄々っ子のように叫んだのだ。


 ちなみに、いざという時のためにツカサの鍛練は決定した。


 朝食後、途中休憩するまで基礎体力のために一定の速度でひたすら歩かされた。

 休憩中、座り込む前に決まった回数の腕立てとスクワットを言い渡され、その数がまた最初から百回とかでツカサは鍛えなくても良いと早々に断った。

 だがラングは譲らなかった。


『本人に生きる意志がなければ助けることなど出来ない。本人に多少の心得があるのとないのとでは、生存率が変わる』


 事実、ここは日本ではないのだ。日本でさえ不運で事故に巻き込まれることもある。受け身が取れれば軽傷だったかもしれないとか、そういうこともあるのだ。

 高レベルの指導者がいることに感謝すべきか。

 ツカサは自身に、諦めろ、逃げられない、と強く言い聞かせた。

 

 夜は薪拾いをさせられ、ラングが食事を用意してくれるまでの間、拾った木で素振りを行う。日が昇って暗くなるまで歩き続け、その後に素振り。腕がだれて木が重い。ちらりとラングを見れば鍋を注視しているようだ。ツカサは少しだけ振り上げる位置を下げた。


『手抜きか』


 小さな鍋を掻きまわしていたラングが呟く。慌てて教わった通りの姿勢に戻して素振りをし直す。


『あと二百回は振っておけ』

『ちくしょう!』

『サボるお前が悪い』


 朝も晩も寝る時すらシールドを外さないラングの視線は、いつもどこにあるのかがわからない。

 素顔を見たことがなく、道中見たいとせがんだところ『私に勝ったら考えてやる』とにべもなく断られた。絶対に見せないと同義の発言だ。


『そこまで、飯にするぞ』

『やった!』

 

 ラングの作る食事は美味しかった。

 アイテムボックスの中にある食料には限りがあるので、ラングは森に入り簡単に獣を捕まえて来る。獣というか魔獣なのだが。

 捌き方を見せられた時は一瞬食欲を無くした。ツカサはスーパーに感謝した。

 ラングは故郷で捌き方を教わっていたらしく、似通った魔獣であれば応用が利いた。そうして肉になり焼かれた兎もどきは、グロテスクな工程を経たにも関わらずツカサに美味しく頂かれた。

 体を動かした若者だ、肉の焼ける匂いと食欲には勝てない。それに、スープに入っているブラックペッパーが嬉しい。この世界では初めてだった。


『依頼』

「依頼」

『ルール』

「ルール」

『礼を言う』

「ありがとう」

『大したことではない』

「どういたしまして」


 夕食の時間はラングに言語を教える時間でもあった。ラングが思いつく単語を口に出し、ツカサがそれをこの世界の言語で繰り返す。そして僅かながら柔らかい口調を仕込んでおいた。

 繰り返し単語を使うことで音に慣れて行き、ラングは覚えた単語を混ぜて会話したりと勤勉な姿を見せた。

 それを見る度、実践できるかは置いておいて、ツカサは自分も倣わねばと思うのだ。

 

 ラングが自ら努力する姿を見せてくれることは、ツカサに甘えを許さない厳しい姿勢でもあったが、同様にツカサ一人に辛いを思いをさせない労わりでもあった。

 ツカサは力をつけなくてはならない。

 ラングは言葉を身につけなくてはならない。

 お互いに足りないものがわかっているからこそ、お互いが師匠足り得るからこそ、出来ることでもあった。

 ツカサはそのことには気づいていなかった。


 地球でのアウトドアしか知らないツカサは、異世界での野宿の旅はきついものだと勝手に思っていた。

 初回は木の根元、その後は地面の上に布を敷いただけ。これが次の町まで続くのかと思ったが、三日目からは何もかもが違った。


『初日に出してよ』

『お前を信頼していなかった』

『はっきり言いすぎだろ、傷つくんだけど』

『お互い様だ』


 ラングのアイテムボックスの中から出て来たテント。これが優れものだった。

 ラングの故郷のダンジョンで出たものらしいが、掌サイズのミニチュアなテントを地面に放るとあっという間に人が四人は入れそうな大きさになるのだ。

 またすごいのがテントの中だ。

 魔法使いの映画で見たように、外からの大きさと比べ物にならないくらい、中が広い。ベッドも簡易だが用意されていて、それでもサイダルで寝ていたものより質が良い。

 湯を沸かし体を拭いて汗を流し、地面以外で眠る。

 それがどれほどの贅沢なのか、ツカサはもう知っていた。これがあるからこそ、旅にも我慢できた。

 そしてそう言ったアイテムを見せられる度に、ラングという冒険者ギルドラーの凄さを思い知った。


 二か所のキャンプエリアでは隊商ともかち合い、テントについて詳しく聞かれた。運よく人伝に手に入れたのでどのダンジョンかはわからない、と濁して答えた。


 サイダルを出てから十二日、今回のキャンプエリアで会った隊商は護衛付きでそれなりに大きく、食料の補充と町の位置情報と地図そのものを手に入れられた。地図はなかなか高額だったが、ラングがあっさりと支払った。なんと二十万リーディもしたのだ。

 ツカサが【鑑定眼】で見つけ、それがまがい物ではないことは確認済みだ。


 そして、この街道の先にある名前も知らない目的地を知ることになった。


『マブラの街かぁ』


 地図は今いる大陸の全図だった。地域ごとの地図ならもう少し安いらしい。

 大陸名はスヴェトロニア。今歩いている国の名がヴァロキア。

 だいたい国を四等分して、大きなギルドが四エリアに一つずつ建っているのだそうだ。

 サイダルがあったのは北西に切り取られたエリアの最南東の山の麓だったのだ。そしてこのエリアのギルド本部はジェキアという大きな都市にあるという。このまま北西への道を行き、マブラからさらに二つ越え、三つ目の都市がそれだ。

 隊商の人が親切で、ツカサがあちこちを旅して迷子になったと言ったらいろいろと教えてくれた。

 

『どうする?マブラを迂回してジェキアに行く?』

『いや、マブラは通る』

『なんで!?指名手配されてるかもしれないよ?』

『問題ない』

『なんでそう言い切れるの?理由は!?』


 そう言い切れる根拠がツカサにはわからなかった。ラングは答えを言わず黙々と食事を作っている。

 この数日間でこういう場面は多々あった。ラングは自分の中で持つ明確な答えを、はっきりとツカサに伝えることが少ない。そのため、ツカサは不全な情報にもやもやとすることも多かった。

 サイダルの町で不遇な目に遭ったツカサは、出来るだけ安全な旅路を行きたかった。それはラングが人並み外れて強くても貫きたいことだった。


「大丈夫か、坊主」


 キャンプエリアの端で騒ぐツカサの様子を不審に思ったのか、隊商の護衛が声を掛けて来た。がたいの良い男性で、鎧は軽装だ。

 

「あ、はい、大丈夫です」

「しかし、何か困りごとじゃないのか?」


 ベテランを感じさせる護衛がラングを見遣る。鍋から視線も上げず、無視を決め込んでいるために疑いの眼差しを向けられている。


「二人パーティなのか」

「えぇ、まぁ」

「できればもう一人入れた方が良い、こういう時に仲裁役になってくれる奴を」

「そうですね、次の街で考えます」

「坊主、よかったら今夜の飯は俺たちと食うか?お互い、少し冷静になった方がいいんじゃないか」


 言われ、ちらりとラングを見る。言葉はわからなくとも気にかけているのなら、通訳をすべきだろうか。逡巡、ツカサは通訳をしなかった。情報が伝わらない苛立ちをラングも経験すればいいのだ。


「お邪魔していいですか」

「あぁ、かまわん。あんたもそれでいいか?」


 護衛の声の感じから話しかけられていることはわかっているだろうに、ラングは出来上がったスープを器に盛るばかりで反応を返さない。

 ツカサは肩を竦める護衛の方を向いてぺこりと頭を下げた。

 

「すみません、いつもこうで」

「そのようだな、あぁ、でも」


 ツカサの肩を叩いて、顎でラングを指す。

 振り返ればスープの器と炙ったパンをラングが差し出していた。ツカサの分の食事をよそっていたらしい。


「根は悪い奴ではなさそうだ」

「はい」


 はは、と笑う護衛に頭をぽんと叩かれ、ツカサは温かいスープと焼きたてのパンを手について行く。


『ありがと』


 声をかけたが、ラングから反応は返ってこない。

 餌付けされ絆されたようで悔しかったが、ツカサはもう気にならなかった。



―――――



「そうか、サイダルから来たのか」

 

 隊商の主人と小姓が二人、護衛は冒険者四人で【真夜中の梟】というパーティらしい。

 先ほど声を掛けに来てくれたのがリーダーのエルド、大盾を扱うタンク職だそうだ。他には斥候のカダル、剣士のマーシ、癒し手のロナがいる。

 カダルは黙々と食事を摂り、マーシはエルドに時折窘められながら明るくツカサに声をかけてくる。ロナは人見知りなのかカダルの陰に隠れてしまっているが、ツカサとあまり年の変わらない少年だ。

 

「エルドさんたちはどこから?」

「俺たちはジュマを拠点にしている冒険者だ。マブラの次の街だ」


 先ほど見ていた地図を思い浮かべる。サイダルからジェキアまでの間に、マブラ、ジュマ、ダイム、と三つ街があったはずだ。


「この先、南東にはサイダルしかないですよね?何しに行くんですか?」


 街道を逸れれば村はある、だが、ギルドもない場所に冒険者は用はないだろう。

 村からの依頼は全て近隣のギルドが受け、冒険者が派兵される形で処理されている。サイダルでそれを何度か見ていた。

 マーシがパンを頬張りながら少し興奮気味に答える。


「サイダルに行くんだよ、お前居たなら知らないか?ジャイアントベアーが狩られたって話し!」


 よく存じております、とは口が裂けても言えない。そのでかい熊が原因で出て来たのだ、とは伝える気にもならない。


「ジャイアントベアーは知ってるけど、それがどうかしたんですか?」

「あれ、もしかして旅に出たあとなのかな?」


 身軽なマーシが皿を持ったままひょいとツカサの隣に腰かける。


「ほら、ジャイアントベアーっていつも秋に一回討伐があるだろ。あれ結構実入りがいいし、素材も加工したり他の場所で高く売れたりするじゃん」

「はぁ」

「だから毎年、俺ら【真夜中の梟】はサイダルにお邪魔してるんだよ」

「だが、今年はもう狩られたとマブラに連絡が入ってな」


 エルドの言葉に通信できる手段があるのだと知る。カウンターでは見たことがないので、ギルマスの部屋にあったのかもしれない。

 

「本来ならこの手で狩りに参加したかったが、今年はもう無理だろうからな。こうして隊商が仕入れに行くのに、護衛としてついて来たわけさ。素材を買って他の場所で売れば、冒険者にとっても良い商売になるんだ」


 サイダルから出て来て隊商に会う機会が多かったのはそういうことだったのか。四ヶ月居た時には月に一度来ればよかった隊商が、道中でかなりの頻度で遭遇していたのは皆同じ理由なのだろう。


「なんでも、町に近すぎたから応援を呼べず、ギルマスが大怪我を負いながらもサイダルの冒険者たちと協力して討伐したと言うじゃないか」

「そうなんですか!?」


 手柄横取りされてるよラング!

 ツカサは叫びそうになったのをぐっと堪えて、本心から驚いてエルドに確かめた。


「やっぱり町を出たあとのことだったんだな。残念だったなぁ、その場に居たらお前も素材のおこぼれに預かれたのに」

 

 マーシに撫でられ髪をぐしゃぐしゃにされながら、ツカサは苦笑で応えた。

 手柄の横取りが良いこととは思わない。エルドやマーシの話しぶりから、ギルドが一丸となって立ち向かった英雄譚のように聞こえるのも納得がいかない。

 あれはラングがソロで討伐を果たした成果だ。


「それでな、ここからが本題なんだが」


 エルドの声のトーンが落ちて、ツカサの肩を抱くマーシの腕に力が入る。


「サイダルのギルド職員が一人、どさくさに紛れて無理矢理連れ去られたって話があってな」


 さぁ、と顔色が変わったのがわかるのだろう。エルドの眼光が鋭くなる。

 酒場で働くアルバイトだ、ギルド職員というのは立派過ぎる気がするが、指している言葉は間違いなくツカサのことだろう。


「お前、違うか?」

「違います!」


 声が震えそうになってしまい、ツカサは叫んだ。

 少し離れた場所で酒を楽しんでいた隊商の主人と小姓が驚いた顔で振り返る。

 エルドと顔を見合わせたマーシが、宥めるように肩を叩いてツカサを覗きこむ。


「あー、脅されているなら安心していいぞ、エルドは金級だし、俺も銀級ではあるから」

「脅されてなんかない!ラングは俺を助けてくれたんだ!」

「そう思い込んでいるだけかも、催眠かかってる?」

「違う!ギルマスたちに殺されるところだったんだ!」


 疑ってかかるマーシに叫び、ツカサは肩に回された腕を振り払おうとする。その腕を軽々捕まえてマーシは苦笑を浮かべたままだ。

 その時、ぴくりと肩を反応させたのはカダルだ。素早く振り向いて手に短剣を持って足を跳ねさせた。


「エルド!」


 シュカ、と果物が切れる様な音がした。


『殺される、という単語が聞こえた』


 音もなくラングが背後に居て、抜身の剣がツカサとマーシの間に刺さっていた。マーシが食後のデザートに取っておいた果物が木の器ごと刺し貫かれていた。

 もう片方の手には短剣が持たれ、カダルに向けられている。エルドに駆け寄ろうとした体勢のまま、カダルはぶるぶると震えて動けないでいた。


『それで、全員殺すが構わないな?』


 こてり、と首を傾げて尋ねて来たラングの言葉に、ツカサは再び血の気が引いた。



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